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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第八章 ~迷~

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309/348

【309】中央教会

 教会の敷地で離れに居を置いているソフィーは、勇者のお披露目の宴があると聞かさせれた後、慌ただしい日々を送っていた。


 聞いた日から朝の祈りの時間以外、貴族の前で披露するカーテシーの練習をさせられる事となり、そんな時間を送る中、ソフィーは最初に来た時に連れて行かれた部屋に再び呼ばれたのだった。


 部屋までは神官のスザンヌが付き添い、その扉の前で頭を下げる。

「聖女様、こちらはお一人での入室となりますので、よろしくお願いいたします」

「はい」


 このスザンヌはソフィーにとても良くしてくれており、少しの時間ではあるが話をする事も増えた。と言っても世間話程度の軽いものだが、それはソフィーの気持ちを慮ってくれている為であるとソフィーも気付いていた。

 そんな気遣いを見せてくれるスザンヌと別れ、ソフィーはこれからこの部屋に一人で入らねばならぬのだと気を引き締める。その時隣にいるネージュがその心を察し、ソフィーへと視線を向けた。


『我も傍におるゆえ、心配する事はない』

 そんなネージュにソフィーは笑みを向けて頷き返すと、表情を改めその扉をノックする。


 コンッコンッ

「ソフィアです」

「入りなさい」

 すぐに返事が聞こえ、ソフィーはその大きく複雑な模様が施された扉をゆっくりと開く。

 扉の傍に控えていた神官に案内されるソフィーは、真っ直ぐに前を向き進んで行った。


 大きなテーブルの上座に座る教皇ニューゲンの右斜め横に座ったソフィーは、膝の上に手を乗せ背筋を伸ばす。


「これで全員揃ったようだな。今からする話は、教会としての今後を見据えた話になる。聖女も心して聞くように」

 教皇からの声でソフィーが頷いてみせれば、教皇は視線をソフィーから皆へと向け話し出す。


「我々教会は、後日に控える勇者のお披露目へ、この中から私以外の3名を派遣する。一人は枢機卿アクセル・エッヂ」

 教皇が名を言えば、ソフィーの向かい座る白髪交じりの男性が頭を下げた。

 その人物の体は細く、少々筋張った手をテーブルの上で組んでいる男性である。

 前回もいたのであろうがソフィーは余り覚えていない為、取り敢えず名前と見た目を覚えておく。


「もう一人は枢機卿、オリバー・ヘスキス」

 その声に次に頭を下げた者は、エッヂの隣に座る人物だった。

 40代位のその人物は茶色の髪を一房の乱れもなくキッチリと固定させ、神経質そうな顔をしている。隣のエッヂよりも体格は良さそうだが横幅は決して太くない。

 ソフィーはこの人物も取り敢えず記憶に留める。


「そして3人目は枢機卿、ランディ・ジェフコフ。枢機卿ジェフコフは聖女を迎えに行ったため、面識もあろう。当日もこの者の傍にいると良い、聖女よ」

 最後はソフィーの隣に座っているジェフコフの名が呼ばれた。

 そしてさも、聖女の為の人選であると言わんばかりの口調で教皇は言う。

 隣のジェフコフが頭を下げるのをソフィーは黙って見つめ、再び教皇へと視線を向け頷き返す。


 この場はこの枢機卿が話を進めているらしく、皆で話し合うというよりも教皇の方針を聞く場であろうとソフィーは感じていた。入って来てから話しているのは教皇だけで、他の8人は一言も声を発していないからだ。


「当日は分かっておるな?枢機卿エッヂよ」

「はい。我々に肩入れする貴族を増やすため、旨く話を進めて参ります」

「うむ。我々とて生きるため、少しは潤いを頂かねばならぬからな。祈りだけでは教会の維持はできん。頼んだぞ」

「畏まりまして」


 教皇は、左斜め横に座るエッヂへと語り掛ける

 その隣にいるベスキスは何故か渋い顔をしているなと、ソフィーはそっと視界に入れた。

 ソフィーは知らぬ事ではあるが、以前このベスキスは宰相から面会を申し入れられた際に対応し、教会の不利益とも言える金額で、聖魔法を武器へと付与する件を引き受けさせられた人物だ。

 自分にこの件を一任されなかった事でその失態を思い出し、ベスキスは渋い顔をしていただけである。


 その様子を見ていれば、再びソフィーへと教皇の視線が向く。

「それで、聖女の挨拶の方は形になってきたと聞いた。その調子で本番までに習得するよう、頼んだぞ」

「…はい」

 勇者と並び立つ予定のソフィーには、教会のメンツが掛かっているのだと言外に告げられる。それをソフィーが拒否する事は出来ないのであるし、ここは定型通りに答えるソフィーなのだった。


 こうして会議という名の確認作業は続き、2時間をかけて教皇の話しを聞けば、やっと満足した教皇は退出して行ってこの場はお開きとなった。


 皆が立ち上がり始める中ソフィーは隣にいる、少しだけ面識のあるジェフコフへと声を掛けた。

「あの…」

「…どうかされましたかな?聖女様」

 まさか聖女から話しかけられるとは思っていなかったのか、ジェフコフは少し戸惑ったようにソフィーを見下ろす。


 教皇以外の者はジェフコフの様に、ソフィーへの言葉には少なからず敬意を含んでくれている。

 教皇はこの教会で一番地位が高いのか、それとも年齢からくるものかはわからないが、教皇が敬語を使う所はこの教会内では無いらしい。何せ教皇の年齢が一番高そうなので、そのどちらの解釈とも取れるのだ。


「いつも私がお会いしていた方々は、なぜ身分の高い方達ばかりだったのでしょう。治癒などが必要な方は、他にも大勢いると思うのですが…」


 ソフィーの言いたい事が分かったのか、ジェフコフはソフィーの背に手を添えそっと部屋の隅に移動する。足元でネージュが睨んでいるが、それには気が付かない様である。


「聖女様、我々が治癒を施せる者は貴族の者達のみで、それ以外の者達へは神官などが対応しております。ご心配には及びません」

「でも、重篤な患者さんなどもいると思うので、その方々は…」


 神官位までの者では、デュオの父親やローレンスといった欠損や壊れた体の機能を回復させる事はできないのだと、ソフィーはスザンヌから聞いて知っているのだ。


「…そこまでの金額を払える者達は、まず居ないと言って良いので大丈夫ですよ」

 その問いに、ジェフコフは子供を諭すように優しく伝えた。

「そんな…それではお金がない人は…」

「ええ。仰りたい事は理解しております。ですが今の教会は…上に立つ者の方針は、そうなっているのです」


 少し悲しそうに言うジェフコフは、その表情を見る限りそれを心から受け入れている訳ではなさそうだったが、それでも枢機卿になった者ですら、その方針を変える事はできないと言いたいのだろう。


「では、私が教皇様に言えば…」

「それはおやめになった方がよろしいかと。いくら聖女様といえど、そこまで口を出せば目を付けられる事にもなり兼ねません」


 ジェフコフはソフィーを心配するように言うも、ソフィーにはそれが本当の事なのかは分からない。

 ジェフコフがただ教会を壊すような行為を恐れているのか、それとも別に何かがあるのかとソフィーは言葉を詰まらせた。


「教会は代々その時に立つ教皇によって、教会の在り方が決められるのです。その為ニューゲン様がおられる今は、それを変える事ができるのはそのご本人のみとなります」


 この中央教会の設立は古く遥か昔から続いているが、その中で幾度も上に立つ者が変わってきた。

 始めは小さな教会から始まったこの中央教会も、当時は人々に寄り添い疲弊した者達を助け人心(じんしん)に密着したものだった。それが次第に大勢の者が教会に従事するようになると、それに比例するように色々な考えを持つ者が上に立つ事になっていった。

 その上、教会の頂点に立つ者は絶対であるという風潮も加味され、野心に燃える者達がその席に座る事も増えていったのだ、とジェフコフは教えてくれたのだった。


『我が知る頃は、そこまで悪辣な事はしていなかったがのぅ』

 ネージュがジェフコフにも聴こえるように念話を送れば、ジェフコフは苦しそうに笑った。


 ソフィーがこの教会へ来てから他の枢機卿とは話もしていないが、今のジェフコフを見る限り、教会の現状に少しは憂いてくれている者もいるのだと知り、ソフィーは少しだけ希望をみた気がした。


「私も旅の間に色々と考えておきます」


 そう言ったソフィーの眼差しの中に光を見たジェフコフは、いつの間にか人のいなくなっていた部屋に一筋の希望を見た気がして、心からの笑みを湛えていたのであった。


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