38.買うものは木材、売るものは未来、なのですわ!
ハナの厚意によって、「御神木の実」を手に入れることができたルヴィアリーラとリリアは、彼女にお礼を捧げると共に「風鳴りの羽」で王都へと帰還していく。
歓待を受けるかどうかという申し出もあったのだが、今回は事情が事情だ。
だからこそ断腸の思いでそれを丁重に断って、ルヴィアリーラは王都へと帰還することを選んだのである。
「さて、ハナさんのおかげで鍵となる素材は手に入った……となれば、あとは錬金するだけのこと!」
「……え、えと……頑丈な、木材……でしたよね? どれくらい、錬成すれば……」
「んー……とりあえずは一つ、といったところですわね」
「一つ、ですか?」
リリアが投げかけた疑問に対して、返ってきたルヴィアリーラの答えは予想の遥か斜め上を行くものだった。
遠征した騎士団の奮闘によって被害はある程度抑えられたものの、ヒンメル高地山麓の開拓村に立ち並ぶ家々は、遠目に見るだけでも惨憺たる有様だったのだ。
それを、一つの木材で修復できるはずがない。
リリアが心配そうに、虹の瞳を潤ませて続けた言葉を、こともなくルヴィアリーラは肯定し、続く答えを返す。
「と、いってもまずは試作品から、という話ですわ。一ヶ月という期間があるのですから、ぶっつけ本番……という話でもないはずですわよ。そして」
「そして?」
「ふふふ……このルヴィアリーラ、秘密兵器は常に隠し持っておりますことよ!」
あーっはっは、と、豊かな胸を張って高笑いをあげるルヴィアリーラのいう、「秘密兵器」とやらがなんなのかはわからない。
ただ、ルヴィアリーラが言っているのならそこに間違いはないのだろうと、リリアは安堵半分不安半分といった表情で、その赤い瞳を覗き込む。
とはいえ、彼女の理論は筋が通ったものだ。
アトリエの掃除で一日、そしてシートス村への遠征で大体一週間を使って、残り三週間という期日が残されているのは、恐らく王都も計算の上なのだろう。
しかし、その三週間で実用に耐えうる試作品を作り上げてブラッシュアップしたものを、結構な数納品しなければならないのだ。
それを鑑みれば、試作品の開発に費やせる時間も極めて短いものとなる。
しかし、ルヴィアリーラは微塵も焦っていなかった。
とりあえずは「コルツァ材」の中でも品質が良いものを入手して、あとは栄養剤を作った時と同じ要領で、土の元素を活性化させてやればいい。
そんな具合に、ルヴィアリーラがふんす、と鼻息荒く万能ポーチの中から、道中で採取していたコルツァ材を取り出して、その品質を厳選しようとした、刹那。
「こんちゃー、お、随分綺麗になったねぃ」
「リィ、わたくしの……ではないでけれど、アトリエにようこそおいでいただきましたわ、お茶も出せなくて申し訳ない限りなのですが」
「あー、いいよ。リィは客じゃなくて商売しにきただけだから。そんなわけでさ、ルヴィアリーラのねーちゃんたち、なんか買ってくものとかない?」
毛高く、他人に心を許すイメージのないエルフ族とは正反対な、人懐っこい振る舞いをしながら、リィは背負っていた巨大な風呂敷包を解いて、中にある商品をルヴィアリーラたちに提示する。
正直に言ってしまえば、リィが扱っている商品は端から端まで全て買い占めたいくらい、有用なものばかりだ。
彼女が腰に提げている、年季の入った巨大な戦鎚を見るに、素材の多くは商工業者から仕入れるより、自前で採取してきたものが多いのだろう。
ルヴィアリーラは全てわたくしにくださいな、と脊髄反射で答えそうになった言葉を飲み下して、目当てであるコルツァ材を、無数の商品の中から探し当てる。
「ふむ……? 随分と品質が良いですわね、このコルツァ材」
コルツァ材はどこでも取れるような、ありふれた木材にすぎない。
しかし、木という植物は生育環境によって、大きくその品質であったり性質が異なる。
ルヴィアリーラが回廊街道で採取したコルツァ材は、高くても品質が普通か、それよりちょっと良いといった風情だが、「鑑定」のスキルを発動させれば、今手にとっているものとの違いは一目瞭然だ。
【コルツァ材】
【品質:極めて良い】
【状態:良好】
【備考:実り豊かな樹海で育ったコルツァから採れたもののようだ】
脳裏に提示される情報から察するに、恐らくこのコルツァ材はリィが、王都から南西にその領域を広げるオデュッセウス大樹海だとか、そういう場所から採取してきた、ということになるのだろう。
ならば、リィの冒険者としての腕前も、一線を画するものであるということだ。
ルヴィアリーラは、素直に感心を示すように小さく頷いて、リィへと問いかける。
「このコルツァ材をいただきたいのですわ、おいくらでして?」
「んー……それなら30プラムぐらいかな。ルヴィアリーラのねーちゃんは錬金術師なんでしょ? そしたら相場に品質分上乗せして単価はそんくらい。いくつ買うの?」
「そうですわね……ならば100、いただけませんの?」
「ん、100か……オッケー、わかった。ただ、今は在庫ないから先払いって形になるのと、担保としてリィが持ってる宝石を出すよ、それでもいい?」
「ええ、是非とも! よろしくお願いいたしますわ、リィ!」
ルヴィアリーラはひし、とリィの小さな両手を握りしめて、その瞳を輝かせる。
正直なところ、回廊街道で採れたコルツァ材では、御神木の実を素材として添加したとしても、十分な品質のものが出来上がるかどうかわからなかった。
しかし、リィが高品質のコルツァ材を仕入れてくれるというなら話は別だ。
ルヴィアリーラはグランマムートを討伐した時に、飲食代を差し引いて残った数少ない手持ちを差し出しながら、リィから差し出された、銀色に光るペンダントを先払いの担保として受け取る。
「交渉成立だねぃ、そんじゃ大体一週間くらい後になったらここに来るから、そんときはよろしくね、ルヴィアリーラのねーちゃんとリリアのねーちゃん!」
「……わ、わたしも……ですか?」
「リィは商売相手の顔と名前を忘れない主義なのさ、そんじゃーね!」
瞬く間に風呂敷を背負ってパタパタと駆け出していくリィの姿は、見た目通りの年齢かどうかは疑わしくとも、あどけなさを感じさせて愛らしいものだった。
リリアはリィから何も買っていないが、それでもルヴィアリーラに付き従っているなら、将来の客になる可能性は否定できない。
仮にならなかったとしてもお得意様として見込めるルヴィアリーラの友人なのだから、商売人として無碍にするわけにはいかないだろうと、リィは密かにほくそ笑む。
リィは、自他共に認める銭ゲバだった。
金、金、金と、騎士としては恥ずかしさに耐えかねるようなことを信条にして、手持ちや銀行に預けているプラムの数字が増えていくことこそを至上の喜びとしているのが、リィという少女なのである。
だからこそ、彼女はその扱いに一際シビアなのだ。
ルヴィアリーラはまず一つ、リィから買い付けたコルツァ材を一瞥して静かに頷く。
コルツァ材の平均相場は一本で大体20プラムがいいところだ。
安くて、硬くて、加工しやすくて、どこにでも生えている。
建築加工のお供だとされているそれは、しかして品質だけを見るなら手放しに良い、と褒められるようなものはあまり市場に出回っていない。
肥沃な大樹海であるとか、中央大陸セントスフィリアの南端にあるとされる巨大な丘陵地帯に生えているそれは格別だとされているが、そこには当然の如く強力な魔物が棲んでいる。
それを退けるか、なんとか逃げ果せるかする実力がなければ良質のコルツァ材は手に入らないが、入ったところで手間と暇が釣り合っているかどうかは微妙なところだ。
それでも、リィは採ってきてくれると約束してくれたのだから、信頼はできる。
「ルヴィアリーラ様……リィさんは……」
「ええ、よき商売人ですわ。そして貴女が仰る通り、良い人でもありますわね」
ルヴィアリーラとの取引は割にあっているかいないかでいえば、後者になるのだろう。
ただその分、将来の上客として、ルヴィアリーラはリィに未来を買ってもらった、とも言い換えられるのだ。
「なればこそわたくしは、必ず……この国で一番のアトリエをぶち上げてみせるのでしてよ! あーっはっは!」
夢への道は果てしなく遠い。
それでも一歩ずつ、血を流しながらもその岩壁に爪を立てて登っていくような道であることは、ルヴィアリーラにもわかっている。
──だからこそ、面白い。
そして、だからこそ。
恐怖を踏み倒して勇気でその一歩を踏み出すために、ルヴィアリーラは、今日もいつもの高笑いを上げるのだった。
リィは銭ゲバ故に銭には誠実なのですわ!
【コルツァ】……コルツァ材の素になる木。極端な環境下でなければどこにでも生育できる生命力の高さが強みであり、軽くて頑丈で扱いやすいそれは、木造建築の友と評されるほどである。




