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82.戦いとは二手三手先をなんとやら、なのですわ!

「朗報……ですか? それに、勝てる可能性が七割とは?」


 アリサは長らく前線で「王認勇者」リーヴェたちと協力して「夜天の軛」と戦っていたために、ここ最近の情報を知らなかった。


「そのままの意味でしてよ、わたくしたちが第何次だか忘れましたけれど、『断海』への遠征に赴くことに決まったのですわ」

「……『断海』、ですか……」


 当然の如く答えるルヴィアリーラではあったが、それがいかに絶望的なことであるかは、出自がこの世界にあるわけではないアリサもまた、パルシファルから聞かされたことで把握していた。


 イーステン王国側にある、イチノ自由交易都市なる城塞都市が名目上は中立を保っている理由も、ひとえにウェスタリア神聖皇国が直接海路で行けるのが北方大陸と、辛うじて東方大陸の一部だけだからだとも聞き及んでいる。


 そして、その原因となっているのが、ルヴィアリーラたちが血眼になって調べ上げていた封海竜オーツェンツァーリなのだ。


「そんなに絶望的な顔をなさらないでくださいまし、聖女アリサ。貴女が望みを捨てれば、民もまた希望を失ってしまいますわ」


 良くも悪くも、聖女や勇者というのは象徴、アイコンにして、偶像──アイドルである。


 世界の命運を背負って立つという宿命もさながら、この世界に生きる者たちの言わば代表として選ばれたのが、或いは神々より遣わされたのがそれらであるのなら、彼女たちの笑顔とは民の希望であり、彼女たちの悲しみは民の絶望に他ならない。


 それを呪いと呼んで憚らない人間もいるだろう。


 だが、アリサも、リーヴェも、そして──ある意味では、ウェスタリア神聖皇国が擁立した「勇者」とでもいうべきルヴィアリーラとリリアも、その運命を呪ってなどいない。


 むしろ、課せられた使命として、人々の生活をより豊かにするための試練としてルヴィアリーラは受け入れているし、アリサもまた、それこそが聖女の務めだとして、受容しているのだ。


 もしも出会い方が少しだけ違ったのなら、きっとアリサとはいい友になれたのかもしれない。


 そろそろパルシファルがディアマンテへ「夜天の軛」についての情報を伝え終える頃合いだとして、図書館を後にする彼女の背中を見送りながら、ルヴィアリーラは茫洋とそんなことを考える。


『パルシファル様を許してほしいとは言いません。むしろ私が謝りたいぐらいです。でも、あの方は──子供っぽいところがあるだけで、でも、誰よりも厳しく、貴族らしくあろうとしていた人なんです』


 走り去る直前に、アリサが小さく頭を下げながら自身の耳元で囁いた言葉を思い返して、ルヴィアリーラはふっ、と皮肉めいた笑いに唇を歪めた。


 何か一つでも欠けていればきっとリリアと自分が出会うことがなかったように、何か一つが欠けていれば、きっとアリサとパルシファルとも上手くやれた可能性があるのかもしれない。


 だとしてそれは、たらればの話だ。


「……お姉様?」

「運命とは皮肉なものですわね、リリア」


 小首を傾げて問いかけるリリアの頬にそっと自身のそれを寄り添わせ、小さな手を取りながら、ルヴィアリーラは囁いた。


 そのもしもが叶えられる手段があったなら──貴族として今も身分を保証されて、パルシファルと競り合うこともなく、そしてきっと、もう会うこともあまりないであろうアリサとお茶会を開けるとしたら、その手段を行使するのかと、ルヴィアリーラがそう問われたら。


 その答えはもちろん、ノーに決まっていた。


 自分は運に恵まれて今、国認錬金術師としてこの場所に立っていることは、ルヴィアリーラも理解している。


 それでも──パルシファルの悪党な一面を見たとしても、彼に幻滅することなく、傍できっといつの日も支え続けていたであろうアリサが向ける愛を壊してやり直す権利などどこにもない。


 それに、その選択は自分を「お姉様」と慕ってくれるリリアの愛にも背くことになる。


 愛と自由。


 そんな言葉は綺麗事だと心のどこかでは思っているところは認めても、ルヴィアリーラが何を優先すべきかと問われれば、答えはその一語に尽きる。


「……はい、お姉様。でも……」

「ええ、そんな巡り合わせだったからわたくしは貴女に、貴女はわたくしに出会えた。リリア、わたくしの可愛くて素敵な妹……」


 そっと頬に親愛のベーゼを落として、ルヴィアリーラはリリアの少しだけ癖がついた銀髪をそっと撫でた。


 もしもリリアと出会わずに干からびて、どこかでのたれ死んでいたとしてもこの運命を許容できたかどうかはルヴィアリーラにはわからない。


 だが、リリアがいるから。リリアがいてくれるからこそ、貴族ではなく、聖女の友でもなく、錬金術師として、ルヴィアリーラは世界を背負って立つ覚悟を決めることができたのだ。


 そこにはきっと、何一つ過ちなどない。


 甘えるようにしなだれかかってくるリリアの、義妹(いもうと)の細い身体を抱きとめながら、ルヴィアリーラはふっ、と、今度は喜悦に唇の端を吊り上げるのだった。




◇◆◇




「おう、お前らか! そろそろ来るんじゃないかって、そんな気がしてたぜ」


 職人通りでお馴染みの鍛冶屋である「アイゼン・ワークス」、その主人たるロイド・アイゼンブルクは打ち直したばかりの鎧を磨き上げると、ドアベルを鳴らしてやってきた来訪者──ルヴィアリーラとリリアに歓迎の挨拶も兼ねて右手をひらひらと振る。


 インゴットは錬金術で作れても、そこから武器を打ち直すのは鍛冶屋の仕事だ。


 ルヴィアリーラは、スタリロ合板を作った時の余剰となった「エンゲルリウム」を差し出すと、ロイドへと問いかける。


「ロイド、貴方……杖も作れますの?」

「杖か、まあ金属ならなんだってやれるぜ」

「……な、なんだって、ですか……?」

「おう。槍に斧、果ては戦鎚まで全部御用があれば『アイゼン・ワークス』にお任せってな! っと、それはともかく、今回はリリアの武器を作りに来たんだろ?」

「察しが良くて助かりますわ」


 ルヴィアリーラとリリアが「アイゼン・ワークス」を訪れていた理由は、ひとえに、リリアがずっと更新してこなかった、というかしている暇がなかった武器を、新たなものに変えるためだった。


 エンゲルリウムは人類が到達しうる最高の金属であり、そしてルヴィアリーラが錬成する過程でマナウェア加工が施されている以上、そこから作られる魔法の杖は、理論上、発動体として申し分ないものができあがるはずである。


 だが、ルヴィアリーラは武器が作れない──と、いうより、武器を「創造」するよりは、パンを買うならパン屋に行けとばかりに、不確かな己の腕前よりも、マエストロであるロイドを信用して店を訪れていたのだ。


「ふむ……エンゲルリウムを扱うのは初めてだが、要領的にはアイオラメタルの時とあんまり変わらない感じだな」


 ロイドは「鑑定」のスキルでルヴィアリーラが手渡してきたエンゲルリウムについて一通りの情報を得ると、事はなによりも早い方が良いとばかりに、止めていた炉に火を入れる。


「どれぐらいかかりまして?」

「日数か? 金か? とりあえずどっちも答えとくが、一日と……ひーふーみー……まあこんぐらいだな」


 ロイドが指折り数えた金貨の枚数はそれなりに膨大なものだったが、一流の職人に一流のものを作ってもらうとなればそれぐらいは必要なコストだろう。


 むしろ、一日でエンゲルリウムを加工できるというその技術に舌を巻くほどだ。


 ルヴィアリーラは提示された金額を革袋から取り出して、ロイドへと手渡す。


「これで不足はなくって?」

「ああ、ありがとよ、ルヴィアリーラ! とりあえず一日経ったらまた来てくれ、そん時にはお前らもびっくりするような魔法の杖を作っとくからな!」


 そう言って手を振るロイドへと手を振り返して、ルヴィアリーラとリリアは「アイゼン・ワークス」を後にする。


 とりあえずではあるが、これで後顧の憂いは絶てたはずだ。


 ルヴィアリーラは己の腰に下げている星剣アルゴナウツの鍔に「素たる土の宝珠」が収まっていることを確認して、凝り固まっていた身体をほぐすように大きく背筋を伸ばす。


「ふぅ……これで準備は一段落……とまではいきませんわね」

「え、えと……まだ、何か?」

「ええ、わたくしは錬金術師。ならば錬金術でとっておきを作らなくてどうしまして?」


 先人曰く、戦いとは二手三手先を読んでなんとやらだ。


 ならば、オーツェンツァーリに勝つために立てた方程式の中で、解かねばならない項は三つ。


 その内二つが外部条件に依存するものなら、残りはルヴィアリーラ自身が解決すべき問題に他ならない。


 武器を作るのが武器屋なら、錬金術で解決すべき課題を解決するのは錬金術師の仕事だろう。


「まあ、取り敢えずはやり残していた女神像を作るところから始めなければならないのですけれど……」

「お姉様……」

「大丈夫、問題ありませんわリリア! 女神像も秘密兵器も! 全部一息に作り上げてこそ国認錬金術師たるわたくし……そう、ルヴィアリーラなのですわ!」


 あーっはっは。


 図書館では静かに、と水を差された反動からか、三割増ぐらいの声量で、やり残していた課題に対する気まずさを踏み倒すが如く、ルヴィアリーラはいつもの高笑いを職人通りへと響き渡らせるのだった。

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