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65.御前試合の始まりなのですわ!

 その瞬間、オットー・フォン・ムンストン男爵は一条の光が走るのを見た。


 否、それしか見えなかった、と、いうべきか。


 第一皇女アイリスディーナによる紹介を受けて意気揚々と、普段は兵士たちの訓練場として使われている闘技場へと乗り込んだのはいい。


 対戦相手が貴族界でなにかと話題になっている、「ルヴィアリーラ」なる冒険者だったこともいい。

 正直なところ、オットーはちょろいものだとさえ思っていた。


 冒険者であれば、正騎士として認められ、その上最近生産が進んでいるという魔剣まで手にした自分に敵うはずがない。


 そんな増上慢を抱きながらも、決して油断はせず、教則通りの構えをとって、オットーはルヴィアリーラへと相対したはずだったのだ。


 だが、自慢の魔剣は一瞬で手元から弾き飛ばされて、訓練場の土に突き刺さっている。


『ちぇええええすとおおおおおおッ!!!』


 そして、及び腰で見上げているのは、聞くに耐え難い絶叫を上げながら自身へと斬りかかってきたルヴィアリーラが、その剣を首元へと突きつける姿だった。


「どうしましたの、まだやりまして?」


 ルヴィアリーラはそう問いかけていたものの、御前試合のルールとしては得物を失い、首元へと刃を突きつけられた時点で勝敗は決している。


「そこまで! この戦い、冒険者ルヴィアリーラの勝利とする!」


 観覧席の最上から、双眼鏡で試合を眺めていたディアマンテが赤の旗──ルヴィアリーラが入場してきた入り口を指し示すものを掲げたのを確認すると、審判を務めている執政、オブシディアン・フォン・ウェスタリア侯は試合の裁定を言い放つ。


 オットーは何が起きたのか理解できていなかったが、単純な話だ。


 ルヴィアリーラは「躯体強化(ブーストアップ)」の魔術(スキル)を起動して、いつも通り、大上段にかざした剣を全力で振り下ろした、それだけのことだった。


 視認できなかったことからゴネて、何か卑怯な手を使われただとか、この場でそんな言い訳をすることも可能だろう。


 ただしそれが、貴族としての誇りを大きく損なうと理解していなければ、の話だが。


 オットーは悔しそうに顔を歪めて拳を震わせるも、最後の一線だけは越えることなく、敗者として闘技場を去っていった。


「ふぅ……リリアが見ている以上、無様な負け方はできませんわね」


 ルヴィアリーラは試合が終了すると同時に星剣アルゴナウツを鞘へと収めた。


 聖衣の裾を摘んで観衆へ優雅に一礼するルヴィアリーラの背中に、ボルテージの高まった声援が投げかけられるが、内心では正直なところ、こんなものだ。


 闘技場の入り口までたどり着いたところで汗をそっと拭って、ルヴィアリーラは静かに呟く。


「いやー、圧勝だったじゃん、ルヴィアリーラのねーちゃん」

「リィ、貴女も御前試合に出ていますの?」

「ん、勝てるとは思わないけど名前は知ってもらいたいしね、それに祭りだし?」


 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊った方が良い。


 そんな言葉を呟くなり、ルヴィアリーラにひらひらと手を振って、ニヒルな笑みを口元に浮かべたままリィは次の試合に出場すべく、闘技場へと歩んでいく。


「踊らなければ損。確かにその通りですわね」


 ルヴィアリーラとしては、優勝を本気で狙っているのだから楽しむも何もないのだが、その過程を忘れてしまっては意味がない。


 これは元々祭りなのだから、楽しむくらいの心境で臨む。


 それぐらいがちょうどいいということなのだろう。


 図らずも激励を受けた形となったルヴィアリーラは、選手の控え室に戻るなり水を口に含むと、緊張の糸を解くかのように大きく、長く、ふぅ、と、安堵の息を吐き出すのだった。





◇◆◇




 リィは正騎士を相手に健闘し、惜しくも敗れてしまったがそれもまた一つの結果なのだろう。


 無情として突きつけられる現実に、少しだけ悔し涙を浮かべるリィを励まし、彼女から「リィの分も頑張んなよ」と、激励を受けたルヴィアリーラは、第二試合に臨むべく会場へと歩んでいた。


「続いての試合は、赤コーナー、スターク・フォン・ピースレイヤー卿と、白コーナー、冒険者ルヴィアリーラさんによる試合になります!」


 アイリスディーナのアナウンスが、会場へと高らかに響き渡る。


「こいつは……運が悪りいですわね」


 いきなり最悪の組み合わせを引かされた、と、ルヴィアリーラは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてそう呟く。


 だが、試合の組み合わせについては厳正に抽選で決められている以上、これは単にルヴィアリーラが屑運を引き当てたというだけのことになる。


 できることなら「皇国の双璧」とは決勝とか準決勝とか、もう少し後で当たりたかったのだが、四の五の言っている場合ではない。


 アイリスディーナのアナウンスに従って、先ほどとは入れ替わった入り口から闘技場へと歩むルヴィアリーラを見つめるスタークの視線は、それを示すかのように厳しいものだった。


「申し訳ないがここで当たったのも何かの縁だ、何一つ手加減は抜きでいかせてもらう……!」

「こちらこそ、胸を借りるおつもりで、全力で挑ませていただきますわ!」


 交錯する両者の視線に緊張の糸が張り詰める。


 恐れ多くも「皇国の双璧」と擬えられる最強の騎士と戦うのだ。


 なるべく温存しておきたかったのだが、手段を選んでいる暇などない。


「始めいっ!」


 オブシディアン侯が試合開始を宣言すると同時に、ルヴィアリーラは「躯体強化(ブーストアップ)」の魔術を起動させて、スタークの懐に潜り込むことを狙って、まるで大地そのものを縮めたかのような速さで疾駆する。


「瞬撃閃──わたくし流ですわ!」

「む、やるな……!」


 スタークは、一撃の多さではなく重さを重視したタイプの剣士であると聞き及んでいた。


 奇しくもその戦闘スタイルはルヴィアリーラも同じであり、どちらかといえば大上段に構えた必殺の一撃を振り下ろす、第一試合のような戦い方こそが、ルヴィアリーラには合っているのだ。


 しかし、それはルヴィアリーラが他の戦い方を不得手としている、というわけでは断じてない。


 パルシファルから手解きを受けた剣術は、元より彼が得意としている刺突を中心とした手数を重視したもので、スタイルこそ合わないため奥義までは修めていないものの、ルヴィアリーラはある程度の速度戦にも対応することができるのだ。


「これで、暇は、与えない!」

「くっ……小癪な……!」


 輪舞、輪舞、輪舞。


 舞い踊るかのようにルヴィアリーラは千変万化の剣術を披露し、スタークを防戦一方に追い詰める。

 だが、目眩(めくるめ)く斬撃のラッシュを受けながらも、決してスタークの体幹は揺るがず、その全てを必要最小限の動きで受け流しているのだから、「皇国の双璧」は伊達ではないというべきか。


 固唾を飲む観衆たちも、水を打ったように静まり返って、剣戟が奏でる甲高いセッションにただ聴き入っていた。


「すまないが……こちらも本気で行くぞ! 破ぁっ!」


 ルヴィアリーラの一撃は、確かに(はや)い。


 しかし、裏を返せば、その全ては「軽い」ということになる。


 浅目に振り抜かれた聖剣アルゴナウツの一撃をカウンターで返すと、どっしりと腰を落とした構えを取って、雷撃の魔力を纏ったスタークの魔剣が振り抜かれる。


「駆けろ、ブリッツアイゼン!」

「なんのぉッ!」


 がきぃん、と、一際大きな金属音が会場に響き渡り、閃光が白く爆ぜる。


 ワイバーンを単騎で倒すことができるどころか、複数の群れを相手にしても尚、斃れることのなかった「双璧」たる重々しい一撃を、ルヴィアリーラはなんとか防ぐことこそできていたものの、その体幹は大きく揺らぎ、矢継ぎ早に振り抜かれた二の太刀を受け止めたところで膝をつきかけてしまう。


 躯体強化を起動していてもこれなのだ。


 魔術(スキル)による補助は相手も当然使っているとして、問題はあの雷が魔剣の固有の能力なのか、それともスターク自身の力なのか。


「っ、らあッ!!!」

「……ぬ、ぐっ……!」


 それを知るべく、下からめくり上げるようなカウンター蹴りを、躊躇なくスタークの股間に放ったルヴィアリーラは、そのまま後方に大きく跳躍して、「鑑定」の魔術(スキル)を起動させる。


【魔剣ブリッツアイゼン】

【品質:一流の魔剣】

【状態:万全】

【備考:刀身に雷の魔力を纏う、第四世代の魔剣。使い手の魔力と共鳴することでその威力は二倍以上に跳ね上がっている】


 ──これ、どうしろと?


 脳裏になだれ込んできた情報に、ルヴィアリーラは思わずそんな弱音を吐きかけていたが、切り札であればこちらも搭載済みだ。


 この御前試合、毒の類だとかそういったものは禁止されているが、基本的に道具を使うことは認められているのだ。


「あーっはっは! 爆発は……全てを解決するのですわあああああッ!」


 それこそがルールの抜け穴なのだと言わんばかりに、ルヴィアリーラは高笑いをあげて、懐から取り出した「火炎筒」を、スタークに向けて全力で投擲するのだった。

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