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50.職人通りのアイゼン・ワークス、なのですわ!

 ウェスタリア神聖皇国のメインストリートである「ライズサン通り」の裏側に、その名の通り商工業者が名を連ねる「職人通り」は佇んでいる。


 ロイドが鍛冶屋を営んでいる「アイゼン・ワークス」だけではなく、多くの人々に親しまれる大衆食堂「キッチン・ライズサン」など、様々な施設が立ち並ぶその通りを行き交う人々は多い。


 職人のような姿であったり、あるいはキッチン・ライズサンで今日の昼食にありつこうとする市民たちであったりと通行人の装いは様々であり、ルヴィアリーラたちもその一部として、雑踏に紛れていた。


「わかってはおりましたけど、やはりロイドは腕利きの鍛治師のようですわね」

「……る、ルヴィアリーラお姉様のアトリエくらい、大きいんじゃないでしょうか……」


 人混みを縫うようにして、職人通りの中心に堂々と店を構える「アイゼン・ワークス」の威容を見たルヴィアリーラとリリアは感心したように嘆息し、その扉を叩く。


 実際、ライズサン通りから一本外れるとはいえ、王城付近のストリートに店を構えるというのには、相応の資金力もさながら、何かを営む人間としての腕前も求められる。


 その上、土地代を回収することを前提に利益を出していかなければ店が立ちいかない以上、この場所でロイドの店が存続しているということは、取りも直さず、彼が一流の職人であることの証明であるといえた。


「おう、ルヴィアリーラか! らっしゃい、『アイゼン・ワークス』へよく来てくれたな!」


 からん、と、ベルを鳴らして店内に足を踏み入れたルヴィアリーラたちを出迎えたのは、そんなロイドの快活な声と、彼が鎚を振るう、甲高い金属音だった。


 そして、鉄の焼ける匂いと、武具が放つ独特の香りがルヴィアリーラの鼻腔をくすぐって、当たり前ではあるが、この「アイゼン・ワークス」が鍛治の店であるということを自覚させる。


「ええ、ロイド。ごきげんよう。皇国依頼を受けた時以来でしたわね?」

「まあそうなるな、そんで、進捗の方は……って、ここに来たってことは、俺が聞くまでもないか」


 打ち伸ばした地金を再度窯の中に入れるとロイドは立ち上がり、どこかいたずらの結果を知りたがる、子供のように目を輝かせてルヴィアリーラへと続く言葉を促した。


 粗製インゴットと呼ぶべきマナウェア加工インゴットは、どれもこれも地金を作る段階でダメになってしまった。


 だからこそ、鎚を振るってもヒビが入らず、かつ、タガネで刃を作ることが可能なそれは、国のみならず、「魔剣を鍛造する」という任を負ったロイドにとってもまた、ある種の望みであったのだ。


 鍛治師たる者、一生に一度は名剣や魔剣と呼ばれる業物を造り上げたい。


 それはどこか、ルヴィアリーラが掲げている「アトリエを建てて、錬金術を人々のために役立てたい」という目標に通じるところがあった。


 だからこそ、ルヴィアリーラは不敵に微笑んで、万能ポーチから取り出した「アイオラメタル」を、ロイドへと提示して見せたのだ。


「ふふふ……これぞわたくしの錬金の成果! 『アイオラメタル』ですわ!」

「……お、お姉様が……頑張ったもの、です……」


 相変わらずルヴィアリーラの背に隠れてはいるが、豊かな胸を反らして高笑いを上げる彼女の後ろで、追従した意見をリリアが述べるのは中々貴重な光景だった。


 ロイドは、二重の意味で珍しいものを見た、という面持ちで、ルヴィアリーラから「アイオラメタル」を受け取ると、その出来栄えと、手のひらに乗せた瞬間から感じる魔力の波動に驚愕する。


「こいつは……間違い無いな、今まで作ってきたインゴットとは比べ物にならねえ」


 受け取ったものをルヴィアリーラに返還すると、火入れを終えた鋼を炉から引き上げて、ロイドは一心不乱に規定の長さまで打ち締めながらそう呟いた。


 今請け負っている依頼に手を抜くわけにはいかないし、そのつもりもないが、一刻も早くあのインゴットから魔剣を作ってみたい。


 その衝動が強くロイドを突き動かし、作業に向かう手を早めていたのだ。


「ふむ……ロイドがそう仰るということは、このインゴットで魔剣を作るのには問題がない、ということでよろしくて?」

「問題があったらこっちが教えてほしいぐらいだぜ、しっかしまあ、お前もとんでもないことやってくれてんなあ」


 三ヶ月という期間を与えられておきながら、ルヴィアリーラがこのインゴットを完成させるのに要した時間はその三分の一未満だ。 


 ロイドは驚き半分感心半分といった調子で、どこか困ったように曖昧に笑いながら、今作っている剣の長さを慎重に整えていく。


 錬金術とやらがそこまで便利なものだとは知らなかったが、広まってないということはそういうことなのだろう。


 それがルヴィアリーラにしかできないことである、というのは、一端の職人であるロイドにも理解できていた。


「お、お姉様は……すごい人、ですから……」

「おう、リリアの嬢ちゃん。あんたの言う通りだな。そんで……野暮な質問ではあるけどよ、そいつは量産できんのか?」


 ロイドは整え終えた地金の熱を冷ます過程で、額に浮かんだ汗を拭った。


 しかし、そこに先ほどまでのどこか楽天的で人のいい青年、といった風情の笑顔はない。


 あくまでも一人の職人として、これは商業ベースに耐えうるものでかつ、皇国が目論むだけの数を揃えられるのか、と、ロイドは改めてルヴィアリーラへと問いかける。


「可能ですわ、材料が供給され続けるならば、ですけれど」

「なるほど、なら俺からいうことはなんもねえな! いや、なんだ……利権とかそういうのは貴族の連中の話だからな」


 締まらねえ結論で悪いけどな、と、ロイドは苦笑した。


 とはいえ、ルヴィアリーラもそれは懸念していたことでもある。


 豊かな胸を支えるように腕を組んで、隠し資源を発掘「してしまった」、ウェスタリア旧国有鉱山についてルヴィアリーラは考えを巡らせていく。


 今のところ、隠し資源の存在を知っているのはルヴィアリーラ、リリア、リィ、そして、間接的にではあるが今報告したロイドの四人だけだ。


 だが、皇国依頼としてインゴットを提出しなければならない都合上、隠し資源の扱いについては王侯貴族たちの間で結構な火種になるだろう。


「……お姉様?」

「政治の世界はいつになってもくだらねえですわね……」


 リリアは小首を傾げ、ルヴィアリーラは嘆息する。

 領主と神王、どちらが格上かと考えればそれは紛れもなく神王なのだが、ディアマンテの統治方針が諸侯に委託するという形で敷かれている以上、鉱山の管理を領主がやるのか国がやるのか、については中々めんどくさい問題になることは否定しがたい。


 その上、王都ウェスタリアに程近いあの場所を収めていたのは確か、南の国境付近を治めるガルネット伯ではないにしろ、保守系の貴族として名高い家だったはずだ。


「まあ、くだらねえことで俺らの生活が成り立ってんだから、仕方ねえさ」

「一理ありますわね、それに今のわたくしはただの冒険者、貴族の揉め事に関しては貴族が解決すべきこと……といってしまうのは簡単なのですわ」


 割り切れよ、と、誰かが諦めと共に囁いた通り、この世界はいかに妥協して、現実と折り合いをつけていくかに限られる。


 それでもルヴィアリーラにとって、万人の幸せというのは望むところであったし、可能な限り穏当な落とし所を見つけてほしい、というのも、また本音だった。

 貴族ではなくなってしまったが、ルヴィアリーラの心からはノーブルの精神が失われたわけではない。


「それでは、失礼いたしますわ」

「……ご、ごきげんよう、です……」

「おう、リリアの嬢ちゃんも武器を新調したかったら『アイゼン・ワークス』をよろしくな!」


 嘆息しつつも、ルヴィアリーラはにこやかな笑みを形作り、聖衣の裾を摘んでロイドへと一礼した。


 ぺこぺこと何度も頭を下げながら去っていくリリアと、どことなく希望を捨て切れていないルヴィアリーラを見て、若いな、と、自身もまだ二十代の半ばに差し掛かったばかりなのに、ロイドはそんな年寄りじみた想いに耽る。


「……ま、夢叶えるのに歳は関係ないよな」


 ルヴィアリーラも、リリアもまだ若い。


 だったら、あいつらならば、きっと夢を叶えてくれるはずだろう。


 ロイドは静かに苦笑する。


 たとえどんなに現実が理不尽でも。


 たとえどんなに現実が耐え難くとも。


 そんな耐えがたい理不尽に折れかけていた自分に夢を連れてきてくれた、二人の背中を見送りながら、一度夢に破れた先駆者として、ロイドは視線でそっと、激励を送るのだった。

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