47話
何度か瞬きをして、その存在を確かめた。薬指にぴったりとおさまっている指輪は、この前夏弥と選んだエンゲージリングに違いない。
サイズ直しと、内側への刻印の為に日数を要すると言われていたけれどこんなに早く出来上がったんだ。
「これ、いつ……?」
指輪から目が離せないまま夏弥に尋ねると、
「昨日の夕方。本当ならもうしばらくかかるって言われたんだけどな、無理言ったんだ。
早く、花緒は俺のもんだって印をつけたかったからな。ま、そういうこと」
夏弥は少し照れくさそうに、それでいて嬉しそうに教えてくれた。
ベッドサイドのライトをつけて、指を光にかざしてみると、何色にも見えない、ダイヤの個性が輝いていて眩しすぎる。
今まで、いわゆる装飾品と呼ばれるものに対してはそれほどの興味は持たなかったけれど『エンゲージリング』となると訳が違う。未来を共に幸せに生きる為に努力を重ねていくと、そう誓うためのものであり契約の証。
契約なんて言葉は荒々しすぎて、この輝きにはそぐわないかもしれないけれど、二人で協力して明るい未来を築くための約束だから。
「夏弥を大切にしなきゃって、心から思うよ……」
「ん?ダイヤのお礼で俺を大切にしてくれるのか?」
どこかおかしそうに笑ってる夏弥。
「違うってわかってるでしょ。この指輪は神聖な約束。お互いがお互いの為に努力して幸せになろうとする約束。なんだか、気持ちが引き締まるね」
きらきらと、まぶしい指輪の輝きは永遠。周囲の環境がどう変わろうと、誰の指に収まろうと、この輝きは変わる事がない。ただひたすらに今のまま輝きを主張していく。今、このダイヤの煌めきに魅せられて、夏弥への思いを強く確認して。
その思いを永遠に持ち続けられるように、そして、そのための努力を惜しまないように。教えてくれる輝き。
私への、そして夏弥への戒めがこの指輪なんだ、と思う。
指輪に誓うわけではないし、誓うとすれば、夏弥に対してだけど。
まず一番に考えないといけない事は明白だ。
「夏弥を一生大切にする。そして愛するために頑張る。努力する」
そんな気持ちをお互いに誓い合う輝きは、私の指にぴったりとはまっていて、実際の重さよりもずっと重く感じた。ほんの少し目の奥が熱くなった私の頭をぽんとたたいた夏弥は
「俺も、花緒を愛するために頑張るし、努力するよ」
これまでにない真摯な声で呟いた。
それを聞いた私は。触れ合う肌の熱さよりも、熱い気持ちが伝わって、体中が震えた。
* * *
夜が明けて、一旦家に帰って着替えた後で出勤しようと思って慌てていた私に、
「着替えなら幾つか用意してある。好きなの着て行けば?」
そう言って、夏弥は寝室のクローゼットを開けてくれた。営業職だけあって、スーツがずらっと並んでいる横に、無理矢理作ってくれたかのようなスペース。
黒や紺という落ち着いた色合いの中に、何故か明るい色がいくつか浮き出ていた。
「えっと……これって」
近くで見ると、どう見ても女性用のスーツが3着かけられている。ベージュのパンツスーツと淡いイエローのワンピーススーツ。そして、『む、無理』と後ずさるほど短めで、それでいてかわいい薄いピンクのタイトスカートのスーツ。
「これ、どうしたの?」
ぼんやりとそう聞きながら、ふと思うのは、夏弥が前に付き合っていた恋人の置き土産?
このマンションで同棲していて、こうしてクローゼットも共有していた?
まさか、そんなものを大切に取っておいて、私に着ろとでも?
……違うよね。まさかね。
どこか曖昧に笑いながら、夏弥を見ると、そんな私の気持ちを察したのか、苦笑しながら
「正真正銘、俺が花緒の為に選んだ服だ。蓮が嫁さんに服をプレゼントする時に行く店を紹介してもらって俺が選んだんだよ。今日みたいに花緒が泊まった朝でも慌てないで済むように」
どうだ、とでも言いたげな強気な言葉に驚いた私は、スーツと夏弥を交互に見遣った。
私の為に用意してくれた服?夏弥がわざわざ選んでくれたの?
「女の服を買うなんて初めてだったから、戦々恐々。でも意外にいいもんだな。夕べ服も何もかもを脱がせて、朝になったら俺が選んだ服を着せて。本当に俺が作り上げたって感じだ」
「作り上げたって……」
その言葉に思わず照れた。夕べからずっと、夏弥に甘やかされてばかりだ。
「夏弥、優しすぎるよ……」
満足そうに笑った夏弥は私の横に立つと、そっと私の腰を抱き寄せてくれた。
そして、耳元で小さく笑い声をあげると。
「俺個人としては、このミニスカートが好みだけど、わざわざ花緒の綺麗な足を他の男に見せる事もないか。
今日は、この黄色にしろ」
夏弥から受け取った黄色のワンピーススーツ。
どんな顔してこれを選んだんだろうと、夏弥の顔をにやりと見つめた。
けれど、嬉しそうに、ただ嬉しそうに笑う夏弥の顔は、そんな事どうってことないって余裕だ。
「指輪もちゃんとつけていけよ。周りに見せつけてやれ」
「うん。……ありがとう」
ふふふ、と笑って、手にしたスーツをぎゅっと抱きしめた時、つけっぱなしにしていたリビングのテレビから聞こえてきたのは。
『美月 梓が電撃入籍しました』
何度も繰り返す、大きな叫び声だった。




