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90.『凍らせる爆弾』を作るのですわ!

 リリアの転移魔法によってヒンメル高地を訪れていたルヴィアリーラは、ピッケルを片手に、一心不乱に「万年氷石」の採掘を進めていた。


 ヒュージヒエムスを作るためのレシピは、この肝心要となる万年氷石、そして魔力を帯びた素材に、フォイエルストン……つまり、相反する火の元素を秘めたものが必要になるのだ。


 だからこそ、品質の高いものを作るのは極めて難しい。


 だが、ルヴィアリーラの錬金術は既に覚醒し、そして三大工程である「理解」への深智も習得している。


 ガツン、ガツンと「躯体強化(ブーストアップ)」の魔術(スキル)を起動して、一秒を惜しむようにルヴィアリーラは必要分の採掘を終えると、リリアにエーテライト溶液を手渡して、再びアトリエへと帰還するようにお願いする。


「ぜぇ、はぁ……これだけあれば十分ですわね! リリア、悪いですけれどまたお願いいたしますわ!」

「は、はい……!」


 いつになく切羽詰まったルヴィアリーラの表情に気圧されつつも、リリアは自身もまた気合を引き締めるように詠唱を破棄した転移魔法という、並の宮廷魔法師が聞いたなら卒倒しそうな離れ技を披露して、二人をヒンメル高地の頂上から、アトリエ・ルヴィアリーラへと転送していく。


 にわかに緊張が高まっているのか、帰還したアトリエの窓から見えるのは、一様に不安そうな顔をしている市民たちで、話している内容も悲観的で絶望的なものばかりだ。


 大いなる破局が再び訪れる。


 本土にいても助からないかもしれない。


 そんな不安を抱くのは仕方ないことなのかもしれないが、誰ともなく呟いたその言葉は見る見るうちに伝播して、皇国のメインストリートは、重苦しく消沈する。


 だが、そんな中でも諦めていない者は少なからずいるようだった。


「こんちゃー、ルヴィアリーラのねーちゃん、いる?」


 まるで帰ってくるのを見計らっていたかのようなタイミングで、いつものように軽い調子でリィがアトリエのドアを三度ノックする。


「ええ、いましてよリィ! そして、待っておりましたわ!」


 がちゃり、と勢いよくアトリエのドアを開け放つと、ルヴィアリーラはいつものように自身の丈ほどある巨大な袋を肩にかつぎ、戦鎚を腰に帯びているリィに抱擁した。


 リィの行動範囲はとてつもなく広大なものだ。


 故にこそ、普段王都では扱っていないような商品や品質の高いものを、相応の値段で売ってくれるからこそ、ルヴィアリーラはお得意様として彼女のことを贔屓にしている。


 そしてリィは何よりも金が第一の銭ゲバだ。


 だからこそ金払いのいいルヴィアリーラは上客だったし、世界が滅ぼうがどうしようが、そもそも自分は日銭を稼ぐために今日も汗を流しているのだから関係はない、とまではいわないが、悲観するようなことではない、というのがリィのある種、流儀のようなものだった。


「んええ……苦しいってばルヴィアリーラのねーちゃん、そんでリィを待ってたって何さ?」

「少々待ってほしいのですけれど……わたくしが今から書き出すリストにあるものをすべて売ってほしいのですわ!」

「全部たぁ豪勢だね、あるかどうかわかんないけど待つよ」


 ルヴィアリーラは弾かれたように飛び出して、羊皮紙にがりがりと羽ペンで「ヒュージヒエムス」を作るために必要な残りのレシピを書き出していく。


 今が世界が滅ぶかどうか、という状況であることはリィも理解している。


 そしてきっと、ルヴィアリーラはそれに抗おうとしているのだろう。


「ルヴィアリーラのねーちゃんみたいなのを勇者っていうのかねぃ」

「……お姉様は、勇気がある人です。だから、きっと……そうだと思います」

「リリアも随分言うようになったじゃん?」


 自身の呟きに強く頷いて同意を示すリリアを茶化すようにリィは言った。


 だが、リリアもリィに言われた通り確実に強くなっているのだ。


 はい、と、力強く頷いて、お茶を淹れるべく踵を返したその背中は、リィが知っていた頃よりも随分大きくなったように思える。


 勇者。自身の在り方とは大きく違うその言葉に想いを馳せながらも、リィは別にそれでもいいのではないかと思う。


 常に勇気をいつだって前に出していられるほど強い人間なんているわけがない。


 恐らくルヴィアリーラも、リリアも、そしてリィは会ったことこそないけれど「王認勇者」と呼ばれる人間も、きっと少なからず思い悩んだり悲しんだりして生きている。


 ならば、自分にとっての勇気は、きっと商売をし続けることなのだろう。


 リストを書き出し終えたルヴィアリーラから受け取ったそれをつらつらと眺めて、袋の中からリィは必要な全てを取り出してみせる。


「あいよ、ルヴィアリーラのねーちゃん。これでいい?」

「ええ、申し分ありませんわ! 感謝しましてよ、リィ!」

「ん……まあ、何しようとしてんのかは知らないけど、頑張ってよ」


 ──じゃないと、リィが生活に困っちゃうからさ。


 どこか冗談めかしてリィはルヴィアリーラからの抱擁にそう答えたが、半分は本気だ。


 客がどうとか、商売がどうとか以前に、それなりに親しくしてきた人間が、これから死地に赴こうとしているのだ。


 無事に帰ってきてほしいと願うのは、当然のことだろう。


 そんなリィからの思いを受け取って、ルヴィアリーラは任されましてよ、と親指を立てる。


 たとえそれが無謀な賭けであったとしても、失敗すれば命を失うかもしれないとしても、背後にある人々の安寧を考えたなら、そして期待の人が自分たちならば、やるしか選択肢はそこにないのだ。


 踵を返してメインストリートに向かっていくリィを見送りながら、ルヴィアリーラは錬金釜に火を入れて、「万年氷石」と、リィに注文していた「フォイエルストン」などの材料に、火の元素と水の元素を融和させるためのエーテライト溶液を投入して、釜をぐるぐるとかき回していく。


 それ自体は手慣れたものだった。


 あとは相反する元素を結合させた上で、水の元素が強く働くように調整するだけだが、ルヴィアリーラの観察眼はもう覚醒し切っている。


 どのようにすれば相性の悪い元素同士がエーテライト溶液を通して親和するのか、そして、より「万年氷石」が持つ氷の力を引き出すことができるのか、その全ては己の脳裏に全て筋書きとして描かれている。


 ならば、あとはいかに早く仕上げるかだけだ。


 いつものように魔力を集中させることで、額に汗を浮かべるルヴィアリーラのそれを、リリアはタオルで拭いながら、傍でその様子を、固唾を呑んで見守り続ける。


 ルヴィアリーラであればきっとできる。


 それは「ヒュージヒエムス」という凍らせる爆弾を作ることだけではない。


 あの開拓村バスガルドだけでなく、南方に住まう人々を露頭に迷わせることなく助け出すことが、きっとできる。


 半ば願うように、リリアがそっと、指を組んで天に祈りを捧げた瞬間だった。


 錬金釜から、ルヴィアリーラの瞳と同じ色をした光が爆ぜる。


「……できましてよ、『ヒュージヒエムス』!」


 その宣言と共にルヴィアリーラが天に掲げたのは、巨大なコンペイトウ──東方大陸の銘菓だ──とでも表するべき形をした、氷の塊にしか見えないような物質だった。


 だが、それは人目見るだけで恐らく、魔法の素養がない人間であっても濃厚な水の元素とその気配が、そして氷の力が感じられるような代物だ。


「……お姉様」

「ええ、あとはリリア……貴女の聖衣を頂いたら、劫火竜とやらの鼻っ柱をへし折りに行きましてよ!」


 ルヴィアリーラは出来上がった「ヒュージヒエムス」を万能ポーチに詰め込むと、自身を鼓舞するように、そして火山で荒れ狂わんと力を溜め続けている劫火竜ヴルカヌスへの宣戦を布告するように、あーっはっは、と、高笑いを上げるのだった。

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