小夜子さんの願い
ゾマにかかった甘くする魔法をといた、次の日の朝、
「小夜子さん、おはよう!」
「……うん、おはよう、チカちゃん」
むかえに来てくれた小夜子さんは、なんだか、いつもよりボーッとしていた。
歩いているときでも、空の向うを見ているみたいで、なんだか心配。
「ねぇ、ねぇ、小夜子さん!」
「……えっ? なあに?」
わたしが話しかけても気がつかない。
「小夜子さん、何か心配なことでもあるの?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっとボーッとしてたみたい」
そう言って笑ったけど、やっぱりヘンだ。
「そっか……」
わたしは、どうしようもなくなって、こまった。
これじゃあクッキーのふくろをわたすどころじゃないよね。
けっきょく、わたしと小夜子さんは、そのまま学校に行った。
わたしは小夜子さんとわかれて、自分のクラスに行った。
クラスにはみんなといっしょにゾマがいて、昨日のことを話してくれた。
「――それでね、昨日の夜ごはんはふつうに作れたんだ」
よかった。パックの魔法はちゃんととけたんだね。
わたしがほっとしていたら、
「本当に、体育館の妖精なんていたのね」
安倍さんが言った。
ほらね、いたでしょ? 妖精。
妖精がいるってわかってくれて、わたしはニッコリ笑う。
すると安倍さんは、
「その妖精、つかまえて、調べられないかしら」
「え!?」
「わたしは、妖精のことなんて、絵本やお話の本でしか知らなかったわ。正直なところ、本当にいるなんて思ってもいなかった」
安倍さんはニッコリ笑って、
「けど、わたしたちで妖精をつかまえたら、妖精がどんなふうにくらしてるいか、どんなものを食べているのか、カンペキに調べられるわ」
ニコニコ笑顔でそう言った。
そっか。
安倍さんはカンペキが好きだ。
だから、妖精がいるってわかったら、カンペキにぜんぶを調べたいんだ。
「ひょうほんを作るためのハコとピンを買わないといけないわね」
ええ!?
パックはいたずらものだけど、ひょうほんにするなんて、かわいそうだよ!
なんとか安倍さんを思いとどまらせなきゃ!
でも、どうしたらいいんだろう……?
「で、でも、妖精をつかまえるなんて、できるの? ふつうの人には見えないかもしれないし、虫みたいちっちゃくて、すばやいかも知れないんだよ?」
「虫くらいのすばやさなら、あたしがカンタンにつかまえられるよ」
マイがニヤリとわらった。
安倍さんも「それに」とニコニコ笑顔で、
「図書室で調べれば、妖精をつかまえる方法だって、わかるわ。ふつうの女の子の真神さんが、ふつうに会えるくらいだもの、昔にだって妖精に会った人や、調べた人だっていたはずよ。そういう人が書いた本を、さがすの」
安倍さんは目をキラキラさせながら、言った。
「それに、今夜は満月よ。昔から、満月の日には不思議なことがよくおこると言われているの。真神さんが会ったって言う妖精が、またあらわれるかもしれないわ」
どうしよう。妖精さんがヒドイ目に会ったらイヤだなあ……。
そんなこんなで学校は終わった。
わたしはゾマといっしょに家に帰った。
そして部屋でポチと遊んでいると、家に電話がかかってきた。
こんな時間に電話なんてめずらしいなって思ったら、ママあてだったみたい。
ママは、まじめな声で話しはじめた。
「なにを話してるんだろう……?」
『チカちゃん、ぬすみ聞きなんて、ぎょうぎが悪いよ』
「わかってるよ。でも、ちょっとだけ」
『もうっ、チカちゃんったら』
ポチがブツブツ言うのをほおっておいて、こっそりママの話を聞く。
相手は小夜子さんのママみたい。
そのまま聞いていると、小夜子さんが家に帰っていないらしかった。
あわててお兄ちゃんの部屋に行って、まどから小夜子さんの部屋を見る。
やっぱり、部屋の電気はついてない。
自分の部屋にもどって、小夜子さんのケータイに電話してみる。でも、
「やっぱり、出ない……」
ケータイからは、よび出し音が鳴るだけだ。
小夜子さんは出ない。
なんだか、イヤな感じがした。
「小夜子さん、どうしたんだろう……?」
家にも帰らずに、電話にも出ないで、何をしているんだろう?
わたしは、ふと、思い出した。
学校で安倍さんが『今夜は満月だから、妖精があらわれそう』って言ってた。
願いをかなえてくれる妖精のことは、小夜子さんのいる高等部でも、うわさになっているらしい。
小夜子さんは、パックが願いをちゃんとかなえられないインチキな妖精だなんて知るわけないけど、妖精に会いたいって言っていた。
なんだか、すごく、イヤな感じがする。
わたしの知らないところで悪いことが起きそうな感じ。
まるで、お兄ちゃんに会いたいって神さまにお願いして、病院のろうかの夢を見た、あの時みたいなイヤな感じだ。だから、
「……ポチ、わたしを【白昼夢の世界】に連れて行って。小夜子さんのこと、神さまたちに聞いてみたいの」
『うん、わかった』
ポチが答えると、目の前が白い光につつまれた。
そして、おかしの街に着いたとたん、
「あ!? チカちゃん! 大変なの!!」
小さな女の子が飛んできた。
パックを引っぱって行った、花の妖精の女の子だ。
「パックのやつ、こんな時間になっても人間の世界から帰ってこないの! いつもなら、学校のみんなが帰ったら、やることがなくて帰って来るのに」
あせった口調で言った。
やっぱり、体育館で、何か悪いことが起きたんだ。
だから、小夜子さんと、パックは帰ってこられないんだ。
「あなたは見に行けないの?」
わたしがたずねると、女の子は首を横にふった。
「【白昼夢の世界】の神さまや妖精が人間の世界に行くには、特別な魔法が必要なの。パックはそれを持ってるんだけど、わたしは持ってないの」
「そうなんだ……。ありがとう!」
わたしは女の子にお礼を言うと、元の世界に帰ってきた。
「ポチ! 学校の体育館に行こう!」
わたしはケータイと、ぼうはんブザーをポケットに入れて、部屋を飛び出す。
そして、かいだんをかけおりる。
小夜子さんが、パックが、何をしているのか、たしかめなきゃ。
「あら、チカ。夜ごはんはまだできてないわよ?」
「ううん、あのね、学校に行くの……」
「こんなおそい時間に外に出るなんて、あぶないわ。明日じゃダメなの?」
わたしが言うと、ママはビックリした。
そりゃそうだよね。
まどの外はまっ暗で、もうすぐ夜ごはんの時間だ。
お兄ちゃんがいなくなって、この前はわたしも家を飛び出して、みんなでさがしてくれたばかりなんだもん。
こんな時間に学校に行くなんて、ゆるしてくれるわけない。
でも、パックや魔法のことをいきなり話しても、信じてくれないよね。
どうしたらいいんだろう……?
わたしは、こまる。
すると、ピンポーンってチャイムがなった。
「こんばんは。夜おそくにすいません」
「はーい。……こんな時間にだれかしら?」
ママがドアを開けると、マイと安倍さんがいた。
「実は日比野さんと、夜の学校に妖精をつかまえに行く約束をしていたんです」
そっか。安倍さんは妖精をつかまえて調べようとしてたんだっけ。
パックがつかまっちゃったらどうしようって思っていたけど、ちょうどいいや。
わたしの目的は安倍さんとはちがう。
けど、安倍さんといっしょなら学校に行けるかも。
「でも、こんな時間に子どもたちだけで外に出るなんて……」
「それなら、だいじょうぶです」
安倍さんの後ろから、いかつい大人たちがあらわれた。
カッチリしたおそろいの服を着たガードマンだ。
みんな、安倍さんに負けないくらい、まじめな顔をしている。
安倍さんの家は、ガードマンの会社なんだ。
「わたしの会社のガードマンに、つきそいをお願いしました」
安倍さんが言うと、ガードマンたちはいっせいにおじぎをした。そして、
「ごあんしんください。チカさんは、かならず無事に学校にお送りします」
れいぎ正しく言った。
安倍さんの家のガードマンは、家を飛び出したわたしをさがしてくれたんだ。
だから、
「そういうことなら、チカをよろしくお願いします」
ママは安倍さんと、ガードマンたちにおじぎした。
わたしが学校に行くのを、ゆるしてくれたんだ!
「チカ、安倍さんやガードマンさんに、ごめいわくをかけないようにするのよ」
もー、ママったら。
そして、マイと安倍さんと4人のガードマンといっしょに、学校に向かった。
黒くて長いそうこうリムジンは、8人でもへっちゃらで乗れる。
ポチは運転手さんのツルツル頭の上にのって、めずらしそうに車の中を見てる。
ポチのすがたはわたしにしか見えないけど、運転手さんは頭の上をときどき気にしている。何かいるのは、わかるんだ。
もう、ポチったら! 運転手さんのじゃまをしたらダメじゃない。
「妖精をつかまえて、このビンに入れるのよ」
リムジンのまん中の席で、安倍さんは小さなビンを取り出した。
「どうやってつかまえるんだよ」
マイがたいくつそうにたずねる。
「この本に、妖精をつかまえる呪文が書いてあったの」
安倍さんは今度は古びた本を取り出して、ウキウキした声で言った。
ポチがビックリして、わたしのところに飛んできた。
「昔のイギリスの人は、その呪文で妖精をつかまえて、ビンに入れて、出してあげるかわりにお願いごとをかなえてもらっていたみたいなの」
「そんな呪文があるんだ」
ブルブルふるえるポチをよしよしってしながら、わたしはあいずちをうつ。
それって、妖精がちょっとかわいそう……。
「そんなおまじない、ほんとうにきくのか?」
「きくかどうかを、たしかめに行くのよ」
うたがわしそうなマイに、安倍さんはニッコリ笑顔で答えた。
そんなこんなで、学校に着いた。
そして、わたしたちはガードマンたちに囲まれて、ろうかを歩く。
真っ暗なろうかを、安倍さんが持ったライトの明かりが、ゆらゆら照らす。
夜の学校はしいんと静まり返っている。
毎日来てるはずなのに、なんだか別の世界に来たみたい。
暗がりから何かが飛び出してきそうで、ちょっとコワイ。
でもマイも安倍さんもいるし、ガードマンだっている。
それに、みんなには見えないけど静かに横を飛んでてくれてるポチもいる。
だから、だいじょうぶ!
力じまんのマイがガードマンの前に出ようとする。
けど、先頭の人がヒョイッとかかえて後ろにもどす。
マイは何度も前に出るけど、ガードマンはテキパキとマイを元にもどす。
すごくまじめでしっかりしたガードマンだ。
この人たちがいたら、何かがおそってきてもだいじょうぶだね。
そんなことを考えていた、その時、
「あれって……?」
体育館の明かりがついていた。
もちろん、ふつうなら、夜の体育館に明かりなんてついてるはずがない。
「行こう! みんな!」
わたしが走り出すのと同時に、ガードマンとマイたちも走り出した。
そして、わたしたちは体育館に近づいていく。
体育館のまどからは、あやしい色の光がもれている。
ガードマンが2人がかりでドアを開ける。すると……
「小夜子さん!?」
わたしは、思わずさけんだ。
そう。
中には小夜子さんがいた。
体育館のゆかには、ふしぎなもようがかいてある。
小夜子さんは、そのまん中に立って、呪文をとなえている。
ゆかのもようは、チョークですごく細かくかいてある。
なんだか、すごくブキミで、イヤな感じがする。
「何だ、こりゃ?」
「あれって、日比野さんのおとなりの如月さんよね? どうして、ここに……?」
マイと安倍さんも、小夜子さんを見てびっくりしていた。
「小夜子さん、何をしているの!?」
わたしは小夜子さんに走りよろうとしたけれど、
「チカちゃん! 近づかないで!」
小夜子さんがさけんだから、ビックリして立ち止まる。
『たすけて~!!』
頭の中で声が聞こえた。
足元を見やる。
魔法のもようのはしに小さなビンがおいてあった。
その中には、見覚えのある男の子の妖精――パックがとじこめられていた!
うっかり、けっとばしちゃうところだった!
「うわっ、あぶなかった!」
『チカちゃんったら、おっちょこちょいなんだから』
そんなことを言うポチに「もー!」っておこる。
でも、なんで、こんなところにパックがいるの?
「日比野さん、ゆかに何か落ちてるの?」
「そんなことより、なんだかヤバい! お姉ちゃんを止めたほうがいいな!」
「わたしも同じ意見よ。みなさん、あの人をつかまえてください!」
マイと安倍さんとガードマンたちが、いっせいに小夜子さんに飛びかかる。
でも小夜子さんが手の平をかざすと、そこから黒い光がほとばる。
そして6人とも、ゆかにたおれて、ねむってしまった!
今の何!?
小夜子さんがやったの!?
何で!?
どうやって!?
「チカちゃん、わたし、この体育館で妖精に会って、とてもいいことを聞いたの」
小夜子さんが、うれしそうな声で言った。
マイたちをやっつけたすぐ後とは思えないくらい、うれしそうな声だ。
「この世界とは別の場所に、神さまや妖精が住んでる【白昼夢の世界】っていう世界があるの。そこにいる妖精や神さまにお願いすれば、なんでも願いがかなうの」
小夜子さんはニコニコ笑っている。
でも、なんだかイヤな感じがする。コワイ。
「でも、この妖精は、わたしの願いをかなえられないみたいなの。だから、古い本に書いてあった魔法の呪文を使って、つかまえたの」
小夜子さんは言いながら、わたしの足元を見やる。
そこでは、パックがビンから出ようともがいていた。
その呪文って、安倍さんが使おうとしていた呪文と同じものなのかな?
ほんとうにきいたんだね。
このことを安倍さんが知ったら、よろこぶかな?
それにしても、パックは今度は小夜子さんをだまそうとしたんだ。
でも、あべこべに、つかまっちゃったんだ。
なんというか自業自得だけど、やっぱり、ちょっとかわいそう。
「そして、これからね、つかまえた妖精を使って魔法をかけて、こちら側から魔法を通して【白昼夢の世界】の神さまにお願いするの」
小夜子さんはニコニコ笑っているのに、ぜんぜん楽しそうに見えない。
思いつめているみたいで、すごくコワイ。
イヤな感じがする。
小夜子さんは高校生だし、頭もいい。
だから、神さまにお願いする方法だって調べられたんだ。
「小夜子さん。そんなことをして、神さまに、何をお願いするの?」
わたしは、たずねる。
小夜子さんのお願いが、わたしの考えているお願いとちがったらいいな。
そう思った。でも、
「それはね」
小夜子さんはニッコリ笑って、
「ようすけ君を、よみがえらせてもらうの」
そう言った。
小夜子さんは、お兄ちゃんがいなくなったことを、受け入れていなかったんだ。
それとも、パックにだまされて、また会いたくなっちゃったの?
でも、それは、してはいけない願いごとなんだよ。
ぜったいに、かなわない、お願いなんだよ!
「そんなお願いをしたらダメだよ! いなくなった人をよみがえらせられる神さまなんて、いないんだよ!」
わたしは、さけぶ。でも、
「チカちゃん、なんでそんなことを言うの? 神さまがお願いを聞いてくれたら、またようすけ君とお話したり、甘えたりできるんだよ?」
小夜子さんは、ワガママを言う子をあやすみたいな声で、言った。
「でも、いない神さまはいないんだよ!」
わたしは、小夜子さんに思い止まってほしくて、必死にさけぶ。
「いない神さまにお願いをし続けたら、小夜子さんの魔力がなくなっちゃう!」
「そんなの、ようすけ君がもどってこられることにくらべたら、たいしたことじゃないわ」
小夜子さんはニコニコ笑顔なのに、顔はまっ青だ。
もうたくさんの魔力を、どこにもいない神さまに送っちゃったんだ!
どうしよう!?
このままじゃ、ほんとうに小夜子さんの魔力がなくなっちゃう!
「ポチ! わたしを【白昼夢の世界】に連れて行って!」
さけんだとたん、目の前が真っ白になった。




