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46.過去を踏み越え、未来に進むのですわ!

「あっちの心配はなさそうだねぃ」


 戦鎚を振り回し、ハイトロールとの棍棒を躱しながら巧みに打撃を叩き込むリィは、ルヴィアリーラが切り札を切った気配を感じ取ってニヒルに呟く。


 とはいえ、問題はこっちの方だ。


 腐ってもハイトロール、瀕死であっても誇り高きトロール族は死を恐れずに襲いかかってくるのだから、一分の隙も見せることはできない。


 そして、あのガーロンとやらが持っている魔剣がリリアにとっては最悪の相性だという時点で援護が望めないのは大きな痛手だ。


『ぬぅん!』

「はっ、当たるかってのバーカ!」


 振り下ろされる、一撃でも掠めれば頭蓋骨が砕けかねない殴打を、リィは闘牛士のようにひらりと、軽やかに回避して相手を挑発してみせる。


 だが、そこに余裕がないことは、何よりリィ自身が誰よりもよくわかっていた。


(頼むぜルヴィアリーラのねーちゃん、リィが引きつけてるうちにさっさとそいつ片付けてくれよ……!)





◇◆◇




『グハハハハ! それが貴様の切り札か、ルヴィアリーラとやらよ!』


 爆発的な炎の魔力を纏った星剣アルゴナウツ・スカーレットによる一撃は、確かにそのままであればガーロンの頭を砕いていたことだろう。


 しかし、彼とて手練れだ。


 暴食剣グラトニーターの腹でアルゴナウツ・スカーレットの一撃を受け止めてその魔力をも吸収しようと試み、それを成功させているのだからルヴィアリーラとしては堪ったものではない。


 ──だが、それだってルヴィアリーラにとっては、計画通りだ。


 相手の力を吸い取って強くなるタイプの魔剣には二つのタイプが存在する。


 一つは、神器と呼ばれるような、神々の時代に作られた伝説の剣にして、何の弱点も何のリスクもなく相手から一方的に力や魂を簒奪することができる、最悪の呪剣だ。


 もしもガーロンがそれを持っていたなら、あるいは錬金術師として、「鑑定」の魔術(スキル)を身につけていなければ、ルヴィアリーラの運命はそこで決していたことだろう。


 だが、もう一つのタイプ──暴食剣グラトニーターが所属する型には、明確な弱点が存在する。


 それは単純だ。


 だからこそルヴィアリーラは、リスクを承知で「あえてたらふく食わせてやる」ことにしたのだった。


 聖なる炎を纏ったアルゴナウツ・スカーレットは、グラトニーターに魔力を簒奪されても尚、燃え盛る劫火が消える兆しを見せない。


 それはルヴィアリーラ自身が規格外の魔力を内に秘めている、というのもあれば、「素たる火の宝珠」が持っているそれとのシナジーもまた強烈なものだという証である。

 

「アルゴナウツ・スカーレット……これが未来を照らす、わたくしの炎ですわ!」

『なるほど流石だ、俺とグラトニーターとここまで長い時間打ちあえた戦士など知らぬ! ルヴィアリーラ、お前の名は俺の記憶に刻む価値がありそうだ!』

「わたくしの方にその必要性は一ミリたりともありませんけどねえ!!!」


 甲高い、金属同士がぶつかり合う音を立てて、一秒をどこまでも引き伸ばしながら剣戟は続く。


 ルヴィアリーラの技量は決して並の冒険者に劣るものではない。


 幼い頃はそれこそ力任せに剣をぶん回していたせいで、パルシファルとの稽古ではボロ負けだったが、それを契機に技を学んでからは、力押しの中に技術を取り入れることでより己の剣を強固にしてきた。


 しかし、ガーロンもまたトロールオーグにまで己を鍛え上げたトロール族の中でも屈指の戦士だ。


 彼は、自分とここまで打ち合えたのはルヴィアリーラが初めてだと言っていたが、裏を返せばそれは、ルヴィアリーラとここまで打ち合えるのはガーロン級の実力があって初めて、ということになる。


 剣技の冴えで勝敗を競うのであれば、ルヴィアリーラとガーロンのそれは千日手となるだろう。


 そして千日手を許さない暴食剣グラトニーターの存在は、達人すらも跪かせる凶悪な相乗効果であるといえよう。


 だが──敵にとっては不幸なことに、自分にとっては幸いなことに、ルヴィアリーラは人間で、ガーロンは魔物だった。


 その違いが、些細にも見えることが、勝敗を分ける決定的な差となったのである。


『ヌゥッ!?』

「あーっはっは! 何を目論んでいたかは知りませんが、やはり、わたくしの見立て通りでしたわねえ!!!」


 アルゴナウツ・スカーレットの魔力は、そしてそれを操るルヴィアリーラのそれもまた極めて莫大なものだ。


 いかに暴食剣グラトニーターが、魔力を吸い取ることで強靭さを増していく性質を持っていたとしても、世代が新しい魔剣である以上、神器のように、無制限に魔力を吸い尽くせるわけではない。


 そうだ。一度に食える量には限界があるのだ。


 それを示すように、グラトニーターの黒光りする刀身にヒビが入り、割れた部分から食い破るように、アルゴナウツ・スカーレットから伸びる炎が暴食の呪剣を食い破る。


 それでも、ガーロンが纏う呪いの風とでも呼ぶべき風の元素の気配は消えていない。


 ならばそれは魔剣の効力ではなく、執り行おうとしていた儀式の方だったのだろう。


 風の障壁を吹き飛ばすように、ルヴィアリーラは、ガーロンが大きくのけぞった隙を見逃すことなく、万能ポーチから抜き取った火炎筒を投擲する。


『ヌウオオオアア! 爆弾……だとッ!?』

「爆薬は……全てを解決するのでしてよ!」


 とはいえ、爆炎筒ならまだしも火炎筒程度で風の障壁を消し飛ばせることなど期待していない。


 あくまでも、これは。


「リリア!」

「『炎よ(Fire)』!」


 ──爆風を利用した、目眩しだ。


 ガーロンが魔剣を失ったことを確認したリリアは樫の杖の先端に炎の魔力を集中させて、詠唱破棄による中級火炎魔法を、ルヴィアリーラのアルゴナウツ・スカーレットに向けて放つ。


「これで……トドメでしてよ! ちぇええええすとおおおおおおッ!!!!!」


 奇しくも、暴食剣グラトニーターと星剣アルゴナウツ・スカーレットは一部に限れば、似通った性質を持ち合わせている。


 それは、あらゆる炎の素である宝珠を取り込んでいることで、際限なく炎の元素をその身に宿すことが可能である、というところだった。


 最早、炎の柱とでも呼ぶべき勢いにまで伸張された劫火の刀身は横薙ぎに振り払われる。


 手練れの意地か、戦士の本能がそうさせるのかはわからないが、ガーロンは咄嗟に腕を交差させて防がんとしたが、無慈悲にも煉獄の火炎は肉を焼き、骨を焦がしていく。


 ちぇすと、とはぶち殺す、ではなく、ぶち殺した、の意である。


 だからこそルヴィアリーラは裂帛の殺意を込めてアルゴナウツ・スカーレットを振り抜くのだ。


「こいつで……お仕舞いなのでしてよ!」

『グ、ハハハ……やるな、ルヴィアリーラ! 一足先に、地獄で待つぞ……ヌウオオオアア!!!』


 その剣が振り抜かれた後には、全てを焼き尽くす劫火が走った後には何も残らない。


 虚しく旧鉱山街跡地に影を刻むだけで、骨も残さずに、ガーロンという一人の戦士は塵へと還っていった。


「はっ、そんなお誘いこっちからお断りでしてよ」


 ルヴィアリーラはそれを鼻で笑うことはない。だが、魔物からのエスコートなどお断りだというのは確かなことだ。


 横目に一瞥したリィの方も、ハイトロールの頭に全力で戦鎚を叩き込んで沈黙せしめているのを確認した、ルヴィアリーラは安堵に胸を撫で下ろす。


「リィも無事なようで何よりですわね……そして!」


 そしてかつかつと踵を鳴らして、ガーロンが何かの儀式を執り行おうとしていた魔法陣に向けて、ストックしていた火炎筒を盛大に投擲する。


 爆炎は魔法陣をかき消して、旧鉱山都市の残骸をも一部巻き込んで炸裂した。


 流石に、寂然の宿を踏み荒らしておいて高笑いを上げるつもりにはなれない。


 ルヴィアリーラは旧跡を戦いで汚してしまったことに、少しばかり自責の念を抱きながらも、魔法陣が掻き消えたことを確認し、星剣アルゴナウツをそっと鞘へと収める。


「……だ、大丈夫ですか、お姉様……?」

「ええ、リリア……わたくしはこの通り、元気ですわよ」


 それでも、人は過去を乗り越えて、未来へと進んでいかなければならない。


 ぱたぱたと駆け寄ってくるリリアの頭を撫でつつ、ルヴィアリーラは戦いの跡が新たに、歴史の一部として刻まれた旧鉱山都市跡地をそっと一瞥し、静かに目を伏せるのだった。

爆薬令嬢、物想う

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