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64.皇国祭と御前試合、なのですわ!

 アイリスディーナがアトリエを訪れた翌日、報酬を手にしてやってきたのは、案の定、彼女の護衛騎士を務めているスタークだった。


 聞けば、お忍びでアイリスディーナが市井に紛れている時の護衛が普段の彼の任務の大半だそうで、苦労しているな、と、ルヴィアリーラは同情を寄せつつも、受け取るものは受け取るということで、きっちりと受け取った金貨の枚数を数え上げる。


「ひーふーみー……事前の依頼表通りですわね、感謝いたしますわ、ピースレイヤー卿」

「いや……こちらとしても皇女殿下のわがままに付き合ってくれて感謝している」


 誰も食べたことのない菓子、など、無茶振りもいいところだっただろう。


 委細を全て把握しているのか、どこか疲れたような顔をして、スタークは溜息とともにそんな言葉を口走った。


 とはいえ、呆れているというよりはその程度の軽口を叩き合える間柄だからこそ、なのだろう。


 スタークは相変わらずの三白眼に、しわの寄った眉根といった仏頂面だが、その瞳を覗き込んでみれば、そこには一抹の優しさを伺うことができる。


 例えるならそれは、野花が咲いているのを見つけたときのような、そうでなければ玩具箱から目当てのものを見つけたときのような、そういった純朴な喜びとでもいうべきものだ。


 アイリスディーナからの依頼は完了したわけだが、これについてまさか報酬を受け取ったからそれで終わりです、と、事がそう簡単に運んでくれるはずもないだろう。


 リリアが淹れてきてくれたお茶へと、優雅に唇をつけながら、ルヴィアリーラは、アイリスディーナとスターク、そしてその背後にいるであろうディアマンテの顔を思い浮かべて、微かに表情を険しくする。


「察しがいいな」

「依頼らしい依頼のないアトリエに突然個人からの依頼、それも破格なものが舞い込んできたとあれば、裏を考えるのは当然ではなくて?」

「……耳が痛いな、だが、この話は君にとって悪いものでは決してないぞ」


 等価交換の原則は錬金術の基本だが、要するにギブアンドテイクということで、このままでは自転車操業か、最悪潰れかねないルヴィアリーラのアトリエに対して一時金といえるものを持ってきた以上、こちらも差し出すべきものがある、と、スタークが言っているのはそういうことだった。


 悪いものではない、というのがどこまで信じられるかは、ルヴィアリーラには生憎わからないが、スタークという人物の性格や、今までのディアマンテの態度を鑑みるに、いきなり無理難題を突きつけてくる可能性は──


「……ないとはいえませんわね……」

「……聞かなかったことにしておくぞ、それで、俺からの提案なのだが」

「素直に神王陛下からと言ったらよろしいのではなくて?」

「何の話をしているかわからないな……続けるぞ。皇国祭については知っているな?」


 皇国祭。それは年に一度開催される大祭であり、王都ウェスタリアに様々な人や物が集まる祭典であることは、当然、国民の一人である以上、ルヴィアリーラもわかっている。


「……皇国祭、ですか……?」


 だが、元々北方大陸出身で、ほとんど屋敷から外に出たことのなかったリリアにとって、その単語は全く聞き慣れないものであった。


 父母がどこかに出かけていたことは覚えているが、自分はその間、鎖に足を繋がれて、座敷牢に押し込められていたのだ。


 彼女が置かれていた痛ましい境遇について知らずとも、奴隷として売り飛ばされかけていたことはルヴィアリーラにもわかっているのだ。


 そんなリリアが皇国祭についてなど、知るはずもあるまい。


「お祭りですわ、色んな人や物が集まって……賑やかな時を過ごすのでしてよ」


 ルヴィアリーラは、彼女が小首を傾げたことに胸が締め付けられるような痛ましさを感じながら、そっとその細い身体を抱き寄せて、耳元で囁くように言い聞かせる。


「わぁ……なんだか、楽しそうですね、お姉様……」

「ええ、普通であれば、ですけれど」


 実際、今回の依頼がなければルヴィアリーラはリリアを連れて、皇国祭へと一般参加するつもりではあったのだが、どうも、スタークの口ぶりからするに、それは厳しいらしい。


「まあ、そんな感じの祝祭だが……ルヴィアリーラ、端的に提案する。君は、御前試合に出てみる気はないか?」


 御前試合。


 スタークの口から飛び出してきた剣呑な単語に、思わずルヴィアリーラの背筋が強張る。


 皇国祭はその性質上、二部に分かれている。


 一つは午前中の収穫祭だ。これに関しては、王都に住まう万民が近所の森に生えているカロットと呼ばれる鮮やかな色をした植物を一斉に収穫するというもので、一番多くのカロットを収穫した市民には福が訪れる、とされている。


 そして午後の御前試合。


 スタークが出場を提案しているこのプログラムも、詳細は極めて単純なものだ。


 神王ディアマンテが見ている前で、普段は兵士たちが訓練場として使っている場所で一対一の模擬戦を行う。


 優勝者には叙勲が施されるらしいが、その手のことに興味のないルヴィアリーラとしてはどうでもよかった。


 ただ、収穫祭と御前試合に違いがあるとするなら、それは参加資格だろう。


 一応、御前試合にも冒険者の参加は認められているものの、基本的な認識としてはあそこは、貴族の門弟が神王に己の家の存在をアピールするための場所であるとされている。


 冒険者が出ることも規律上不可能ではないが、空気を読んで負けろだとか、事前に金を握らせての八百長が要求されたりと、不正が横行しているためにあまりいい目では見られない。


「……わたくしが出たところで、不興を買うだけだと思いましてよ?」

「冒険者の八百長か……それについては陛下も由々しき問題だと考えておられる」

「と、申しますと?」

「此度の御前試合は、俺とアースティアナ……クレバース卿だな、と、隣国から『王認勇者』リーヴェ・エメラリヒトが出ることが決まっている」


 並の貴族の門弟であれば、想像するだけで吐きそうになるぐらい錚々たる名前が並んでいる御前試合の面子だが、今回に関しては一切の八百長を王国側が送り込んだ刺客が叩き潰すという決意の表れだろう。


 そして、ルヴィアリーラが出場を求められているということは単純に、この御前試合を勝ち抜いて貴族たちにその実力を証明してみせろ、という挑戦に他ならない。


 ルヴィアリーラのアトリエが閑古鳥な理由と、そしてその間接的な原因である保守派の貴族を黙らせるには「竜殺し」たる実力を見せつけるのが一番だと、つまりはそういうことなのだろう。


 ルヴィアリーラは豊かな胸を支えるように腕を組み、鷹揚に頷く。


「確かに、悪くありませんわね」

「ただし、こちらとして手加減をしてやることはできんぞ」

「委細承知しておりましてよ、わたくしの全力……照覧いただきたいものですわ」

「ふ……楽しみにしておこう」


 お茶をありがとう、と、リリアに短く伝えると、スタークは踵を返してアトリエを去っていく。


 御前試合。


 厄介なことになったものだとルヴィアリーラは頭を抱えそうになったが、見栄を切ってみせた通り、見方を変えればこれは最大のチャンスともなりうる。


「さて……やってやろうじゃありませんか、ですわよ!」


 勲章だとか名誉だとかに興味はない。すべてはアトリエを経営するために、そして。


「……が、頑張ってください……ルヴィアリーラ、お姉様……!」


 隣で応援してくれるリリアのために。


 勝利をこの手にもぎ取らんと、ルヴィアリーラは決意とともに拳をきつく固めるのだった。

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