89.王都騒乱、なのですわ!
ボルカノ火山の活動が活発化している、という情報はたちまち王都を駆け巡り、更には古より眠っている劫火竜ヴルカヌスが目覚めたのではないか、という疑心の種もまた撒かれたことで、ウェスタリア神聖皇国は緊張状態に陥っていた。
もしも噂が本当であるなら、南部開拓村や南部領だけでなく、機械文明が滅びたときのように王都もまた焼き尽くされてしまうのではないか、という懸念もまた人々の間を行き交っていたが、厄介なのはそれらが全て真実である、ということだ。
まだギルド側が正確に把握したわけではないものの、ボルカノ火山の火口から巨体が立ち上がるのを冒険者が見た、という噂は把握している。
それがデマである可能性も否定はしきれないが、何にせよ火のないところに煙は立たないのだ。
機械文明の終焉については諸説あって、今も尚議論が交わされているが、あの時期にボルカノ火山の大噴火と、そして劫火竜ヴルカヌスが活動していたということは記録として残されており、だからこそ、人々の間で「竜」というものは畏怖すべき存在なのだと、根源的に恐怖が刻み込まれているのである。
どちらにせよ今、王都ウェスタリアに残された時間はそうなく、苦労して切り拓いた開拓村もまたいくつかは放棄せざるを得ない。
それが皇国の下した決断であった。
そして、その中には、新たな湯治場として先日、ルヴィアリーラが「湯を汲む導管」を引っ張ってきた、開拓村バスガルドも含まれていた。
「……そう、ですの」
「……余としても苦渋の決断だ。ボルカノ火山は人間の踏み入れるような場所ではない」
ディアマンテは珍しく、苦虫を噛み潰したような顔でルヴィアリーラへとその事実を告げる。
恐らくは本土決戦にならざるを得ないだろう、というのが皇国側の推測だ。
南方に築いた城塞都市を第一の防衛ラインとして想定し、もしもヴルカヌスが「眷属」を従えて覚醒していたのなら、本土を最終防衛ラインとしての決戦も視野に入っている。
幸いなのか不幸なのか、まだヴルカヌスが動いたという情報は王都に寄せられていない。
緊急招集を受けて、「風鳴りの羽」でウェスタリア神聖皇国に集っていた勇者リーヴェたちも、その絶望的な状況に閉口していた。
──だが。
「あ、あの……っ……!」
「何か? 冒険者リリア」
自身と、そしてこの謁見の間に満ちた威圧感と緊張感に気圧されながらも、おずおずと手を挙げて、リリアが控えめに主張するのを、ディアマンテは見逃さなかった。
「……そ、その、もしも、なんですけど……ボルカノ火山を凍らせることができれば、皇国での戦いは、その……避けられるんじゃないかって、思うんです……」
ボルカノ火山を凍らせる。
リリアの提案は突飛なものでこそあったが、誰もが考えつかなかった方法だった。
人が侵入できる領域ではないあの荒凉たる大地を氷漬けにすることができれば、理論上は劫火竜ヴルカヌスとあの場で戦いを挑むことも可能になるだろう。
肝心要の実現可能性だが、恐らくではあるがリリアの魔力と、そして。
「よくぞ言ってくれましたわ、リリア! わたくしの錬金術とリリアの魔法! 可能性はきっと潰えておりませんわ、陛下!」
ルヴィアリーラとしては開拓村バスガルドを放棄する、というのは何としても阻止したいことだった。
否、バスガルドだけではない。
南部の民の住処を失わせるという決断は理に適っていても、納得がいくようなものであるかといわれれば、ルヴィアリーラとしては断じてノーなのだ。
「……ふむ、しかしそれは、余に可能性が低い方法に賭けろ、と言っているようなものであるぞ? 錬金術師ルヴィアリーラ」
「そうなりますわね、ですから……この作戦はわたくしとリリアの二人だけで行う、ということで落とし所とするのはいかがでしょうか、陛下」
本命である勇者リーヴェや聖女アリサとその騎士であるパルシファルを本土決戦の切り札として、ルヴィアリーラたちはあくまでも可能性の低い鉄砲玉としてボルカノ火山へと乗り込んでいく。
無論、民を避難させた上でだ。
ルヴィアリーラからの提案に、ディアマンテはしばし考え込む。
開拓村を放棄しなくてもいい選択肢が存在するのなら、それを選ぶに越したことはない。
だが、ルヴィアリーラとリリアもまた皇国にとって優秀かつ貴重な人材であるのだ。
ならば、その両者を天秤に乗せた上で、選ぶべきはどちらか。
「どの道本土で戦わなければならないのなら……賭けてみる価値はあると思いましてよ、陛下」
「ふ……ははは!」
「陛下?」
「いや、其方の言う通りだ、ルヴィアリーラ。どの道、ヴルカヌスが目覚めていたのならば……戦わねばならぬのだ。そしてその可能性が高いなら、其方の一計に賭けてみるのも理には適っている」
事態というのは常に最悪を想定して動くべきだ、というのがディアマンテの心情であったし、何より劫火竜ヴルカヌスとボルカノ火山は密接に結びついた存在である。
事実、既にヴルカヌスは目覚めていると見て皇国は事を動かしているのだ。
ならば、どの道あの竜と剣を交えなければならないのならば、貴重な人材を失う可能性はどのような手段であろうとそこに付き纏ってくる。
「二度の『竜殺し』を成し遂げた其方たちだ、ならば……他でもない余が賭けるのだ、戦果を期待しているぞ」
「はっ、陛下!」
「……あ、ありがとう、ございます……!」
博打であることを厭わず、ディアマンテはその光明に懸けることを選んだのは決して自棄を起こしたからではない。
人類にとって不可能の代名詞とされている「竜殺し」を二度も成し遂げたルヴィアリーラとリリアの冒険者としての実力、そして「魔力を帯びたインゴット」を創り出したルヴィアリーラの錬金術師の実力を見込んだが故だ。
これに乗じて「夜天の軛」が何かしらを仕掛けてくる可能性もまた否定できない。
ならばその時は、本土に呼び寄せた「王認勇者」たちに戦ってもらうだけのことだ。
善は急げとばかりに、恭しく一礼し、謁見の間を後にしていくルヴィアリーラたちの背中を見送りながら、ディアマンテは心中でほくそ笑むのだった。
◇◆◇
「良い提案でしたわよ、リリア」
「……え、えへへ……ありがとうございます、お姉様」
「ボルカノ火山を凍らせる……それならば確かに方法はありますわ」
アトリエへと帰還したルヴィアリーラは、自身も思いつかなかったその提案を行ったリリアに称賛の言葉を送りながら、「錬金術体系全著」のページをめくっていた。
読んでいるカテゴリは爆弾。つまり、矛盾しているようだが「氷の爆弾」をルヴィアリーラは作ろうとしているのだ。
錬金術により作成する爆弾と、一般的な爆弾に違いがあるとするならば、前者は「魔力を込めた筒」であることだろう。
その切り札たりえる「ヒュージヒエムス」のレシピを頭に叩き込みつつ、ルヴィアリーラは思考の片隅に茫洋とその違いを浮かべる。
要は着弾し、炸裂した時に爆ぜるのが火薬による化学反応なのか魔力による反応なのかという違いであって、ヒュージヒエムスの場合は着弾時に膨大な氷の魔力を、それこそ休火山程度なら氷漬けにすることのできるものを辺りにぶちまける、というだけだ。
「まず必要なのは『万年氷石』……これはヒンメル高地で採れますわね、リリア、お願いできまして?」
「ま、任せてください、お姉様……!」
竜を退治すべく、そして開拓村を守るべく、ルヴィアリーラはリリアへと転移魔法の使用を願い出るのだった。




