66.「敢えて行く者が勝つ」のですわ!
当然、ルヴィアリーラが高笑いを上げて道具を投擲した以上、その全ては相手に対して筒抜けだということになる。
ましてや「皇国の双璧」と例えられるスタークが相手なのだ。
それをわかっていないはずもない。
スタークは無情にも投擲された「火炎筒」を魔剣ブリッツアイゼンで両断することで、ルヴィアリーラの秘策を潰した──かのように見えた。
「なんだ、これは……っ!?」
「かかりましたわね!」
スタークが呻くよりも遥かに早く、炸裂した閃光と爆炎が闘技場を刹那の内に白く染め上げて、目を開いていた者の視界を塗りつぶす。
事前に目を瞑っていたルヴィアリーラは無事だったものの、爆炎を本命だと思い込んでいたスタークは、堪ったものではない。
ルヴィアリーラが用意していた「火炎筒」は、いわばデコイのようなものであった。
敢えて、極限まで火の元素の働きを弱めるように作り上げた、出来損ないに近い一品。
だがそれは、奇しくもスタークが操る雷の力と組み合わさることによって強烈な閃光を撒き散らすという特性を獲得していたのだ。
ルヴィアリーラはその隙を見逃すことなく、今度は速さよりも重さにスイッチした剣撃を繰り出すが、光に目を焼かれながらも、スタークは剣を振るう音と、そしてルヴィアリーラの殺意から斬撃の位置を予測して、その全てを受け止めてみせる。
──離れ業もいいところだ。
思わず悪態をつきかけるルヴィアリーラだったが、その分だけ攻める時間が減るのだから、今はただ剣を振るって、相手の姿勢を崩すことだけを考えるのみ。
自分に強く言い聞かせながら、上段、中段と、自然にスタークの姿勢が崩れるような剣捌きでルヴィアリーラは、数十秒をどこまでも引き延ばしたかのような重さと疾さでもって、果敢に斬り込んでいく。
「まさか、卑怯とは言いませんわね!?」
「目眩し……単純な戦術に引っ掛かった俺のミスだ、だが!」
そろそろ目が慣れてきたのだろう。
スタークはルヴィアリーラが大上段に振りかぶった一撃を魔剣ブリッツアイゼンの腹で受け止めてみせると、防勢に回っていた時間を利用し、全身に充填した雷の魔力を解き放つことでルヴィアリーラを弾き飛ばす。
「か……はっ……!」
「悪いが、本気だと言ったはずだ……そのまま天に散れ! 『シュツルム・リュミエール』!」
瞬間、駆け抜ける光は暴嵐となってルヴィアリーラを呑み込まんと猛り、そしてばちばちとけたたましい音を立てて爆ぜる。
振り抜かれた斬撃に乗った雷の魔力は、並大抵の剣士では防ぐことはおろか、避けることさえもかなわないだろう。
ルヴィアリーラが持っている魔術は単純なものしかない。
そのスキル群に、今この瞬間を打破するものがあるか?
否だ。自問するなり即座に答えを出したルヴィアリーラは、咄嗟に星剣アルゴナウツを地面に突き立てた。
「武器を手放した時点では……失格じゃありませんでしたわよねえええっ!」
「なんと……っ!?」
そして、その柄を足がかりとしてルヴィアリーラは大きく跳躍すると、先ほどのようなデコイではなく、威力を重視して作った「爆炎筒」を万能ポーチから三つほど取り出して投擲してみせる。
ルヴィアリーラが作り上げたのは、即席の避雷針だ。
スタークが大技を放つタイプの剣士であると本能で理解していたからこそできた、一瞬たりとも無駄にしていれば成立しない回避を見事に成り立たせて、ルヴィアリーラは轟音と爆炎で闘技場を覆い尽くす。
「まだだ……まだ俺は倒れん! 『皇国の双璧』の名を背負っている限りは!」
それでも直撃コースの爆炎筒を全て切り払い、爆炎を全身に受けながらも膝をついていないスタークの膂力と精神力は驚異的だ。
正直なところ風雪竜も多分スタークは倒せるんじゃないかと、そう疑いたくなるほどのタフネスを見せつけているが、ルヴィアリーラとしてはもううんざりだった。
「双璧でも絶壁でも構いませんけれど! わたくしの野望の前に……!」
「『シュトゥルム』……!」
「散ってくださいまし!!!!!」
「『ブリッツェン』!!!」
最後の大技を放とうとするスタークに、拾い上げた星剣アルゴナウツを携えたルヴィアリーラは、バイタリティポーションの蓋を口で開け、中身を無理やり含んでから突撃するという無謀にも見える反撃を敢行していた。
地面を擦り、伸長された魔剣ブリッツアイゼンの刃が雷を纏うあの大技について、ルヴィアリーラは一切の情報を知らない。
だが、幼い頃より戦いに明け暮れてきた勘が告げている。
あれは、二段階に分けられている技だ。
そしてルヴィアリーラが放っていた剣技は、パルシファルから教わっていた「瞬撃閃」、速さを重視した刺突だった。
ルヴィアリーラの狙いは一つだ。
彼女の莫大な魔力でもって生産された、高品質のバイタリティポーションは、いかなる一撃をその身に受けたとしても、一度だけ踏ん張ることができるという特性を獲得している。
だからこそ、ルヴィアリーラはその一撃目を「敢えて受けることにした」のだ。
予想通りに襲いくる雷の刃が魔力障壁を叩き割って、ルヴィアリーラの胴体に重たい衝撃を打ち込んでくるが、それでも彼女は倒れない。
ポーションがあるから。全ての元を正せば、錬金術師だからこそ耐えることができた。
全ては紙一重の偶然の上に成り立っているが、その全てが必然だったからこそ、今目の前にこの光景がある。
ルヴィアリーラは口元から血を吐きながらも、確かにその剣でもって、二撃めが振り抜かれる一瞬の隙に狙いを定めた。
「ちぇええええすとおおおおおおおッ!!!!!」
ルヴィアリーラは叫ぶ。
それは、紛れもなく奇声の類ではあったが、勝利したと、この瞬間にぶち倒したのは自分だという誇りの宣言に他ならない。
己の全力を懸けて突き抜ける一撃はその瞬間、確かに二撃めを振り抜こうとしていた魔剣ブリッツアイゼンを弾き飛ばし、そして、スタークの喉元へとその刃を突きつけていた。
「ふ、まさか……してやられるとはな……」
「……か弱い女の子相手にえげつない本気出しといて何言ってますの……」
這々の体といった風情で膝をがくがくと震わせながらも、ルヴィアリーラは確かにスタークの喉元へと刃を突きつけたまま、そう呟く。
「そこまで! 勝者……冒険者ルヴィアリーラ!」
神王ディアマンテが旗を上げ、オブシディアン侯の裁定が下された瞬間に会場を包み込んだものは、歓声などでは断じてない。
沈黙。
ただ、水を打ったように静まり返った会場にあるものは、困惑という他にないだろう。
かの「皇国の双璧」が、道具を用いたとはいえ冒険者に敗れたというのは、それほどまでの事態に値する。
ジャイアントキリングを喜んでいいのか、それとも「皇国の双璧」が敗れたことを悲しむべきなのか、感情の処理が追いついていないのだ。
それは、奇しくもかのアースティアナ・エル・クレバースもまた、隣国から来賓として招かれていた「王認勇者」リーヴェ・エメラリヒトに敗れていたからに他ならない。
二枚の壁が破られた今、純粋に皇国の代表者として残っているのは。
肩で息をするルヴィアリーラが見つめる観客席に、冷たい視線を注ぎながらも、リリアを除けばただ一人拍手をしているその青年──パルシファル・フォン・ガルネット伯は、新たなる伴侶である「聖女」を伴って立っていた。
ルヴィアリーラが、そこに思うところはない。
ただ剣を収めた上で、勝者として堂々と、ルヴィアリーラは吐血しながらも会場を後にしていく。
次の相手が誰になるかはわからない。
だが、恐らくパルシファルとはいずれ、戦うことになるだろう。
彼と「聖女」に恨みこそないとはいえ、いざ戦うとなれば相当な強敵となることは想像するに難くない。
ただ、それでも。
「……敗けるわけには、いかねぇのですわ……!」
ヒーリングポーションを口に含みながら、ルヴィアリーラは奥歯を食いしばって静かにそう呟く。
敗けるわけにはいかない。そうだ。全てはアトリエを経営するために。
そして、応援してくれているリリアのために。
ルヴィアリーラは何とかもぎ取った勝利の余韻に浸る間もなく、次の戦いに向けた決意を固めるのだった。




