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76.邂逅、「クラリーチェ」なのですわ!

 ボルグートが振るった渾身の一撃は、容易くアルゴナウツ・ジルコンの大楯に受け止められた。


 加えてルヴィアリーラの体幹も揺らぐことなどなく、それは振り下ろされた攻撃は無に帰したという証左に他ならない。


 ボルグートは驚愕する。


 いきなり剣が盾と斧に変わったかと思えば、全力を賭した一撃をも防ぎ切り、魔炎でさえも背後にいる魔法使いに届かなかったのだ。


 ここまでの使い手と出会えることなど、いかに魔族の寿命が長かろうとそうないだろう。


 シールドバッシュの要領でルヴィアリーラに弾き飛ばされながらも、ボルグートは慄くのではなく、確かに笑っていた。


「このわたくしがいる限り、リリアに手出しなどさせなくってよ!」


 博打であったとはいえ、戦場というのは常に立っていたものが勝者となる世界だ。


 ならば、何の問題もない。


 解号通り、大地に根差すかのように構えた重装歩兵が如きルヴィアリーラは、いつも通り相手から先手をとって勝利をもぎ取る姿勢ではなく、敢えて攻撃を誘発させて後の先を取るスタイルに鞍替えしていた。


 星剣アルゴナウツ・ジルコン自体が動きづらい、という野生の勘にも似たところから導き出された結論であったが、果たしてそれは正解である。


 防戦に徹しながらも、リリアを守り切り、そして魔炎とボルグートの馬鹿力を防ぎ切るという課題に対して、守りを固めるというのは理にかなった戦法だ。


 吹き飛ばされて尚、懲りることなく魔剣グランヴォルカを薙ぎ払うボルグートの一撃を受け止め、弾き返しながらも、ルヴィアリーラは決して油断することはない。


「リリア!」

「……はい、お姉様!」


 ルヴィアリーラが自分を守るために奮闘してくれているのなら、やることはただ一つだ。


 樫の杖を握り締めて、リリアはその先端に魔力を収束させていく。


『ぬう、魔法か! しかし……』

「貴方のお相手は……このわたくしでしてよ!」


 確かに今の自分は防御に特化しているが、攻撃ができないとはいっていない。


 ボルグートがリリアに狙いを変えた一瞬の隙を突くように、ルヴィアリーラは手にした戦斧を振るって、魔炎の障壁ごと打ち砕くような一撃を見舞った。


『小娘が、そこを退けぃ!』

「梃子でもなんでも退くつもりは一切ありませんわ、ごめんあそばせ!」


 ボルグートは魔法の類を覚えていない。


 だとしても、リリアを中心に渦を巻いている魔力の総量が異常であることぐらいは、その戦いの経験から肌で感じられた。


 いくつもの開拓村を潰し、幾人もの冒険者や騎士と戦ってきたボルグートだが、その中には当然、魔法師の存在も含まれている。


 しかしながら、彼が戦ってきた魔法師の中でも、リリアと並ぶような使い手は一人もいなかった。


『ぶるあああああああッ!!!』

「うるっせえと言ってるのでしてよ!!!」


 強者と戦う喜びと、久しく感じていなかった、死と背中合わせになるような感覚にボルグートは打ち震えながら、リリアを屠ろうと咆哮を上げ、魔剣グランヴォルカを腰だめに構えて薙ぎ払う。


 しかし、その叫びに反駁するかのように叫ぶルヴィアリーラが構える大地の大楯、その護りを打ち崩すことはかなわなかった。


 金属と金属がぶつかり合うけたたましいセッションに、闘志をむき出しにした二人の絶叫という名のコーラスが加わったアンサンブルは、それはもうひどいものであった。


 だが、リリアは決して集中力を乱さずに、四節詠唱からなる極大魔法を打ち込まんと魔力のルートパスを開いていく。


「『水よ(Water)』」

「『清め(Fallen)』『払い(Divine)』、『降り雪ぎたまえ(Maelstrom)』!」


 神々の法を地上へと顕現させる準備は整った。


 リリアが魔力へと乞い願うことで開かれたルートパスに、四節に短縮されながらも決してその威力を損なうことのない水の極大魔法が、ボルグートの頭上に展開された魔法陣から竜の姿を象って、その魔炎を消し去らんと襲い掛かる。


『グ、オオオオ……ッ……!』


 魔剣グランヴォルカはその炎によって、持ち主を保護する障壁を展開する能力を持ち合わせているが、襲い掛かる猛烈な水流を受け止めるには、ボルグートの魔力では役者不足であった。


 しかし彼は、同時に強靭なる戦士でもあった。

 魔剣の力で耐えきれないことを悟ると即座にボルグートは仁王立ちの姿勢を取って、極大魔法を正面から受け止める、という賭けに出たのだ。


 極大魔法。


 よもや、神起文明時代でもなければお目にかからないようなそれを行使するほどの使い手と出会い、刃を交えたことは、トロール族にとって最高の誉れであろう。


 だが、それは最高であっても至高ではない。


 至高とは、トロール族が掲げる究極の目標にして、彼らの信奉する破壊の神々への供物は、強敵の首級に他ならないのだから。


 肉を穿ち、骨を削る感覚に苛まれながらもボルグートは決して、最期の瞬間まで勝利を諦めることはなかった。


 この一撃を耐え切って、ルヴィアリーラを倒せば勝つのは自分だと、そう信じて疑わず──リリアが発動し、具現化させた水龍の化身に飲み込まれ、魔剣グランヴォルカ共々、チリ一つ残さずこの世界から消滅していったのである。


「……終わりましたわね」


 ルヴィアリーラは決して敵を哀れむことはしない。


 元の形態に戻した星剣アルゴナウツを鞘に収めると、静かにそう呟いて踵を返す。


 戦いに明け暮れ、それを誉れとしているトロール族に対して、ルヴィアリーラが敬意を払うことはしない。


 彼らは魔物であり、ルヴィアリーラは知らないものの、ボルグートはいくつもの開拓村を潰し、そこに生きる人々の命を奪ってきたのだから、そこに哀れみを払われる権利などどこにもないことなど、自明だろう。


 それでも、ボルグートは戦士だった。


 ならばその死を踏みにじる様な真似をしないのが、人間としての誇りなのだ。


「……やりました、お姉様、わたし……」

「ええ、よくやってくれましたわ、リリア! 貴女がいなければわたくし、ここで死んでいたかもしれませんわ!」


 物憂げに嘆息していたのが嘘のように、リリアの声を聴くなり、ルヴィアリーラは彼女の細い体を抱き寄せて、額に親愛のベーゼを落とす。


「そ、そんなこと……えへへ、でも……わたしも、お姉様がいなければ、死んでましたから、きっと……」

「それは……そうですわね。ならばこの勝利は二人の勝利! わたくしたちだから、できたことに他なりませんわ!」


 強敵を打ち破ったことよりも、その方がただ誇らしい。


 頬を桜色に染めて、自身にぎゅっと抱きつくリリアの姿に、出会った頃からは信じられないほどの成長を感じながら、ルヴィアリーラはどこか満ち足りたように、小さく頷くのだった。




◇◆◇




 旧跡ロスヴァイセの調査は、ボルグートを倒したことによって順調に進むはずだった。


 声が聞こえたのは、恐らくは街の門であった場所から抜けた先にある広場だった場所──ボルグートとの決戦の地から、依頼された通りにルヴィアリーラが旧跡の調査を行おうとしたその時のことだった。


「まさか、ボルグートまで倒してしまうとは……」


 かつかつとヒールの高い靴で、石畳ともまた違う質感の地面を打ち鳴らしながら歩み寄ってくる少女の姿に、ルヴィアリーラは驚愕する。


 鮮やかなオレンジに近い色をした髪に、翡翠色の瞳。


 それはまさしく、伝記に記されていたクラリーチェ・グランマテリアの姿と合致するものだった。


「……貴女が、クラリーチェと名乗る輩でよろしくて?」


 ルヴィアリーラはリリアを半歩後ろに下がらせながら、今度は「素たる火の宝珠」を鍔にセットし直した星剣アルゴナウツをかまえて問いかける。


「いかにも、私がクラリーチェ・グランマテリアだよ──『錬金術師』ルヴィアリーラ」


 影から溶け出てきたように現れた少女は、どこか嘲笑うかのようにルヴィアリーラの問いを肯定し、鷹揚に頷いた。


 伝記と何一つ違わない姿がそこにはある。


 だが、果たしてクラリーチェ・グランマテリア本人と名乗るこの少女が、本当にその人であるかどうかについては、動揺こそしたものの、ルヴィアリーラは懐疑的だった。


 目を見ればわかる、と人はいうが、その通りだ。


 ──この「クラリーチェ」は、きっと誰のことも愛していない。


「茶番は終わりにしたらいかがでして? パラケルスス伯」


 故にこそ、伴侶への深い愛を抱いて天国に旅立っていった彼女を冒涜する眼前の少女に対して、ルヴィアリーラは侮蔑と、そして挑発を込めてその言葉を投げかけるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ボルグートも無論クソ強いですが、リリアさんもルヴィアリーラさんよりチートの気がして来ます。何故昔にあんな扱いをされたのか理解出来ないですね。
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