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86.次なる課題は「王国依頼」なのですわ!

 イーステン王国周辺やウェスタリア神聖皇国との国境付近では、魔物の活動がやはり活発化している、というのが、両国と冒険者ギルドにおける見解であった。


 しかし、ルヴィアリーラたちが「南回り航路」を開拓している間、ウェスタリア皇国周辺はいっそ不気味なほどに平穏を保っていたのだ。


 一方で皇国はそれにかまけることなく騎士団をパラケルススの消息調査に駆り出したり、国境付近への派兵、そして「聖女」アリサと辺境伯パルシファルを「王認勇者」一行に合流させるなどの施策を打っていたのだが、とりわけ前者についての成果は芳しくなかったといっていい。


 確かにイーステン王国とウェスタリア神聖皇国は、この中央大陸セントスフェリアを二分する大国であることに違いはない。


 だが、その領土は大陸全土に及ぶものではなく、だからこそ現神王、ディアマンテ・カルボン・ウェスタリア11世は領土の拡大をその野心として秘めているのだ。


 要するにどういうことかといえば、単純にこの大陸のどこかから行方を眩ませた個人を探し当てろ、というのは砂漠の砂粒に混ざった宝石を探すよりは簡単だが、非常に難しい、ということなのである。


 そして、ルヴィアリーラたちが封海竜オーツェンツァーリを倒してから数日。


 日に日に脅威を増していく「夜天の軛」に対策を打つべく、ウェスタリア神聖皇国とイーステン王国、そして冒険者ギルドによる三者会談が開かれる運びとなった。


 円卓には神王ディアマンテとオブシディアン侯、そして皇国側の代表としてスタークとアースティアナに加えてルヴィアリーラとリリアの六人に加え、イーステン王国側はジーベック・イリスアイネン・イーステン五世に「王認勇者」一行、ギルド側はユカリとサブマスターを務めている女性であるヒーリア・サウザンという面子がずらりと並んでいる。


 見る人間が見ればその威圧感だけで気絶してしまいそうな、錚々たる面子だが、ルヴィアリーラは大して緊張することもなく、進行役であるオブシディアン候が口を開くのを待っていた。


 だが、リリアは気が気でないのか、控えめながらも忙しなく、そわそわと周囲を見渡すことを繰り返している。


「それではこれより、三者会談を始める。僭越ながら進行役は陛下に代わってこの私──オブシディアン・フォン・ウェスタリアが務めさせていただく」


 そんなリリアの様子に居た堪れなくなったのか、こほん、と小さく咳払いをすると、オブシディアン候は会議に向けての口火を切った。


 会場は確かにリリアが怯えるほどの緊張感に包まれていたが、イーステン王国側──取り分け「王認勇者」一行はルヴィアリーラと同じく緊張など微塵も感じていないのか、リーヴェはアメニティとして提供された菓子を口一杯に頬張っている。


 そんな様子にジーベック王は随分胃を痛めているように見えたが、勇者というのはそれぐらい豪胆でなければ務まらないのだろう。


 と、相も変わらずディアマンテは、鉄面皮の下で、腹を抱えて笑っていた。


「ええと、早速本題から入っていいんだったわよね?」


 勇者一行の中で、脇目も振らずに菓子を頬に詰め込んでいたリーヴェに拳骨を落とした女性──マイン・トーテンタンツが、確認を求めるようにオブシディアン候へと問いかける。


「うむ、何かわかったことがあるのかね?」

「『夜天の軛』だったかしら、あいつらの本拠地って封鎖大陸イーヴィルよ」


 どうやってこっちの大陸に来てるのかはわからないけど、と、マインは付け加えて肩を竦める。


 それは予想こそしていたものの、この会議の中で一番出てきて欲しくない真実だった。

 

「根拠はあるのかね?」

「前に奴らと戦った時、サングレトロールの『鏖殺の』グレンゼンとかいう奴が最期に吐いてくれたのよ」


 鏖殺のグレンゼンとやらが何者かは、皇国側の人間にはわからないものの、トロール族はなによりも誇りを重んじる以上、敗者としての誇りに懸けて答えたその言葉が嘘であるようには思えない。


 だが、もしそれが事実であるならば、あの物理的に海を、人類を遮断している「光の壁」をどうにかしない限りは、敵の本拠地へと乗り込むことはできない、ということだ。


「もぐもぐ……っぷはぁ、えっと、それでなんですけど、あたしたち、そのグレンゼンと戦った時の遺跡で見つけたものと拾ったものがあるんです!」


 口の中いっぱいに詰め込んだ菓子を食べ終わったのか、リーヴェはごそごそと万能袋の中から、所々にヒビの入った球体を取り出して、円卓の上に置いてみせた。


「ふむ……ジーベック王、これは?」

「なんでも、機械文明の『空飛ぶ船』の動力機関であると」

「『空飛ぶ船』……?」


 リーヴェが取り出したそれは確かに、「海駆けるウーンドワート号」の推進機関に使われているロストテクノロジーの産物とよく似ていたが、そこからは光が失われている。


 そして、ジーベック王が口にした「空飛ぶ船」という言葉に、真実を知るリーヴェたちと、お伽話の中とはいえ聞いたことがあるルヴィアリーラ以外は一様に首を傾げた。


「空飛ぶ船……『飛空船』ですわね? その動力機関となると、まさか」

「はい、ルヴィアリーラさん! そのまさかです!」

「要は飛空船本体も見つけたから、こいつを修理して物理的にカチコミに行くって風情なのよ」


 リーヴェの言葉に補足して、マインが何やら物騒なことを告げる。


 あの「光の壁」がどれほどの高度まで巡らされているのかはわからない。


 だが、飛空船の実物を見たリーヴェたちが行ける、と判断したのであれば、どんな方法かはわからなくともそれがあればなんとかなりそうだ、という見立てはほぼ確実にだといってもいいのだろう。


「だから、依頼なんだけど……ルヴィアリーラさんだっけ?」

「ルヴィアリーラで構いませんわ、マイン・トーテンタンツ。要はわたくしにこのコアを修理してほしい、と?」

「んー、まあそういうことになるかな。費用は当たり前だけどこっち持ちで」


 イーステン王国の錬金術師たちも何度か修理を試みたが、一様に匙を投げてしまったとマインは付け加える。


 元々この会談は「夜天の軛」についての情報共有を図っておきたいというのが建前で開催されたものだが、単純にリーヴェたちが飛空船のコア、その修理をルヴィアリーラたちに頼みたかったというのも経緯の一つであることに相違はない。


「委細承知いたしましたわ、わたくしはそれで構いませんけれど……」

「余としても構わぬ。人類の脅威たる『夜天の軛』を一掃できるのならそれに越したことはない」


 確認を求めるようにルヴィアリーラはディアマンテへと仄めかす。


 帰ってきた答えは快諾そのものであったが、やはりというべきか、ディアマンテの内心は決して穏やかなものではない。


 空飛ぶ船があって、それを隣国に握られていればいつ脅威が及ぶともわからないからだ。


 ジーベック王の人柄を信頼していないわけではない。問題は十年、数十年経って治世が変わってから、という話になる。


 だが、それを修理するのがルヴィアリーラなことは幸いだった。


 船体の調達はともかく、コア技術の解析をルヴィアリーラならば問題なく進められるだろう。


 無論、隣国と剣を交えるような事態にならないようなことが一番なのだが。


 ディアマンテは鷹揚に頷いて、ルヴィアリーラへと視線を向ける。


 やれるかどうかについて問われれば、よくわからない、というのがルヴィアリーラとしての正直なところだ。


 だが、着実にルヴィアリーラの錬金術は覚醒し、進化している。


 リーヴェから壊れたコアを受け取ると、ルヴィアリーラは気を引き締めるようにきゅっ、と唇を真一文字に結び合わせた。


「じゃあ、お願いします、ルヴィアリーラさん!」

「ええ、勇者リーヴェ。このルヴィアリーラにお任せあれ、なのですわ!」


 責任こそ重いが、久しぶりに巡ってきた討伐依頼以外の仕事なのだ。


 錬金術師として、張り切らないわけにはいかないだろう。


 屈託のない笑顔を浮かべるリーヴェにサムズアップを返して、ルヴィアリーラもまた、高笑いこそ上げないものの笑顔で応える。


 やってやろうじゃありませんの。


 心中で呟くその言葉は、いつだって自分に向けてきたものだ。


 どんな試練にも立ち向かえる魔法の言葉というわけではないが、怯えて震える自分の背筋を蹴飛ばすことぐらいはできる、と、ルヴィアリーラは声には出さず、心中でいつもの高笑いをあげるのだった。

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