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36.今更盗賊と言われても、なのですわ!

 ルヴィアリーラが皇国依頼である「頑丈な木材」を実現させる当てとして考えたのは、コルツァ材に含まれる土の元素の活性化という方法だった。


 そして、それを実現するための材料として目をつけたのが、いつぞや「東の森の主」と戦った、シートス村の御神木の実の存在である。


 あれは良質な土の元素に恵まれているため、素材として合板を作り上げれば申し分ない強度のものができあがるはずだ。


 ルヴィアリーラはそう目論んでいるのだが、懸念材料は多々ある。


 まず、シートス村の村民が御神木の実を分けてくれるか、というのが第一だ。


 曲がりなりにも土着の信仰を得ている大樹の一部を分けてもらう、というのは相応の信頼がなければ難しい。


 一応、畑を再生したという貸しこそあっても、ルヴィアリーラはあれを貸しだとは思っていなかった。


「そんなわけで、シートス村までの出立を許可していただきたいのですわ」

「王都からシートス村ですと……往復で大体二週間ですか、依頼の期限とか、大丈夫ですか?」


 ルヴィアリーラは、王都ウェスタリアのメインストリートであるところの「ライズサン通り」に居を構える、冒険者ギルドウェスタリア皇国本部のカウンターに身を乗り出して、いつの間にか王都に帰還していたユカリへと話を持ちかける。


 ユカリのどこか心配性なところは、あれから結構経っても変わらないようだった。


 シートス村への旅程を確認するなり、ユカリはどこか心配げに小首を傾げて、ルヴィアリーラへと問い返す。


「確か、皇国依頼に関しては『風鳴りの羽』が借り受けられると聞いておりましてよ」


 先日、スタークには聞き忘れていたものの、彼が置き土産として残していった依頼表にはその旨が記されていたはずだ。


 ルヴィアリーラは得意げに豊かな胸を反らしながら、ユカリへとそう答える。


 風鳴りの羽。


 それは、割合希少なマジックアイテムの類であり、祝福を受けた教会までどんなに離れた場所からでも帰還できるという優れものだ。


 素材さえ揃っていればルヴィアリーラも自前で用意できるのだが、「青瑠璃の羽」という、怪物であるロック鳥の上位種から手に入れられる素材がなければ作ることはままならない。


 加えて、錬金術に頼らないのであれば、一流の魔法師が「魔力付与(エンチャント)」を行わなければ作れないそれを気前よく使わせてくれる辺り、神王ディアマンテがルヴィアリーラにかける期待は本気だといったところなのだろう。


「風鳴りの羽……ああ、支給分がありましたね。そうなると旅程は行きの一週間ということでよろしいですか?」

「一、二日ほど前後するやもしれませんけれど、そこはご容赦くださいまし」

「ええ、わかっています。ルヴィアリーラさんもリリアさんも、ご無事での帰還をお待ちしておりますよ」


 ユカリは営業スマイルを浮かべて、高らかに踵を打ち鳴らして冒険の旅へと出向いていく、ルヴィアリーラとリリアの背中を見送り続ける。


 ユカリが呼び出された理由は単純だった。


 ルヴィアリーラたちの素性を秘匿していたことに対する責任追及、という名目ではあるのだが、要は後進の育成も終わったから王都に戻ってこい、ということだ。


 今、ファスティラ城塞都市を任されているヒーリア・サウザンという女性はかなりの才媛だ。


 近いうちに自分も抜いてギルドマスターの地位に収まるだろうと、ユカリは確信している。


 それはそれとして、ルヴィアリーラとリリアの素性を黙っていたことについては、「皇国の双璧」であるスターク・フォン・ピースレイヤー卿ともう一人、アースティアナ・エル・クレバース卿に散々詰められたのだから、いい思い出がある、というわけではない。


 それでも、その日をも知れない身分の人間が最後に拠り所にする場所が冒険者ギルドなのだから、冒険者を守るという判断は間違っていないはずだ。


 今も、ユカリはそう確信している。


 それだけではない。


「……くぁ、あ……まあ、ルヴィアリーラさんとリリアさんなら、なんとかしてくれるでしょう」


 ユカリは大欠伸を掌で覆い隠しながら、茫洋とした瞳で併設酒場を一望する。


 ぼんやりと考えていたのは、そんなことだった。


 ルヴィアリーラとリリアなら、何かをやってくれるかもしれない。


 それは何の根拠もなければ、確信にもまだ至っていない曖昧な可能性に過ぎないかもしれないが、ユカリの中では何か、意味を持っているように思えてならないのだった。




◇◆◇




 浜のなんとかは尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ。


 そんな、悪党は畑から取れる勢いで湧いてくるのだという嘆きなのか、或いは、処刑を控えた悪党自身が負け惜しみのように言い放ったのか知らない言葉が、巷を賑わせていた。


 だが、それは一種の真理でもある。


 王都ウェスタリアを離れて、「旅人の道」と呼ばれる街道に出ても、盗人の種が尽きることはない。


 王都、そして「旅人の道」から東にまっすぐ進めば、何事もなく「回廊街道」と接続して、シートス村が近くにあるファスティラ城塞都市へと辿り着く。


 だが、その道中でその何事かに巻き込まれたルヴィアリーラとリリアは見事に、商隊へと偽装して襲いかかってきた盗賊の一団に、囲まれてしまったのである。


「へっへっへ……ここで出会ったのが運の尽きだったな、お嬢ちゃんたち、こいつの命が惜しけりゃあ、有り金置いて今すぐ武器を捨てな……!」

「ひっ……た、助け……」


 馬車の御者を人質に取り、その首筋にナイフを突きつけながら、盗賊団を率いていると思しき、商人風の格好をした男は下卑た笑いを上げた。


 周りには六名ほど、クロスボウを構えた仲間が控えていて、万が一にもルヴィアリーラとリリアを逃さないように控えている始末だ。


 恐らく、商隊への偽装といい、そしてクロスボウの先端から、ルヴィアリーラの嗅覚を刺激する香りは紛れもなく毒のそれである辺り、彼らは手練れなのだろう。


 ただ、相対した人物が悪いとしか言いようがなかった。


 今更盗賊団が六人という小規模で、人質をとっているとはいえ、このルヴィアリーラを包囲しようとは片腹痛い。


 ルヴィアリーラは無言でリリアに目配せをすると、僅か一秒足らずで虹の瞳が微かに煌き、周囲へ魔力の濃密な気配が満ちる。


「『光よ(Thunder)』!」


 そうして、詠唱を破棄しながらも、拡大・拡散した雷はリリアが構えていた樫の杖の先端から迸り、毒矢を携える五名の盗賊、その頭上へと雷鎚が降り注ぐ。


「詠唱破棄!? こいつ、まさか……」

「気をそらしたということはぁ! こちらにチャンスを譲ったのですわね!」


 そして、リリアが見せた離れ業に、手練れゆえに目を丸くしてしまったのが、盗賊団を率いる男にとって運の尽きだった。


 御者には悪いから目を瞑ってくれと祈りつつ、ルヴィアリーラは全力でバイタリティポーションを、目潰しを狙って、盗賊団の団長へと投擲する。


「ぐあっ!?」

「ポーションは、こう使う! そして……ちぇえええええすとおおおおおっ!」


 たまらず人質から手を離し、香辛料をたっぷりと含んだ液体を被ってしまった男へと、ルヴィアリーラは遠慮することなく助走をつけて、そして。


 放ったものは、全力の飛び蹴りだった。


 無防備にさらされた腹部に、鳩尾に叩き込まれる蹴りは、いかに筋肉という鎧を人間がデフォルトで持っていたとしても、ルヴィアリーラが鍛え上げたそれの前にはなんの意味もなさない。


 血反吐を吐いて倒れ込む男に、同情もしなければ、何か思いを寄せることなどもない。


 リリアが発動した、雷の初級魔法によって気絶している五人と合わせて荒縄でふん縛って、ルヴィアリーラは街道の外れへと六人の盗賊を蹴り飛ばす。


「恐らくこの近くなら官憲がすぐに回収してくれるはずですわ、これに懲りたら二度と悪事など働かぬようにすることですわね!」


 あーっはっは、と、ルヴィアリーラは決め台詞のように高笑いを上げるが、この戦いにおける最大の功労者はその陰で控えめにぱちぱちと拍手をしているリリアの方だ。


 こうして魔法の持つ力を思い知らされると、つくづく魔法師になれなかった自分を周囲が落ちこぼれと扱うわけだと、ルヴィアリーラは静かに苦笑する。


「リリア、貴女のおかげですわ」

「……えっ、えと、その……でも、わたし……」

「貴女はわたくしにない力を持っている。それは間違いなく誇るべきところでしてよ」


 謙遜というよりは自虐する癖がついてしまったリリアの頭をそっと撫でて、額に親愛のベーゼを寄せながら、ルヴィアリーラはそう言った。


 そこに嫉妬だとか羨望が含まれていないかと問われて、首を横に振ればそれは嘘になるのだろう。


 それでも、それ以上に、そんな素晴らしい力を持っているリリアが友人であることが、ルヴィアリーラにとっては頼もしく、誇らしいのだ。


「ルヴィアリーラ様……そ、その……」

「どうしまして、リリア?」

「……え、えと、いつも、ありがとう、ございます……えへへ、わたし……人に褒められたこと、なくて……」

「凄いことをしたら褒める! 当然のことですわ。さあ参りましょうリリア、そして御者のペーター! こんな盗賊如きで足を止めていては、わたくしの野望の実現が遅れてしまうのですわ!」


 リリアはずっと褒められなかったことが当たり前なのだろう。


 それでもルヴィアリーラにとっては、初めてポーションを作った時に父が褒めてくれたように、他人にもそうするのが当たり前なのだ。


 濃密な百合の花を咲かせながら、力強く宣言したルヴィアリーラは、豊かな胸を反らして、いつものように笑い声をあげる。


 私もですか、というペーターのどこか呆れたような、しかし、間違いなく彼女のおかげで命を拾えた感謝と安堵の混じった声も豪快に取り込んで、ルヴィアリーラは今日も高らかに笑い声をあげるのだった。


 自身の夢のために、そして親友であるリリアのために、そして。


 魔法が使えない自分に対する、精一杯の、強がりとして。

遅れて登場するチュートリアル盗賊団

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