【152】混濁
ブラストバードは放った魔法を避けられたため、また急降下してフェルに迫ってきていた。
それに一瞬遅れて気付いたフェルは、まだ体勢を整えぬまま、地面に膝をついている状態だ。このままでは一瞬よぎった事を、意図せず実行する形になってしまうだろう。
「フェル!!」
その魔物の動きに、一早く反応していたのはルースだった。
今日ルースは急に体調が悪くなり、今は魔法を使うことが難しいと考えた為にソフィーの隣から飛び出し、膝をついたフェルを倒してその上に倒れ込んだのだった。
「わっ!ルース!?」
横から倒されたフェルは、自分に覆いかぶさるルースと迫ってくる魔物の脚を視界にいれ、咄嗟に剣を魔物へと突き出す。
しかしその動きを見た魔物は、フェル達の手前で上空へと軌道を変えると、グルリと旋回し、そこで再び魔法を放つ為に上空に留まったのだった。
倒れ込む2人を見たデュオーニは番えて待機していた矢に集中し、上空に留まったままの魔物へと狙いを定めた。
弓を引く手に力が籠る。
この矢が当たらなくてもいい。ただ、倒れた2人が体勢を整えるまでの時間稼ぎでも良い。
だが、願うならばこの魔物の急所に中り、この魔物を倒したい。
――役に立ちたい!!――
― ヒュンッ ―
願いを込めて放たれた一矢は、上空にいる事で油断していた魔物へと真っ直ぐに届き、その眉間を射抜く。
『ギャーッ!』
悲鳴を上げ動きを止めた翼は、それを半分広げたまま下の木々にぶつかりながら、落下していったのだった。
ガサッガサガサガサ
―― ドーンッ! ――
大きな地響きを立てて落ちてきた魔物は、その1本の矢が刺さっただけで既に絶命していたのであった。
その一連の動きを見ていた者は、フェルとソフィー、そしてネージュとシュバルツだけ。
『ほぅ』
「すごい…」
「ヒュ~」
フェルの口笛はともかく、皆からの賞賛にも気付かないのか、デュオーニは矢を放った姿勢のままで立ち尽くしていた。
「また…当たっ…た?」
今度はしっかりと自分がしたことを認識していたデュオーニは、上空に離れて飛んでいた魔物を撃ち落としたのだと唖然とする。
『魔力を乗せたようじゃのぅ』
ネージュの言葉に、ソフィーもその魔力を感じていた為に頷く。
「おいルース。いつまでも伸びてるんじゃないって、おい…ルース?」
上半身を起こして呼びかけるフェルの上に乗ったままのルースは、フェルの言葉にも反応しなかった。
そのフェルの声で一斉に視線を集め、ソフィーとネージュ、そして我に返ったデュオーニまでもがルースの下へと駆け付ける。
「ソフィー、ルースが動かないんだ…」
フェルにもたれたまま目を瞑るルースに、ソフィーは近付いて手を伸ばした。
“バチッ“
「っ…」
その指先にしびれを感じたソフィーは、すぐさま手を引いた。
「どうして…」
『ふむ。何かが発動しておるようじゃのぅ』
「俺は大丈夫だぞ?」
『オマエハ,鈍感ダカラダロウ』
次々と目の前で続く言葉に、デュオーニは半ばパニックを起こしていた。
今まで聞こえていなかった声がどこからか聞こえてきて、そしてその発生源が、目の前の犬と鳥からであると気付いたからであった。
そのデュオーニに、ネージュが視線を向けた。
『今の事で、完全にこやつの魔力も開放されたようじゃのぅ』
「ん?って事は、この話も聴こえてるって事か?」
『さよう』
「今はその話の前に、ルースを何とかしないと…。私が触れられないんじゃ、治癒も出来ないわ?」
『そのまま暫く寝かしておくしかあるまい』
「でももし、何か具合が悪いのだったら…」
『ソフィーを弾いたものは多分魔力じゃ。魔力が関係するのであれば、どちらにせよ治癒魔法は必要ないであろう』
「そういう事か、分かった。だったら俺が運ぶから、その辺りにルースが寝られるように敷物を敷いてくれないか?」
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ルースは今朝デュオーニと会った途端、めまいの様な感覚に囚われはじめていた。
それは多分、デュオーニからほんの少しだけ感じ取れる魔力のせいではないかとルースは考えた。
この現象が始まったのは先程デュオーニと会ってからで、それまでと違うところは、その微量な魔力しかないからだった。
だがそれを知られれば、デュオーニはクエストの参加を辞退するだろう。だがらこの事は口に出してはならないのだと、めまいの事はルースの中だけに留め置いたのだった。
そしてデュオーニと一緒にクエストを受ける手続きを済ませ、暫く歩いてきたものの、めまいは酷くなる一方で回復の兆しはない。
(やはりデュオーニさんのこの魔力に関係しているとしか…)
ルースは皆の話を耳に入れる事すらできず、歪む景色を見ない様にしながら皆の後を付いて行ったのだった。
この現象は、今まで何度か経験した“虹色のめまい“と同じものだと感じていたが、今日は今までにない程の酷いめまいだった。
そしてその歪む視界の中で、時々皆の声が意識の中に溶け込むように入ってくる。
〈全く、フェルはいつもそんな事言ってるな〉
〈ふふふっ〉
〈何だよ、それはないと思うぞ?デュオ〉
多少の違和感を覚えるもルースが皆の話を聞こうとすれば、まためまいが酷くなるという事を繰り返していた。
こうして足を止めた場所で一旦めまいが弱くなれば、今日のクエストは休んでいてくれと言われ、それを素直に受けたルースだった。
このめまいがある限り、集中して魔法を使う事が出来そうになく、時々めまいの方に引っ張られるように周りの景色が歪む事さえあったからだ。
少しは落ち着いてきたものの誤って魔法を仲間に当てる訳にも行かず、こうして後ろに下がってフェルの戦闘を見守っていたルースだったが、フェルが転がり出た後、体勢を整える前に既に次の動きに出た魔物を見て、ルースは咄嗟に駆け寄りフェルを突き飛ばしていたのだった。
そしてその直後、デュオーニから膨れ上がった魔力を感知したルースは、その魔力に飲み込まれるようにして、意識を手放したのだった。
◇◇◇
〈いつ頃から、ご自分の役割を受け入れる事が出来たのですか?〉
デュオーニの声でそう言った青年は、緊張した面持ちでこちらを見つめていた。
「もっと気楽に話して構わないよ、私達はパーティなんだしね。それでいつ頃との問いは、これと出会ってからかな」
〈$‘%#“&…〉
その続きが聞こえないうちに違う声が聞こえ、姿が入れ替わる。
〈貴方様とご一緒に旅ができる事を、光栄に存じます〉
今度はフェルに似た声でしっかりと鎧を纏った青年が、目の前で胸に手を当て頭を下げている。
「私も一緒に旅が出来て嬉しいよ。これから暫くパーティとして頑張っていこう。敬語もいらないぞ?」
〈$‘%#“&…〉
またそこでその姿が歪んで消えて行った。
そして次に浮かび上がったのは、白い装束を纏った美しい女性だった。
その女性はこちらに微笑むだけで声は聞こえないが、その銀色の髪と紫色の瞳はどこかで見覚えのあるものだと感じたが、その姿も次第に淡く消えて行ったのだった。
そこに残り独り立っている自分は、いったい今まで何をしていたのだったかと右手を上げて自分を確認すれば、その手には見た事もない剣を握っており、その手は思っていたよりも大きな物であると何故か感じた。
そうしていれば、今までぼんやりと光っていた周りの景色が、外側から黒い闇に包まれている事に気付く。
「もうこんな所まで出てきているとは…」
咄嗟に口をついて出た言葉は、次の瞬間には言った本人すら意味が分からぬものとなっており、ぎゅっと目を瞑った。
その違和感に気付く。
おかしい
ここは何処だろうか…
◇◇◇
そうして瞑った目を薄っすらと開いていった。
「あっ、気が付いたのね?」
その声の主を確認する為に視線を向けたその瞳は、そこで一度瞬きをする。
「ここは何処だ?私は何をしていた?」
小さく紡がれた言葉は、ソフィーの声で集まってきた者達にも聞こえていた。そしてその言葉に3人は動きを止める事しかできなかったのだった。
「私の仲間は何処にいる?」
そして続けられた言葉に、ネージュだけが反応を返した。
『皆はここにおる。まずは眠ると良い』
その言葉に安堵したかのように、ルースはまたゆっくりと瞼を下ろしたのだった。
「どういう事なの?」
「あれは誰だ?」
横たわるルースから離れソフィーとフェルが動揺を見せる中、ネージュが念話を挟む。
『落ち着くが良い。アレには以前の記憶がないと聞いておったが、恐らくその影響もあろう』
一瞬の出来事ではあったが、まるで寝ぼけていたのか人が変わったようにさえ感じ、ソフィーとフェルはルースが消えてしまった様で、背筋が凍る程の思いに囚われた。
ここで今までのルースを失えば、このパーティは振出しに戻り、この旅自体が終わってしまうだろう。
だが、もし彼が昔の事を思い出しそこへ戻ろうとするのであれば、何があろうとも全力でそれを応援しようと、フェルとソフィーは瞬時に覚悟を決めたのであった。




