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4-8 オレの仲間を、バカにするんじゃねえ!





 オレたちのテーブルを指差して、せっかくリアとステラが用意してくれたケーキと食事をコケにする公爵令嬢エリザベート。その不愉快な笑い声に、リアとステラが思いっきり傷ついたような表情になる。

 そんな中、一歩、二歩とエリザベートに歩み寄っていくオレの顔を見て、ステラが少し驚いた様子を見せる。

「な、なにさ、別に何で祝ったっていいじゃん……。こういうのは気持ちが大事でしょ! お金かければいいってモンじゃないから!」

 半分泣きべそをかきながら、それでもリアが反論する。そんなリアの肩に手を置くと、オレはさらに一歩前に出た。ジャマしないでよ、とオレの方を見たリアが、少しだけ怯えたような顔になって黙りこんだ。

 そのままエリザベートの前に立つと、小柄な彼女と正対する。さらに何かを言おうと口を開いたエリザベートが、オレの顔を見て思わず口をつぐむ。

 オレの顔は、怒りに満ちていた。




 しばし気圧されていたエリザベートであったが、ふと我に返ると、オレを見上げるような格好で再び口を開いた。

「な、何ですか、お前! 下郎の分際でわたくしに近づこうとは、なんのつもりですか! ヘボ詩人風情が、このわたくしに……」

「うるせえよ」

 自分でも驚くほど低い声が、店内の空気を震わせる。ビクリと身をすくませるエリザベートであったが、それでもキツくオレをにらみ上げてくる。

「こ、このわたくしに、なんという口の聞き方を……。ヘボ詩人、そんな口を聞いてタダですむと……」

「お前、今までまともに叱られた事なんてないだろ」

 オレのセリフに、エリザベートが面食らったかのような顔をする。

「あ、当たり前です。わたくしを誰だと思っているのです。わたくしこそは誉れ高きベルフォール公爵家の……」

「お前は自分のすべき事も全部他人に丸投げして、公爵家って身分に生かしてもらってるだけの、ただのわがまま女だ」

 エリザベートが絶句する。何かを言おうとする彼女には構わず、オレは話を続ける。

「もちろんオレだって、リアにステラ、アンジェラやその他多くの人たちの助けを借りて生きている。その意味ではオレとお前は同じだ」

「な、何が同じですか! わたくしはベルフォール公爵家の正統な後継者なのですよ! お前のような平民といっしょにされる筋合いなどありませんわ!」

「そうだな。お前は今まで見てきた連中の中でも、ぶっちぎりで最低なヤツだ」

「なっ……!?」

 こんなに直接侮辱の言葉をぶつけられた事がないのだろう。エリザベートの顔が、みるみる蒼白になっていく。

「オレが今まで会ってきた連中は、みんなに助けられながら、自分のなすべき事をなそうと必死にがんばっている。ここにいるリアやステラだけじゃねえ。ギュスターヴさんやリシュリューさん、それにアンリの王様もだ。お前、さっきから自分はエラいとか言ってるけどよ。この国で一番エラい王様でさえ国民のためにやれる事をやってるってのに、お前は誰かのために何かした事なんてあるのか?」

 一番身近な存在のリアやステラにさえなんにもしてやれてないオレが言えた義理じゃないけどな。

 王様を持ち出されたのがこたえたのか、唇をかみしめるエリザベート。

「でもな、オレが言いたい事はそんな事じゃねえ」

 さらに一歩詰め寄る。気後れしたように、エリザベートが一歩退いた。

「お前、言ってたよな。お祝いの仕方が安っぽいだとかなんだとか」

「……」

「この誕生会はな、リアとステラがオレのためにわざわざ準備してくれたものなんだよ。予約を取ったり、プレゼントを準備したりな。このバースデーケーキだって、リアとステラががんばって稼いだ金で用意してくれた物だ。お前から見れば安物なのかもしれねえが、高いかどうかじゃねえんだよ」

 何か言おうと口を開きかけたエリザベートに、オレは腹の奥にたまっていたものをブチまけた。

「オレが許せねえのはな! そうやって二人がオレのために用意してくれた物を、テメエみたいなヤツが横から好き勝手にけなしまくりやがった事なんだよ! テメエみたいな一人じゃ何もできねえ、した事もねえクソガキが、誰かのために一生懸命になってくれる人間をバカにしていいわけがねえだろ!」

 エリザベートが、飼い主に怒られた子犬のように首をすくめる。

「お前、三段重ねのケーキがどうとか言ってたよな! それはお前が自分で手に入れたものか? 違うだろ!? 貴族の娘だから与えられたってだけだろ!? 何度でも言ってやる! お前は貴族として誰かのために何かしてやった事が一度でもあるのか? ねえだろ! アンリのおっさんは王様だから国民に慕われてるんじゃねえ、王様として国民のために尽力してるから国民に慕われてるんだよ! エラいってのはそういうことを言うんじゃねえのか、ああ!?」

「ルイさん、そのあたりにしてあげませんか」

 興奮して語気が荒くなるオレの肩に、いつの間にかそばに立っていたステラがやさしく手を置く。その柔らかな手のひらの感触に、オレも落ち着きを取り戻していく。

 あれ、オレ今、女の子にすっげえ失礼な事口走りまくってたんじゃ……? 今さらながらに顔から血の気が引いていく。

「うわぁぁ~ん……」

 ヤベっ! 泣かせちゃった! ゴ、ゴメンなさい! ……って、あれ? 泣いてないじゃん、お嬢サマ。

 声のする方を振り向くと、リアが両手で目をふきふきしながら泣き出していた。……なんで?

「……公爵家に名を連ねる者として、少々品位に欠ける振る舞いでしたわ」

 さっきまでよりずい分低い声で、お嬢サマがつぶやいた。

「先ほどお前たちに言った……その……誕生会の件については、発言を撤回いたします。しゃ、謝罪ではありませんよ? あくまで祝いの席には無粋な発言だったから、取り消すと言ったまでです」

 え、マジで? あいかわらずカワイくない事言ってるけど、多少はわかってくれたのかな?

「さ、さっきはすまん……興奮して言いすぎた。でも、わかってくれたみたいで嬉しいぜ」

「な、なっ……!?」

 オレがそう言うと、いかにも意外そうにうろたえるお嬢サマが、オレをにらみつけてきた。

「ご、誤解するんじゃありません、このヘボ詩人! わたくしはお前のたわ言など、これっぽっちも気にしておりません! あくまでわたくし自身が、ベルフォールの者として幾分軽率な発言だったと判断したまでの事! お前の妄言など、誰が聞くものですか!」

 ガーン……。オレ、めっちゃ嫌われてる……。さっき調子に乗ってエラそうな事言っちゃったから……。

「さ、さっきのは、ホントにごめん、いや、ごめんなさい……」

「フン!」

 お、思いっきりプイッってされた……。オレの詫びを思いっきりガン無視すると、手下の隊長の頬をペチペチと叩いて目を覚まさせる。

「フン! おかげですっかり興も削がれましたわ! お前たち、わたくしは屋敷へ戻ります! さっさと起きなさい!」

 そう言うと、事の行方をハラハラと見守っていたモンベールの店長さんとおぼしき紳士に声をかける。

「店長! お騒がせしたお詫びに、皆に何か振舞ってやりなさい! 代金及び店の損害については、全て我がベルフォール家が……エリザベート・ド・ベルフォールの名において負担いたします。皆も遠慮せず、好きなものを注文なさい!」

 予想外の太っ腹な発言に、野次馬と化していた客たちが一気に盛り上がる。おお、やるじゃんお嬢サマ。

 店長になんだか高そうな指輪を手渡すと、手下どもを引き連れて店の出入り口へと向かう。

「誰かのために、何かを……」

 最後に一言何かをつぶやいたかと思うと、お嬢サマとそのお供は店を立ち去った。嵐が過ぎ去った店内は……おお!? イスやテーブルが元に戻ってる!? いつの間に!? 店員がソッコーで片付けたのか? さすがモンベール、店員のレベルが違う!

「皆さん、大変ご迷惑をおかけいたしました! お詫びにこれよりお飲み物と食べ物のご注文を無料にて承ります! ふるってご注文ください!」

 店長さんの言葉に、客の間から歓声が上がる。おお、ラッキー! 見ればリアもステラになだめられて泣き止んでいる。オレたちも席に着くと、気を取り直して誕生会の続きを始める事にした。店員に紅茶を三人分注文する。

 うん、やっぱりこのバースデーケーキ、ウマいよね。



 


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