78.『湯を汲む導管』を作るのですわ!
ルヴィアリーラが引き受けた依頼のもう片方である、湯治場に湯を引くための導管を作るという依頼については概ね順調に進行しつつあった。
それは、ルヴィアリーラの錬金術が覚醒し、「創造」の段階に至ったこともあれば、要領としては以前にマナウェア加工を施したインゴットを作ってほしい、という依頼を受けた時とそう大差ないからだ。
「温泉となると、錆びないのが一番ですわね」
「……な、長く……使うものですからね……」
「ええリリア、とりあえずイメージはできましたから、後は形にするだけなのですけれど」
ルヴィアリーラは、いつも通りにリィや皇国を経由して仕入れている「アイオライト鉱」の在庫を一瞥するなり、視線を机の上に置いた謎の鉱石へと引き戻す。
旧跡ロスヴァイセを探索して手に入れたこの、虹色に輝く謎の鉱石だが、実際に謎という他になく、ただ膨大な魔力を帯びている、ということぐらいしか現段階ではわからないのだ。
「……気になりますわね、あれ」
「……は、はい……」
頭の中がパラケルススの非道であるとか、「夜天の軛」を名乗る魔物の軍団であるとかで埋め尽くされていたせいで今の今まで忘れかけていたが、「鑑定」の魔術を使えば、あれが何かぐらいはわかるのかもしれない。
ルヴィアリーラは釜にかけていた火を止めて、机の上に放り出しっぱなしだった虹色の鉱石を手に取るなり、即座に「鑑定」の魔術を発動させる。
【アンゲロイ鉱】
【品質:極めて良い】
【状態:万全】
【備考:膨大な魔力を感じる鉱石。インゴットにすれば良質なものが作れるかもしれない】
発動したことで脳裏になだれ込んでくる情報を整理しながら、ルヴィアリーラは考える。
アイオライト鉱で温泉を汲み上げる導管を作っても、確かに問題はないだろう。
だが、このアンゲロイ鉱を使えばより長く、錆びずに使える導管が作れるのではないだろうか。
掌の上で虹色に輝くそれを一瞥すると、ルヴィアリーラはふむ、と小さく呟いて、ぽん、と、右の拳で左の掌を軽く叩いた。
「パンを買うならパン屋に、ですわね! リリア、アイゼン・ワークスまで参りましてよ!」
「は、はい、お姉様……!」
そうだ。身近に鉱石、というか金属の専門家がいるのだから、これを頼らないという手はないだろう。
ルヴィアリーラは早速「アンゲロイ鉱」を片手にリリアを連れてアトリエから飛び出していく。
勿論、施錠は忘れていない。
そして、実に二週間ぶりに王都に帰還してきたということもあって、「ライズサン街区」を走り回るルヴィアリーラという、ある種名物と化した光景に、道端を行き交う人々はどこか懐かしさのような感慨を覚えるのだった。
◇◆◇
職人通りのアイゼン・ワークスは、今日も鉄と火の匂いで満ち溢れている。
ロイドが作業を終えるまで一旦待っていたルヴィアリーラたちは、彼の相変わらず鮮やかという他にない腕前に舌を巻く。
「す、すごいですね、お姉様……」
「ええ、ロイドほど優れた鍛治師は大陸広しといえど、そういないですわね」
そうでなければ、皇国のメインストリートと接続するような場所で店など営んでいないだろうとばかりに、ルヴィアリーラは一通りの工程を済ませて額の汗を拭ったロイドを一瞥して言った。
「なんだ、お前らか。随分久々だなあ」
「ええ、お久しぶりですわ、ロイド」
「お、お久しぶり、です……」
「まあ堅っ苦しいのはここまでにしといて、俺に用があって来たんだろ? 金属絡みの話か?」
まあ座れよ、と、ロイドは来客用に設けているソファに二人を誘導して腰掛けさせると、好奇心に目を輝かせながらルヴィアリーラへと問いかける。
ルヴィアリーラは錬金術師で「鑑定」の魔術も使える以上、そんな彼女がわざわざアイゼン・ワークスを訪れたということは、鑑定ではわからない何かを訊きにきたのだろうと、ロイドはそう推察していた。
ならば、職人として、そして何より金属を愛する者としてその期待に応えなければならないだろうと、暑苦しい笑みを浮かべながらロイドはルヴィアリーラからの言葉を待つ。
「ええ、仰る通りですわ。これなんですけれど……もしかして、何かに使えたりしまして?」
ルヴィアリーラは待っていましたとばかりに鼻息荒く待ち構えるロイドに対して、万能ポーチから取り出した「アンゲロイ鉱」を提示しながらそう問いかけた。
アンゲロイ鉱。
ロイドは、提示された鉱石が七色に輝いている時点でその正体を察していたが、さしもの彼とて、実物を見るのは初めてだったらしい。
目を丸くして、首を傾げて、何度もそれが本物かどうか、穴が空くほど見つめた末にロイドは、ルヴィアリーラの言葉に対して答えを返す。
「……なあ、マジかこれ」
「マジも何も大マジですわよ、旧跡ロスヴァイセに生えていた結晶から採掘したものですわ」
「旧跡ロスヴァイセ? そんなとこまで行ってたのか……ならそれもそうか。こいつはアンゲロイ鉱。人類が作りうる限り最高の金属の『エンゲルリウム』を生み出す素さ」
──つっても、俺も実物を見たのは初めてだけどな、と、ロイドは改めて目の前にアンゲロイ鉱が存在することが信じられないとばかりに目を見開いて、その七色の輝きを凝視していた。
エンゲルリウム。その名前自体は、ルヴィアリーラもどこかで聞いたことがある程度には有名な代物であり、現存する魔剣の中でも世代が古いものはこの素材から形成されているらしい。
それよりも古い世代、神器まで片足を突っ込んだ魔剣となると、その全てが「神造金属」で作られているのだが、オリハルコンは現在、人類の持てる全ての技術を以てしても鍛造することが不可能であるとされているそうだ。
ルヴィアリーラはそんな、人類の到達点ともいえる金属の原石を万能ポーチに仕舞い込むと、用途は決まったとばかりに立ち上がる。
「お、なんだ? こいつは加工しないのか?」
「そうしたいのは山々なのですけれど、湯治場へ湯を汲む為の導管を作らなければならないのですわ」
「へえ……しかしエンゲルリウムで導管とは、豪勢な風呂になりそうなもんだな」
「錆びなくて丈夫なのでしょう? なら払うべきところにコストやお金は払わなければ意味がありませんことよ」
金は持っているだけ嬉しいかもしれないが、適切なところで使われなければ意味をなさない。
それは希少な素材についても同じことだ。
ルヴィアリーラは早速、リリアを連れてアトリエへと戻る──のではなく、ピッケルを担いで、彼女の転移魔法で旧跡ロスヴァイセへと解けて消えていく。
ロスヴァイセから開拓村までは結構な距離がある。
加えて、源泉から汲み出すことを考えれば、まずは鉱石を大量に掘るところから始めなければならないのだ。
そんな、一分一秒が惜しいとばかりに駆け抜けていくルヴィアリーラたちを見送るロイドは、静かに苦笑する。
「俺も大概だけど、あいつらも生き急いでんな」
そして、小さく呟くと、二件目の依頼である包丁の制作にロイドは取り掛かるのだった。
◇◆◇
リリアの転移魔法によって旧跡ロスヴァイセと王都ウェスタリアを往復するという行為を繰り返していたルヴィアリーラは、源泉やその湯治場を作る予定の開拓村にも立ち寄った上で、「湯を汲む導管」を錬成していた。
リリアの魔法がなければ期限三ヶ月はかなりギリギリだったが、彼女のおかげで工期はその半分程度に短縮されている。
荷車へと大量に導管を詰め込んだルヴィアリーラは、王城を訪れて、スタークに「湯を汲む導管」が完成した旨を伝えた。
「できましたわよ、これが湯を汲む導管ですわ!」
「……凄まじい魔力を感じるな、しかしこれであれば、百年は錆びることはないだろうな」
人類が到達しうる最高の金属に、更にマナウェア加工を施したという贅に贅を尽くしたと言わんばかりの導管を一本手に持って、スタークは口元を緩めながら静かに呟く。
ウェスタリア神聖皇国は、その版図を静かに拡大している最中だ。
故にこそ、その最前線となる開拓村に住んでいる開拓者たちは丁重に扱いたいのだし、大規模な湯治場ができたとなれば外からの来客もまた見込める。
そんな具合に、珍しくご満悦といった風情のスタークの様子に、ルヴィアリーラもどこか満足したように笑みを浮かべて鷹揚に頷く。
「これで開拓村の人々も困ることはありませんわね」
「ああ、その通りだ。次に依頼があるときはまたこちらから通達する。感謝するぞ、錬金術師ルヴィアリーラ」
スタークの言葉は月並みなものであったが、今のルヴィアリーラにとってはなによりもありがたく、そして嬉しいものであった。
錬金術とは人々のためにあるべきものだ。
かのクラリーチェ・グランマテリアはそう願って「錬金術体系全著」を記したというのに、あのパラケルススはクラリーチェの姿を借りて、錬金術によって人々を陥れようとしているのだから度し難い。
「こちらこそ感謝しましてよ」
──わたくしは、錬金術師なのですから。
ルヴィアリーラが返した言葉は、半ば自分に強く言い聞かせるような響きをもって、王城の天井へと溶け込んでいくのだった。




