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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第九章 ~心~

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347/348

【347】願い

 魔巣山が光輝いてから数か月後、ウィルス王国歴1099年12の月。


 その年の初めに王都から旅立った勇者パーティが約一年を経て、ウィルス国の王都であるロクサーヌへと帰還した。


 国から発せられたその一報は王都に歓喜を巻き起こし、人々はこれで憂いが晴れたのだと喜び、町中では連日祭りのように賑やかな日々が続いていた。

 それは勇者達が旅立った後、この国の第二王子であるルシアスが病の為に逝去したと公布が出た事もあり、国民は吉報に飢えていた為とも言えた。


 しかしその一報前、国民に知られる事なくひっそりと城に戻って来た勇者パーティには肝心の勇者の姿はなく、迎え入れた城の者達は沈痛な面持ちを浮かべていたのだった。


 “今回の勇者も、また戻らなかったらしい”

 “それではまたいつの日か、封印されしものが復活するのか…”


 戻った勇者パーティは王城に滞在していたが、直接話を聞ける者は王とその周辺の者達だけであった。

 そのため貴族の間では様々な憶測が飛び交ったのだが、それは当事者達には何の意味もないものである。



 その勇者パーティであるフェル、デュオ、キース、ソフィーの4人は国王へと報告する為に謁見の間に通され、少しだけ身に付いた貴族らしい帰還の挨拶を終えたところだった。


 一年前にも訪れた謁見の間。

 大きな扉から続く金糸に縁どられた緋色の絨毯がその扉から玉座までを彩っており、フェル達はその(あか)い絨毯の上、玉座の前に並び頭を下げていた。


「面を上げよ」


 宰相の声にフェル達4人は顔を上げ、国王の胸元辺りに視線を向けた。その声を発した宰相の射抜くような視線を、フェル達はひしひしと感じている。


 中心にいる国王の右隣には王妃マリアンヌ、そして左側にはアレクセイ王子殿下とセレンティア王女殿下の姿があった。そしてフェル達を囲むように、上位貴族数名が壁際に並び立っている。


「代表して聖騎士フェルゼン、陛下にご報告申し上げよ」

「はい」


 宰相の声にフェルは片膝をついたまま再び頭を下げ、これまでの事を簡素に語っていった。それは、こうなる事が分かっていたキースが話す事を纏めてくれていたお陰で、淀みなく答えられたのである。


「……ルースは…ルシアスはその時、自身の身を犠牲にして封印されしものと一緒に消滅(・・)いたしました…」


 フェルの言葉に沈黙が下り、国王とアレクセイ王子らが眉根を寄せた一方、アレクセイの隣にいたセレンティアだけは目を見開き、まるでそれが悲しい事であるように口元に手を当てた。


 フェル達はルースから、セレンティア王女と宰相だけは出自の事を知っていると聞いていた。キースはその2人の様子を目にすると、どこかホッとした様に視線を下げたのだった。


「その言い方であれば、勇者が封印されしものを消滅させたように聞こえるが?」

 国王は、フェルの説明に疑問を投げかけるように言葉を発した。

「はい。…おっしゃる通りでございます」


 フェルの返答を聞いた周りにいた者達全てが身じろぎした事で、衣擦れの音が静かな謁見の間に響き渡った。


「…それは、嘘偽りなき事か?」

 国王は念を押すように再び口を開き、フェルへと険しい視線を向ける。

「はい。これ以降、封印されしものがこの国に現れる事はございません…」


「「「「「おおっ!!」」」」

 謁見の間に貴族たちのどよめきが広がった。

 それを国王自ら手を上げて、静まるようにと合図を送る。

 しかしその国王も思わぬ報告で混乱しているのか、やっとの事で言葉を絞り出した様に話し始めた。


「あの魔巣山が発したものは、封印されしものが消滅した光であったと…」

どこか独り言のように言う国王は、次に宰相に視線を向けた。

その視線に応える形で宰相は目礼し、言葉を繋いだ。


「消滅については、このパーティの言葉を信じるしかございません。こうして魔の者も出なくなった今、信じたり得るものだと考えられます」

宰相の話に頷いた国王は、再びフェル達へと視線を向ける。


「それでは宣下通りこの功績を称え、勇者パーティへ褒賞を与える」


 国王は、自国を護った英雄たちへ向けた目を細める。

 それは皆が出立する前に交わした約束であり、それを反故(ほご)にするほど狭量な治者(ちしゃ)ではないのだと、ここにいる貴族たちに知らしめる意味もあるのだろう。


「それでは希望を聞こう。黄金が良いか宝石が良いか、それとも爵位を欲するか?」

 国王はここに教会関係者であるソフィーもいる事で、敢えて“領地”とは言わなかったようであった。もしソフィーが“領地”と言えば、少なからずそれは教会を拡充することに使われるのではと思われたのだろう。


 フェル達は顔を見合わせて頷く。

 この事も、もし言われたらと推測し事前に皆で話し合っていたのだ。そしてフェルは、隣に並ぶソフィーの背中に手を添えた。

 “うん”とフェルへと頷き返したソフィーが、改めて国王を仰ぎ見た。


「恐れながら、2つお願いがございます」

「ほう?望みではなく“願い”とな?」

「はい。これは私の願いであり叶えていただきたい事です」

「では、物ではないと?」


 国王の言葉に、ソフィーは深く頷き返す。

 そのソフィーに向かう貴族からの視線は、一体何を言うのかと訝しがるものが多い様だった。

 しかしその視線にもひるまず、ソフィーは真っ直ぐに国王を見つめたまま言葉を紡ぐ。


「その願いのひとつは…。私を教会から出して、自由にして欲しいというもの」

「ほう?」


 それはすぐに返事を返せるものではないため、国王は宰相に目配せをし、宰相が頷くだけに留まるものだった。ソフィーは胸元で祈るように指を組み、彼らの動向を見守ってから再び口を開いた。


「それともう一つ。……教会を誰もが安心して利用できるように、お金がなくとも治癒が受けられるようにしてください…」

 ソフィーの願いは2つ共、己の利を得ようとするものではなかったのである。


 些細な願い。

 ルースが封印されしものを消し去った今、この(のち)、聖女とは特別な存在ではなくなるだろう。

 だからこそ教会は国民全てに公平となるべきであり、幸せは分かち合うものだと伝えたかったのだ。

 それに少しの間に滞在した教会では、その頂点にいる者は己の事しか見えていないような老人だった。それゆえに今の教会内にも、それに満足していない者達は多いのだと感じていたソフィーだ。


 そのソフィーが言った意味が分かったのであろうか、宰相が国王を見た後ソフィーに話しかけた。

「ソフィア殿、我々も今の教会は手に余ってると感じていた。ゆえに貴殿の願いはウィルス王国の力が及ぶ限り、叶えると誓おう。そして貴殿の自由については教会が何を言おうとも、この私が約束をする」


 ソフィーは宰相の言葉に破顔し、深く首を垂れた。

 そのソフィーを見つめていた国王の目が、今度はフェル達に注がれた。


「それではこれで一人は良いな。後の者も希望を申してみよ」

 フェルはその言葉に背筋を伸ばし、国王を見上げた。

「俺た…私達はソフィアの願いを叶えていただければ特にありません。ですが言わせてもらえるなら、ひとつ」

「ほう。申してみよ」

「はい。私達は勇者パーティである以前に冒険者です。だから何の地位も名誉も要りません。今後も冒険者として、平穏に過ごす事を望みます」



 こうしてフェル達4人の願いは、王国の責務として叶えられることになった。

 しかし何もせぬ訳には行かぬと、せめてもの褒美として国から渡されていた口座のカードは、そのまま持っていて良いと言う事にもなった。



 フェル達が王城(ここ)に戻ったのはルースの願いを叶える為であり、そのルースから託された内容を報告する為だった。勇者として在ったルースは、あの魔巣山で消滅した事にして欲しいという願いを叶える為に…。


 フェル達もルースと別れて約半年。

 こうして勇者パーティからもたらされた吉報は、国を通じて国内に全てに広まっていったのである。


 “もう繰り返す悪夢は終わったのだ”


 それを聞いた人々は、遠くに見える異形の姿であった山が緑豊かになっている事と併せ、その話にこれで負の連鎖が終わったのかと安堵したという事だ。


 だが根本がそこではないと知る者は、ルース達以外にはいない。その束の間の幸せを噛みしめる人々が変わらぬ限り、再び悪夢が訪れるかもしれない可能性がある事は、この浮かれた世の中の誰一人として気付く者はいないのかも知れない。


 “人の心の闇は、喩え見えずとも人を傷つけるもの。”


 フェル達は王都ロクサーヌの王城にて、こうして封印されしものの報告を無事に終えたのであった。


ルース達の旅は、残すところあと1話となりました。<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 なるほど、国への報告はこんな感じにしたんですね…。今までの顛末、そしてルースの今後(彼は仲間同様褒賞より平穏が一番の望みですし)を考えるとこれがベストに近いのかな? いよいよエピ…
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