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45.旧都に潜むは人類の仇敵、なのですわ!

 ウェスタリア旧国有鉱山は、放棄されて久しいものの、かつてそこには栄華の炎が灯っていたことを、冒険者たちを出迎える鉱山街の跡地が教えてくれる。


 機械文明時代を経て今や、森の奥にひっそりと暮らしている稀少種族となったエルフやドワーフたちとも手を取り合って鉱山を拓いた証は今、寂然のみを過客として泊める宿となっていたはずだった。


 しかし、鉱山街の跡地に訪れる客は何も静寂や吹き抜ける風だけではない。


 かつての文明の名残を利用して、その集団は旧鉱山街跡地に陣取り、何事かの儀式を始めようとしていた。


「……間違いありません、トロールオーグが一体……そしてハイトロールが十、トロールが二十です」


 その様子を、遠距離から「鷹の目」の魔法で見渡していたリリアは、執り行われようとしている儀式のおぞましい気配と、そして、それを率いているトロールオーグの覇気に戦慄して、ぞくりと背筋を震わせる。


「よく見てくれましたわね、リリア」


 ルヴィアリーラにはその様子がわからなかったものの、何やら禍々しい風の元素の気配が周囲に満ちていることから、トロールたちが何か、大掛かりな呪法を行使しようとしていることは察せられた。


「……腐ってやがる、ヤな風だね」


 吹き抜け、肌を撫でる風の生温さに、リィは吐き捨てるようにそう呟く。


 エルフ族は、風の元素との親和性が高い種族だ。


 半分とはいえその血を継いでいるリィにとって、この呪わしく冒涜的な気配を漂わせる風の存在は、とても許し難いものに感じられるのだろう。


 ルヴィアリーラは剣の柄に手をかけて、どう切り込んだものかと思案する。


 トロールの集団がどのような数と構成であれ、リリアの範囲魔法を決戦の号砲とすることは、旧鉱山街跡地に着くまでのブリーフィングで決めていたことだ。


 だが、相手にトロールオーグという強敵がいるのならば、一筋縄ではいくはずもない。


 有利が取れるとするならば、彼が儀式を行使しようとしている張本人で、そして風の属性を身に纏っているという仮定が必要となる。


 星剣アルゴナウツは、今「素たる火の宝珠」を鍔に埋め込んでいる。


 風の元素を燃やし尽くす火の属性を任意で発動できるのは、ルヴィアリーラたちが持ちうるアドバンテージの中に占める割合は大きい。


 それでもダメなら、最悪リリアが二度目の魔法を発動するまでの時間を稼げばいいだけの話だ。


 頭の中で結論を導き出したルヴィアリーラはすぅ、と小さく息を吸い込んで、呼吸を整える。


「作戦は決まった?」

「勿論ですわ、真っ直ぐ行ってぶった斬る……これ以外に必要でして?」

「ルヴィアリーラのねーちゃんらしいね、そんじゃリリアの姉ちゃん、いっちょ頼むよ!」


 リィが指示を出すと同時に、ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツを抜き放って戦地へと駆け出していく。


 狙うのは大将首であるトロールオーグただ一匹で、残りの有象無象は全てリリアに任せればいい。


 そして、任せられたリリアもまた、親愛するルヴィアリーラの期待に応えようと、樫の杖の先端に火の元素を、炎の魔力を収束させていく。


「『炎よ(Fire)』、『清らに燃える焔よ(Agni)』『憐み(Divine)』、『焼き尽くしたまえ(Eleison)』!」


 それは、グランマムートを相手に放ったのと同じ劫火の極大魔法をこの世界へと呼び寄せる四節詠唱だった。


 しかし、今、ルートパスが開かれたことでこの世界に出力された神々の法は、巨大な炎の球が隕石のように降り注ぐそれではない。


 魔力を拡散するイメージを描いて、リリアは杖の先端に宿った炎の元素を無数の矢のように撃ち放った。


 それはトロールとハイトロールを的確に貫く紅蓮の鏑矢であり、儀式に集中していた彼らは抵抗する間もなくその心臓を打ち貫かれ、即死を免れた個体も清らに燃える焔に焼き尽くされ、塵へと還ってゆく。


 だが、それでも生き残りがいたのは、誇り高き戦士であるトロール族の矜持とでもいうべきなのか、それとも旧鉱山の地脈を用いて行使されようとしていた儀式が彼らを守っていたのか。


 そのハイトロールは、突然のことに驚き、ぼろぼろになりながらも戦士の意地で自らの得物である棍棒を地面に突き立てて、膝をつくことはしなかった。


 そして炎に巻かれながらも儀式を執り行う魔法陣の中心からゆっくりと立ち上がったトロールオーグもまた同じだ。


 彼らはルヴィアリーラとリィという襲撃者を視認するなり、ぐはははは、と、鑢を擦り合わせたような、嗄れた哄笑をあげる。


「ルヴィアリーラのねーちゃんはオーグの方を頼むよ!」

「承りましたわ! そして貴方たちが噂のトロール一味ですわね、ごきげんよう! そしておくたばりあそばせぇええええっ!」


 リィがハイトロールに向けて自慢の戦鎚を振り下ろしたのを一瞥し、ルヴィアリーラは星剣アルゴナウツの一撃を、ゆっくりと立ち上がったトロールオーグの脇腹目掛けて全力で見舞った。


 しかしそれは敵の土手っ腹を切り裂くことはなく、がきぃん、と、金属同士がぶつかり合う甲高い音を立てて、構えた得物同士がぶつかり合うだけに留まってしまう。


 そして、ルヴィアリーラは己の身体から何か力が抜けていくような、そうでなければ体内に秘めている魔力そのものが鍔迫り合いの度に漸減していくような感覚に襲われる。


「この感覚……まさか、魔剣ですの!?」

『グハハハハ! いかにも! 俺はクラリーチェ様の先鋒にして誇り高きトロール族の戦士、ガーロンよ!』


 トロール語でガーロン、と名乗った戦士の手には、毒々しい黒き輝きを放つ大剣が握られていて、その刀身はルヴィアリーラの体躯にも匹敵するほど長大だ。


 髑髏の装飾が刻まれた、いかにも魔剣──その中でも呪剣と呼ばれるカテゴリに属するそれである、という偉容を示す大剣と、星剣アルゴナウツがぶつかり合い、火花を立てる度にルヴィアリーラの身体から力が抜けていくのは間違い無く魔剣の力なのだろう。


 しかし、ルヴィアリーラの中で引っかかっていたのは、聞き取りづらいトロール語ではあったものの、このガーロンと名乗る敵が「クラリーチェ」なる単語を、確かに発していたことだった。


「クラリーチェ……?」

『人間の女よ! 貴様も相応の戦士と見た! なのに名を名乗らんとはなんたることか!』

「……っと、トロールに説教されるとは思いませんでしたわね、屈辱ですわ! わたくしはルヴィアリーラ、ただの冒険者にして……今からお前の首を撥ねる相手ですわあああっ!」

『グハハハハ! やれるものなら……やってみろ! この魔力を喰らい強靭(つよ)くなる、暴食のグラトニーターと打ち合えるならばな!』


 ガーロンが自らが愛する剣の名前を叫んだのは、自信の現れということなのだろうか。


 それはわからないが、迂闊にして、ルヴィアリーラにとって好機であることには違いはない。


「『鑑定(エクティミシィ)』!」


 ルヴィアリーラは迷うことなく「鑑定」のスキルを発動して、その魔剣グラトニーターとやらのステータスを確認する。


【暴食剣グラトニーター】

【品質:極めて良い】

【状態:万全】

【備考:世代としては極めて新しい魔剣。その刃に触れた者から魔力を吸い取る危険な呪剣。魔力を吸い取られ切った者は魂を奪われ、輪廻の環に還ることも不可能となる】


 ルヴィアリーラの脳裏に閃く情報には、どれもこれも絶望的なことしか記されていなかった。


 特に、打ち合って魔力を削り切られれば輪廻転生さえ叶わなくなる、というのは、中でもとりわけ凶悪極まる権能だ。


 恐らく領地を守る騎士団は偵察しか行なって来なかったのだろうが、こんな魔剣持ちのトロールオーグが何らかの儀式まで執り行っていることまで看過していたのならば、日和見主義にも程があると、ルヴィアリーラは激怒と共に一撃を放つ。


「ああもう! どうしてこうわたくしの旅路にはろくな敵がおりませんの!」

『グハハハハ、馬鹿め! 強敵との戦いこそ愉悦にして何物にも勝る娯楽ぞ! それを楽しまんで如何にする、小娘!』

「やっかましいですわこの脳筋モンスター! わたくしは別に殺し合いたくて殺し合うような戦闘狂じゃありませんことよ!」


 二度、三度とルヴィアリーラが必殺を期して狙う剣撃をいなしてみせるのは、取りも直さず、ガーロンが歴戦の戦士である証だろう。


 しかも、打ち合えば打ち合うほどルヴィアリーラが損をするという最悪な仕様まで付いてきているのだ。


 敵がわざわざリスクを犯さず防戦に徹しているのは、紛れもなく消耗戦を狙っている──そういうことに違いない。


 脳筋にしては中々クレバーな奴ですわね、と、ルヴィアリーラは脳裏に閃く悪態に代えて舌打ちをする。

 このままでは埒が開かない。


 ならばこちらも、切り札を切るまでのことだ。


 ルヴィアリーラは決意と共に魔力のルートパスを開いた上で、それを星剣アルゴナウツへと埋め込まれた「素たる火の宝珠」と接続する。


「『照らせ』! 星剣アルゴナウツ・スカーレット!」


 今までは雑に扱っても刃こぼれしない、よく切れるだけの剣だったそれは、宝珠を得ることで一つの魔剣──その中でも聖剣と呼ばれるものへと変じていた。


 そして、ルヴィアリーラの叫びに応えるように、星剣アルゴナウツの宝珠から炎が走り、聖衣ローズリーラもまた赤と金の二色に染まっていく。


 迸る炎は、ルヴィアリーラを包む衣となった。


 第二ラウンドの開始だ。


「ちぇすと、アルゴナウツっ!!!」


 その言葉に代えて、ルヴィアリーラは炎を纏った剣撃を、裂帛の気合を込めて大上段から振り下ろすのだった。

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