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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第三章 ~聖~

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【59】スティーブリー

 ルースとフェルは何となく歩き出すも、初めての大きな町では右も左もわからなかったが、ゆっくりとした足取りで人の流れについて行けば、店が立ち並ぶ方へと進んで行った。


 夕食の買い物をしているのか、その店先には多くの人が立ち止まり、店の中へと出入りする姿が見えた。そして辺りには美味しそうな匂いも漂っており、2人はグッと我慢するように、匂いの傍を足早に通過した。


「フェル、余りキョロキョロすると変な人に目を付けられますよ」

 そっとささやく声は、喧騒の中ぎりぎりフェルに届いたらしい。フェルはルースに振り向いて一つ頷いた。

 とは言え、冒険者ギルドの場所は分からないし、ただ歩くだけではあっという間に空は暗くなってしまうだろう。

 そこでルースは屋台で軽く食事をする事を提案する。


「お腹も空いていますし、何か買いましょう。そこで店の人に、冒険者ギルドの場所を聞こうかと思います」

「おう」

 フェルも即座に肯定を伝え、見えている屋台へと近付いて行った。


 その店からは肉の焼ける香ばしい匂いがしており、2人の口内にも唾液が溜まる。

 人が並ぶ列を見れば、先頭は串に刺さった肉を渡されていた。ここの屋台は、何かの肉を焼いて串に刺してあるだけのものの様だが、それを受け取った人は屋台の横へ移動すると、そこで大きな口を開けてかぶり付いている。少し焦げ目がついた肉にはタレが滴り、それを落とさない様に早々に口へと運んだ人物は、満面の笑みを浮かべていた。


 ゴクリと喉が鳴る音が聞こえて隣を見たルースは、フェルがその人を凝視している事に気付き、肘でつついて気をそらす。


「フェル、次は私たちの番ですよ」

 前の人が買い終わり、ルースとフェルは店主の前に進み出る。

 屋台を見れば、長い串に刺した角切り肉を焼いている店主が、手元を確認しつつルース達へ声を掛けた。

「いらっしゃい。肉はビッグボアで味は2種類、香りの際立つスパイシーな辛口と子供も喜ぶ少し甘めの濃厚タレがあるよ」

 店主の言葉に頷いて、貼り出してある値段を見れば1本40ルピル。割とよい値段だなとフェルを見れば、フェルは目を輝かせて店主の手元を見ていた。


 これは両方食べたいのだろうと、1本ずつ2種類を注文する。

「はいよ。ちょっと待っててね」

 小気味よいテンポで店主がそう返せば、ルースはその隙に言葉を重ねた。

「すみません、冒険者ギルドはどこにありますか?」

 ん?と声を上げた店主が2人に顔を向け、少し困った顔になる。


「冒険者ギルドは町の西側だけど、細かい位置は説明が難しいんだ。町中を歩いていれば制服を着た騎士団の人が歩いているから、その人達に聞くといいよ。はい、お待ちどうさま」

 店主はそう言って2人へ1本ずつを手渡すと、「毎度あり」と次の客へと視線を移動させた。

「横にずれましょう」

 店主からこれ以上の情報は聞けないのだなと、ルースとフェルは屋台の横に移動して手元の串を見た。


「俺、両方食べてみたい」

「はい。半分ずつで交換しましょう」

「そういう事か」


 1本ずつ食べると思っていたフェルが嬉しそうに笑い、手にしていた甘口ダレの付いた肉をぱくりと口に入れて目を瞑り、ゆっくりと咀嚼する。味はどうかと聞かなくてもその顔を見ればわかる位、フェルはとても美味しそうに食べている。

 ルースも手にした串をパクリと口に入れれば、ピリリと広がる辛みの後から鼻に抜ける香ばしい肉の香りと、口いっぱいに広がる肉汁が調和して、後引く美味しさを届けてくれた。

「美味しいです」

「そっちも旨いのか。こっちは味が濃い目で、パンに挟んでも旨そうなやつだ」


 フェルと感想を言い合って、途中で串を取り替える。

「あ…これは止まんないやつだな」

 辛口の肉を口に入れたフェルが、食べ終わるのを遅らせるかの様にゆっくりと咀嚼しつつ感想を言う。

 ルースも甘口ダレの付いた肉を口に放り込めば、確かに子供から大人まで万人受けする味だなと舌鼓を打った。


 目論見ははずれ、ここで冒険者ギルドの場所は聞けなかったが、こうして少しだけ腹を満たしたルースとフェルは、店主から聞いた“西“と“騎士団“というヒントを頼りに、取り敢えずはと西側へ向かって歩き出して行った。その頃には夕暮れと呼ばれる時間になっており、店先には明かりが灯り始め、町の通りでは街灯の灯りが足元を照らし始めていた。



 暗くなる前にギルドに着きたいと2人で話していると、前方から剣を下げて黒い制服を着た男性2人がこちらに向かってくるのが見えた。

「フェル、あの方達に聞いてみましょう」

「おう」

 ルースの視線を追ったフェルもその人物たちに目を留め、2人はそこへ近付いて行った。


「すみませんが、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 ルースがその男性たちに声を掛ければ、黒い制服を纏った2人は歩みを止めると視線をルースに向けた。

「ああ。どうした?」

 2人は繁々とルースとフェルを見る。

「冒険者ギルドの場所を教えていただけますか?」

 そう聞けば、ルース達のいで立ちに合点がいったのか、騎士団員たちはさして疑問も持たずに場所を教えてくれた。

 別にビクビクする必要もないのだが、今までの町とは大きく違う町の雰囲気に、少し緊張気味のルースとフェルだった。


「ありがとうございました」

 そう言って立ち去ろうとしたルース達に、騎士団員から声が掛かった。

「君たちは、どこから来たんだ?」

 皆に聞いているのか怪しまれているのかは分からないが、騎士団員がルース達に尋ねる。

「サンボラです」

 それを聞いた騎士団員は、ルース達へ笑顔を見せた。


「ここはサンボラより大きな町だ。人が多いぶん秩序も乱れやすく(いさか)いごとも多々ある。我々騎士団員が治安維持のため常に町中を巡回しているから、困った事があったらまた声を掛けてくれ」

「はい、ありがとうございます」

 ルースが再度お礼を伝えれば、騎士団員たちは手を上げて去っていった。


 ルースとフェルがサンボラから来た冒険者だと分かると、不慣れである事を気遣って、彼らは大まかに町の事を教えてくれたのだとルースは感じた。

 人が多ければその分騒動も多いのだから、気を付けろよと。騎士団員が抑止として町を巡回しているので、何かあれば騎士団員へ声を掛けてくれという事だった。また町中で道に迷ったら彼らに聞けば良いのだと、ルースは記憶に留めたのだった。



 そこからルースとフェルは、今教えてもらった道順を頼りに冒険者ギルドを目指す。そしてしばらく歩けば、重厚な扉を付けた建物の前に出た。


「ここですね」

「そうみたいだな」


 扉の横には“冒険者ギルド“と書いてある看板も見て取れる。

 こうしてやっと冒険者ギルドへたどり着くと、2人は扉を開き中へと入っていった。


 しかし今の時間、丁度クエストが終わって戻ってきた者達で混み合っており、サンボラの冒険者ギルドの2倍はあろうかというこの部屋も、人の列でにぎわっていた。

「タイミングが悪かったな…」

「ええ、お忙しそうですが私達も宿の確認をしなければ、今日泊る所もありません」

「じゃあ…並ぶか」

「はい」

 そんな会話を経て、2人は受付の一番端の列に並んだ。受付の前は5つの列ができており、ルース達は一番近くにあった列の最後尾についた。



「おい!横入りすんなよ!」

「るせー」

 ルース達の並ぶ3つ隣の列から、突然大声が聞こえた。

「んだとテメー!」

「別に減るもんじゃねーんだ。文句言わずに静かにしろや!」


 ガヤガヤと辺りが騒がしくなり、列がその冒険者達から離れる。人が退いた事で、その者達は取り残された様に、ぽっかり空いた隙間に立っている。


「テメーのせいで列が乱れたろーが!」

「人のせいにすんじゃねぇ!テメーのせいだろぉ!」


 そのまま二人が殴り合いでも始めるのかと思った時、受付の奥の扉が開いて2m近い大柄な男性が姿を現した。

 それを見た周りの者達が急に静かになり身動きすら止めるが、それに気付かない中心の2人はまだ言い争いを続けている。

 ルースとフェルは訳も分からず、黙ってそれらを見続けていた。


 そして奥から出てきた人物がその2人の下まで歩き出せば、人の波が割れるようにその人物へと道を譲った。

 大柄な男性がその2人の横に無言で立った時、やっと怒号が止まり、何かに気付いたかの様に2人は同時に横に立つ人物を仰ぎ見て固まった。


「ギ…ギルマス…」

「う…」

 騒ぎを起こしていた2人はそれぞれに声を出すも、二の句が継げないらしい。

 そのまま5秒ほど3人が静止したかと思えば、ギルマスと呼ばれた人物が目の前の2人を睨んだ。


「ちょっと来い」


 決して大声ではないはずの言葉は、静まり返ったギルドに響いた。

 言われた2人は背中を丸めて睨みあいつつも、何も言葉を発する事なく素直に奥へと戻るギルマスの後ろをついて行き、3人は扉の中に消えていった。


 “バタンッ“と扉の閉まる音が響けば、ギルドの中はため息の大合唱となった。

 ルースとフェルは状況が理解出来ないまでも、スティーブリーのギルドマスターはとても怖い人なのだろうと、こっそり思っていたのだった。


 ようやく先程までの状態に戻り、少し待ってルース達の番となった。

 2人の対応に当たってくれるギルド職員は、生真面目そうな面差しにカッチリと制服を着こんでいる男性だ。


「こんばんは。ご用向きをお伺いいたします」

 目の前に立つルースとフェルに見覚えがないと分かったのか、そんな風に声を掛けてくる。


「こんばんは。先程この町に着いた冒険者ですが、ギルドの宿に2人分の空きがあれば宿泊をお願いします」

「宿ですね。確認いたします」

 すぐさまその職員、胸に“ニクス・メレトニー“と名札がある人物が、手際よく魔導具を操作していく。

 そして顔を見上げると、ルース達へと笑顔を向けた。

「はい、3人部屋に一つ空きがございました。こちらは3人部屋になりますので、他の方がいらっしゃれば相部屋になりますが、よろしいですか?」


 メレトニーの問いにルースがフェルを見れば、フェルは「いいぞ」と頷きを返した。そのままその部屋を借りる手続きを進めてもらうと、場所を教えてもらったギルドの宿へと向かうため、2人は混み合う冒険者ギルドを後にした。


 こうしてスティーブリーでの宿を確保すれば、やっと新たな町へ到着したのだと実感したルースとフェルは、顔を見合わせホッとしたように笑顔を向けあったのだった。


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