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38話




私と夏弥の気持ちがこれまでになく近づいて、私の中にあった不安がかなり消えたとはいえ、世間が騒いでいる美月梓との熱愛騒動は完全に収まったわけではない。


ワイドショーでは朝早くから何度も沖縄での美月梓の動向が報じられ、マネージャーらしき人達にガードされながら笑顔を絶やさない彼女の姿をテレビ越しに見た。

この前夏弥のマンションの玄関で見かけた時よりも明るい笑顔は、沖縄の陽射しによるものなのか、それとも単にマスコミに向けて作っている笑顔なのか。

印象の違う彼女の雰囲気に首を傾げながら朝ごはんを食べていると、隣の夏弥が小さく笑った。


「あーあ、本当楽しそうだよな。周りを巻き込んで右往左往させてるってのに。本当、モデルの才能はピカイチだけど、近くの人間はかなり苦労するよな……あいつもかわいそうに」


ため息まじりの声は、呆れつつも楽しんでいるような、口調。

テレビに映る美月梓に向ける視線も穏やかだ。


「本当、とんだ騒ぎだったよな」


「……あいつって?」


「は?」


「だから、さっき『あいつもかわいそうに』って言ってたけど、あいつって誰の事?」


夏弥の口から出た言葉は、きっと無意識なんだろうけど、美月梓に関する事に違いなくて、やっぱり気になる。あいつなんて言うくらいだから、それなりに親しいだろうし夏弥も好意を持ってる気がした。


「あー、あいつね。うん、あいつ。……今はまだ聞かない方がいいと思うぞ」


にやりと笑って卵焼きをほおばる夏弥は、どこか嬉しげに眼を細めてテレビを見た。


「梓、うちの会社のCM撮りがメインで沖縄に行ってるんだけど、取材や写真集の撮影も兼ねててほとんど寝てないんだ」


「え?あ、うん……売れっ子だし、忙しいんだね」


突然話題が変えられて戸惑ってしまうけれど、とりあえず相槌をうちながら夏弥と同じようにテレビに視線を戻した。いつまで美月梓のネタが続くんだろうかと思うくらいに延々とレポーターの声が彼女の事を話している。


熱愛が噂されている住宅会社の営業マンと夕べ一緒に過ごしたのか、とか、結婚は近いんですかとか。

何度も同じ質問が繰り返されている中を笑顔で手を振っている美月梓。

夏弥との噂は完全にデマだとわかってるけれど、こんなに幸せそうな笑顔を作れるなんてまるで本当に恋人がいるみたいだな。結婚の話題になると、ちょっぴり顔が赤くなって照れくさそうに俯いて、それは本当に幸せな恋愛をしている女の顔で。同性の私から見ても本当に可愛く見えてくる。


夏弥の事を思って、これほどに素敵な笑顔を作っているのかな……。

夏弥にしてみれば、恋愛感情は持っていない単なる仕事上の関係の女性かもしれないけれど、彼女にしてみれば何年も忘れられない恋しい男性なのかもしれない。

テレビ越しの笑顔からは、心底幸せそうなオーラが感じられて今にも『結婚します』という言葉が飛び出しそうにも見える。


少し重い気持ちにため息が出そうになるけれど、隣にいる夏弥と交わした夕べの会話の甘さを思い出して落ち込まないように我慢した。夏弥が話してくれた切ない過去や、どうして蓮さんが私に厳しい言葉を落としていたのかを思い出せば、夏弥を信じられるような気がした。

むしろ、周りに煽られて夏弥の言葉以外の事で振り回されないようにしなきゃいけないと感じる。


だから、とにかく夏弥を愛する気持ちと愛されてる気持ちだけを受け入れて、強くなりたい。


心の中で小さく頷いて、気持ちを新たに夏弥を見れば、相変わらずテレビを見ながら何気に微笑んでいた。画面では、ようやく美月梓の話題が終わって、天気予報の可愛いお姉さんが今日は晴れだと伝えている。


……このお姉さん、確かに可愛いけど、夏弥の好みなのかな。何故か笑顔で凝視している夏弥をじっと見ていると、私の視線に気づいたのか、夏弥はちょっと居心地悪そうに顔を赤くした。


「そんな、見るなよ」


「……このお天気お姉さんが好みなの?まあ、かわいいけど」


少し拗ねたように呟くと。


「かわいいよな。うん。俺、毎朝このお天気コーナー見てから会社に行くんだよな」


にっこり笑ってる夏弥にほんの少しの厳しい視線を送ると、途端にくすくすと笑われた。


「ほんと、かわいいよこのお姉さん。花緒に似てるからいっつも目がいくんだよ。

しっかりしてるようでもどこか壊れそうで。ほら、また原稿読み間違えてるし。そんなとこも花緒そっくり」


「はあ?」


思ってもみなかった夏弥の言葉に、気が抜けたような私の声。


「毎朝このお姉さんを見ながら会社に行くんじゃなくて、本物の花緒に見送られて会社に行きたいんだよ。早く嫁に来い」


私の頭をくしゃくしゃとする夏弥の手に、何故か嬉しさがこみあがってくる。

優しい瞳が私を見つめてくれるこんな朝が、私にとっても毎日の事ならいいと心から思った。


だから。


「今日、俺の両親も旅行から帰ってくるから、挨拶して、すぐにでも籍入れよう」


夏弥の言葉に何度も頷いた。夏弥に預けたままの婚姻届を役所に提出する事をどこかためらう気持ちもあったけれど、今はとにかく夏弥の事が大好きでたまらない。

出会って間がない事への不安もあったし、夏弥の両親が私の出生の事をどう受け止めるのかが心配でたまらなかったけれど。今はこうして夏弥が私を大切にしてくれるだけで安心できる。


愛し、愛される事が基本なんだから、後は二人でなんとかできると、不思議と気楽に考えられるようになった。それもこれも、ひたすらぶれずに私を愛してくれている夏弥の強い気持ちのおかげ。

私が気づかない時からずっと私を見守り続けてくれた人。

見方を変えれば、単なるしつこい男なんだろうけど、結果的には私の気持ちも夏弥に寄り添う事になった。だから、それでいい。


「で、結婚式の事も考えような。白無垢の花緒が見たいんだけど」


「え?チャペルじゃなくて神前?」


「……ああ、俺は三三九度とかに憧れてるんだけど。……教会がいいのか?」


「ううん、私はどっちでもいい。結婚は自分には縁遠いって思ってたから何も考えてなかったんだ。

そうだね、白無垢に三三九度、一緒にできたら幸せだね」


そう言って微笑むと、夏弥が嬉しそうに目を細めた。


ふと、視界の端に何かが動いた。はっと見ると。


私たちの甘い空気から離れたところで、おばあちゃんが嬉しそうに笑っていた。




その日、休みを取っている夏弥は私の出勤に合わせて一緒に家を出て、自分のマンションへと帰っていった。

密な夜を過ごしたせいか、駅に着いて反対側のホームへと向かう夏弥の背中を見送った時、寂しくて仕方なかった。会社に着いてもしばらくはそんな気持ちのままで、こんなに自分は弱かったのかと、その事に落ち込んだ。


「さ、今日も仕事仕事」


気持ちを切り替えて自分の席に着いた時、待っていたかのように課長から呼ばれた。

課長を見ると、何か資料を見ながら私を手招いている。


「課長、おはようございます。何かトラブルでもありましたか?」


課長の様子を不思議に思いながら課長のデスクの前に立つと。


「いや、トラブルじゃないんだ、この前のプロジェクトの成果が認められて、メンバー全員に社長賞が贈られる事になったんだよ。ほら、これがその通知だ。おめでとう。

今晩社長主催の食事会が開かれるらしいから、……あ、簡単な食事会らしい。

定時後ここに書かれているホテルに行ってくれ。良かったな、頑張った甲斐があったじゃないか」


嬉しそうに笑う課長から渡された社長賞決定の通知書。


「ありがとうございます」


驚いて、感情も込められない声でそう呟いた。


社長賞といえば、年に一度出るか出ないかの大きな賞だから、本来ならもっと大喜びするべきなんだろうけど、私には単純にそれを喜ぶ事ができないでいた。


小さく頭を下げて課長の席を後にしながら、


『食事会か……』


ため息が出た。


あのプロジェクトの参加者全員に社長賞が贈られるのなら、それは悠介にも贈られる。

だから、今日の食事会にも来るはず。

同じ会社にいる限り、嫌でも顔を合わせないといけないのかな。

私に同情を寄せる振りをしながら自分の立場しか考えていない悠介と顔を合わせるのかと思うと気が重い。


せっかく夏弥との未来に幸せを感じていたのに、まるで狙っていたかのように水を差されて。


夏弥に会いたくて仕方がない。

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