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74.旧跡探査は決戦と共に、なのですわ!

 旧跡ロスヴァイセへの遠征は、少なく見積もっても二週間以上がかかるという計算になったため、ルヴィアリーラは準備の間にリィからの買い物を済ませたり、国認錬金術師として正式に出入りできるようになった王宮の図書館で、歴史書を読みあさっていた。


 クラリーチェ・グランマテリアが生きていた時代は、機械文明から見積もってもかなり前の話であり、神起文明と呼ばれる時代の末期である、というのが定説とされている。


 とはいえ、機械文明時代の歴史書もほとんどが散逸している以上、ルヴィアリーラにとって何か確信を得る手がかりには遠いというのが現実ではあったのだが。


 ぱたり、と本を閉じて棚に戻しながら、ルヴィアリーラは静かに嘆息する。


「……わかったことといえば、開祖カリオストロには三人の弟子がいたことぐらいですわね」


 ルヴィアリーラは思わず呟いていた。


 ただそれも、クラリーチェ以外の全員が破滅的な最後を迎えたと記されている辺り、よもやカリオストロの弟子がクラリーチェを名乗って何の目的かは知らないが、魔物と手を組んでいるとは考え難い。


 ならば、クラリーチェ・グランマテリア本人がその「グランマテリア」と称えられるまでに高めた錬金術、その秘術でもって密かに生きながらえた末にこの世界を破滅に導こうとしている。


 そう考えることが自然なのだろうか、とルヴィアリーラは一瞬思い悩んだが、その可能性はどうしても想像できないのだ。


 それはルヴィアリーラの贔屓目を除いても、の話なのだ。


 何故なら、クラリーチェ・グランマテリアの生涯については彼女の自伝以外にも、伴侶であった「大戦士」グラン・クリソコーラという男が記した自伝にも概ね同じ内容が記されていれば、弟子たちが遺したものも、皆口を揃えたかのように「クラリーチェ・グランマテリアは伴侶である『大戦士』の傍でその生涯を終えた」と記しているのだ。


 しかも、弟子たちによって書かれたクラリーチェ伝は彼女が死んでからのものだ。


 それが全て偽の文書であるとは考えづらいし、なによりも夫であったグラン・クリソコーラと生涯を共にできたことこそが喜びであったと自伝に記しているクラリーチェが、この世界に絶望などするのだろうか。


「さっぱりですわね……ただ、どのような可能性であれ、クラリーチェ・グランマテリアを騙っている偽者という線で考えた方が良さそうですわ」


 そうなれば、残された可能性は現代に生きる何者かが不届きにもクラリーチェの名を騙って魔物と手を組んだ、というものだが、そうであったのならばルヴィアリーラとしては堪ったものではない。


 尊敬し、敬愛するクラリーチェの名を騙るだけでなく、その上魔物と手を組んで世界を危機に陥れようとしている。


 そんな輩をどうして許すことができようか。


 ルヴィアリーラは肩を怒らせながら図書室を出て、腰に下げている星剣アルゴナウツの鍔を一瞥する。


 そこには、ぴたりと誂えたように、先日の御前試合で勝ち取った「素たる土の宝珠」が収まっていた。


「……思えばこの剣も、謎といえば謎ですわね」


 ルヴィアリーラはぽつりと呟く。


 武器自体が戦闘中に魔力のアシストもあるとはいえ、その形状そのものを変化させるなど、まるで錬金術だという他にない。


 そして魔法師であるプランバンが「重い」と切り捨てていたものを、自分が羽のように軽く扱えた理由──


「やめやめ、ですわ!」


 考えれば考えるほど深みにはまっていきそうで、ルヴィアリーラは思わずそんな言葉と共に(かぶり)を振って、脳裏に浮かんだ考えを否定する。

 どの道、難しく考えるのは自分の柄ではないし、どのようなケースであっても殴って爆破して解決してきたのが自分なのだ。


 そう言い聞かせるように心中で繰り返して、ルヴィアリーラは早足気味に王城を後にする。


 その姿は、外から見ればいつも通りなルヴィアリーラだった。


 故にこそ、彼女の背中に微かな哀愁が滲んでいることに気付く者は、例えすれ違えども一人もいなかったのだった。




◇◆◇




 旧跡ロスヴァイセまでの道中は二週間という日程を要しただけでなく、整備の行き届いていない街道を通ったことも相まって、ルヴィアリーラたちは着いた頃にはもうくたくただった、というのが正直なところであった。


 しかし、見上げる旧跡はかつての機械文明、その栄華を誇っていた頃の面影を残しており、天の半ばで折れた摩天楼や、石造りともまた違った質感の建物たちは、朽ちて尚もその威容と美しさを見る者たちに示している。


 これが観光目的であったのなら、骨を折った甲斐もあったというべき、無常と寂然が同居する宿の光景だが、ルヴィアリーラたちはただこの景色を眺めに来たのではない。


「さて……問題は魔物がどこに陣取っているかですわね」

「……お、お姉様、わたしが……」

「あら、そうでしたわねリリア。お願いいたしますわ」


 かつては繁栄の一途を辿った大都市であっただけに、その広さはかつて訪れた遺跡とは比べ物にならないものだ。


 それでも脳筋式探査法、「剣が倒れた方に探しにいく」を決行しようとしていたルヴィアリーラへ、リリアはそれを止めるように慌てて提言し、樫の杖の先端に光の魔力を収束させる。


 そして起動した「鷹の目」の魔法は、あらゆる距離を問わずして魔力の存在を探知できる以上、いかなる偽装を施そうとも、魔物たちはリリアの掌から逃れることなどできはしない。


 それを示すように、魔力の反応が三十──いずれもハイトロールやバーサクオーガといった上位種を中心とした一団が、旧都の中心に陣取っている、という情報がリリアの脳裏を駆け抜けてゆく。


「……間違いありません、敵はハイトロールやバーサクオーガを中心に三十……このまままっすぐ進んだ旧都の中心に陣取っているみたいです、お姉様」

「でかしましてよリリア。しかし、正面からお出迎えとは、剛毅なトロール族らしいですわね」


 旧鉱山の時も、ガーロンは逃げも隠れもしなかった辺り、トロール族というのは敵との積極的な戦いを好む傾向にあるのだろう。


 そしてそれは、決して蛮勇に支えられたものではない。


 ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツに手をかけて、リリアをいつでも庇える位置に陣取りながら旧都への入り口を「躯体強化(ブーストアップ)」の魔術(スキル)で一息に駆け抜けていく。


 想定される相手はガーロン並か、それ以上か。


 その答えは朽ち果てたのか破壊されたのかわからない瓦礫を踏みしめて向かった先にこそある。


 やがて疾駆するルヴィアリーラが、強化された五感で敵の影を捕らえると同時に、リリアへとアイコンタクトで指示を下す。


「『光よ(Thunder)』! 『降り(Rain)注げ(Fall)』!」


 視線を受け取ったリリアは、何一つ躊躇することなく、二節詠唱にまで圧縮した上級雷撃魔法を三十の敵に向けて撃ち放つ。


 招来した黒雲からは稲光が鏑矢のように標的一体一体を舐めるように降り注ぎ、さながら雨の如く、しかし苛烈なるその熱と光でハイトロールやバーサクオーガといった、並の冒険者では歯が立たないような魔物たちを灰塵に帰せしめる。


『奇襲とは……随分な真似をしてくれたものだ、人間よ!』

「まさか、卑怯とは言いませんわよね?」

『弱者が戦うために知恵を尽くす! それのどこが卑怯なものか! しかしその魔力……グハハハハ! 久しぶりに強敵と見た!』


 ──信じられませんわ。


 ルヴィアリーラは内心で思わず舌打ちをしていた。

 だがそれもそうだ。


 黒雲が、そして雷撃による爆炎が晴れた先に立っていたのは、かのガーロンを思わせる、黒炎に包まれた魔剣を手に雷を防ぎ切ったトロールオーグの姿であったからだ。


 それはとりも直さず、あれがリリアの雷撃魔法を耐え切ったという証拠に他ならない。


 恐らく、あのトロールオーグはサングレトロールと呼ばれる最上位種に最も近い存在なのだろう。


 赤い肌には所々黒々と風化した血液を思わせる意匠が刻まれており、あの黒炎を放つ魔剣と併せて、一体どれだけの人類を屠ってきたのかは想像もつかない。


『我が名はボルグート! 獄炎のボルグート! 誇り高きトロール族の戦士にして同志クラリーチェの一番槍よ!』

「……その名を知っているなら話は早いですわ! わたくしはルヴィアリーラ! 貴方から……勝利と情報を分捕りにきた冒険者でしてよ!」

『剛毅な女だ! だが、この魔剣グランヴォルカの前に言葉は要らぬ!』

「そりゃあこっちの台詞ですわ!!!」


 啖呵を切ったルヴィアリーラが突撃し、後手に回ったボルグートがその、黒き炎を纏う魔剣でその一撃を防ぐ金属音が戦いの鐘として、寂然の宿に響き渡る。


 ルヴィアリーラは、珍しく苛立っていた。


 そのクラリーチェが自分の知るクラリーチェとは別物だと仮定しても、同志と呼んでいたことも気に入らない。


 ──だが、何よりあの魔剣、グランヴォルカというらしいそれは自分のアルゴナウツ・スカーレットと性質が被っている。


 そんなしょうもない理由を逆ギレの怒りに変えて、ルヴィアリーラは強敵として佇むボルグートへと、一気呵成に斬りかかってゆくのだった。

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