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92.打ち払うは激流の具現、なのですわ!

 人間よりも強い魔物など枚挙にいとまがないだけで、竜種はなぜ災害として恐れられているのか。


 その答えは力と知性、そして過去にこそある。


 エンシェント・ドラゴンにまで成長しなければ竜種は基本的に人間の言葉を話すことはないが、理解した上で敵対を選んでいる、というのが定説だ。


 魔族も人類の大敵に違いはない。


 だが、竜は、そして龍は、明確に人類の文明を一つ、それも隆盛を極めた機械文明を滅ぼしたという言い伝えが後世に遺されたからこそ、彼らは恐れの象徴として君臨するのだ。


 マグマからその巨体を引き上げた劫火竜ヴルカヌスは、ルヴィアリーラたちが以前に戦ったグランマムートよりも更に大きい。


 大きいというのは即ちリーチが長いということだ。


 寝覚を邪魔した不埒者にそう教え込むべくそうしたのか、或いは濁らされた闘争本能がそうさせたのかはわからないが、振るっただけで開拓村一つを丸ごと破壊できそうな、炎を纏ったテイルスイープがルヴィアリーラとリリアに襲い掛かる。


 幸いだったのはその先端部分を当てようとしていたことだろう。


 跳躍したルヴィアリーラとリリアは視線を交わすと、それぞれに魔力を集中させる。


『オオオオオオ!!!』

「……あの竜、苦しんで……?」

「だとしても情けをかける理由にはなりませんわ、リリア!」


 厄介なのは、攻撃で剥がれ落ちた鱗からも眷属が湧き出てくることだ。


 エンシェント・ドラゴンはその一個体で人類の万軍に匹敵するというのは、単体での力もさながら、戦う中で自らの分け身である眷属を際限なく生み出していく数の暴力もその根拠の一つに違いない。


 硝子を擦り合わせたような、不快な哄笑を上げながら襲いくる無数の眷属たちにリリアは狙いを定めて、エンゲルスタッフの先端に収束させた魔力を、拡散するイメージで解き放つ。



「『霧氷よ(Glacies)』!」


 飴玉の鈴を鳴らしたような声が、しかし、凛と筋の通った叫びが、魔力のルートパスを開通させて、この地上へ神々の法を顕現させる。


 リリアが放ったのは上級魔法でこそあれど、「虹の瞳」とエンゲルスタッフ、そして聖衣ホワイトリリーという、魔力の増幅装置とでもいうべきものを持ち合わせていたことで、その威力は並の宮廷魔法師が廃業に追い込まれかねないほどに、極大魔法に匹敵するほどに高められていた。


『クカ、カ……ケ……』


 眷属たちはその燃え盛る爪でルヴィアリーラたちを切り裂かんと跳躍したが、その片っ端から降り注ぐ氷の槍に貫かれて霧散していく。


 敵が万の軍勢を生み出すのならば、こちらは万の武器を放つことでその対策とする。


 それができたら苦労はしない、と、宮廷魔法師たちは異口同音に発するのだろうが、ここにいるのはリリアという大魔法師にして、大賢者と呼ぶべき存在だ。


 最早、彼女に常識の物差しは当てられない。


 規格外の法理でもってリリアが眷属たちを殲滅するのなら、その瞳を濁らせながらも明確に腕を振るい、爪で相対する者を切り裂かんとする劫火竜と戦うのはルヴィアリーラだ。


 ルヴィアリーラは、舞踏のように、そして華麗に、巧みな足捌きと体捌きで劫火竜の攻撃をことごとく回避し、時折受け流していく。


「劫火を操る竜ならば、これが効きますわよねえ! 『雪げ』、星剣アルゴナウツ……サファイア!」


 跳躍したルヴィアリーラが構えていた、星剣アルゴナウツの鍔にはあらかじめ収めておいた「素たる水の宝珠」が嵌め込まれている。


 解号と共に迸る、留まり続けた穢れを雪ぐ水の元素の力は、劫火竜ヴルカヌスすらも気圧されるほどに強烈なものであったが、ルヴィアリーラはただ一人、その中心で、小さな声を聞いていた。


 ──幸せになってね、ルヴィアリーラ。


 それは、星剣アルゴナウツ・サファイアと魔力の起源を同じくするが故に、微かに沈み、漂うこともなく記憶の中で埋もれていた断片がリフレインしただけだ。


 奇しくも同じ名を持つ、生まれることのできなかった姉が遺してくれた祈りであり呪い。


 それがルヴィアリーラの持ち合わせている莫大な魔力の正体であり、同時に、魔法を使えなくした原因であった。


 だとしても、ルヴィアリーラはその運命を呪ったことなど一度もない。


 むしろ今この瞬間にすら、ようやく思い出すことのできた、自身の分け身ともいうべき姉妹──サフィアリーラの存在に、感謝すら捧げていた。


 こうして、始まったのだ。


 そうして、今から始まっていくのだ。


 星剣アルゴナウツは、その姿を双刃の槍へと変え、ルヴィアリーラが纏う聖衣も同様に、青と金を基調とした意匠に染まっていく。


『ルオオオオオオオ!!!』

「だから……うるせえってんですのよ!」


 力任せに振るわれたヴルカヌスの左腕を、横薙ぎに双刃槍を振り回すことで弾き飛ばす──否、切断して、ルヴィアリーラは荒れ狂う劫火竜に負けじと声を張り上げる。


 左手を吹き飛ばされたとて、怯みもしないのは痛覚すら遮断されているからなのか、竜としての、そして成りたてとはいえ龍、エンシェント・ドラゴンとしての矜持がそうさせるのか。


 格闘戦では分が悪いと判断したのか、劫火竜ヴルカヌスは大きく息を吸い込むと、己の中で荒れ狂う炎の力を叩きつけるようにその吐息に乗せて、ルヴィアリーラたちへと噴きかける。


「ブレスなどと!」


 もしも一つボタンを掛け違えていれば、自分たちはここで消し炭になっていただろう。


 もしも一つ、歯車が噛み合わなければ、そもそもここに辿り着くこともできずに死んでいただろう。


 その確信を抱きながらも、ルヴィアリーラは臆することなくアルゴナウツ・サファイアが持つ水の魔力を全開にし、小さな領地や国であれば丸ごと消し飛びかねない灼熱の火炎を、水の魔力障壁によって全て防いでいた。


 もしもヴルカヌスに意識があったのならば、規格外の、法理を飛び出したその力に愕然としていたことだろう。


 だが、パラケルススは焦りすぎた。


 と、いうよりは、ルヴィアリーラの力を、そしてリリアの存在を過小評価しすぎていたというべきだろう。


 万全の、煮えたぎる煉獄のごとき火山をその戦場にしていたのであれば、そしてその知性を持っていたのであれば、ヴルカヌスはその本領を、かつての機械文明を滅ぼした力の一端を存分に振るうことができたはずだった。


 だが、パラケルススがボルカノ火山に踏み入った時と同じように、ルヴィアリーラの作り上げたヒュージヒエムスの品質は、火山活動に一時的な支障をきたすほどに高められたものである。


 そして、その生涯を研究と錬金術に捧げ続けてきたからこそ、パラケルススはリリアが持つ「虹の瞳」のことを知らなかった。


 北方大陸という極限環境の中でごく稀に生まれる、大魔法師にして大賢者の象徴。


 だが、その多くは魔女として、忌み子として捨てられてきたからこそ、伝承に残る存在もまた少ない。


 しかし、そんな大賢者が何の因果か、ルヴィアリーラに拾われたことでここにいる。


 故にこそ劫火竜ヴルカヌスの力は大きく削ぎ落とされて、全盛期であるはずの今に全力を発揮できずにいるのだ。


『オオオオオオ!!!』


 こうなれば、火山ごと噴火させる形で、あの時と同じようにして眼前の敵を倒す他にない。


 そう踏んだヴルカヌスは、地脈から吸い上げていたエネルギーをボルカノ火山へと還元していくが、時は既に遅かった。


 そしてその行為が、一瞬という致命の隙を生み出したことに、知性を削ぎ落とされたヴルカヌスが気付くことはなかった。


「ちぇえええええすとおおおおおおおッ!!!!!」


 跳躍したルヴィアリーラは、その首を叩き落とすべく、激流の力を宿して槍に変じた星剣アルゴナウツを構え、捻りを加えた一撃を放った。


 ちぇすと。


 それは知恵を捨てながらも、果断として勇気と決意を胸に斬りかかる言葉であり、口に出したその瞬間に、ぶち殺したという宣言のようなものだ。


 有言実行。ルヴィアリーラは迷いなく、素たる水の力に満ちた星剣アルゴナウツ・サファイアで、岩山のようにごつごつと角ばった劫火竜の首筋にその刃を叩き込む。


 単なる魔剣すらも寄せ付けないその護りは、眷属を、万軍を生み出すその鱗は、易々と貫かれるものではない。


 だが、ルヴィアリーラの刃は確実に、最も新しきエンシェント・ドラゴンの首を跳ね飛ばし、悪足掻きのように生まれた眷属は、リリアが片っ端から氷の槍で撃ち抜いていく。


 最早、趨勢は決していた。


 凍りついた山肌に着地したルヴィアリーラは、星剣アルゴナウツ・サファイアを元の形に戻して鞘に収めると、それを決着の宣言とする。


『バ、カな……我が、劫火竜たる、否、劫火龍たる我が、二度も、人間に……』

「二度も、ということは……パラケルスス、あいつの仕業ですのね」

『フフ……ハハハハ! そうか……貴様は奴の敵か……ならば、礼を言わねばならぬな……』

「わたくしは貴方を殺した相手でしてよ?」

『道具とされるより、我は誇りある死を選ぶ……人の子よ、この劫火龍を討ち果たしたこと、見事であった。そして、感謝するぞ……』


 首だけになりながらも、最期の力を振り絞ってそう呟いたヴルカヌスは、その巨体を火口の中に沈めていく。


 だが、その眠りから覚めることはもう二度とない。


 ただ静かに、長い時をかけて朽ちていくのを待つだけだ。


 そして、このボルカノ火山を噴火させようとしていたのがパラケルススの企みであることを告げてくれたその誇りに対してルヴィアリーラは敬意を表して剣を捧げた。


「貴方の仇はわたくしが討ち果たしますわ」


 ヴルカヌスが例え人類を一度滅亡の淵に追いやった相手であっても、彼もまた誇り高き戦士であることに違いはない。


「お姉様」

「ええ、リリア。あとは……あいつを、パラケルススを討つ。それだけですわ」


 故にこそ怒りを燃やし、命を燃やすように、ルヴィアリーラは素たる宝珠を四つ、アルゴナウツの鍔と万能ポーチから取り出して握り締める。

 そして、散っていった大敵へと向けて、静かに、厳かに祈りを捧げるのだった。

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