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91.その日、一陣の風となって、なのですわ!

「とりあえず、急ぎだってことで間に合ってよかったぜ」


 ロイドは仕上げていたリリアのための聖衣を手渡すと、試着室へとエスコートする。


 最終的なフィットの調整が必要かどうかを判断するための試着なのだが、ルヴィアリーラ曰くそれさえしている暇がないほど情勢は切羽詰まっているらしい。


 ただ、自分の目利きは完璧だと、変な意味ではなく、純粋な職人としてのプライドから、ロイドは自負している。


「ど、どうでしょう……?」


 着慣れたローブを脱いで、ルヴィアリーラのそれとよく似た、しかし白を基調としたドレスのようなその「聖衣」は、リリアの銀髪や美貌と相まって、今から舞踏会に行くのだと言われても信じてしまうほどに優雅なものに映った。


 だが、今から向かうのは舞踏会などではない。


 命を懸けて、死地に赴かねばならないのだ。


 フードがないことを恥ずかしがりながらもはにかむリリアも、それを自覚してか、きゅっ、とすぐに薄い唇をひき結んだ。


「ええ、似合っておりましてよ、リリア」


 これが戦いでなかったのなら、と、そう思わずにはいられないほどに、リリアが纏う「聖衣ホワイトリリー」は、彼女の魅力を引き立てていた。


 ディバインリネンはあらゆる呪いや穢れを跳ね除ける力を持ち合わせている。


 それに、ルヴィアリーラの持ち合わせている膨大な魔力を注ぎ込まれたことで、その効果は飛躍的に高まっていた。


 申し分のない仕上がりとなった新たな装備を身に纏ったリリアは、決意を新たに着衣室を出て、握っていたエンゲルスタッフを胸元に抱き寄せる。


「ありがとうございます、お姉様……行きましょう」

「ええ、リリア。ロイドも、感謝しましてよ」

「ああ、どこに行って何してくるかは知らねえけど……帰りを待ってるぜ!」


 転移魔法でボルカノ火山の麓にある開拓村、バスガルドへと転移していくルヴィアリーラとリリアを見送って、ロイドは暑苦しく笑いながら親指を立てる。


 何やら世界が終わりだとか、竜災がどうのだとか、そんなことが近頃王都で噂になっていることはロイドも知っていた。


 だが、世界はまだ終わらないと、ロイドはそう思っている。


 確かに機械文明は滅んだのかもしれない。


 そして、竜というのは基本的に人類が決して敵うことのない大敵であることもわかっている。


 それでも。


「あいつらなら、何とかなるだろ」


 不可能を可能にして世界を切り拓いてきた錬金術師と、その背中にいつも隠れている大賢者の二人組だ。


 だったらきっと、なんとかなると、ロイドはいつも通りに、己の仕事へと取り組むのだった。




◇◆◇




 開拓村バスガルドから、ボルカノ火山までの道のりはほとんどが獣道だが、温泉を引いたことによってある程度は街道が整備されている。


 裏を返せば、再びボルカノ火山が噴火したときに、開拓村バスガルドは跡形もなく吹き飛ぶということだ。


 山麓から頂上を見上げれば、姿こそ雲に隠れていても、爆発的な火の元素、その気配がルヴィアリーラたちの背筋を伝う。


 恐らくは、もう劫火竜はその目覚めが近いのだろう。


 爆発的な熱気をその身に感じながら、ルヴィアリーラは遥かなる頂を見上げて嘆息した。


「さて……これで! 行きますわよ、リリア!」

「……はい、お姉様!」


 人間の踏み入る地ではないと言われているボルカノ火山は、その麓であったとしても、そしてディバインリネンによる聖衣を着込んでいても燃えるような熱気を感じるほどに活性化している。


「ちぇすとヒュージヒエムス、なのでしてよ!!!」

「『霧氷よ(Glacies)』、『閉じ込め(Caged)』『留め(Beautiful)』、『封じ込めたまえ(Eternity)』!」


 だが、ルヴィアリーラは自身が錬成した、「凍らせる爆弾」──ヒュージヒエムスを投擲し、そしてリリアは詠唱を圧縮した氷の極大魔法を放てば、たちまちその燃え盛る熱気は氷の中に閉じ込められていく。


 そうして凍りついた山地を、ルヴィアリーラはリリアを背負いながら、「躯体強化(ブーストアップ)」の力でただひたすらに駆け抜ける。


 それを阻むように、竜から剥がれ落ちた鱗から生み出された存在──眷属が、奇怪で不快な交渉を上げながら立ちはだかるも、その全てが星剣アルゴナウツのサビとなり、或いはリリアの放つ水の上級魔法に貫かれて塵となっていった。


『クキキ……カカ、カ……』

「悪いですけれど、わたくしが狙っているのは大将首だけでしてよ!」


 雑魚に用はない。


 並の正騎士や冒険者であれば渡り合うことすら困難な眷属共を蹴散らして、ルヴィアリーラは凍りついたボルカノ火山、その大地を走る、走る、走る。

 今はただ、何も考えずに。ただひたすらがむしゃらに、最悪の結末を防ぐべく。

 ルヴィアリーラは、ただ一陣の風となって、走り抜けてゆくのだった。




◇◆◇




 それはただ、再び目覚めようとしていた。


 理性の枷を外されて、破壊衝動に身を置きながらも、地脈より火山からエネルギーを吸い取ることでより「龍」に近づかんとする劫火竜ヴルカヌスは、再び自身の中に流れ込んでくる感覚の中に違和があることを知る。


 白濁した瞳には凍りついたボルカノ火山の大地など映っていない。


 だが、火の元素の働きが極端に弱まっていることで、己の力と、そしてその眷族たちの力が弱められていることは本能的に悟っていた。


 不埒な侵入者が再び現れたのだと知ると、ヴルカヌスは不完全であれど、火山から力を吸い取るのをやめて、マグマに浸していたその身を引き上げた。

 何かが近づきつつある。


 それも、強大な力が二つだ。


 しかしそれらは、どういうわけか限りなく小さい。


 パラケルススによって枷を嵌められたことで思考能力が制限されていても、ヴルカヌスは、ウェスタリア神聖皇国に向けて飛び立つことよりも、目の前に現れんとしている脅威への対処を優先することとした。


 当然彼の手綱を握っているパラケルススは無視を要求するが、術式の制御を本能で跳ね除けて、生物として、ただ生存のための破壊衝動をヴルカヌスは優先させる。


『オオオオオオ!!!!!』


 猛々しく上げたその方向は凍りついた大地をひび割れさせて、己の古くなった鱗を振り落とすことでそこから無数の眷属を生み出していく。


 最も新き古龍──エンシェント・ドラゴンとなったといっても過言ではないヴルカヌスは、頂上まで上り詰めてきたその気配を、濁った瞳で睨め付ける。


 ──姿は見えずとも、わかる。


「ちぇすと、アルゴナウツ!」

「『霧氷よ(Glacies)』!」


 その爆発的な魔力が、そして溢れる闘争本能と、次々に途絶えていく眷属たちの気配が、ヴルカヌスに対峙する不埒者──ルヴィアリーラとリリアが、警戒するに値する存在だと告げているのだ。


「さて……周りの雑魚は片付きましたわ! 次はその首……もらい受けましてよ!」


 ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツを突きつけて、劫火竜ヴルカヌスへと大胆にも宣戦を布告する。


 人間の言葉は度し難く、理解に遠い。


 竜としての意識を失っていても、ルヴィアリーラの大胆不敵な仕草は、ヴルカヌスの逆鱗を撫でるのには十分すぎた。


『ルオオオオオオオ!!!』

「うるっせえですのよ!!!」


 故に、竜は──龍は吼える。


 故に、人は拒絶し、立ち向かう。


 最も新しきエンシェント・ドラゴンと、人間の戦いが、生存競争が、今この瞬間にその咆哮をゴングとして、幕を開けたのだった。

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