【335】追加される事実
武器屋の店主と話を終え、ルース達は店を後にした。
「そんじゃ結局、武器屋じゃダメって事か?」
フェルはそう言って、不思議そうに剣を覗き込んでいる。
「フェル、武器屋だからではなく、武器屋ですらお手上げという事だぞ?」
キースは一応フェルの言葉を拾って、勘違いしないように補足するのだった。
「ねえルース、やっぱりその剣って、物語の中に出てきた物と一緒なのかな?」
そんな不思議な剣ならば、あの物語の中にあった物と同じではなかろうかとデュオは考えたようだ。
「私が思うにあの物語は、それ程史実から逸脱している様には思えませんでした。実際に闇の魔の者は、聖女が封印する事で抑えている訳ですし。ですからルミエールの剣と同じ物である可能性が高い、と思っています」
「って事は、その剣に何かがあると考えた方が良さそうだな…。ルースは何か思い当たる事はあるのか?前回の事も踏まえて」
キースは声を小さくしてルースに尋ねる。
ここは町中で人もすれ違う場所であり、大声でする話ではない。
「今のところわかりません。ただ、この剣だけでは根本を変える事は出来ないとは思っています」
ルースは困ったように眉尻を下げ、皆を見た。
「そっか…。でもそうなると次の時には、そこをどうにかしないと…」
「はい。また同じことを繰り返すでしょう。ですが流石にもう、私が戻ってくる事はないと思います」
こうして皆と共にいられるのも、今回が最後だとルースは思っている。
そう思っている気持ちが通じたのか、皆は眉根を寄せ視線を下げた。
『まぁお前がもし真の意味での勇者だったら、考えずとも道は見えてくるだろうさ』
その声はキースの胸ポケットからのようで、キースの胸元がゴソゴソと動き、ローブの隙間からブリュオンが顔を出した。
『お前はまた根拠のない事を…。単に考えるのが面倒なだけであろう?』
そう言ったネージュが、フンッと鼻を鳴らした。
『いいや、そうでもないさ。と言っても感覚の話しであって、説明は出来ないけどな』
ペロッと舌を出し入れするブリュオンが目を細めて言う。
「そう言えばあの本の中には、最初の聖女の傍に居たのは龍だって書いてあったけど、もしかしてブリュオンは最初の勇者を知ってる?」
デュオが“もしかして”と聞けば、チロリと舌を出して目を細めるブリュオン。
『知ってるな』
その答えは簡素で、皆は一様に目を見張った。
「何だよ、初耳なんだけど…」
キースがそんな奴に名前を付けたのかと、少々焦っているらしい。
『別にキースは気にしなくていい。儂は名前をもらえて、喜んでいるからな』
ブリュオンは目を細め、キースを見上げる。
「ねえブリュオン、最初の勇者ってどういう人だったの?」
デュオは余程あの物語が気に入っているのか、そちらの方が気になっているらしくキースの胸元を覗き込む。
『あいつは良い奴だった』
「…それは何となくわかるけど…僕たちは最初の勇者の物語を読んだんだ。だから本当はどうだったのかなと思って聞いてるんだ」
『それと一緒かどうかは知らないけど、ルミエールは友達が多い奴だったぞ。フローラもだけどな』
キースの胸元から這い出して来たブリュオンは、キースの肩へと移動していくと、ディオを見て目を細めた。
「それじゃ、その勇者はどうなったんだ?物語では、あいつと一緒に消えてしまって終わるんだ」
フェルはキースの肩に視線を向け、眉間にシワを寄せる。
『同じだ。ルミエールも封印された…あいつと一緒にな』
言葉を失う皆が口を閉じれば、町人達の喧騒が耳に入って来る。
『それは儂も力を貸した事で、よく覚えているぞ。フローラはルミエールからそう頼まれた時、泣いて拒んだ。だがな、結局そうするしかないんだとルミエールに説得された。ルミエールとフローラは番であったから、互いにそれはとても辛い事だったはずだな』
「ええ?」
「はぁ?」
「「「………」」」
ここにきて、ブリュオンから物語にはない新たな話が出る。
皆は驚き固まっている中で、ソフィーが自分の胸に手を置いた。
「そんな…」
今度は自分がルースへする番であると、ソフィーは薄々気付いているのだろう。それが更に恋人同士であったと聴いたソフィーの目からは、一筋の涙が溢れていた。
「そうだったのですね…」
ルースは話しを聞きながら冷静に言葉をなぞり、そのルミエールとフローラの子孫が今の王族という事なのだろうと結論付ける。その為、その血筋の中から勇者が選ばれているという事にも思い至った。
確かにルミエールは金の目と髪をもち、今の王族の決まり事とも一致する容姿だった。しかし勇者の剣が選ぶのは、多分血筋と素質であり髪の色などは二の次に思われる。だが人々はいつからかそれを歪んで捉えてしまったが為に、今の王族とは金の目と髪でなければならぬという事になっているのだろう。
“人とは身勝手なもの”
ルースは心の中でそう呟く。
最初の勇者であるルミエールは国を救いたかった訳ではなく、本来は友を助けたかったが為に、精霊王に力を借りてそこへ行ったのだ。そして結局、友を救う事は出来ずに終わってしまう。
しかしその話はいつしか封印されしものと勇者という図式に変わり、本来の“友を救いたい”という最大の目的が失われて伝わってしまったのだ。
助けたかった友は悪者になり、助けに行くはずの者は勇者と呼ばれる。
そして身を挺して防ぐ事しか出来ない勇者は、いつも王族から選ばれているのだ。金の髪と目を持つルミエールと似た面差しの者達が…。
これまでの勇者がこの話をどこまで知っていたのかは分からないが、最低でもルースはルミエールの気持ちに寄り添い、この先を進んで行くつもりだった。
幸いと言って良いのか最近のルースは、時間の精霊が傍にいてくれる事で連日ルミエールの夢を見ている。
その中には必ずヒントもあるはずだと、ルースは落としていた視線を上げ皆へ視線を向けた。
「ブリュオンの言う通りでしょう。この先には明るい未来があると信じて、今は進むだけですね」
「まぁルースがそう言うなら、そういう事だな」
フェルはチラリと勇者の剣に視線を投げるも、何も言わずに肩を竦めた。
「まさかここで新たな物語が聴けようとは…」
とその後ろでデュオが一人で目を輝かせていたが、それには敢えて誰も触れる事はなかったのである。
こうしてルース達はミンガの町で十分な休息と食料などの補給をし、翌朝にはこの町を出発していったのだった。
ルース達は西へ向かい、最初の分岐で北上する細い道に入って行く。
季節は初夏に向かい、吹く風も身に染みる冷たさはなりを潜め、通り過ぎれば心地よいと感じられる位である。赤く萎れていた下草の間からは元気な緑の葉が伸び始め、頭上の木々も陽ざしを遮る位までには葉をつけ始めている。
風に揺れる木々からは道を歩くルース達に木漏れ日が降り注ぎ、皆の行く先をキラキラと照らしていた。
この道は北部の村人達が通る位で元々往来が少なく、今は人通りもなく静かな道だ。
ここのところ北部の村に住人が少なくなったとはいえ、全員が避難している訳ではなく、家畜の世話をする者達も残っていると聞いている。
だが今のところは人影もなく、のどかな道が続いているだけである。
ここは緩やかな傾斜が続き、足元も小石が混じり決して歩き易い道とは言えぬ為、人がいない事を確認し、今はネージュがソフィーを背に乗せて歩いている。
そのネージュの頭にはちゃっかりブリュオンが陣取り、眠るように目を閉じていた。
一方シュバルツはいつもの様に空へと舞い上がり、散歩ついでに周辺を見回ってくれているらしい。どこまで行っているのかは分からないが、少なくとも念話が届く所にはいるようである。
『その先に村がある。家畜が魔物に襲われているようだ』
シュバルツからそう念話が届いたのは、ミンガの町を出て4時間程経った頃だ。
ルース達はシュバルツからの連絡を受けて顔を見合わせると、一気に速度を上げて駆け出して行くのであった。




