71. その美酒は、勲章に勝るのですわ!
決勝戦でルヴィアリーラが勝利を収めながらも気絶したということもあって、表彰式には若干の遅れが生じていた。
しかし、持ち前のタフネスとリリアの回復魔法も手伝って即座に、というか強引に彼方へ飛びかけていた意識を引き戻したルヴィアリーラは、無理やりにでも表彰式に出るべく医務室を飛び出して、謁見の間に並んでいたのである。
ルヴィアリーラらしい、と、ディアマンテは豪胆に笑い飛ばしていたものの、一歩間違えれば首が飛びかねないその破天荒さは、貴族たちにとってやはり「悪」と映るものでしかない。
だが、何が悪かは自らが決める、というのがルヴィアリーラの情念のようなものだ。
貴族たちからの冷ややかな視線を一身に受けながらも、同時に御前試合の優勝者としての風格を崩すことなく、参列者の誰よりも前に歩み出たルヴィアリーラは、ディアマンテの御前で恭しく膝をつき、頭を垂れる。
「遅参の件、大変申し訳ございませんわ、陛下」
「何、気にすることはない。冒険者ルヴィアリーラ……と、いっても気に病むのが貴公なのだろうがな。さて、これで全員が揃ったわけだ。オブシディアン、あれを持て」
「はっ、かしこまりました、陛下」
表彰式においての流れは、基本的には変わらない。
準決勝まで残った者には銅鷺勲章、決勝まで残った猛者には銀鷲勲章と呼ばれる特別な褒賞が授与されて、そして優勝者には金鷹勲章と呼ばれる褒章と優勝商品が授与される、というお決まりのものだ。
まずは準決勝まで残ったパルシファルと、勇者パーティーの一員であるらしい、マイン・トーテンタンツという女性剣士に、護衛騎士の手によってその胸に銅鷺勲章が授けられる。
そして二人は恭しく頭を下げて、参列者たちの元に戻っていく。
「次に、リーヴェ・エメラリヒト。王認勇者の実力……この目で確かに見せてもらった。その力、世界のために是非とも役立ててほしい」
「はいっ! 負けちゃいましたけどあたし、これからも勇者として全力で頑張ります!」
「良き返事だ。それではオブシディアン、銀鷲勲章を彼女に」
「はっ」
自慢のプレートアーマーを脱いで、式典に出るには若干物足りないものの、清楚かつまとまった普段着に身を包んだリーヴェの胸に、今度は執政であるオブシディアン候手ずから、銀鷲勲章──その名の通り、銀でできた鷲の宝飾が施された勲章が授与される。
負けたことに関して、リーヴェは引きずるどころかいつかあの風の矢も防ぐ力を手に入れてみせると意気込んでいたものの、こうして表彰式の場で、自分の他に金の勲章を受け取る者がいる、というのはやはり年相応に悔しいものがあるのだろう。
オブシディアン候から銀の勲章を受け取った時にリーヴェが浮かべた涙には少なからず、そういう感情が滲んでいた。
誇るべきである、とは、彼女を下したルヴィアリーラにも、そしてその一部始終を玉座より見下ろしているディアマンテにも語ることはできない。
勝利とはそういうもので、敗北というのもまた、誰かがそこに余計な感情を挟むことなど許されはしないのだから。
そして、オブシディアン候からの受勲を終えたリーヴェは、涙を擦りながら、参列者たちの席へと帰還していく。
その辺りは勇者といえどもまだ、小さな子供なのだろう。
だが、だからといって手を抜いていい理由にはならなければ、同時に同情を寄せていい理由にもなりはしない。
「次に、栄えある優勝者……冒険者ルヴィアリーラよ、余の前まで参るが良い」
「はっ、陛下!」
ルヴィアリーラはその悲しみを粛々と背中で受け止めて、最後に残った優勝者として、羨望も嫉妬も悲しみも悔しさも、全てその背中で堂々と受け止めながら、神王ディアマンテのすぐ近くまで歩み寄り、そして恭しく一礼して恭順の姿勢を示す。
「見事な戦いを見せてくれた。まずは勲章の前に其方に褒美を取らせよう。スターク、アースティアナ、あれを持て」
『かしこまりました、陛下!』
御前の脇に控えていた「皇国の双璧」たる二人は執事長とメイド長がそれぞれ持ったまま待機していた優勝商品──山ほどの金貨が詰まった袋と、そして小さな宝玉を受け取り、ルヴィアリーラの前に差し出した。
その宝玉は一見、価値あるものには見えないほど地味な土気色の輝きを放っている。
しかし同時に、この場にいる全員がすぐわかるほどに濃厚な土の元素の気配を漂わせていて、特にルヴィアリーラにはそれが何であるのか、すぐ察しがつくほどだ。
「この宝玉は王家の宝物庫に眠っていたものでな、しかし其方の戦いを見るに、これから必要になるのではないかと思ったのだよ」
「ありがたき幸せにございますわ、陛下」
「うむ、ならば受け取るが良い。余が持っていたとしてもそれは無用の長物、受け取るべき人間が受け取ってこそ、力を発揮するのだからな」
ディアマンテからの許しを得てルヴィアリーラが、金袋とともに受け取ったその宝玉の正体は、「素たる土の宝珠」である。
何故このようなものがこの世界に存在しているのか、そして何の意味があって星剣アルゴナウツに適合しているのかはわからないが、「素たる火の宝珠」や「素たる風の宝珠」と起源を同じくするマジックアイテムだ。
流石にディアマンテの御前で解号を叫ぶわけにもいかないからと、ルヴィアリーラは金袋と「素たる土の宝珠」を万能ポーチに仕舞い込んで、再びディアマンテの御前に跪く。
「優勝者には余が手ずから授ける決まりとなっておる、冒険者ルヴィアリーラ。金鷹勲章……受け取ってくれるな」
「……その事についてですが、恐れ多くも陛下、わたくしは勲章を受け取るに値しない人間だと考えております」
誰もが受け取るものだと思っていたこともあり、ルヴィアリーラが下した返答に、謁見の間は一瞬騒然とした雰囲気に包まれた。
だが、勲章を受け取るに値しない、というのは、紛れもなくルヴィアリーラの本心だ。
「……ほう? して、その根拠は」
「わたくしは一介の冒険者にすぎません。此度の勝利も、細い可能性を手繰り寄せ、辛うじて手にしたものですわ」
「なれど、偉業には違いあるまい?」
「勿体なきお言葉、感謝の至りですわ、陛下。ですが……わたくしはまだ、金の鷹をこの胸にいただくには未熟だと、そう痛感させられたのです」
運も含めて実力だと言われればその通りだ。
事実として、道具を使うことは大会で認められているし、正道な戦い方からは外れようとも、ルヴィアリーラが自らの機転と観察眼で勝利をもぎ取ったという事実は揺るぎない。
それでも、ルヴィアリーラ自身はこの結果に対して正当だということは思っていなかったし、何より勲章だとか爵位だとか、そういうものに対して興味が薄い、というのが包み隠さぬ本音であるのだ。
首が飛びかねない発言であることはわかっている。
だが、ルヴィアリーラにはもう貴族としての地位を取り戻したいなどという感情はないし、ただリリアと一緒にアトリエを経営していければそれで良いと、それしか望むことはないのだった。
「……はっはっは!」
しかし、ディアマンテはそんなルヴィアリーラの無礼に対して、激怒するどころか、まるで最初からこうなることがわかっていたかのように、豪胆な笑いを浮かべてみせる。
ああ、本当に。
ルヴィアリーラという女はこういう女で。
だからこそ目をかけていたのだと、ディアマンテは腹を抱えて笑いたくなるのを堪えて、その愚直なまでに真っ直ぐな信念へと一角の敬意を払う。
ルヴィアリーラが貴族界から追放された忌み子であるという噂が事実であることも聞き及んでいる。
それをわかった上で、ディアマンテはあえてスタークを通じてこの御前試合に出るようにと、お忍び癖があるアイリスディーナを通じてコンタクトを取ったのだし、優勝も、そして受勲を拒むのも、全ては計算の内だったのだ。
「其方は本当に興味深いな、冒険者ルヴィアリーラ……あいわかった。受勲は希望に沿って取り消すとしよう。だが、それでは余も一国の王として面子が立たぬ。故にこそ、これだけは意地でも受け取ってもらうぞ」
豪胆に笑ったディアマンテは、まるでこの時を待っていたとばかりに懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、王家の金印が押されたそれに書かれている内容を、朗々と読み上げる。
「冒険者ルヴィアリーラ、其方をこのディアマンテ・カルボン・ウェスタリア11世の名において……国認錬金術師として正式に認定しよう。これよりルヴィアリーラのアトリエは我が国にとっての要衝となる。さて、受け取ってもらうぞ、冒険者ルヴィアリーラ」
国認錬金術師。
制度としては存在しているが、未だかつてその座に至った者がいない、形だけの肩書きとなっているところに目をつけたディアマンテは、この座をルヴィアリーラに与えることで、貴族たちからの営業妨害を何とかしようと試みていたのだ。
無論、ルヴィアリーラが「竜殺し」に相応しい実力を貴族たちの前で見せつけるという条件は必要であるものの、そこに関してディアマンテは何一つ、ルヴィアリーラに心配など抱いてはいなかった。
「陛下……ありがたき、幸せに存じますわ」
「うむ、冒険者改め錬金術師ルヴィアリーラ。其方の力、この国のため、そしてこの世界のために役立ててくれることを願っておるぞ」
恭しく一礼するルヴィアリーラに、勲章の代わりに羊皮紙を手渡すと、わかっているな、とばかりにディアマンテは謁見の間を一望し、取り分けパルシファルには厳しい視線を送る。
これで、ガルネット家、というよりはパルシファルの野望は潰えたといっても過言ではないだろう。
ディアマンテに睨みつけられたパルシファルは一礼すると目を伏せて、ただそれを、神王に対する謝罪に代えることしかできなかった。
そして、万事は成ったとばかりにオブシディアン候が柏手を打ったのを皮切りにして、万雷の拍手と、そしてリーヴェの喝采が、ルヴィアリーラへと降り注ぐ。
国認錬金術師。受け取れたかもしれない勲章よりも遥かに価値のあるその言葉を噛みしめるかのごとくルヴィアリーラは、ディアマンテに一礼すると、堂々と、勝利の美酒を煽るかのように、参列者たちの中へと戻って行くのだった。




