87.『飛空船のコア』を修理するのですわ!
勇者リーヴェたちから託された、「飛空船のコア」であったが、その損傷はひどく、いかなる経緯があってそうなったのかはルヴィアリーラには推測できない。
ただ、それがわかったところで何か変わるかと言われれば変わらない、というのが正直なところである以上、あくまでも重要なのは目の前にある物品を修理することだけだ。
久しぶりに戻ってきたアトリエ・ルヴィアリーラの空気を吸いながら、ルヴィアリーラはふぅ、と小さく息をついて、ソファに身を投げ出した。
「お疲れ様です、お姉様……」
「ありがとうございますわ、リリア。しかし……まあ、色々あったという言葉で片付けるには随分と込み入っておりましたわね」
国の事情に自分の事情、そしてパラケルススと「夜天の軛」の動向など、気が重くなるような修羅場ばかりを潜り抜けて、「竜殺し」を再び成し遂げたかと思えば、休む間もなく次の依頼だ。
とはいえ、これも錬金術師としてのルヴィアリーラを頼りにしたものなのだから、悪い気はしない。
事実上イーステン王国からの依頼を引き受けた、ということになるが、あの御前会議の場で神王ディアマンテが黙認していた辺り、彼の思惑はともかくとして、問題はないのだろう。
ルヴィアリーラはゆっくりと姿勢を起こし、万能ポーチの中に仕舞い込んでいた「飛空船のコア」を取り出す。
錬金術とは、理解、分解、再構成の三大原理からなる魔術であるとされているが、その定義は、厳密には間違っている──と、いうよりは、その詳細な工程が欠けている、といったところだろう。
ルヴィアリーラは意識を集中させて、掌の上に乗せた「飛空船のコア」がどのような組成でできているのかを「理解」しようと、「鑑定」の魔術を起動させる。
幾度もの経験と、そして教則本通りではなく自ら新たなレシピを創造したことで、ルヴィアリーラの錬金術とそれに付随する魔術は、覚醒の段階を迎えたといっていい。
鑑定に限っていうなら、「虹の瞳」を持つリリアの魔法と同レベルか、それ以上の「構造把握」とでもいうべき次元にまで研ぎ澄まされ、ルヴィアリーラの脳内には壊れた飛空船のコアの素性や、何でできているのかといった莫大な情報が瞬時に駆け抜けていく。
【飛空船のコア】
【品質:極めて良い】
【状態:破損が著しい】
【備考:極めて良質な飛空船のコアだが、パーツの多くが欠けている。素性の多くは魔力を含む鉱石で成り立っており、マナウェア加工とそう変わらない要領で修理ができそうだ】
「ふむ……」
鑑定の結果を鑑みて、ルヴィアリーラは一つの結論を導き出す。
この飛空船のコア、確かに様々な鉱石を組み合わせて作られている以上、ゼロから創造するには難しいが、レストアするにはそう手間が掛からないのではないか。
鑑定結果にはないものの、構造把握の結果としてルヴィアリーラが知ったコアの製造方法は、幾つもの魔力を含んだインゴットを球状に整形し、そこに何人もの魔法師が莫大な魔力を注ぎ込むことで造られる、というものだった。
その工程だが、補修において必要なものは鉱石と魔力だけで、しかも魔力なら自分とリリアがいればなんとかなる範囲内だ。
ルヴィアリーラは早速釜に火を入れて、湯が沸き立つと同時に、飛空船のコアをそこに躊躇いなくぶち込んだ。
そして、旧跡ロスヴァイセで採取してきた余りのアンゲロイ鉱と、国から提供されたアイオライト鉱を投入して、欠けた部分を補うイメージを描き、ルヴィアリーラはぐるぐると、星剣アルゴナウツで釜をかき回す。
足りない部分を補って、欠けた部分を作り直して。
素材の力もあれど、それを可能としているのはひとえに、ルヴィアリーラが保持している膨大な魔力の存在故だ。
額に汗を浮かべながら、ルヴィアリーラは少しずつ元の形へと戻っていく、或いは新たに生まれ変わっていく飛空船のコアへ、子供に言い聞かせるように優しく魔力を注ぎ込んでその形を制御する。
生まれ変わって良いのですわ、と、また飛ぶために貴方はここにいるのですから、と、幼子に言い聞かせるが如く、祝福の産湯から取り上げるように、ルヴィアリーラは最後の工程として、己の持てる全ての魔力を、視線を合わせたリリアと共に一息に注ぎ込んだ。
瞬間、錬金釜から光が爆ぜる。
それは、失敗の爆発ではなく、ルヴィアリーラの瞳と同じ色をした輝きの発露だった。
大成功を示す証の輝きを放ちながら、かつてはひび割れ、傷ついたそれは虹の光を取り戻し、ふわり、とルヴィアリーラの両手に着地する。
「ふぅ……これでひとまず完成ですわね!」
「お、おめでとうございます、お姉様……」
「感謝しましてよ、リリア。あとは……」
「あと、ですか?」
「ええ、まだ皇国から渡されたものは残っておりますもの、もののついでというやつですわ」
魔力を回復する作用を持つエーテライト溶液をがぶ飲みしながら、ルヴィアリーラはリリアの問いへ答えるように、万能ポーチから勲章の代わりに貰った「シュテルカルポス」を取り出し、天に掲げてみせるのだった。
◇◆◇
勇者一行がどうやって「絶海」と呼ばれるあの光の壁を突破して、封鎖大陸イーヴィルへと赴くのかはわからない。
だが、刻一刻と人類の命運をかけた決戦の舞台までの秒読みが進んでいることは、ルヴィアリーラもその肌で理解していた。
だからこその寄り道、というよりは半ば必須になるであろうことをこなすために、勇者たちへ飛空船のコアを渡す前に「アイゼン・ワークス」を訪れていたのだ。
「よう、久しぶりだな、お前ら」
「一月ぶりでしたわね、ロイド。早速で悪いのですけれど……『アイゼン・ワークス』は縫製もやっているという認識でよろしくて?」
「なんだ、藪から棒に? そりゃあ魔法師向けのローブとかもうちは確かに作ってるぜ」
「でしたら、こちらの布で一つ、リリアのためのローブを織り上げてほしいのですわ」
ルヴィアリーラがそんな言葉と共に万能ポーチから取り出した、遠目に見るだけでも美しくきめ細やかなその生地は、ロイドですら我が目を疑うほどの代物であった。
「ディバインリネン……噂にゃ聞いてたが、実物を見るのは俺も初めてだな」
「できますの?」
「そりゃあやれるさ、要は布だからな」
ルヴィアリーラのどこか不安の入り混じった問いに、ロイドは暑苦しく親指を立てて、職人としてのプライドからそう答える。
ディバインリネン。
それは、ジパンゲイア新諸島群にしか自生していない「シュテルカルポス」の繊維を加工することで生まれる究極の布地であり、端的にいってしまえば、今、ルヴィアリーラが装備している聖衣ローズリーラとその起源を同じくするものだ。
たとえ薄布であっても持ち主をあらゆる熱や冷気、そして呪いからも守るとされるそれを加工することは、職人として一種の誉れだった。
故にこそ、ロイドは目視でリリアが今着込んでいるローブの採寸を済ませると、鉄は熱いうちに打てとばかりに型紙の製作に取り掛かる。
「とりあえず二日待ってくれ、本当なら一日で仕上げてやりたいとこなんだけどな」
「ええ、わたくしは構いませんわ」
「……わ、わたしも……同じ、です……」
「ありがとよ、それじゃあ最高の装備を作ってみせるから、楽しみに待っててくれよな!」
ロイドは常に笑みを絶やさず、失敗を恐れていないかのように振る舞っているが、その手付きは豪胆な性格とは対照的に繊細だ。
本当は彼もどこかで恐れを抱いているのだろうかと、ルヴィアリーラは畑こそ違えど、「何かを作る」という意味では同じ立場から邪推するが、考えるだけ野暮というものだろう。
「ああ、そうだ」
「なんですの、ロイド?」
踵を返し、「アイゼン・ワークス」を後にしようとしていたルヴィアリーラたちを呼び止めて、ロイドは言葉を紡ぐ。
「これは俺の勘なんだが……どうにも近々物騒なことが起きそうなんだよな、だからその、なんだ、無事に帰ってきてくれよな!」
「……それ、逆に不穏じゃありませんこと?」
「まあ、そりゃそっか」
「ですがこのルヴィアリーラ、そのようなジンクスなどリリアと共にへし折ってみせてこそ! 必ず帰りますわよ、ロイド!」
曖昧な約束だ。
明日をもしれない冒険者生活において、明日の約束をする者はかえって生き残れないため、それを交わすことは不吉だとされているが、ルヴィアリーラはそれを笑い飛ばすかのようにサムズアップを返して、リリアと共に勇者たちの待つ王城へと駆け出していくのだった。




