【143】消えた冒険者
デュオーニは、走った。
人の多い時間帯ではあったがそんな人たちの事を気遣う事も出来ず、人にぶつかりおざなりに謝りつつ、先程通ったばかりの北門を出て行った。
それでもデュオーニは足を止める事が出来ず、何度も転びそうになりながら、気付けばルース達を案内した湖が見える畔まで来ていたのだった。
この場所はデュオーニが何か考え事をする時や気分転換をしたい時、いつも訪れていた場所で、気付けば今日もここに足を向けていたのだ。
ここはいつも光に溢れ視界に広がる美しい景色も、今は暗闇に飲まれるようにその輪郭を薄くしている。
力なく湖畔に座り込んだデュオーニは、立てた膝に腕を巻き付けそこに顔を押し付けた。
今日はクエストを無事に終わらせたことを父親に報告しようと、冒険者ギルドから少し浮かれた足取りで家路についたはずだった。なのに、あんな話を聞く事になろうとは…。デュオーニは、一気に血が下がっていくような感覚を覚えたのである。
「僕が父さんの腕をダメにした?」
そう独り言ち回らない頭を整理しようとするも、何を考えて良いのかも分からず、その衝撃だけが心を支配していた。
「僕を助けるために父さんは…」
父親は今まで、そんな素振りを一度も見せた事がなかった。そしてさっきルース達に言っていたように、父と母だけがこの事を胸の内に仕舞っていたのだろう。
そんな両親の配慮も今のデュオーニには気付かぬほど、なんで、どうして、と渦巻く想いに囚われていたのだった。
もうどうして良いのか分からないなと、デュオーニは思う。
今までは働く事が出来ない父親を少しでも助けようと冒険者になり、それで上手くいかなくても何とか頑張ってきた。
その中で、自分を庇ったパーティメンバーにまで怪我を負わせることになり、今度はその人の為にも、自分は頑張って冒険者として恥じぬ者になれるようにと、ただそれだけを考え続けてきた。
しかしデュオーニは、根本を間違えていたのだ。
自分が何をしても他の人に迷惑しかかけない人間だと、さっきやっと知る事が出来たのだ。
「もう…いいかな…」
弱々しい声が静かな湖畔に消えていく。
今まで自分がしてきた事は、全て間違えた方向に進んでいたという事なのだろう。
そもそも矢が飛ばない弓士などに何の価値もなく、弓士を賜ったのも何かの間違いだったのだとそう思った。
「尊い方も、間違える事があるんだな…」
冷笑を浮かべたデュオーニが、言葉を落とす。
もう冒険者を辞めよう。そして家を出てどこかに一人で住んで、もうこれ以上誰にも迷惑をかけない様にしようと、デュオーニは自死を選ばずにそう考えた。ここで自死を選んでしまえば身を挺してまで自分を助けてくれた人達に、本当に顔向けが出来なくなると思っての事だった。
そんな事を考え、デュオーニは空に星が輝いていてもじっとそこに座ったまま、心の中を空っぽに出来るまでその闇に溶け込んでいたのだった。
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ルース達はトーマスに見送られ、北東の住宅街から西側の冒険者ギルドの宿へ向かう道を歩いていた。
すっかり空は茜色に染まり、今日一日が終わろうとしている事を告げていた。
「長居してしまいましたね」
「そうだな。荷物を運ぶだけのつもりが、デュオーニの父さんだったしな」
頭を掻きながらフェルは笑う。
「素敵なお父さんね。だからデュオーニさんも良い人なのね」
親を見て子は育つといわれているし、実際に自分達にも思い当たる節もある。
ルースとソフィーは恵まれた環境とは言えなかったかも知れないが、親代わりともなってくれた周りの人達に支えられ、今の自分があると分かっているのだ。
思いがけずデュオーニの父親と出会って、その上デュオーニの家族にとって忘れられない出来事を聞いてしまい、ルース達は何とも言えない心持ちで宿へと向かって行った。
「あんな事があったのに、お父さんは前向きな人ね」
「そうだな。俺の親だったら、一生グチグチ言われてそうだわ…」
「それはどうでしょう。その時のその人の気持ちなど、喩えその子供でも解らない事です。フェルのご両親もフェルを大切に思っているはずですから、少なからず似たような対応になるのではと」
「…そうか?」
「そうかも知れないわね。私も想像は付かないけど、自分の子供を守るためならなんでも出来るのかも知れないわ。それを後から何度も言い続けるなんて、そんな事はしないと思うわよ?」
こうして西側地区にある冒険者ギルドの前に到着すれば、そこから脇道を入り冒険者ギルドの宿棟へと戻っていった。
その後ソフィーの作ってくれた夕食を食べた後、今日買ってきた物などの荷物を入れ替え、それぞれのマジックバッグへと収納する。
今日買ったマジックバッグは、一番喜んでいたフェルに使ってもらう事にした。ルースが持っていた一番小さな巾着はソフィーが持つ事になり、ソフィーの荷物や鍋、それに食材などを入れてもらうことにし、そしてフェルが使っていた物をルースが持つことにした。ルースとフェルのマジックバッグにはそれぞれの荷物のほかに、魔物や武器などを収納する予定である。
それでやっと一段落した頃、ルース達の部屋をノックする音が聞こえた。
3人は顔を見合わすもののこの町には知り合いも多くない為、少々警戒してルースは扉越しに声を出す。
「はい、どちら様ですか?」
「冒険者ギルドの職員です」
その声に、ルースは2人を振り返り扉を開けると伝えてそれを開けば、そこには確かにギルド職員の制服を着た女性が一人立っていた。
「何かございましたか?」
心当たりのないルースは、何かあったのかと尋ねる。
「夜分にすみません。今冒険者ギルドの受付に、月光の雫パーティへ面会の方がお見えになっております」
「面会ですか?」
「はい。トーマス・フェイゲンさんとおっしゃる方です」
その名前に、夕方まで会っていた人物だと気付いた3人は「すぐに伺います」と職員に返事をし、ルースとフェルは剣を腰に下げネージュも伴って、冒険者ギルドへと急いだ。
すぐに冒険者ギルドの扉を開けて中に入れば、受付脇に一人立っているトーマスを見つけ、そこへ直行する。
「こんばんは。先程はありがとうございました」
ルースがそう挨拶して覗き込んだトーマスの顔は、先程とは打って変わって厳しい表情になっていた。
そしてそのトーマスは、挨拶もなくルース達へ言葉を振る。
「デュオーニは、君達と一緒かい?」
何の事だろうとルース達が顔を見合せば、その表情で察したトーマスは「すまないが表まで出てきてくれるか」と、冒険者ギルドの外へルース達を連れて出て行った。
町中はもうすっかり暗くなっており、灯りは所々にある店から漏れる光だけだ。
薄暗い通りへ出たルース達は、近くの脇道の前で足を止めた。
「デュオーニがまだ帰ってきていないんだ。君達と一緒かと思ったんだが…」
思いもよらぬトーマスの話に、ルースは驚きを隠せなかった。
まだ何度かしか会った事はないデュオーニだが、いつも礼儀正しく人と接し、人に迷惑をかけることをする人物には見えなかったからだ。
「デュオーニさんは、今日もクエストではなかったのですか?」
「クエストは受けたらしいんだ。ギルドの受付で聞いてみたが、今日の報告は終わっていて既にもう帰ったと言われた」
それでルース達を訪ねてきたのかと、3人は顔を見合わせた。
「申し訳ありませんが、今日はお会いしていませんので、何とも…」
「そうか…すまなかった」
そう言って話は終わったと踵を返したトーマスに、フェルが声を掛けた。
「俺達も探しますよ」
フェルの声に振り返ったトーマスは、少しだけ表情を緩める。
「そうしてもらえると助かる。あの子はこんなに遅くなるまで、行先を告げずに出かける子じゃないんだ。もしかして何かあったのかと、俺と妻だけで探すのは心許なかったんだ」
「では私達は念のために、町の外をお探しします」
「でもそれでは、君達も危険だ」
「大丈夫です。俺達はこう見えて、結構強いんですよ?」
敢えて冗談めかして言うフェルに苦笑し、「それじゃぁ頼むよ」と頭を下げたトーマスに頷き、ルース達は北門から町の外へと出て行った。
「外って言っても何処を探す?」
「湖の方は?」
ソフィーの提案にルースは同意して、3人はネージュに危険を感知してもらいつつ森の中へと足を踏み入れて行く。そしてルース達が町を出た事に気付いたシュバルツも、着かず離れずルース達の周りを警戒してくれているとルースは感じた。
しかし視界は暗く空に星は出ているが、その輝きはルース達の足元までを照らしておらず、ルースとソフィーは手の上に炎を乗せて、人の気配を探しながら人気のない森を歩いて行った。
『コチラニ,人ノ気配ダ』
そうしてシュバルツに誘導してもらいつつ、以前デュオーニに教えてもらった湖が見える場所まで行けば、そこには黒い影が一つうずくまっていると気付く。
それに一つ息を吐いて胸を撫でおろしたルース達は、足音を立てながらその黒い影へと近付いて行ったのだった。




