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58.アトリエの開店準備をするのですわ!

 ルヴィアリーラが「竜殺し」を成し遂げたことで褒美を取らされてから一週間。


 彼女が何をしていたのかといえば、ようやく経営許可を取り付けたアトリエの開店準備だった。


「それにしても竜というのは経済的な生き物ですわね!」

「……け、経済的……」

「ボロボロだったアトリエの外壁修理から看板のオーダーまで、武具に使う素材だけで賄えるとは思いませんでしたわ」


 身も蓋もないことを口にするルヴィアリーラにリリアは若干引き気味ではあったが、竜種の素材が極めて高値で取引される、というのは事実だ。


 ルヴィアリーラはかつての強敵、風雪竜シュネーヴァイスの残骸から剥ぎ取れた一部の素材を売却に当てたのだが、その額は目玉が飛び出るほどのものであり、下手をすればほぼ完全な形でシュネーヴァイスの遺骸が残る形で討伐を成し遂げていれば、それだけでアトリエの開業許可資金が貯まるような代物であったのだ。


 その上、竜種の素材というのは錬金術的にも貴重なものであり、ルヴィアリーラも実際、こっそりといくつかは懐に収めている。


 しかし、天の高地の主人である竜のおかげでどうにか開店の日の目を見たこのアトリエであったが──身も蓋もないことをいえば、ただひたすらにボロい。


 元々数十年前に一人の老錬金術師がひっそりと開業してそのまま天寿を全うしたことにより建物だけが遺された、という経緯を持つこのアトリエは、保全作業こそ定期的に行われていたものの、近隣住民からの評判はほとんどゴーストハウスのようなものだった。


 だからこそ、リィが初めて訪ねてきた時に「開かずの扉」などと言われていたのだろう──と、樽一杯に浸った染料を外壁に塗り込める彼女の手伝いをしながら、ルヴィアリーラは内心で一人納得する。


「ルヴィアリーラのねーちゃん、開店おめでとうって言いたいとこだけどさぁ……リィは何でも屋じゃないんだよ?」

「といってもわたくし、頼れるのがリィくらいしかおりませんことよ」


 だからこうして、リィの手伝いをしているのだから。


 そんな意味も込めて、苦笑とともにルヴィアリーラは呟いた。


 木材の地肌がむき出しになった外壁の修繕作業はこの一週間の大半を費やしたことで終わっていたから、後は塗装と看板の設置だけなのだ。


 それを「躯体強化(ブーストアップ)」が使える二人がメインで行って、細々とした内装のレイアウトや片付けをリリアが手伝う、という形で、アトリエの開業準備は着々と進んでいる。


「頼られんのは悪くないし金払ってくれたからいいんだけど……さ」

「リィのそういうわかりやすいところ、わたくしは好きですわよ」

「そりゃあどーも、誠意は言葉じゃなくて金額だからねぃ」


 竜種の素材を売り捌いて得られた資金となれば、リィに仕事分の報酬として渡されるものも破格なものとなる。


 そう見込んだからこそ、ルヴィアリーラに対して自分の存在をそれとなく売り込んだのだが、何でも屋じゃなくともリィはある程度のことは自分でこなせるために、こうして建築家もどきのようなことも、ほぼワンオペでやってのけているのだ。


 無論、相応の金を積まれなければやらないことだが。


 その本音は口に出さず、白の染料で外壁を染めながら、リィはにひひ、と、少しだけ悪い笑みを浮かべる。


「お、お姉様……リィさん……そろそろ、お食事をとられては……」


 改めて内部の掃除をしていたリリアが飛び出してきて、無心で壁を塗っていたルヴィアリーラたちへとそう呼びかける。


 気付けば太陽は天の中心へと登っていて、職人通りへと向かう人々の数も心なしか増えているようにも見えた。


 ルヴィアリーラは染料タルに蓋をして、その上に刷毛を置くと、額の汗をそっと拭う。


「そうですわね、リィ。そろそろランチタイムといたしましょう」

「ん、オッケー。そんじゃキッチン・ライズサンまで行く?」

「ええ、わたくしの奢りで構いませんことよ」

「そりゃどうも」


 金持ちなんとやら。昔からよく言われてきたことだ。


 あーっはっは、と、景気の良い高笑いを浮かべるルヴィアリーラを横目に、リィは指先で懐から取り出したプラム銅貨を弾き飛ばしながら、小市民的に、ニヒルな笑みを浮かべるのだった。




◇◆◇




「そういやルヴィアリーラ、アトリエようやく開けるんだっけ?」


 数人分の行列を待機した末に店内へとようやく入り込めたルヴィアリーラたちを出迎えたのは、クロエによる歓待の挨拶ではなくそんな疑問だった。


 席へと案内しつつもそう問いかける辺り、クロエのキッチン・ライズサンにおける接客態度だとかそういうものは極めて緩い。


 それは店主たるアクセルが、噂によれば隣国の東端に存在する自由交易都市に店を構える人物に師事した影響で、「早い、安い、美味い、他は知らん」という経営理念を抱えている証明でもあった。


 そのためガラの悪い客も時折訪れるのだが、都度アクセルやクロエに蹴り飛ばされて店を追い出されている。


 ただ、王都ウェスタリアはその自由交易都市と比べれば治安がいいため、比較的平和なのもまた事実である。


 入り口から程近い席に着座したルヴィアリーラは、クロエから水を受け取りながらその疑問を肯定した。


「ええ、わたくしこの度正式に『アトリエ・ルヴィアリーラ』を経営する運びとなりましたのよ」

「竜殺しだっけ? うちの店長も元冒険者だったけど、そこまでできっかはわかんないなー」

「……お、お姉様は……凄いお方なんです……」

「そーだね、リリア。そんでいつも安いもんだけで粘ってるアンタはなに頼みにきたのさ」


 ふんすふんす、とどこか鼻息荒く、フードを目深に被りながらも嬉しそうにそう呟いたリリアの言葉をやんわりと肯定しつつ、クロエはリィへと問いかける。


「んー……他人の奢りとはいえあんまり高いもん頼むのも気が引けるよね、そんじゃこのBランチで」

「はいはーい、お二人さんは?」

「わたくしはAランチでお願いいたしますわ!」

「……わ、わたしは、ルヴィアリーラお姉様と、同じで……」

「ありゃ、リィだけ仲間外れだねぃ、まあしゃーないか」


 思い思いに注文を終えた三人ががやがやと雑談に興じるのを一瞥して、クロエは注文内容をメモした羊皮紙を手にしてキッチンへと戻っていく。


 錬金術師のアトリエというものがどういうものなのかは、クロエも含めたこの王都の人間の八割ほどがほぼ理解していないといっていいだろう。


 何せ開業していたのが数十年前で、その間から生きている人物も精々ポーションや薬の類を買っていたとしか語らない程度には、パブリックイメージとしての錬金術師イコールポーションの方程式は完成されている。


 ただ、実際は冒険者ギルドからの暖簾分けに近い、といった方が正しいのだ。


 今までは冒険者個人に対して、ギルドを通さずに依頼を持ちかけるのは違法であったが、許可を得て開業したアトリエの場合は、ルヴィアリーラ個人に対して依頼を持ちかけることが可能となる、といった具合である。


 要するに、それだけであとはいつもと変わらないといってもいい。


 注文からしばらくして配膳されたランチセットに舌鼓を打ちながら笑顔を綻ばせる、ルヴィアリーラ当人すら深くは考えていないのだが、つまりはそういうことだった。


 一応、納品や生産といった依頼が優先的に回されることとなるが、そもそも生産依頼は数が少なく、納品依頼も素材やポーションといった類がほとんどなのだ。


 つまり、今までの日常と大きく変わるところはない。


 リリアが少しだけ、フードの下で笑顔の花を咲かせるようになったり。


 いつも通りにリィが行商人として新しいアトリエを訪れたり。


 そして、ルヴィアリーラもまた普段と変わらず錬金術に明け暮れたり、冒険をしたりする。

 そんな変わらない日常が、ちょっとだけ変わったというだけ。


 しかし、そのちょっとこそが、ルヴィアリーラにとっては大きな変化であり、夢の実現に他ならない。


「今日のランチは最高に美味しいですわね!」


 だからこそ、それなりの量があるランチを平らげて口元を拭き、強がりではなく心から、あーっはっは、と、ルヴィアリーラはいつもの高笑いをあげるのだった。

第四章の開幕でしてよ! 評価、感想、ブックマーク、レビュー等は更新のモチベーションになりますので随時お待ちしておりますわ!

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