48.二人だから頑張れるのですわ!
「まさか、本当に隠し資源が眠っているとはな……」
旧鉱山で「アイオライト鉱」を掘り当てたルヴィアリーラたちは、例によって「風鳴りの羽」によってアトリエに帰還したところに鉢合わせたスタークが、持ち帰った結果を見てそう嘆息する。
今更旧鉱山を再度国有化するかどうかについては、所領を収めている貴族と話し合わねばならないが、それでもあの分厚い岩盤を打ち砕いた先に、これだけの資源があるというのは朗報だった。
「わたくしも驚きましてよ、しかし……」
「しかし?」
「同時に目撃されていたトロールの一団が、何やら怪しげな儀式をやっていたのが、どうにも気がかりですわ」
ルヴィアリーラは、ガーロンとの死闘を思い返しながらスタークに報告する。
あの呪われた風の元素を増幅する儀式が何を意味していたのか、そして、彼が呟いていた「クラリーチェ」という単語が何を示しているかなど、何から何まで謎だらけだ。
とはいえ、ルヴィアリーラの課題はこの鉱石を使って、「魔力を帯びたインゴット」を作ることであって、それを考えるのはスタークたちの仕事であることは承知している。
しかし、気になるものは気になって仕方がないというのがルヴィアリーラの性分なのだからどうしようもない。
相変わらず、三白眼に仏頂面をしているスタークに怯えて、自身の背に隠れているリリアの頭をそっと撫でながら、ルヴィアリーラは旧鉱山、そして鉱山街跡地で起きた一切合切を彼に伝えていた。
「ふむ……これを話でいいのかどうかはわからんが……実は同様の知らせが先日、イーステン王国側から、冒険者ギルドを通じて入っている」
「……い、イーステン王国、ですか……?」
リリアはフードを目深に被り、ルヴィアリーラの背に隠れたまま、スタークの言葉を鸚鵡返しに呟いて問いかける。
イーステン王国。
それは、中央大陸セントスフェリアを二分する、ウェスタリア神聖皇国の隣国にして、機械文明時代以降に成立した両国には戦争の歴史もあるという因縁浅からぬ国家の名前だ。
とはいえ、それも数百年前の話であって、今は両国ともにそれほど険悪な関係を築いている訳ではないことは、スタークの言葉からも察せられる。
「うむ……最近かの国が擁立した『王認勇者』が、セントスフェリア山近郊で討伐したオーガとバジリスクの軍団も、似たようなことをやっていたと、オーレイテュイア嬢から聞き及んでいる。魔物共が何を企んでいるかはわからないが……調査を怠るつもりはない。そちらも引き続き注意してほしい、私からは以上だ」
「ありがとうございますわ、ご機嫌よう」
踵を返してアトリエを去っていくスタークへと、ルヴィアリーラは優雅に一礼し、その背中を見送った。
イーステン王国だの王認勇者だの、情勢の雲行きが何やら怪しい方向に向かっているのはルヴィアリーラにもわかっている。
できることならその全てを解決して回りたかったが、この身は一つだけだし、身一つでできることなど限られている。
貴族社会における悪役の汚名を被り、異端の身として出奔させられたルヴィアリーラの脳筋ぶりは筋金入りだが、こういうところは筋が通っているのだ。
何やら憂鬱そうに肩を落とすルヴィアリーラに、フードを脱いだリリアが小首を傾げて問いかける。
「あ、あの……お姉様、大丈夫、ですか……
?」
「ええ、リリア。わたくしは大丈夫……と、いいたいところですが、ままなりませんわね」
「……ままならない、ですか?」
「この身が幾つもあればと、そう思うのでしてよ」
世界には、魔物絡みの事情を除いても困窮している人々がいくらでもいる。
万能ポーチから取り出した、ぼんやりと光を放つアイオライト鉱を机の上に置いて、ルヴィアリーラは静かに苦笑した。
錬金術で世界を豊かにしたいという志に嘘はないが、自分がアトリエを設立してもできることは、目の前の課題を一つずつ片付けていくことぐらいで、それだって世界に対してどれほど寄与しているか、と、たまに憂鬱な気分になったりもするのだ。
そんなルヴィアリーラのナーバスな感情を、リリアはよく知っていた。
「リリア?」
「……大丈夫、です……ルヴィアリーラお姉様は、誰よりも、頑張ってますから……」
だからこそ、リリアはいつもそうしてもらっているように、ルヴィアリーラの金髪をそっと撫でたのだ。
「あ、ああっ……ご、ごめんなさい、わたし、つい……!」
勢いに任せてついそうしてしまったものの、本当に、敬愛するお姉様の髪に触れてよかったのかと、リリアは気が動転したように目を白黒させてあわあわと手を振りながら、釈明の言葉を口にする。
だが、ルヴィアリーラはただぽかんと小さく口を開けて、そして。
「ふふ……あはは……」
「……お姉様?」
「いえ、リリア……貴女がわたくしの義妹でいてくれて、本当に良かったと……今、髪を撫でてくれただけで、どれだけ救われたのかと、そう思っただけですわ」
思えば、錬金術の練習をして失敗した時、父であったプランバンはルヴィアリーラが釜を爆発させたことを責めるのではなく、こうして頭を撫でて、次に頑張ればいいと、そう励ましてくれたものだった。
そして、それはいつも、ルヴィアリーラがリリアにしていることに他ならなかった。
確かに、ルヴィアリーラ一人で世界は救えない。
それどころか、自分一人だって救えていなかった事実がおかしくて、どうにも笑ってしまうのだ。
「……わ、わたしは……お姉様に……助けて、もらいましたから……いっぱい、いっぱい……色んなものを、もらいましたから……だから、少しでも、お返しできれば、って……」
虹の瞳に涙を溜めて、消え入りそうな声でそう呟くリリアの細い身体を、ルヴィアリーラは思わずぎゅっと抱きしめていた。
「リリア、そんなに謙遜なさらないで。わたくしも……貴女に色んなものを貰って、今ここにいるのですわ」
何より今、励ましてもらったことのどれだけ大きなことか。
しかし、こういうことは大概自分ではわからなくて、他人の目線で初めて見えてくるものなのだ。
錬金術も、きっと一緒なのかもしれない。
リリアの体温に背中を押されたような感覚と共に、ルヴィアリーラは机の上のアイオライト鉱を手にとって、錬金釜へと歩み出る。
「そんなわけでリリア、この皇国依頼、さっさと片付けてしまいましてよ!」
一人ならきっと心が折れていた。
どれだけ強がったところで、どうしようもないことはこの世にいくらでも転がっている。
だからこそ、ルヴィアリーラはありったけの感謝を込めて、「リリアの義姉」としての自分に戻る儀式をするかのように、あーっはっは、と、いつもの高笑いを上げる。
そして、リィから買い付けていたプルムオイルと、火の元素と土の元素を中和させるために、事前に作っていたエーテライト溶液を投入し、ぐるぐると錬金窯をかき混ぜていく。
金属に魔力を付与する上で一番難しいのは、この異なる元素を一つにするための工程、即ち錬金術における基礎にして最大の壁となる部分だ。
だからこそルヴィアリーラは神経を集中させて、無色の魔力を持つエーテライト溶液を中心として物質を再構成するイメージを脳裏で描く。
(わたしには、応援することしかできません……ですが、これがわたしの精一杯、全部です……だから、頑張ってください、お姉様……!)
そんな風に全力を尽くしているルヴィアリーラの応援に何かできないかと思案したリリアは、タオルをアトリエの隅から取り出して、静かな、しかし確かな激励と共に、ルヴィアリーラの額に浮かんだ汗をそっと拭うのだった。




