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88.目覚めるは劫火の化身、なのですわ

 それはまだ、眠りから覚める時を迎えてはいなかった。


 かつて機械文明を終焉へと追い込んだ直接の原因として恐れられている、ボルカノ火山の大噴火。


 その火口を住処としているそれにとって、機械文明がどうだの、人間がどうだのといった些末なことに関心はなかった。


 だからこそ、滅ぼしたのではない。


 機械文明は滅んだのだ。


 それ単体で滅ぼせるほどに人類の隆盛が極まった時代は決して甘いものではない。


 だが、それが滅亡に対して寄与していたこともまた事実だ。


 万能ポーチから取り出した「周囲を氷結させる爆弾」によってボルカノ火山の熱気を遮断したパラケルススは、周囲が凍り付いているにも関わらず未だ煮えたぎるマグマの中で眠るそれを一瞥して、皮肉に口元を歪める。


「愚かなものだよ、皇国も、人間も、そして竜種も」


 人類の歴史は創造と破壊の二拍子を再現なく繰り返しているようなものであり、その間に訪れる凪の時間をただ平和と呼んでいるだけだ。


 人類が素晴らしいものであるならば、なぜ機械文明は滅んだのか。


 人類が価値あるものであるならば、なぜ──竜種との生存競争に度々敗れては、「異界からの救世」というお伽話に縋り続けなければならないのか。


 パラケルススは地脈を利用して描いていた魔法陣を起動させると、眠り続けるそれへと呼びかけるように、或いは未だ眠り続けていることを嘲笑うかのように、「それ」──劫火竜ヴルカヌスへと告げる。


「目覚めよ」


 皇国が自身を追いかけ続けてきた中でこの魔法陣を構築するのには骨が折れた。


 パラケルススは己の労苦を振り返りながらも、くつくつとくぐもった笑いを上げる。


 今頃、勇者一行は「夜天の軛」の本拠地にでも赴こうとしているのだろうか。


 だが、そんなことなど関係はない。


 あくまでもパラケルススが「夜天の軛」に手を貸した理由はひとえに復讐だけだ。


 そして、魔族の王たるノスフェラトゥは、パラケルススが持っている錬金術の力で魔族たちを強化するために自身を利用する。


 いうなれば、ギブアンドテイクのビジネスパートナーにすぎず、本懐を遂げられるのであれば、組むのが魔物だろうがエルフだろうがなんだろうが構わない、というのがパラケルススの包み隠さぬ本音であった。


 そして、自身の身体に流れ込んでくる、というよりは押し寄せてくるといった方が正しい魔力の波濤に困惑した劫火竜ヴルカヌスはゆっくりとその瞼を持ち上げると、己の住処を氷漬けにした不埒者であるパラケルススを視認する。


『何用か』

「ほう、既に言葉を話せるまでに……『龍』の入り口に立ったか、劫火竜ヴルカヌス」

『気安く我が名を呼ぶとは、恐れを知らぬと見える』

「クク……それはどうかな? 今からお前は、この私の役に立ってもらうのだからな」

『人間風情……がッ!?』


 パラケルススは龍に片足を突っ込んだドラゴンを、竜種を相手にしてもその不遜な笑みを崩さずに、躊躇なく魔法陣に刻まれた術式を起動させる。


 その魔法陣が示すものは、「隷属」だった。


 単純なその術式が従えられる限界は、精々下位の魔物が限界である。


 しかし、ほとんど百年に渡る時間と、そしてクラリーチェ・グランマテリアの遺髪から取り込んだ因子の力で磨き上げた錬金術と魔法の力は、竜種の中でも恐れの象徴であるヴルカヌスを容易くその中に引き摺り込んでいく。


『グオオオオアアアアア!!!』


 クラリーチェ・グランマテリアは本当にいい仕事をしてくれた。


 咆哮を上げて悶え苦しむ劫火竜ヴルカヌスの姿を嘲笑いながら、パラケルススは自身の躯体の元となった、偉大なる錬金術師をも愚弄するように、その口元に皮肉な笑みを浮かべる。


 ──錬金術は人々のために。


 素晴らしいお題目だ。


 錬金術師ならばきっと誰もが憧れる美辞麗句だと、だからこそかつては己も崇め奉っていたのだと、そんな過去を笑い飛ばしながら、パラケルススは劫火竜の手綱を握り、その巨体をマグマの中から引き摺り出していく。


 だが、そこにあるものは絶望だけだ。


 人類は救うに値しない。


 そして竜も、魔族も、亜人たちも皆同じだ。


 だからこそ、滅ぼすのだ。


 誰の天下を築くのでもなく、全てを無に還すことで、このジュエリティアに真の平穏を取り戻す──否、それもただのお題目だ。


 ヴルカヌスの目が白濁したことを確認すると、パラケルススは己の魔力を彼へと注ぎ込み、凍りついたボルカノ火山の大地を溶かすかのように、「龍」が従える眷属たちを呼び起こしていく。


 ボロボロと剥がれる古い鱗から生まれ落ちるそれらは、並の正騎士やAランクの冒険者といった存在ですら単騎では決して敵うことのない強敵だ。


 それが群れなしてウェスタリア神聖皇国を襲えばどうなるか。


 その地獄絵図を頭に描いて尚も、全てを見下したように笑いながら、パラケルススは悠然と「風鳴りの羽」を放り投げて、何処へと消えていく。


『グオオオオ!!!』


 龍──エンシェント・ドラゴンへの覚醒を待っていたところを叩き起こされたヴルカヌスは、己の意識を闇に沈められたまま、かつて機械文明を滅ぼすのに手を貸した時のように、破壊衝動がそうさせるままに咆哮を上げる。


 それは、例えヴルカヌスにその意思がなかったとしても、人類への最後通告に他ならない。


 ヴルカヌスの白濁した瞳が映し出すのは、パラケルススの憎しみだけだ。


 全てはあの国を無に還すために、そして世界を滅ぼすために、目覚めし劫火の化身は火山が持てる地脈の力と、そしてパラケルススから供給される魔力を吸い上げて、その力を増大させてゆくのだった。




◇◆◇




「ボルカノ火山の活動が活発化しているだと?」


 慌てて王城へと駆け込んできたユカリからの報告を受け取ったディアマンテは、思わず我が耳を疑って鸚鵡返しに問いを投げかけていた。


「はい、陛下。このままでは新たに作った開拓村……いえ、このセントスフェリア全体に甚大な被害が出るかと……」

「……『夜天の軛』か、しかし、こうもやってくれたものだ」


 王認勇者たちはルヴィアリーラから受け取ったコアを飛空船に組み込んで、敵陣に乗り込んでいく準備を進めている最中だ。


 間に合うかどうかはわからないが、召集をかけるにこしたことはないだろう。


 ユカリにその旨を伝えると、ディアマンテは立ち上がり、ルヴィアリーラたちへと召集をかけるべく立ち上がるのだった。

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