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67.その因縁浅からずとも、なのですわ!

 幸いにも、ルヴィアリーラが三回戦──準々決勝で戦った相手は、それなりに高名な使い手だったらしいが、スタークに及ぶことはなかった。


 魔剣である、というと混乱しそうだが、要は魔力を帯びたインゴットから造られた大斧を使い熟し、「銀の鉄槌」なる大そうな二つ名をいただく貴族にしてルヴィアリーラの相手であったロマーノ・フォン・アパタイト伯爵は確かに並いる騎士や冒険者であれば、決して敵うことはなかっただろう。


 だが、身も蓋もないことを言ってしまえば、彼はスタークの下位互換だった。


 技の冴えも、一撃の重さも、敗れたりとはいえ「皇国の双璧」と称えられ続けてきたスタークに及ばないのであれば、彼に紙一重とはいえ勝利を掴み取ったルヴィアリーラに敵わない道理がこの世のどこにあるというのだろうか。


 スピードを主体とした剣技を繰り出すルヴィアリーラに対応できず、焦って大ぶりな一撃を繰り出したところを、カウンターの一撃で得物を弾き飛ばされ、喉元に刃を突きつけられたロマーノ伯も、ルヴィアリーラという貴族界の忌み子に敗れたことに憤慨はしつつも、その正当性を認め、敗者として潔く去っていった辺り、心根は腐っていないのだろう。


 その割に保守派の貴族がやっていることは極めてこすいというかセコいというか、アトリエの営業妨害という卑怯極まることをやってきているのだが。


 ルヴィアリーラは静かに嘆息し、控え室で一人、静かに息をつく。


「ふぅ……全く、わたくしのアトリエに対してもこれぐらい潔くしてくださればよろしいのに」

「おや、久しぶりだね、ルヴィアリーラ」


 瞬間、耳朶を震わせた声に、ルヴィアリーラは口に含んでいたポーションを噴き出しそうになった。

 久しぶりも何もねえのですわ、と、反射的に答えそうになったのをポーションと共に呑み下して、むせ返りながら声のした方へと振り返れば、そこにはルヴィアリーラと因縁浅からぬ相手──次の試合で当たることが無事に決まった、パルシファルが聖女アリサを伴って直立している姿がある。


 言ってしまえば、ルヴィアリーラがパルシファルに対して思うところはそんなにない。


 ただ、自分に婚約破棄を突きつけたような相手とわざわざ会って話したいかと訊かれればそれもまた否であり、要するにただ気まずいのだ。


 しかし、それを気にしてか気にしないでか、氷のような微笑を口元に湛えながら、大仰な仕草で諸手を広げて、パルシファルは言葉を続ける。


「しかしルヴィアリーラ、会わない内に君は随分と逞しくなったようだ」

「……どなたと勘違いされているかわかりませんが、人違いですわ、ガルネット伯。わたくしはただの卑しい冒険者……貴方のようなお方の目に止まるような存在ではありませんもの」

「……ふむ、ならばそういうことにしておこうかね、『冒険者』ルヴィアリーラ」


 ルヴィアリーラの方に思うところは何もなかったとしても、パルシファルの方にそれがないとは限らない。


 皮肉たっぷりに口元を歪めて、淡々とした調子を装いながらもそこに静かな怒りを込めている彼の感情を一言で言い表すなら、それは憤慨、ということになる。


 本来であれば「聖女」の加護を得たパルシファルが最前線に赴いて「竜殺し」の栄光を得るはずが、どういうわけかギルドが頼ったのはルヴィアリーラで、そして、名誉の戦死というシナリオを描いていたのかと思えば無事に帰ってきた。


 こんなことをされては、パルシファルのみならず、聖女であるアリサの面子まで丸潰れなのだ。

 だからこそ、幼い頃から無意識に自分の面子を潰しまくっていたルヴィアリーラに対して、パルシファルは怒りを抱いているのだし、アトリエの営業妨害だって、彼が率先して行ってきたことだ。


 それがかえって聖女の立場に傷をつけていることにも気づかないほど憤激している彼に対して、ルヴィアリーラはかける言葉が見当たらなかった。


 というか、むしろ今すぐ去ってほしい。


 別に今でもパルシファルのことをルヴィアリーラは嫌っているわけではない。


 だが、気まずい相手と誰が率先して話したがるというものか。


「次の戦いで相見えることを楽しみにしているよ、行こう、アリサ」

「はい、パルシファル様……ええと、ルヴィアリーラ様、ご機嫌よう」


 聖女も聖女で向こう見ずになってしまった彼に思うところがあるのか、控えめな笑みを、幼い顔に浮かべながらもしずしずとその半歩後ろを歩いて、控室を去っていく。


「はぁ……」


 正直なところ、第三試合よりも今の瞬間の方がよっぽど疲れる。


 それが、ルヴィアリーラの偽らざる感情だった。


 パルシファルが自分に何かしらの因縁を抱いているのはその目や、わざとらしい態度から察せられたのだが、それはそれとして自分の幸せを掴んだのだから過去の因縁に囚われるのはやめてほしい。


 というか、自分の幸せを優先して聖女アリサとの婚約を結んだのではなかったのか。


 ルヴィアリーラは嘆息するが、ため息をついたところでどうにかなるわけでもない。


「……まあ、次の試合で誰と当たろうと所詮は関係ないことですわね」


 一刻も早くパルシファルが、彼なりの幸せを見つけてくれることを祈りながらも、ルヴィアリーラはその戦いに待ち受ける激戦の予感に背筋を震わせるのだった。





◇◆◇




 それからほとんど間を置かずして、ルヴィアリーラとパルシファルは闘技場にて再会することとなる。


 言ってしまえば、闘技場でも気まずいものは気まずいのだが、試合の土俵に立った以上は貴族も冒険者もなく、等しく神王陛下の御前においてのグラディエーターだ。


 だからこそ、因縁も何も今は関係ない。


 ルヴィアリーラは腰に提げている星剣アルゴナウツを引き抜くと、闘技場の中央に立って、パルシファルが構える細剣とその剣先を一度交わすことで挨拶とする。


開始(はじ)めいっ!」


 準決勝ともなれば、会場も落ち着きを取り戻してきたのか、オブシディアン侯の宣言と共に、万雷の拍手と喝采が闘技場を包み込む。


 救国の聖女は、望む相手に「祝福」を授けることができる。


 何度も幼い頃に読み返してきた英雄の伝記においては、そのようなことが書かれていた。


 だが、それがどれほどのものなのかはルヴィアリーラにはわからない。


 だからこそ、今は警戒に徹して、じりじりとつかず離れずの距離を保ったまま、ルヴィアリーラは初撃を打ち込む機会を伺っていた。


 ──しかし、それは悪手だ。


 パルシファルはほくそ笑み、今度こそルヴィアリーラの鼻っ柱を叩き折るべく、ただ一節、この世において彼にのみ許された特権であるその言葉をもって、神々の法を世界に呼び寄せるルートパスを構築する。


「『祝福よ(Gifted)』」


 刹那、魔力が爆発的に増大するのをルヴィアリーラは感じ取っていた。


 否、ルヴィアリーラだけではない。この試合を見ているリリアも、ディアマンテも、審判を務めているオブシディアン侯も、それどころか、何の力も持たない市民ですら、パルシファルを中心に、あらゆる力が渦を巻いているような感覚を抱いていたのだ。


 まずい、と、ルヴィアリーラの本能が告げる。


「言ったはずだよ、ルヴィアリーラ……私は本気だとな!」

「『照らせ』! 星剣アルゴナウツ……スカーレット!」


 今のパルシファルを相手に一切の妥協は許されない。


 彼が放った、音すらも置き去りにした神速の刺突を「躯体強化(ブーストアップ)」と生まれ持った動体視力によって、紙一重で回避すると、ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツの鍔に嵌め込んでいた「素たる火の宝珠」の力を解放する。


 先日、風雪竜シュネーヴァイスを倒した時に「素たる風の宝珠」もルヴィアリーラはその手元に収めることに成功していたが、あれ癖が強すぎる上に、パルシファルが相手であれば向いていない。


「今度こそ因縁を終わりにしてやろう、ルヴィアリーラ……!」

「んなもん、とっくに終わってましてよ!」


 ルヴィアリーラの解号に応えて清らに燃える焔がその刀身を包み込んだ星剣アルゴナウツ・スカーレットと、パルシファルが携える魔剣、「ゴットフリート」の刃が激突し、けたたましいセッションを奏でる。


 もう全てが終わっているルヴィアリーラと、終わらせることのできていないパルシファル、それは改めて二人の決戦の号砲として、この闘技場に響き渡るのだった。

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