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61. 「泡立つ水」を採りに行くのですわ!

 当然だが、「錬金術体系全著」の記された年代はルヴィアリーラたちが生きている時代よりも遥かに古い。


 当時は採取地として記されていた場所が開発だとか風化だとかでなくなっていることもままあるため、それをそのまま鵜呑みにして向かえば無駄骨になる。


 だからこそ、ルヴィアリーラとリリアは冒険者ギルドを訪れて、ユカリへと問いかけていたのだ。


「と、いうわけでギルドマスター、ミスティカ湖畔へ向かいたいのですけれど、まだあの場所で『泡立つ水』は採れまして?」

「『泡立つ水』ですか……何に使うかはわかりませんけど、ミスティカ湖畔でなら間違いなく採取できると思いますよ」


 ユカリは突然の来訪に苦笑しつつ、壁に貼り出されている世界地図で、ミスティカ湖畔が位置する箇所を指差しながら、ルヴィアリーラの問いにそう答えた。


 ミスティカ湖畔。


 不思議な水が湧き出すということで古来珍重されてきたその場所は、機械文明の破局と、それ以前に栄えていたとされる文明の滅亡を経ても尚、残り続けている。


「ふむ……道中、何か危険な魔物などはおりまして?」

「それなんですけれど……」


 王都ウェスタリアから、徒歩で大体一週間かかる位置にあるミスティカ湖畔への道中に関して、危険は少ないというのが冒険者ギルドの出している公式の見解だ。


 ただ、彼女の反応を見るに、最近は微妙に事情が異なってきているらしい。


 ルヴィアリーラは訝るように眉を潜めた。


 そして、ユカリは微妙に困ったような顔をすると、ルヴィアリーラの問いへ、溜息交じりに答えてみせる。


「どうも最近、魔物の活動が活発化しているようなんですよね、だから想定外の魔物と遭遇する可能性は……正直否定しきれません」

「ふむ……調査等の結果ですの?」

「はい、まだ詳細は不明なのでなんとも言い難いのですが」


 ただ、複数の冒険者から街道にも魔物が出没するようになってきたという報告が寄せられていることは確からしい。


 先日の風雪竜シュネーヴァイスの一軒といい、何かしら、誰かしらが裏で糸を引いている可能性こそ否定できないが、陰謀というのは容易く人を暗鬼に陥れる。


 だからこそギルドも表立って魔物が活発化している、という声明を出さずに、あくまで冒険者個人に対する警告という形で留めているのだろう。


 それに、何より。


「……お姉様?」


 ルヴィアリーラには、この事態が予測通りであるかもしれないという予感があった。


 ──救国の聖女。


 自分とパルシファルの婚約を破談にまで持ち込んだアリサという少女は、彼の話が確かであるならば、「異界から現れた聖女」ということになる。


 極め付けはイーステン王国が擁立している「王認勇者」だ。


 これらは全て、この世界が、ジュエリティアが危機に陥った時、異界より現れて救世を成す存在として、御伽噺に語られている。


 それが現れたということは、今が世界の危機なのではないか。


 そう懸念する人間がいたとしてもおかしくはない。


 だが、ルヴィアリーラは心配そうに顔を覗き込んできたリリアへと微笑み返すと、いつもの通り、豊かな胸を支えるように腕を組んで、高笑いを上げてみせる。


「あーっはっは! 大丈夫。恐れるに足りませんわよ、リリア!」

「……恐れるに足りない、ですか……?」

「今がどうなのかなんて、そんなのは聖女だの勇者だのに任せておけばいいのですわ。わたくしたちの使命はアイリさんからの依頼を達成すること……違いまして?」


 ルヴィアリーラの力強い言葉に、リリアは大きく首を縦に振る。


 今が世界の危機だろうがなんだろうが、とりあえず、困っているのがアイリなら、まずは彼女を助けるところから始めればいい。


 それがルヴィアリーラにとってはもどかしくも一つの流儀のようなものであったし、実際に世界が危機に陥っているなら、それは個人でどうこうできるものではないのだ。


「そんなわけでギルドマスター! ミスティカ湖畔にわたくしたちは出立いたしますわ!」

「承認しました、道中は……」

「往復二週間で構いませんことよ!」


 残念なことにこれは皇国依頼ではないため、「風鳴りの羽」が支給されることはない。


 だからこそ手早く申請を済ませて、ルヴィアリーラとリリアは問題のミスティカ湖畔へと旅立ってゆくのだった。




◇◆◇




 問題のミスティカ湖畔までの道中では、確かに魔物たちと遭遇することは普段よりも多かったようにリリアは感じていた。


 しかし、どれもこれもがルヴィアリーラの高笑いと共に火炎筒で爆殺されていくのだから、それを脅威だと思うかどうかについては全くもって別の話だ。


『あーっはっは! おくたばりなさいな!』


 高笑いと共に「火炎筒」をぶん投げて、豚面が二足歩行をしている魔物、オークやら、巨大な蠍──ヒュージスコーピオンといった魔物たちを一蹴していくルヴィアリーラの姿勢は確かに頼もしいものでこそあったものの、傍から見れば、完全に悪役そのものだった。


 しかし、リリアもリリアで感性が大分明後日の方向に吹き飛んでいる。


 そういった事情もあり、そんなルヴィアリーラの姿勢を問題に感じるどころか、むしろ「格好いい」と尊敬の眼差しで見つめているのだった。


 二人が、そんな道中を経て辿り着いたミスティカ湖畔は、確かに評判通りに長閑で美しい森の中にぽつんと佇んでいる。


 そして、目を凝らして見てみれば、その湖面はしゅわしゅわと泡立っており、その様を霧に擬えて古の人々は名前をつけたのだろうかと、そんな想像がルヴィアリーラの脳裏をよぎった。


「見事にしゅわしゅわしておりますわね!」

「はい……これなら、アイリさんも……」

「……ただ、問題なのはここから歩いて一週間かかることですわね」


 ルヴィアリーラは泡立つ湖面を観測しつつ、適当な容器に「泡立つ水」を汲み上げて、暫くその様子を観察し続ける。


「……あ、泡が……」

「どうにもこの水、足が速いようですわね……」


 泡立つ水は、湖面を離れてしまえば気が抜けるのも早く、一週間もかけて、そのままアトリエに持ち帰っていたのでは、ただの水と変わらないものになってしまうのは想像するに難くない。


 どうしたものか、と、ルヴィアリーラは頭を抱えて、黒煙を噴き出す勢いで思考回路を回転させるが出てくる答えはたらればばかりで、現実的なものではなかった。


「あ、あの……お姉様……」

「むむむむ……ん、どうしましたの、リリア?」

「え、えと……それなら、何とかなる、かも、しれません……」


 リリアはルヴィアリーラがああでもないこうでもないと唸っている間、「虹の瞳」の力を用いて魔力に対して問いかけていたのだが、結論からいってしまえば、この事態を何とかするための手段はある。


 それは数多の魔法師が夢に見ながらも決して実現することのできなかった手段であり、ルートパスを繋ぐために必要な魔力も膨大な魔法だ。


 だが、リリアならばその両方を備えている。


 できる。繋げる。


 ならば次は、翔ぶだけの話だ。


 リリアは樫の杖をきゅっ、と握りしめて、ルヴィアリーラへとその手段──「風鳴りの羽」と同じ効果を齎す転移魔法について語る。


「え、えと、その……一回行ったとこしか、翔べないんですけど、その……多分……」

「リリア……」


 一応というかなんというか、行ったことのない場所に翔ぶための魔法もあるにはある。


 ただその場合行き先を選ぶことができず、最悪海の上に放り出されるとか、そういった事態もあり得るというだけだ。


 だが、今回の課題がいかに新鮮な状態で「泡立つ水」をアトリエへと持って帰るか、ということに限定されるのであれば、往路を端折れずとも、復路を省略することができるリリアの魔法は大いに役に立つ。


 だからこそ、ルヴィアリーラはごく自然に微笑みを満面に咲かせて、リリアの細い身体を抱き寄せていた。


「リリア……やっぱり貴女、最っ高ですわね!」

「……そ、そんな……えへへ、お姉様……ありがとう、ございます……」


 やはり、あの時リリアと組んでいなければ自分はどこかで躓き、転んで、そのまま起き上がれなかったかもしれない。


 ルヴィアリーラはリリアを抱き寄せて、頬をすり寄せながらそんなことを考える。


 昔から、親から譲られたわけでもない無鉄砲で損ばかりしてきた。


 しょうもないと貴族たちが笑い飛ばすような邪悪にも、人一倍敏感に激怒して。


 結果としてから回ることも珍しくなかったのが、ルヴィアリーラという女の人生だった。


 だが、今こうしてリリアといられるだけで、彼女の魔法のみならず、その小さな手や細い身体、透き通るような白い肌──そして時折手を繋いだり、頬をすり寄せたり、ベーゼを交わすことで感じる体温があるだけで、その全てが報われたような気になるのだ。


「さあリリア、ありったけの水を採取してアトリエまで帰還いたしますわよ!」

「お、おー……っ!」


 とりあえず、気が抜けていく対策としては、ボトルに密封しておけばある程度、気休め程度でこそあるが防ぐことはできるだろう。


 ルヴィアリーラは意気込みと共に万能ポーチから、本来は便箋を保管するために使うボトルを取り出して、ミスティカ湖畔に湧き立つ不思議な、「泡立つ水」を採取していくのだった。

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