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49.「魔力を帯びたインゴット」を作るのですわ!

 ルヴィアリーラは、かつてないほどに意識を集中させていた。


 地脈による「覚醒」を利用した錬金過程において、アイオライト鉱がその内に秘める魔力を引き出しつつ、それをインゴットという完成品に残すイメージを描くのは難しい。


 その理由は単純だ。


 マナウェア加工と異なって、「順番が前後している」からである。


 本来であれば、ウェルナン鋼石であれ、アイオライト鉱であれ、作り上げたインゴットに後から「魔力付与(エンチャント)」の魔法で、マナを纏わせるのが加工の正式な工程だ。


 だが、錬金術で「魔力を帯びたインゴット」を創り出そうとした場合は、性質を残した上で物質を分解し、完成品を再構成する、という過程が要求されるのが極めて厄介だった。


 ルヴィアリーラは、錬金術師としても極めて優れた存在であることに違いはない。


 リリアに、額に浮かんだ珠のような汗を拭われる感覚を認識しながらも、ルヴィアリーラの意識はインゴットの錬成と魔力の覚醒、そして再構成時に残す特性の取捨選択という三つに分かれ、そのどれをも滞りなく実行し続けている。


 それは、己以外に頼みが置けない、少しでも雑念が混じってしまえば、釜が爆発しかねない綱渡りをしていることに違いはない。


 だが、ルヴィアリーラは傍に寄り添うリリアの温もりに、安堵のような感情を覚えていた。


(……リリアがいてくれるというのは、本当にありがたい限りですわね)


 アイオライト鉱もプルムオイルも、ヒァーレの実も、そしてエーテライト溶液も、ルヴィアリーラが抱えている在庫は潤沢だ。


 だからこそ、この依頼におけるある程度の失敗は許容されていると見ていいのだろう。


 故にこその三ヶ月という期間なのだ。


 だが、皇国依頼の最終目的は、「魔剣の量産」であることに他ならない。


 量産。つまり大量生産というのは、一定の品質を維持した上でかつ、安定した生産方法を確立しなければならないということだ。


 今はルヴィアリーラという個人に依存していたとしても、やがては汎用化されなければいけないそのメソッドにおいて、先駆者たる自分が躓いていては仕方がない。


 そんな意地とプライドで、ルヴィアリーラは、最初の一発から「魔力を帯びたインゴット」の錬成を成功させようとしているのだ。


 その鬼気迫る表情に、リリアは思わずごくり、と生唾を呑み下す。


 大丈夫だ、と、今回ばかりは言い切れるかどうかわからない。


 それでも成功させなければいけないのだから、責任は極めて重いとわかっている。


「それでも……わたくしは、ルヴィアリーラなのでしてよ!」


 三つに分かれていた思考と魔力を一つに束ねて練り上げる工程に差し掛かったことを確認し、ルヴィアリーラは高らかに、革命の宣言を行うようにアトリエで叫ぶ。


 自分は、ルヴィアリーラである。


 そう名乗ることに、意味があるわけではない。


 ただ、そう自負することにこそ意味がある。


 誇りは時に傲りと紙一重になろうとも、やり遂げようとする一念はやがて岩をも通すと、ルヴィアリーラは信じて疑っていない。


 そして、そんなルヴィアリーラを傍で見守るリリアもまた、彼女ならばその偉業を成し遂げることができると信じている。


 三つに分かれた光、火の元素、そして土の元素と、透明なエーテルの光が螺旋を描き、ぼこぼこと泡立つ錬金釜の中に収束していく。


「……お姉様……!」


 思わず、リリアは祈るようにそう呟いていた。


 ずっと傍で見続けてきたからこそわかる。


 この状態は、錬金術の成功まで後一歩のところまで来ているという証だ。


 泡立つ水面と、光が少しずつ融和して溶け合っていく、どこか幻想的な光景と、そして──誰よりも真剣にそれを見つめているルヴィアリーラの瞳を見据えて、リリアは願いをかける。


 どうか、お姉様の偉業が成し遂げられますように、と。


 そして、ルヴィアリーラは、向けられている視線からの熱意に、言葉こそなくとも答えてみせる。


 難関は突破した。


 ここまでくれば、もうあとは手慣れた、いつも通りの錬金術の工程を辿るだけだ。


 それでも油断はするまいと、ぱちん、と真紅の片目だけを閉じてリリアに微笑みかけながら、ルヴィアリーラはぐるり、と最後に一周、三つの魔力をまとめ上げるように釜を強くかき回した。


 ──瞬間、光が爆ぜる。


 それは物理的な爆発ではなく、三色の光が調和して一つの色を描いた、アイオライト鉱の放つ淡い光の大きさを引き上げたようなものであり、つまるところ。


「……完成でしてよ! 『魔力を帯びたインゴット』……もとい、これぞ『アイオラメタル』!」


 ふわり、と魔力の光の中から浮き上がって、ルヴィアリーラの両手に着地したそのインゴットは、アイオライトの名を冠する通りに淡い蒼色に輝き、リリアもその存在を感じ取れるほどの魔力を放っていた。


 それはつまるところ、ルヴィアリーラが宣言した通り、皇国依頼の課題の品である「魔力を帯びたインゴット」が完成したということに相違ない。


 錬金釜の火を止めて、かき混ぜる棒の代わりに利用していた星剣アルゴナウツを鞘に収めた上でルヴィアリーラは小さくふぅ、と、嘆息する。


 神経を根こそぎ削られるような作業だった。


 だが、それでもなんとか成し遂げることができた。


 そんな具合に溜息をついて、ルヴィアリーラが傍を見れば、虹の瞳に涙を浮かべて、自身の腰にぎゅっと抱きついているリリアがいる。


「ありがとうございますわ、リリア」

「い、いえ、そんな……わたしは……ううん、少しでも……お姉様の役に立てていたなら……」

「少しどころか最高でしたわよ! はー……もう錬金してる最中、死ぬかと思いましたことよ、これで汗とか釜に混入してたら大爆発からの依頼失敗だってあり得ましたのよ?」


 がくりと脱力したルヴィアリーラは、考えうる最悪の可能性を羅列した上で、それらを回避できたのは他でもないリリアのおかげだとその功績を称えてそっと、彼女の銀髪を撫でてから、眦に浮かぶ涙を人差し指で拭う。


 むしろ、あまりの感動に自分も泣きそうなぐらいだったのは、公然の秘密ということにしておこう。


 ルヴィアリーラは、自分の涙を無理やり瞬きで引っ込めるようにして、内心でそう苦笑した。


「ば、爆発……」

「あまり人に見せるものでもないですけれど、リリアには一度見せてもいいかもしれませんわね。マジでヤバい勢いで爆発しますもの」


 実際、幼い頃に錬金術に失敗したときは自室の壁が何度となく吹っ飛んでいる。

 そのことを今鑑みてみれば、都度修繕していた職人たちの苦労と、そしてプランバンの胃痛が偲ばれるというものだ。


 幼い頃の思い出に浸りながら、ルヴィアリーラは小さく苦笑した上で、出来上がった「アイオラメタル」をとりあえずは机の上に置く。


「さて、と……とりあえずはロイドさんのところに行かねばなりませんわね」

「ロイドさん……ですか?」

「ええ、皇国からの依頼ではインゴットだけを納品してくれとのことでしたけれど、魔剣が作れなければ本末転倒でしょう?」


 ルヴィアリーラは凝った肩をぐるぐると回して解しながら、リリアの疑問にそう答えた。


 ロイドの腕を疑っているというわけではない。


 ただ、自身の保有している「鑑定」のスキルや、リリアの魔法でわかるのは、このアイオラメタルを使えばどんなものが出来上がるか、という結果だけであって、経過に関しては餅は餅屋、鍛治師に訊かなければわからないのだ。


「……な、なるほど……わたし、何も知らなくて……」

「何も知らないということはこれから知れるということですわ、恥じることはありませんのよ!」


 自虐するリリアを宥めるように、あーっはっは、と、いつもの高笑いをあげながら、ルヴィアリーラは出来上がったアイオラリウムを万能ポーチにしまい込み、アトリエの鍵を手に取って踵を返す。


「行きますわよリリア、何事も善は急げ、なのですわ!」

「は、はい……お姉様……!」


 そして、遅れてぱたぱたと駆け出してきたリリアの手を取って、ルヴィアリーラはロイドが拠点としている、メインストリートから一本離れた「職人通り」を目指して歩き出すのだった。

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