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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第九章 ~心~

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344/348

【344】解除

「またお前か…」


 ピクリと眉を動かし声を発する闇の魔の者。

 ルースは受け止められている勇者の剣に力を込め、その顔を見上げた。


 それは、今まで遭遇した魔の者のようなおぼろげな物ではなく、しっかりと顔だとわかるものだ。目と鼻そして口もそれとわかる黒い顔は、闇を纏った中にも精霊だった時の整った面差しが浮かんでいた。


「前回は、ありがとうございました」

 ルースは再び機会を作ってくれた事に礼を言い、口角を持ち上げる。

「…雑魚が」


 表情は動かぬまでも、ルースが記憶を取り戻している事に気付きイラついたのか、握っていた剣を押し返し、フェルにしたようにルースの体へと手を伸ばした。


 しかしルースはそれを察知し、時間短縮のために無詠唱を試みる。

(“疾風(ゲイルウェイ)“)

 ― シュンッ ―

 ―― ズドンッ! ――

 間一髪のところで闇魔法の圧を避けたルースは、瞬時に横へとずれる間、闇夜に煌めく勇者の剣を振り抜いた。


 ― ザクッ ―



 ―― ドドーンッ!! ――


 そして遅れてルースを仕損じた闇魔法が後方の木に当たって爆発し、それらの木々を木っ端の如く散らしていった。

 その様子を目に入れる事なく闇の魔の者の傍へと移動したルースは、先程の剣先が掠っただけである事を理解して再び剣を横に凪ぐ。


 ― ビュンッ! ―


 しかし今度は、闇の魔の者が距離を取った事で回避されてしまい、2人の間には10m程の距離が開く。


「ルース!」

 その時どこからかキースの声が届き、ルースはその意味を把握して一足飛びに距離をとって後退していった。そして後方から、フェルの気配も迫ってきている事にも気付く。


 ルースの視界にいた闇の魔の者の体が、地面から伸びた荊棘によって包まれて行く。ルースはその機会を逃がさんと、地を蹴って再び魔の者へと取って返す。


 “荊棘拘束(スピーナバインド)


 詠唱の声は聞こえなかったが、明らかにキースから発動された魔法であるとルースには分かっている。

 これは互いに魔法の練習をする中で、二人が新に生みだした魔法であり、今まで使っていた樹人の手(セルバメレーナ)よりも拘束性と攻撃性が上がった魔法であると知っていたからだ。


 しかしそれに包まれたはずの闇の魔の者は、一瞬でその棘を爆発させ消滅させていた。


 ― ボンッ! ―


 拘束魔法のタイミングを見計らい、再び迫っていたルースとそれに追随していたフェルが、束縛が解かれた事に気付くも既に遅く、闇の魔の者は左右から迫ってきていたルースとフェルを視界に入れるまでもなく、両手を振り下ろした。


 ――― ズドンッ!! ―――


 たったそれだけの動作にも関わらず、ルースとフェルは地に崩れ落ちていた。


「ルース!フェル!!」


 そこにブリュオンに乗ったデュオが矢を放ち、ルース達が体勢を立て直すための時間稼ぎをするも、その輝く矢は黒い腕が横に薙いだだけで、はまるで弾き返された様にあらぬ方へと飛んでいった。


「ぐぅぅ…」

「うぅ…」

 その時フェルとルースは、まだ発動されている魔法の中にいた。

 2人の体の上には立っていられぬ程の圧力が掛かっており、それは“重力の魔法(グラビティー)”だと思われるものであった。


 一定の間合いを取りながら走るブリュオンは、デュオにその魔法を説明した。

『チッ、あれでは動けないだろう』

 デュオの下でブリュオンが舌打ちした。

「じゃあ、どうすれば…」

『まずは魔法を止める事だ。一度後退する』


 ブリュオンはそう言うと、一気に走るスピードを上げてキース達の下へと戻っていく。

 しかしあのまま長い間放置すれば、圧力に耐えかねて体が潰れてしまうだろう。


 そのルースは、何とか魔法を発動させようとはしていたが、肺から空気が殆ど出てしまっており、それを取り戻すために顔を上げる事しか出来ないでいた。そうして段々と意識が遠くなってくるとわかっても、現時点では自分が動く事もままならない状態だった。


 その間フェルは両手を付き、体を起こそうと一人もがいている。

 暑くもないところでフェルの額から汗がしたたり落ち、それは地に垂れて草を伝って流れていった。


「ぐぬぬ…」


 動けるフェルはその気配から、黒い影がゆっくりとこちらへ近付いてくると気付いており、ここは動けぬルースをどうにかしなければと全力を振り絞る。


「う゛おぉぉぉおおーーー!!!!!」


 体中に青筋を立てながらグンッと体を持ち上げたフェルは、片膝をつきギリリと奥歯を噛みしめた。


「ほう?」


 そんなフェルに、肩眉を上げて視線を向けた闇の魔の者は、動かしていた足を止めて口角を上げた。

 それは格の違いを見せつけてなお、あがこうとする人間に面白みを感じた為の笑みかも知れないが、その内実はルース達ではうかがい知れぬものだった。


 “さて、これから何をするのだ?”

 とでも言うようにフェルを見ている闇の魔の者は、フェルもルースにもまだ重力魔法(グラビティー)が掛けられているとわかっている。その上で、あがくフェルとルースを見て目を細めていた。


 フェルは少しずつ体を起こし辛うじて立ちあがると、足を引きずるようにしてルースの下へと進んで行く。

 フェルの5m先にいるルースの顔は、こちらを向いていない為にフェルからでは確認する事は出来ないが、身動きせぬ所をみれば、ルースではこの力にあがらう事は出来ないだろうと分かる。


「るーす…」

「……」

 フェルがか細い声で問いかけるも、ルースからは返事もない。

 フェルはやっとの事で辿り着くと、ルースの重い体を引き上げ、ルースの肩に腕を通してグンッと引く。


 だが立ち上がったところでその魔法効果が無くなった訳でもなく、フェルは二人分の重みに体の骨がきしむ音を聞く。

 ― ミシッ ―

「くっ」

 だが、ここで倒れる訳には行かないと、フェルは全身に力を入れて立ち上がった。


「ぐわぁーーーー!」



「理の中に真実を戻し、その矛盾を消したまえ。“解除(キャンセル)“」 


 その声が聞こえた時、ふいにフェルの体は軽くなった。

 その反動によろめくも、体勢を立て直して後ろを見れば、聖獣4体に囲まれたソフィーが祈りを込めるように手を組み、聖魔力の光の中に包まれていた。


 ブリュオンに聴いたソフィーが聖獣達の力を借り、重力魔法(グラビティー)を解除してくれていたのだ。

 聖獣は聖女同様、攻撃魔法を発動させる事は出来ない。その力は聖女を補佐し護る為のもの。ただ聖女が願えば、聖獣は聖女に惜しみなくその力を貸してくれるのだ。


「ソフィー」

 フェルはそんな彼女を見て目を細める。


「ふぇる…」

 肩の下から支えられていたルースが、そこで顔を上げた。

「動けるか?」

「はい…」

 まだ顔色は悪いが、魔法を解除されたルースは徐々に動けるようになってきている。


 そして一度後退する為にルースが走り出そうとした時、ルースの背後に回り込んだフェルの重みがルースに掛かる。


 ―― ガキーンッ! ――


 その音は、フェルの盾が鳴らした音であるとすぐに気付く。

「フェル!」

「もんだい…ない…」


 ギリリと歯を食いしばりながら言うフェルは、いつの間にか迫っていた闇の魔の者の腕を盾で受け止めてくれていたのだ。


「俺は勇者の護り…だからな」

 額から汗を流しつつ、フェルは口元だけを上げて言った。

 今はルースが全力を出せない事をわかってか、フェルが身を挺してルースを庇ってくれている。


 ルースは身の引き締まる思いにひとつ頷き、脂汗を流すフェルの腹部に腕を回した。

「一度後退します」


 押風(エアーシュート)の上から疾風(ゲイルウェイ)を重ね掛けして、ルースは一気にその場を離れた。

 勿論、その腕の中にフェルを抱えている。

「う…」

 その風圧からかフェルがくぐもった声を出すも、とにかく一度フェルを下がらせねばとルースは一気に駆け抜けていった。



 そうして聖獣達が揃う場所へ辿り着いた時には、フェルは瞼を落としてその場に膝をついた。

「すみません。フェルをお願いします」

「ええ。任せて」


 そんなフェルとソフィーを囲むようにして立つ仲間たちが、遠くを睨んでいる。

 グッタリするフェルをその場に横たわらせたルースは再び立ち上がると、勇者の剣を握り直して黒い人影へと視線を向けた。


 そのルースの瞳の奥、先程までなかった金色の光が煌めいていた事は、まだ誰も気が付いてはいないのであった。


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