【317】見えない者達
『見付けた』
シュバルツの簡素な報告にルース達は頷く。
ルース達の下へ戻ってきたシュバルツは近くの木に留まり、その方向へ視線を向けた。
『少し遠いが、複数人が纏まっている場所があった。あれでは他の冒険者は見つけられないだろう』
「何でだ?」
フェルは木を見上げシュバルツと視線を交わすも、『行けばわかる』とシュバルツは教えてくれない様である。
そうしてシュバルツは、皆を森の中へと誘導していく。
他の冒険者達も森に入って行って為、普通であれば見付けられるはずであるが…と、皆は首を捻りながらシュバルツの後を付いて行くのだった。
そこから30分程進んだ森の中で、シュバルツは一つの木に留まった。
『その先だ』
ルース達は息を潜め木々の陰から言われた方向をうかがうも、ルース達の20m前方には土地の一部が盛り上がった場所があり、その一部が崖の様にえぐれているだけだ。しかしそこに何がある訳でなく、身を潜める場所は何もないように見える。
『なるほどのぅ。上手く隠れておるようじゃ』
そこにネージュも視線を向けたまま、独り言のように言った。
その反応を見る限り、シュバルツとネージュには何かが見えているという事であろう。
しかしそう言われてみると、何かの気配がある様にも感じられるがその所在がつかめない、と気のせいだとも取れる気配がある事に気付く。
「何があるのですか?」
ルースがシュバルツに問えば、答えたのはネージュだった。
『ふむ、これは認識阻害をさせる魔導具を使っているのであろう。我らには視えるが、おぬし達ではそれを目視できぬ』
「認識阻害?…そんな物を?」
キースは考え込むように顎に手を置いている。
『何かしらの魔法が発動しておるゆえ、人の目には映らぬという事はそうであろうのぅ』
「へぇ…そんなのもあるんだな」
フェルは肩を竦めてネージュに言った。
と、その時気配が動く。
ルース達はその気配に気付き身をかがめてそちらの方向をうかがえば、すると何もないはずの崖の中から一人の男が現れ、辺りを見回している。
着ている物も黒っぽいのか、暗くなった今ではぼんやりと顔が動いている事しかわからないが、どうやら周辺を気にしているらしいと見て取れた。
「冒険者達が森の中に入って来たから、気配がして出てきたんだろうな」
キースは小さな声で考察を述べる。
そうして様子を見ていれば、その男は再び崖の中に消えていく。
確かにこの状態では、冒険者というより誰であろうとこの場所を特定する事は難しいだろう。先程シュバルツが伝えた言葉の意味が、これを見れば良く理解できる。
「僕が近くまで行って様子を見てくるよ」
デュオはフッと気配を断って、足音も立てずにそこへ進んで行った。
そして先程男が出てきた場所の近くを確認し、崖に張り付くように耳を当てている。
デュオは少しして振り返りルース達へ両手を見せるように出すと、左手は広げたまま右手の小指と薬指を折り曲げた。
“8”
ルース達はその合図に手を上げて答える。
「8人か…射手と魔法を使う者が少なくとも一人ずつ、いるはずだったな」
とキースはルースを見る。
そして戻ってきたデュオとフェル、ソフィーもルースに視線を向けた。
「あの中がどれ位の広さかはわかりませんが、射手は中では殆ど戦えないでしょう。デュオとソフィーはここで待機、出てくる者がいた場合の対処をお願いします」
デュオとソフィーが頷けば、フェルはニッと口角を上げる。
「そんじゃ、3人で突っ込むんだな?」
「はい。ですが中で剣を振り回せるかはわかりません。フェルも魔法の準備をしておいてください。簡易詠唱は、出来るようになりましたよね?」
ルースはそんなフェルに、ニッコリと笑みを向ける。
「おう…まぁまぁだ。…たぶん」
フェルは、昇級試験での事もあり魔法を発動させるまでのロスタイムに気付き、少しずつではあるがルースとキースに教えてもらいながらそれを練習しているのだ。
その魔法の練習のお陰で魔力量も増え、聖騎士に成れたと言っても過言ではないだろう。
そんな5人は表情を引き締め、大きく頷き合うのだった。
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「おい、外の様子は」
「へい、こっちにゃ誰もいませんっした」
ルース達が外で様子をうかがっている頃、その洞窟の中にいる者達は焚火を囲み、昨日の収穫物である大量の酒で酒盛りをしているところであった。
尋ねた男は酒瓶を煽りジロリとその男へ視線を向けるも、酒を飲む手は止めていない。
この場所は絶対に見付かる事は無いと分かっていての、その余裕である。
先日、他の場所で襲った馬車に積んであった荷物を奪い、その中を物色していれば、ご丁寧に説明書の付いたこの魔導具が出てきたのだ。
と男は酒瓶を下げ、チラリと近くにある小さな箱を見てニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
これは本当にお宝だったと、その男は心の中でせせら笑う。
この認識阻害の魔導具さえあれば、これを置いた場所であればどこへ行こうが見付かる事はない。
この洞窟の入口は狭いものの、中へと進んで行けば道が3つに分かれており8人が寝泊まりする分には十分な広さもある。こうして中で火を熾しても洞窟は何処かに繋がっているのか、煙が充満する事もなかった。
ここは身を隠すには最適な場所であり、入口さえ隠してしまえば洞窟がある事も知られずに済む。
それに目の前に商人が良く通る道があるとくれば、最高の隠れ家だと、御頭と呼ばれる男は盛大に嗤った。
その内、女でも捕まえてきてそれも楽しみの一つに加えようと、次の計画を立てはじめる。
ここには薄汚れた男どもが8人いるだけだ。皆着の身着のままであるため、この洞窟内は饐えた匂いすらするが、そんな事は気にしていても何の意味もない。これから先の楽しい事だけを考えていれば、その匂いすら愛おしく感じるというものだ。
「御頭、次はいつやるんですかい?」
御頭と呼ばれた男はまた酒瓶を煽って袖で口元を拭うと、話しかける手下を横目に見る。
「まぁこの酒を飲み切ったら、だ。それまでは休暇中だろう?」
「そうっすね」
後ろに積んである酒の山に視線を送り、ふてぶてしく笑みを浮かべる御頭の軽口に合せるように、そこで8人は下卑た笑い声をあげた。
休暇も何も、自分達にとっては毎日好き勝手に生きている訳で、人が汗水たらして運ぶ荷物を分捕ってそれを有難く頂戴しているだけなのだ。
昨日襲った商人が積んだ荷は、たまたま大量の酒であった。それらをそこにいた馬に括りつけここまで運ばせてきた。だが馬は嘶くしそれでは隠れ家もバレてしまう為、その馬は殺し、晩酌のつまみとして有難くいただいているのである。
そんな気の緩んでいるところへこの森に人の気配が動いていると分かり、様子を見に行かせたのだ。
その報告で本人は何もなかったとはいっているが、外はもう真っ暗でどうせ何も見えなかっただけだろうとその意味を理解している。
まぁどちらにせよここを出なければ見つかりはしないのだと、御頭はボサボサの顎鬚を撫でつけ酒を拭った。
“カラン”
と小さな石が転がる音を聞いた気がした射手は、とっさに手元にある弓に手を伸ばす。もう酔っぱらっていて狙いを絞れるかは怪しいが、条件反射というやつだ。それを思い止め、胸元から短剣を取り出す。
「おい、どうした」
その様子に御頭が睨み付ける。
「今なにか、聴こえたっぽいんでっ…」
「おいおい、酔っぱらって幻聴か?俺達をだまそうとしても、そうはいかねーぜ?」
隣に座る男が、その汚い手で肩を叩く。
とその時再び“シャリ”と土を踏む音が聴こえ、バチッと薪の爆ぜる焚火の音に続き8人が立ち上がった。
「チッ獣かよ」
別の男が腰の剣を抜いて身構える。
「面倒だな…ここが臭くなっちまうじゃねーかよぉ」
一人の冗談に皆が下品な笑いを立てる中、御頭はスラリと剣を抜き身構えた。
「おい、魔法の用意だ」
と低く唸るように言う御頭に、言われた男は入口へ向き直ると両手を上げ、火球の詠唱を始めるのだった。
こんばんは 盛嵜です。
いつも拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。
今回の後書きは、今後の更新予定のご連絡となります。
年末年始は少しお休みを頂戴し年内の更新は12月30日まで、年始は1月4日からの投稿を予定しております。
ご迷惑をお掛けいたしますが、引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。<(_ _)>




