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47.岩盤を爆破せよ、ですわ!

 旧鉱山都市跡を抜けて突入した鉱山内は、やはり人の手が入りきっていた。


 ルヴィアリーラが試しに転がっているウェルナン鋼石を拾って「鑑定」してみても、それは実用に耐えうるものではないという結果が得られるだけだ。


 リリアの照らす杖の明かりと、どこか気楽そうなリィの足取りだけがセッションのように朧な雰囲気を、暗い鉱山の中に醸し出す。


 足取りも軽やかに、とはいかないのがルヴィアリーラの心境だった。


 しかし、隠し資源があるかどうかについては、突入前にリリアの魔法で魔力探知を行うことで有無を確認している。


 結論からいうのであれば、隠し資源の噂は本当だった。

 リリアの探知に引っかかったということは、とりも直さず「魔力を秘めた鉱石」がこの旧鉱山に眠っていることの証だろう。


 だが、ルヴィアリーラの中で引っかかっていたのは、その件ではなく、あのトロールオーグ……ガーロンが、「クラリーチェ」という単語を口走っていたことだった。


「ん? ルヴィアリーラのねーちゃん、浮かない顔してってけどどうしたのさ」

「そうですの? いえ……そうですわね、あのトロールオーグ、確か自分のことを『クラリーチェの尖兵』と名乗っていたのがどうも引っかかってまして」


 クラリーチェ、という単語がルヴィアリーラの中で意味を持つとするのなら、それは偉大なる錬金術師、クラリーチェ・グランマテリアのことに他ならない。


 だが、彼女は既に故人だ。


 このジュエリティアには、死人を蘇らせる禁呪があると、ルヴィアリーラはどこかで聞いたことはあった。


 だがその正体は、思考能力も、何もかもが著しく劣化したアンデッドか、そうでなければノスフェラトゥと呼ばれる、人類にとっての大敵を生み出す禁忌の法でしかないものだ。


 人間が完全な形での蘇りを果たす法など、この世界においては存在しないし、あったとしても神々がそれを許すことはないのだから、不可能に等しい。


 だからこそ、ガーロンが呟いていた「クラリーチェの尖兵」という言葉は、クラリーチェ・グランマテリアとは関係ないと見るのが妥当なのだろう。


 それに、あのクラリーチェ・グランマテリアがノスフェラトゥになってまで生き延びようと願うなどとは、同じ錬金術師であるルヴィアリーラには到底思えなかった。

 

 それでもどこか、ルヴィアリーラは、胸の奥に何か引っ掛かりのようなものを感じていたのだ。


「クラリーチェ、ねぇ……まあリィも噂ぐらいは知ってっけど、もう死んでるんっしょ?」

「ええ、何百年も前に」

「死人が蘇るなんて聞いたこともないし、単にそのクラリーチェってやつがあのトロールたちに何やらせようとしてたのかは知んないけど……ルヴィアリーラのねーちゃんが考えてることとは別だと思うよ」


 余計なお世話だけどね、と、照れ臭そうに付け加えて、リィは戦鎚を肩に担ぎ直して、明かりを手に一行を先導するリリアの元へと駆け寄っていく。


「ふむ、確かに考えすぎですわね」


 偉人にあやかって名前をつけるなどよくあることだし、何より難しく考えるのは自分の性分ではない。


 ルヴィアリーラはそう納得して、岩盤が封鎖している行き止まりまで歩みを進める。


 それでも、あのガーロンたちが執り行おうとしていた謎の儀式に関しての引っ掛かりが消えてくれたわけではなかった。


(あの呪われた風の魔力……何をしようとしていたかは気になりますわね)


 こういう時、自分に魔法の素養があればとルヴィアリーラは後悔するのだが、悔やんだところで何かになるはずもない。


 百年、そして何十年という時間をかけて掘り尽くされた鉱山に潜む悪霊やアンデッドを切り捨て、撲殺しながら、ルヴィアリーラたちは数時間ほど歩いた末に問題の岩盤前へとたどり着いた。


「確かにこいつぁ分厚いね……行き止まりだって錯覚しても無理はないか」

「……ど、どうでしょう、ルヴィアリーラお姉様……?」


 一行の行手を塞いでいる一枚岩はあまりにも分厚く、爆弾の技術が未発達な当時では放棄されるのもやむなしといった風情で、その威容を湛えている。

 現代の技術であったとしても、これを発破するには相当な火力が必要となる。


 その上隠し資源の存在も眉唾レベルの噂話だったからこそ、領主も、そして神王もこの鉱山を放棄して新たな国有鉱山を拓くことに決めたのだろう。


 ぴたり、と、岩盤に手を触れながら、ルヴィアリーラは「鑑定」の魔術(スキル)を発動させる。


【分厚い岩盤】

【品質:評価外】

【状態:一枚岩】

【備考:発破しても、洞窟が崩れる心配はなさそうだ】


 そうして脳裏に流れ込んできた情報をリィたちに伝えて、ルヴィアリーラは万能ポーチから取り出した爆炎筒に、魔力で着火して退避を促す。


「さて……これで足りるかどうかはわからないですわね、ただ、やってみる価値はあるのでしてよ! リィ、リリア、耳を塞ぎなさいな!」

「あいよ!」

「は、はい、お姉様……!」


 二人へと指示を飛ばした通りにルヴィアリーラも耳を塞ぎながら、「躯体強化(ブーストアップ)」の魔術を起動し、全力で爆風の範囲外まで駆け抜けていく。


 そして、爆炎筒が炸裂する、耳をつんざく轟音と、長年通路を塞いでいた岩盤が崩壊するけたたましい音が即興の酷いセッションを奏でて、ルヴィアリーラたちはその音色に顔をしかめた。


 ──だが。


「どうやら、ビンゴのようですわね」

「……これ、国に報告しなくていいんかね」

「……こ、鉱石が、沢山……!」


 爆煙が晴れた先にあった景色を見て、一行は三者三様の反応を示す。


 そこにあったものは、枯れ果てたとされている鉱山には似つかわしくない鉱脈の数々であり、ウェルナン鋼石や、十年氷石といった、よく知られた鉱物だけではなく、中にはぼんやりと青白い光を放つものも含まれている。


「アイオライト鉱……こいつがあれば、多分ルヴィアリーラのねーちゃんの目的は達成できるんじゃない?」

「ええ、リィ。貴女のおかげですわ。そしてリリア。ここまで導いてくださった貴女のおかげでもありましてよ」


 ──わたくし一人では、きっとここまで辿り着けませんでしたわ。


 リィが口にした、「魔力を含む鉱物」である、アイオライト鉱をはじめとした、色とりどりの鉱脈を背にして、ルヴィアリーラはきっちりと、折り目正しくリィと、そしてリリアへと頭を下げる。


 道中における明かりの確保もさながら、トロールの一団を撃破したり、入り組んだ坑道を迷わずに進んで来れたのは間違いなく、リリアとリィによる助力が大きい。


 自分はあくまで、敵を排除して岩を爆破しただけなのだから。


 ルヴィアリーラは謙虚に微笑みながら、事前にリィから購入していたツルハシを肩に担ぐ。


「ま、お礼ってんならここの鉱石でお釣りが来るからリィもあんがとね、ルヴィアリーラ」

「わ、わたしは……お姉様といられるだけで……!」

「ふふ……ありがとうございましてよ、二人とも。さあ、それじゃあ全力で……鉱石を掘るのでしてよ!」


 ルヴィアリーラは高らかにそう宣言するなり、「躯体強化」の魔術を発動させた上で、かつて一攫千金を夢見た炭鉱夫のように、鉱脈へとツルハシを突き立てる。


 そしてリィもルヴィアリーラに倣ってツルハシを振るい、その成果物を、リリアが万能ポーチの中に回収していく。


 きぃん、と、坑道の中に響き渡る金属音と、夢追い人たちがその目に宿す輝きは、どこか在りし日の光景のようで。


 額に汗を浮かべながらも、ルヴィアリーラたちは一頻り笑う。


 かつての炭鉱夫たちがそうしていたように、そして、明日につながる糧を得られた喜びに。


 もしここにグラスがあったのならば乾杯を上げていたかのように、あーっはっは、と、ルヴィアリーラの高笑いが、旧鉱山をステージにして、ツルハシを振るう音とともに、即興のデュエットを奏でるのだった。

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