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優しくしたい



 「なあヒロセは無理だって。もしヒロセが姉ちゃんの事をすげえ好きだって言って来たとして、それがずっと続くってヒロセなら信じんのかよ?」

「ヒロセはそんな簡単に好きとか言わない」

…言われてすぐ撤回されたけど…あれだって簡単に考えてないから撤回してくれたんだし。

「オレだって簡単に言ってるわけじゃねえよ。でも逆にアレじゃね、ヒロセさんの方がオレなんかよか断然モテるよな。もし仮にヒロセさんと付き合ったらすげえ不安になるよ姉ちゃん。あんな誰にでも感じ良さそうなヤツ。自分だけに良い感じかもって勘違いしてる女子結構いるって。まあオレは嫌いだけどな」

 お母さんにもそんな事言われたな…

「…うるさい」と小さな声で言うしか出来ない。

こういう時だけヒロセを「さん」づけしやがって。



 「でもそんなヒロセさんが本当に、姉ちゃんの事だけをすげえすげえ大切にしてくれるわけ?」

「…それは…まぁ…」

「ウザい弟がいてもこれからまだまだ頑張ってくれそうなん?」

「…なにその言い方」

「オレがこんな風にそばにいてもゆるがない気持ちで姉ちゃんを好きだって、これからもずっと好きだって言ってくれそうなのかって聞いてんの」

…1回は好きって言ってくれたよね…すぐ撤回されたけど。今日だってラインの返事が返って来ないのがすごく不安だったけど…

「今日、ちょっと不安そうだったじゃん」

「!」

「ヒロセからなかなか返事来なかったろ」

「…そんな事ない」

ふっ、と笑うチハルだ。「まあ気分良くねえよな。オレと一緒に泊まりの旅行に来てんだから」


 

 黙りこんだ私に、「なあ…」と言ってチハルが急に真面目な顔をする。

「今日夜の温泉の後二人で見たじゃんここで」

「…」

「あの時すげえ…同じものを見てるんだって気持ちになれた。姉ちゃんがありがとうって言ってくれて…露天風呂も一人だとちょっと怖かったって。夜景も綺麗だけどもし一人で見てたら寂しいってオレに言ってくれた時に、あぁほんとに一緒にいるんだなって、ほんとにこれからもこういうのが続けばいいなって思った」

「…」

「…こういう感じになりたかったんだって思った。隣にいて同じ景色見て。あの時がオレは、オレん中で今んとこ一番幸せだったかも。だって、オレといて良かったって思ってくれてたわけよな?すげえ嬉しかった。だから…」

 

  

 そこまで言うとチハルは俯いた。そして黙っている。

 そうか、と思う。今は本当は静かな夜なんだ。黙ると空気の音しかしない廊下に今二人でいるのだと改めて思う。私とチハル、二人だけ。二人きりで、二人だけのこことは違う場所にいるような気がしてくる。



 ここまで言ってくれると思わなかった…ヒロセとの事に関してはとても酷いと思うけど…

 私も思ったよ。あの時は思った。一緒にいてくれて良かったなって本当に思ったよ。

 チハルから目を反らして外の暗い空を見る。曇って来たのか星が見えない。お寺の灯りがその後ろの山の形をぼんやりと浮き出していて余計寂しく思えてしまう。今だってここに一人でいたら確かに寂しいなって思うけどでも…このままここにいて、このまま好きだって言い続けられたら、なんだろう…受け入れてしまいそうな気さえしてきた。バカなんじゃないだろうか私。ヒロセとの事も邪魔されて、それでヒロセとももうダメだなって思って、それが嫌だって確かに思っているのに、なんだろう…

 怖い。こんなに想ってくれるんならって思いそうになってる。ヒロセから電話が来て、『早く帰って来い』って言ってくれたものすごく喜んだくせに…

 チハルがこんなに私を本当に想ってくれるならって、お父さんもお母さんもおばあちゃんも、本当にそれを望んでくれてるんなら…って…さっきあんな事をされてあんなに腹を立てていたのに…




 「私はもう部屋に戻る」

 そう言ったらチハルが顔を上げて慌てて言った。

「ほんとにさっきは悪い事した。ほんとは優しくしたい。だからこれからもあんな風にオレとずっと一緒にいてよ。オレと…オレといたいって思って欲しい」


 

 どうしようどうしようどうしよう…胃と胸がギュルンギュルンする。

 チハルはゆっくりと私に手を伸ばしてくるけれど私は慌てて止める。

 止めながらもドキドキしているのだ。今真面目な顔でチハルが言ってくれた事に。

「…もう私に触んないで」

 それでも私に少し近付くチハルが言うのだ。「触るよ。触りたいから。ずっと、すげえ触りたかった」

 そして「なぁ」とまた私を呼ぶ。

「ダメだよほんとお願い、もう触んないで」

「…」嬉しそうにちょっと笑って小首をかしげるチハル。

なんでまたちょっと笑う?しかも嬉しそうに。怖いな。

「お願い。こっち来ないで」

もう一度言ったけれどチハルは私に近付いた。

 


 手を掴まれグッと引き寄せられる。

「ちょっ…」

「そこで『お願い』とか言うのが悪い」

意味がわからない。さっき私がひっぱたいたチハルの頬が赤い。



 「チハル」

「うん」

呼んでも、強張らせたままの私の体を包むチハルの腕。

 さっきの、部屋の時みたいに無理矢理じゃない優しい感じだ。

 だから私だって、振りほどこうと思えば振り払えるのに…触らないでって言ったくせに。


 「…チハル」

「うん」

「チハル」

「うん」


 チハルの片手が私の頭をゆっくりと、優しく撫でる。

「…わかんない私は。これからどうしたらいいか…」

そう言ったら、「うん」とまた返事をするチハル。

「…なんかもう…ほんと良くわかんないし…怖い」

「怖い?何が怖い?もう無理矢理はしないって」

「…」

「な?」

 ここで頷いたらだめだ。

 「チハル」、とまた呼んでしまう。優しく撫でられているのに落ち着かないからだ。

 私の頭を優しく撫でいたチハルの手は今度は、ゆっくりと私の背中を摩る。

「姉ちゃんはどうもしなくて大丈夫だから。オレが、もちょっとちゃんとする」



 私がチハルを受け入れたら、もうチハルは弟じゃなくなる。それが怖い。今チハルがこんな風に私に言っていても、どれだけ今強く想っていてくれても、その気持ちの一生懸命さも怖い。



 「チハル」とまた呼んでしまう。いったい何回呼ぶんだ私。

「なに?」

「私…あんたの事イヤだ」

「なあ姉ちゃん」と今度はチハルが私を呼ぶ。

「…」

「ほんとにもちょっとちゃんとするから。な?ヒロセとの事も悪かったよ」

 今さらそんな…やっぱりダメだ、と思って慌ててチハルの胸を両手で押す。でも本当に今さらだ。

「姉ちゃん」その両手をチハルが両手で掴んで来る。「でもダメなんだって。オレ以外は絶対ダメなんだって」

「ヤダよ。私は…私はずっとあんたの姉ちゃんだよ」

「…うん。そうだな」

「…」

「でもやっぱほんと嫌だから。オレ以外はほんとダメだから」

「…」




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