39.「頑丈な木材」を作るのですわ!
「さて、問題は……試作品の調合ですわね」
栄養剤を作った時と同じように、コルツァ材と神木の実を掛け合わせて、土の元素の働きを高めれば、それだけで元のものより頑健な合板はできることだろう。
ルヴィアリーラは「錬金術体系全著」をぱらぱらとめくりながら、皇国側が要求してきたことが、あくまでも風雪に耐えうる前提の強度であると想定して、考えを巡らせる。
そうなると、中間の媒質に何か一欠片を加えたいところだ。
純粋に樹が持ち合わせている土の元素を高めただけでは、風雪に耐えうるには少しだけ足りない。
ならばそれこそ、栄養剤の先例に倣って、水の元素の高まりをも同時に促せば上手くいくかと考えると、そうもいかないのだ。
「え、えと……ルヴィアリーラ様、何が問題なんですか……?」
「うーん……これがわたくしにもよくわからないのでしてよ、リリア」
初めてシートス村で錬金術を使った時、水の元素の働きを強くして上手く行ったのは、調合したのが土の働きを活性化させるためのアイテムだったからだ。
しかし、今回は木材の強度を高めることが目的である。
となると、水の働きを強くさせてしまえば腐りかねない危険を孕んでいるのだ。
どちらかといえば、考えとしては鋼を作るのに近いのかもしれないと、ルヴィアリーラは小首を傾げて小さく唸る。
鋼。鉄に混ぜ物をすることで鍛え上げるその工程こそイメージできても、木に何を混ぜたらより強力な合板となるのかについてはさっぱりだ。
ああでもないこうでもないと、ルヴィアリーラは小首を傾げ、頭から黒煙を吹き出す勢いで、煮詰まった考えをどうにか打破しようとして、いっそ火の元素の働きでも高めてみようかと、そんな世迷言を考えつく辺りまで追い詰められていた時だった。
「……え、えと、ルヴィアリーラ様……」
「むむむ……どうしまして、リリア?」
「そ、その……硬くするなら、金属を混ぜたら、ダメなんですか……?」
リリアはおずおずと、控えめに手を挙げながらルヴィアリーラにそう提案する。
通常であれば、木と金属を融合させることなど不可能だ。
だが、錬金術は、物質を一度エーテルの状態まで分解してから再解──再構成する魔術である。
ならば、異なる素材同士をその性質だけ掛け合わせることも可能なのではないかと、リリアはそう考えたのだった。
そして、ルヴィアリーラからすればその提案は目から鱗だった。
覚醒、という概念が錬金術には存在する。
それは地脈の力を借りなければ、そして一流の魔力を錬金術師自身が持っていなければ到底できないことだ。
しかし、ここにはその二つが揃っている。
そして、素材の持つ元素の力を極限まで活性化させれば、リリアが提案したように、異なる素材であっても系統図に組み込んで、その性質を錬成後のアイテムに付与することは十分に可能なのだ。
ルヴィアリーラはぽん、と右の拳で左の掌を打ち据えると、目を輝かせ、ぎゅっ、とリリアに抱きつくのだった。
「そうですわ、そうですわ、そうでしたわ! わたくしともあろうものが忘れておりましたことよ! そして、リリア! 貴女はやはり最っ高ですわ!」
「わわ、ルヴィアリーラ、様……えへへ、そんな、わたしは、何も……」
「いいえリリア、貴女の一言がなければ今わたくしは、仮とはいえアトリエを手にしている……即ち覚醒錬金が可能であるということを思い出すのに時間がかかりましたわ、だからこれは、貴女の功績に他なりませんことよ!」
そうしてリリアの頬に唇を寄せて、ルヴィアリーラは万能ポーチから、回廊街道で採取していた一つの鉱石を取り出した。
ウェルナン鋼石と呼ばれるそれは、どこにでもあって誰にでも使える木材がコルツァ材であるなら、金属におけるコルツァ材のようなものだ。
「むむむ……『鑑定』!」
ルヴィアリーラはなるべく品質の高いものを目利きしたつもりだったが、何事も確認しておくに越したことはない。
鑑定の魔術が発動したことで、ルヴィアリーラの脳内にはいくつもの情報がなだれ込んでくる。
【ウェルナン鋼石】
【品質:良い】
【状態:普通】
【備考:探せば割とどこにでもある鉱石。回廊街道で採取されたものだ】
良い、ということは普通よりは高い、ということだ。
己の目利きが間違っていなかったことにルヴィアリーラは安堵しつつ、早速試作品の錬成へと取り掛かる。
ぼこぼこと泡立つまで沸騰させた窯の中に、リィから買い付けたコルツァ材、そしてハナの厚意で譲ってもらった神木の実に、回廊街道で拾ったウェルナン鋼石を入れて、土の元素だけをそこから抽出するイメージで、ルヴィアリーラはいつも通りに、星剣アルゴナウツで釜をかき回した。
鉱石は、微弱でこそあるが土の元素をそこに含んでいる。
中にはフォイエルストンや一年氷石といった、例外的なものも存在する。
だが、地面から伸びる岩の中に紛れているのだから、そうした例外であっても、少量は土の元素が混ざっているのだ。
そして、ウェルナン鋼石は特に意識しなくとも、土の成分を強く含んでいるために、ルヴィアリーラは神木の実が持ち合わせている多量の元素と、それを結びつけるイメージで、ぐるぐると釜をかき回していく。
物を一度混沌に、混沌の中で生まれた秩序を再び物に、還して還す、錬金術とは輪廻の如く。
クラリーチェ・グランマテリアが遺したとされる歌を口ずさみながら、ルヴィアリーラは慎重に魔力を操作して、ウェルナン鋼石と神木の実が持つ土の元素を結合させる。
そして、結合した元素をコルツァ材に注ぎ込んで分解、再構成という工程を完遂すれば、果たしてルヴィアリーラの目論見は達成されることとなるのだ。
サンプルとして買い付けたコルツァ材は一つだけだ。
ここでつまづくことなど許されない。
額に汗が滲むのも厭わずに、ルヴィアリーラは意識を集中させて釜をかき回す。
そして──光が、眩くアトリエの中を駆け抜けて爆ぜた。
「……完成、ですわ……!」
果たして、ルヴィアリーラの手に握られていたものは、リリアが考えた通りに魔力を帯びる、一つの木材であった。
スタリロ合板。
風雪が吹き付ける勢いにも、その重さにも耐えうる剛性としなやかさを持ったそれであれば、恐らくは皇国からの要求も満たせることだろう。
ルヴィアリーラは念のために、「鑑定」のスキルで、出来上がったスタリロ合板を見つめ直す。
【スタリロ合板】
【品質:極めて良い】
【備考:これで家を建てた日には雨風に悩むこともないだろう。微量な金属の力を感じる】
そして、流れ込んできた情報にお墨付きを貰ったところで、ルヴィアリーラは年頃の少女らしく、合板を抱きしめたままぴょん、と小躍りして言葉を紡ぐ。
「やりましたわ、やりましたわ、リリア!」
「る、ルヴィアリーラ様……おめでとう、ございます……!」
「やはり貴女は最高ですわ、ああ、これで……貴女がいてくれたから、わたくしは夢にまた一歩、近づけたのですわ!」
合板を床に置くなり、きゅっと、自身の細い体を抱きしめて、親愛のベーゼを頬に交わすルヴィアリーラはどこまでもぐいぐいと来る感じだったが、リリアはそれが嫌いじゃなかった。
むしろ、大好きだった。
ルヴィアリーラは太陽のようにあたたかくて、その温もりに触れているだけで、いつも怯えて泣いている心に、光が差し込んでくるようで。
だから、嬉しいのに、嬉しいはずなのに、涙が滲んでしまうのだ。
錬金窯の火を止め忘れていたことを思い出したのか、慌てて駆け出していくルヴィアリーラの姿に苦笑を浮かべながら、リリアは虹の瞳に浮かぶ涙を指先でそっと拭う。
──わたしは、ここにいても、いいのかな。
ちょっと前だったら、思うことさえしなかった、そんな疑問。
だけど今は、それを少しだけ肯定的に受け止めることができる。
それは他でもなく、ルヴィアリーラが自分のことを親友と呼んでくれるからで。
最高だと、言ってくれるからで。
だから、少しでも、今みたいに何かを返していけたらと、リリアはそっと、小さな夢であり決意を、その胸に抱くのだった。
リリアの機転、そして覚醒するルヴィアリーラの錬金術




