サイドストーリー 中央ギルドのステラさん 1
丸っこい曲線がかわいらしいテーブルにイス、これまたかわいらしいピンク色のフリル付きカーテン。そんな女の子らしい部屋の片隅で、キレイなお姉さんが何やら着替えをしています。ツインテールの金髪に、びっくりするくらい大きな形のいいお胸。そして何より、お姉さんが身につけている衣装がまた、とんでもなくセクシーなものでした。それはまるで水着のような、それもこの国の者が着るような水着ではなく、西の蛮族がつけているような肌の露出がとんでもなく多い水着によく似た赤い鎧でした。この鎧、俗に「ビキニアーマー」と呼ばれているそうです。
このお姉さん、名をステラといい、実は中央ギルドに所属するやり手の冒険者だったりします。ですが、真ん中に青い石のはまった赤いカチューシャをつけたステラさんは、うつむくと「はぁ……」とひとつため息をつきました。そして窓際にある、途轍もなく大きな両手斧を手に取ると……え? ええ? そんな格好で出ていっちゃうんですか? 後姿、ほとんどスッポンポンに近い状態ですよ?
これが、ダンジョンに向かうときのステラさんのいつもの格好でした。こう見えて、この露出度満点のビキニアーマーは神様の加護の力を得ていて鋼鉄の全身鎧にも劣らぬ防御力を誇ります。しかも、装備者の能力が高いほどその防御力も高まるという優れものです。そして、このステラさんはビキニアーマーの潜在能力を引き出す事のできる数少ない冒険者のひとりでありました。彼女がレベル32のやり手のプレイヤーであるというのもありますが、それ以上に、このビキニアーマーは「斧兵の女性」にしか装備ができない特殊な鎧なのです。
そんなステラさんがギルドへの道を歩いていると、道行く人たちがまるで彼女を避けるかのように左右へと分かれていきます。いつもの事なのか、うつむいたまま大通りへと出るステラさんですが、子供連れのお母さんがわが子の目に手を当てて足早に離れていくのを見た時には、申し訳なさそうに「すみません……」と頭を下げて通り過ぎるのでした。
そうして歩いていると、中央ギルドの正門が見えてきました。四つのギルドの中でも最も古い歴史と最大の規模を誇る、王国きっての最有力ギルドです。所属メンバーは千人を超え、今も正門には冒険者が続々と集まっています。顔見知りどうし、門の前で出会って談笑したり後ろから声をかけたりという人たちもちらほら見かけます。
ですが……ステラさんの周りには、声をかけようと近づいてくる人はいないようです。それどころか、むしろ彼女を避けるかのように少しずつ距離をとっているではないですか。それも慣れっこなのか、ステラさんはひとりとぼとぼと、ご大層な装飾がなされた分厚い鉄の扉をくぐっていくのでした。
扉をくぐると、王城近くの高級宿もかくやと思わせるほどの立派な玄関口広間は冒険者たちで賑わっていました。ですが、ステラさんに気づくやある者は目をそらし、ある者はその場を離れ、またある者は周りの者たちとひそひそと何やら小声で話し始めるのでした。一見みんなでわざといじわるをしているようにも見えますが、よく見ているとそうではなく、彼らはむしろステラさんに怯え、怖がっているようでした。その証拠に、後ろを通るステラさんに気づかず友達とはしゃいでた冒険者のひとりが彼女の肩に背中からぶつかると、顔をみるみる蒼白にして、「ごめんなさい」と頭を下げるステラさんを遮るように「すいませんでしたぁ!」と叫ぶや友達ともども急いでその場から逃げ出すのでした。「あ……」と声をかける間もなく遠ざかっていく二人に、ステラさんはがっくりと肩を落とすと、しょんぼりした様子でギルドの受付へと向かうのでした。
中央ギルドの受付は、窓口が八つもあり、しかもどこの窓口も人が並んでいました。この時間は、冒険者が一番集まる時間帯なのです。ステラさんも右から二つめの窓口に並びましたが、彼女が来た事に気づくや、並んでいた人たちは慌てて散り散りになっていくのでした。受付で話していたパーティーのメンバーも、ステラさんが後ろにいる事に気づくと居心地が悪そうにそわそわし始めました。パーティーに気を遣って少し離れていたステラさんでしたが、彼らは用件が終わるや、申し訳なさそうに頭を下げる彼女には目もくれずそそくさと立ち去ってしまいました。それも慣れっこなのでしょう。彼らの後姿にもう一度頭を下げると、彼女は受付のおじさんに話しかけました。
「あの……こんにちは」
「ああ」
おじさんは無愛想に返事をしました。このおじさんは、いつもこうなのです。でも、それは別に相手がステラさんだからというわけではありません。誰に対してもこの調子なのです。しかしそんな事には気づいていないのでしょう。ステラさんはいつも遠慮気味にこのおじさんと話すのでした。
「今日のクエストなんですけど……」
「二十八階の岩の撤去だったな」
「はい……」
「二十六階のゲートを使うといい」
「わかりました……」
「後で役人が確認に行く。きちんとやっておけ」
「はい、すみません……」
こうして見ていると、その様子はまるで先生に怒られる生徒のようです。別に仕事をサボった事があるわけでもないのに、つい謝ってしまいます。内容を確認してゲートへ向かおうとする彼女に一言、
「一人じゃ見張りも立てられんから、気をつけろ」
「あ……ありがとうございます」
無愛想な人ですが、どうやらこのおじさんはおじさんなりにステラさんの身を案じているようです。それに気づいているのかいないのか、軽く振り返って一礼すると、ステラさんはゲートへと向かっていきました。
廊下を抜け、ゲートのある部屋に入るステラさん。その部屋には四十六階までの九対のゲートがあり、これから出発しようとするパーティーが何組か来ていました。しかしステラさんがやってきた事に気づくと、彼らは一目散にゲートへと飛び込んでしまいました。ひとりゲートルームにぽつんと取り残されるステラさん。しょんぼりしながら、両手で斧を胸に抱えてとぼとぼと中央の二十六階行きゲートへ歩いていきました。魔法陣の上に立つと、青白い光を発して彼女の姿はその場から消えてしまいました。




