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59. 初めての依頼は『おかし』な依頼なのですわ!

 満を持して開店したアトリエ・ルヴィアリーラだったが、その経過は決して順調なものとはいえなかった。


 ギルドから暖簾分けされたことで回ってくるポーションや素材の納品といった、そういった仕事が回ってくるために食いっぱぐれることはないのだが、未だにルヴィアリーラ個人をあてにした依頼は回ってきていない。


 それがどういうことなのか、リリアにはよくわからなかった。


 仮にも「竜殺し」の英雄であるルヴィアリーラに物事を頼むのは恐れ多いと考えているのか、それとも何か違う要因があるのかと、ビラを配ったり営業活動にも精を出したのだが、さっぱり見当がつかない。


 一方で、ルヴィアリーラの方はなんとなくその原因について予想はできていた。


 答えはシンプルに、貴族たちの確執である。


 現在の貴族界は、ルヴィアリーラとそのアトリエについて容認するかしないかといった意見が真っ二つに割れていた。


 そもそも神王たるディアマンテが認めている以上貴族たちには容認するも何もそんな権限などどこにもない。


 ただ、その理由というのが「同じ竜殺しの英雄ならガルネット卿やピースレイヤー卿、クレバース卿と他に三人もいるのに、ルヴィアリーラだけが特別扱いされているのが納得いかない」という実にくだらない、子供じみたものなのではあるが、こうしてアトリエの営業に支障が出てくると、さしものルヴィアリーラとて身につまされるものがあるのだ。


「しっかし、暇ですわね……」

「……今日の分のポーション、納品しちゃいましたからね……」


 後は細々とした素材だが、その辺りに関しては周辺を探索するだけで手に入るコルツァ材だとかシンプレ草だとかそういったものばかりで、何か張り合いのある冒険が待っているわけでもない。


 そんな理由で、ルヴィアリーラとリリアは盛大に机の上に突っ伏して、ぐでーっとした時間を過ごしていたのだった。


 時間とは限りがあるものであり、故にこそ錬金術師はその探究のために永遠を求める。


 これはクラリーチェ・グランマテリアの言葉ではなく、彼女の姉であるカリオストロの残した名言なのであるが、元より真理の探究を目的としない異端のルヴィアリーラにとっては、体を動かしていない時間の方がよほど永遠にさえ思えるのだ。


 両肩にのしかかる重力が大きさを増していくような錯覚の中で、ルヴィアリーラはいつもの彼女らからぬ、深いため息を吐き出す。


 とはいえ、溜息をついたところで来客など来ようはずもないのだが──


 と、やさぐれたルヴィアリーラがこうなったら冒険者ギルドに出向いて何か討伐依頼でも受けてこようか、と、自棄を起こしかけたそのときだった。


 リィに頼んで、と、いうよりは金を払って取り付けてもらったドアベルが、からん、と軽やかなメロディを奏でる。


「こんにちはっ!」


 来客だった。


 ルヴィアリーラはごしごしと目を擦った上で、同じように目を疑っていたリリアと顔を突き合わせて、再度開きっぱなしの扉を一瞥する。


 だが、何度見てもそこに立っているのは茶髪を二つ結びに括った、控えめながらもどこか高貴さを感じさせるワンピースに身を包んだ少女だ。


 それが変わることはない。


 現実を視認したルヴィアリーラは、雷に打たれたように立ち上がると、満面に笑顔を浮かべて、来客である少女の手を取りながら、初めての挨拶を口にする。


「アトリエ・ルヴィアリーラにようこそですわ! お客さん……で、よろしいのでして?」


 これで何かの間違いだった日には、一日中不貞寝しかねないと、ルヴィアリーラは胸中に一抹の不安を抱えつつも少女へと問いかける。


「はいっ! ここって、錬金術のアトリエなんですよね?」

「……は、はい……! ルヴィアリーラお姉様が、正式に認可を受けて……開いた、アトリエ、です……だから、その……えと、個人からの依頼も、承れ、ます……!」


 リリアもどこか興奮気味に、フードで顔を隠しながらもどこか饒舌に正式な許可を受けている旨を来客の少女へと語って聞かせた。


 錬金術師のアトリエ自体、存在が希少という次元ではないからこそ馴染みがないが、本来は冒険者ギルドを通さず、冒険者個人に依頼を出すことは違法だとされている。


 少女もそれがわかって安堵したのか、ほっと胸を撫で下ろすと、大輪の花のような笑みを綻ばせた。


「良かったぁ……あ、私、アイリス……アイリ、っていいますっ。よろしくお願いしますねっ」

「……アイリさん、ですのね? 立ち話もなんですわ、ささ、こちらに腰掛けてくださいまし」


 ルヴィアリーラは玄関に立ちっぱなしだった、アイリと名乗った少女を、すぐ近くに設置していた待合用のソファに案内すると、リリアにアイコンタクトをとって、お茶を用意させる。


 任されました、と、ばかりに首を大きく縦に振ると、リリアはいそいそとキッチンへと引っ込んでいく。


 お茶汲みはリリアが自ら名乗り出たことだ。


 だからこそ、初めての個人的な来客とあってはルヴィアリーラと同様、気合が入るのだろう。


 そんな具合に、ルヴィアリーラも興奮を隠しきれぬまま、アイリに視線を合わせて問いを投げかける。


「こほん。それで……アイリさん、でしたわね。このアトリエ・ルヴィアリーラにどのような御用でいらしたのでして?」


 これで頼まれたのが要人の暗殺とかだったら洒落にならない、とは思いつつも、流石にそれは暖簾分けの権限を超えているためにルヴィアリーラの方で断ることが可能だ。


 それに、アイリの人の良さそうな笑みを見ていれば、間違いなくそのような物騒な依頼を持ってくるような人間ではないと、根拠こそなくともルヴィアリーラは確信できた。


「えっとですね、実は……錬金術って、お料理も作れるって聞いたんです。だから、私……誰も食べたことのないようなお菓子が食べてみたくて、このアトリエに来たんですっ!」


 刹那、ぴきり、と、ひび割れるような音を立てて、ルヴィアリーラの笑顔が凍りつく。


 だが、そんな天使の笑顔を浮かべてアイリが投げかけてきたのは、依頼としては極めて厄介な方に分類される、曖昧なオーダーだった。


「誰も食べたことのないお菓子、ですの……それだけだと、流石にイメージがつきませんわ。何かこう……具体的に、どのような感じだとかは指定できまして?」

「あっ、そうですよねっ。えっと……ふわーっとして、しゅわーっとして……食べた瞬間、びっくりするような感じのお菓子がいいですっ!」


 ──それはとても、具体的とは言えませんの。


 などとは口が裂けても言えなかった。


 ルヴィアリーラは密かに唇を噛みながら、先ほどよりはマシだとはいえ、曖昧極まっているアイリからのオーダーに頭を抱える。


 食べた瞬間にふわっとして、しゅわっとして、びっくりするような菓子。


 そんなものがこの世にあるならルヴィアリーラが食べてみたいぐらいだったが、ないからこそアイリはわざわざアトリエを訪れたのだろう。


 流石に、初めての個人客の、そんな無垢な願いからきた依頼を無碍にするわけにはいくまい。


 ルヴィアリーラは腹を括って、和気藹々とリリアから出されたお茶を飲んでいたアイリへと相談を持ちかける。


「こほん。それで、アイリさん。期限と予算は具体的にどれくらいですの?」


 最低限、曖昧な依頼であったとしてもそれだけは訊いておかなければならない。


 何故なら、最悪失敗した時の責任の所在が分からなくなるからだ。


 ルヴィアリーラからの問いかけに、アイリは一瞬小首を傾げると、何かを閃いたように、腰に下げていたポーチから一枚の羊皮紙を取り出してみせる。


「これは?」

「えっと……そのっ、ある人から、この依頼内容ならこれぐらいの予算と期間が必要かなってことが書かれてる、って渡されたものなんですけど……」


 ある人から、という言葉が出るあたり、どうやらルヴィアリーラの推測は当たっていそうだった。


 そんなことは露とも知らないリリアは小首を傾げ、羊皮紙に描かれているゼロの数を数えた後に、愕然として目を丸くする。


「え、えと……これ、間違いとかじゃ、なくて……?」

「はいっ。期限は一ヶ月、報酬はこの額で問題ありませんっ。それじゃあルヴィアリーラさん、リリアさん。お茶、美味しかったですっ。私、楽しみにしてますからねっ!」


 ごちそうさまでした、と、ティーカップを優雅に皿の上に乗せて駆け出していくアイリの背中を見送りながら、我ながら案件を引き受けてしまったものだとルヴィアリーラは嘆息する。


 しかし。


「ふ……ふふふ……」

「お、お姉様?」

「やってやろうじゃねえですわよ! 未知に挑む、これこそ錬金術師の本懐なのですわああああっ!」


 あーっはっは、と、高らかに叫び笑うルヴィアリーラのそれは明らかに常軌を逸したものだったが、アトリエの周囲を行き交う住人たちはいつものことだと気に留めず、ただ珍しいこともあるもんだと、開きっぱなしになっているアトリエ・ルヴィアリーラの扉を一瞥して、去っていくのだった。

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