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33.仮住まいは埃まみれなのですわ!

 ルヴィアリーラたちに仮住まい兼、仮のアトリエとして与えられたのは、王都ウェスタリアの城下町、そのメインストリートの片隅にひっそりと佇む建物だった。


 錬金術師のアトリエというのはこのウェスタリア神聖皇国にも昔は存在していた、というのが、スタークから聞いたことであり、ルヴィアリーラも、城塞都市ファスティラでユカリから聞き及んでいる。


 ただ、それが長いこと歴史上に名前を見せていない、というのは錬金術師に対する風当たりの強さもさながら、冒険者ギルドからの暖簾分け、その条件が難しいことも大きいだろう。


 ライズサン街区と呼ばれる、小綺麗な建物が立ち並んでいるメインストリートにおいて悪い意味で異彩を放っているそれを前にして、ルヴィアリーラはがくりと肩を落とす。


「これまた見事にアレなのですわね……」

「え、えへへ……その……なんていえば……」

「趣深いといえばそれっぽいですわ、ただまあ、言っちまえばボロっちいですわね」


 仮のアトリエは随分と年季の入った木造建築であり、窓は封鎖されていて、鍵だけはスタークから預かっているものの、中が壮絶に汚れていることは想像するに難くない。


 一応立地としては商店街が近く、そして井戸がアトリエのすぐそばにある、というのはルヴィアリーラとしても高得点だ。


「まあ、汚れているなら綺麗にすればいいだけの話ですわね! さっそく取り掛かるのでしてよ!」

「は、はい……ルヴィアリーラ様……!」


 夢への一歩をようやく踏み出したのだ。

 こんな、掃除ごときで心が折れていては錬金術師は務まらない。


 スタークから預かっていた鍵を扉に差し込んで、ルヴィアリーラはぎぎぎ、と軋みを立てるそれを解錠する。


 鍵が折れてしまわないか心配だったが、とりあえず開いたからヨシ、の精神で、ルヴィアリーラとリリアは埃まみれのアトリエへと足を踏み入れる。


「……けほっ、こほっ……」

「これは……どんだけ放置されてたんだって話ですの?」


 一歩歩くだけで埃が舞い上がる仮のアトリエは、そこに横たわっていた年月の重さと無情を感じさせるよりも先に、ただひたすら埃っぽかった。


 とりあえずはここを綺麗にしない限り、皇国依頼も何もあったものではないのだが、雑巾一枚でどうにかなる範疇ではないだろう。


 ルヴィアリーラは手持ちの残金を数えた上で、こくりと小さく頷いて決意する。


「掃除用具を買いに行きますわよ!」

「……け、けほっ……けほっ……わ、わたしも……それが、いいと思います……」


 これぐらい公費で落ちたりしないものかと、大分寂しくなった懐を見遣りながらルヴィアリーラは密かに肩を落とすが、公費というのは民たちの血税で捻出されるものだ。


 ならば、半人前かつ仮免許の錬金術師がアトリエを掃除するぐらい自費でやるのも当たり前の話だと、きっとクーデリアがいたら呆れていたのだろうと思って、ルヴィアリーラは苦笑する。


 リリアは埃っぽいのがどうにも苦手なようだから、床や壁の掃除は自分がやればいい──と、ルヴィアリーラが近くにある雑貨屋へ向かおうと踵を返した瞬間だった。


「あれ? 開かずの扉開いてんじゃん?」


 飴玉で作った鈴を鳴らしたような、あどけなさを残した甲高い声が、ルヴィアリーラとリリアの耳朶に触れる。


 その声を発した、ルヴィアリーラよりも青味が強い金髪の少女は、どこか興味深そうに小首を傾げると、大荷物を背負ったまま、ぱたぱたと駆け寄ってくる。


「げっほげほっ……うわ埃っぽ、この扉開けたのってねーちゃんたち?」

「ええ、一応ここでアトリエを開く許可をもらいましたの。わたくしはルヴィアリーラ、そしてこっちが親友のリリアですわ」


 咳き込みながらも問いかけてきた、見た目だけなら十二、三歳ぐらいに見える少女の耳は、ルヴィアリーラたちのそれよりも微かに尖った形状をしていた。


 ハーフエルフ。


 脳裏に過ぎる言葉を、ルヴィアリーラは喉元に押し留めて、キャスケットを被って悪戯っぽく笑う少女の瞳を覗きこむ。


「お、ルヴィアリーラのねーちゃんはハーフエルフ見るのは初めて? リンディベル・アルミルベル。長いからリィでいいよ」

「ではお言葉に甘えて、リィ。何をしているのです?」

「見ての通り行商だよ、リィたちみたいなのは肩身が狭いからねぃ……っと、それよりこの埃っぽいとこ、そのまんまにしとくわけじゃないっしょ? 雑巾とかモップなら安く売ったげるよ」


 リンディベル、もとい、リィ、と名乗ったハーフエルフの少女は背負っていた風呂敷包みを下ろすと、その中からモップや雑巾といった掃除用具を取り出して、ルヴィアリーラたちに提示してくる。


「ホントはこんぐらいのお値段だけど、珍しいもん見れた割引ってことで……全部で50プラムぐらいでいかがでしょ」

「それなら構いませんわ、お得ですわね!」


 流れるように営業トークを始めて、どことなく悪どい、しかしながら憎めないような笑顔を浮かべるリィに、指定通りの代金を支払って、ルヴィアリーラはいつものように得意げに豊かな胸を反らして高笑いを上げる。


 変わった人だなあ、と、リィはその様子に軽く呆れた様子を見せるが、変人というのは嫌いじゃない。

 むしろ見てて面白いなら大歓迎だ。


 きっちりと50プラムを受け取ったことを確認した上で、リィはそんな具合に口元を隠してほくそ笑む。


「貴女、口が上手いのに取引自体は公正ですのね。これらの品々、確かに受け取りましたが相場より大分安いですわよ?」

「おっと、ルヴィアリーラのねーちゃんは商売もいけるクチ? まあこの世界、信用第一ってことなんでさぁな、とりあえず今日は掃除用具だけでもありがたいんだけど、リィは行商として色々売ってるから、今後ともよろしくってことで」

「勉強代、ということですのね。わかりましたわ、今後も贔屓にさせていただきますわ、リィ」

「毎度あり……っと、そんじゃあね、ルヴィアリーラとリリアのねーちゃんたち」


 リィは風呂敷包を纏めると、行商人のメッカである、ライズサン街区から一本離れた商業通りへと向かっていく。


 ハーフエルフというのは、貴族たちの間からは忌み嫌われる種族である。


 と、いうのも、エルフ族自体が森の奥深くに引きこもって他種族と積極的に交流をしないために、彼らに対して「傲慢」というイメージを抱いている人間は意外と多いのだ。


 しかし、それが偏見であることは、リィを見れば分かるだろう。


 そんな逆境にも屈せず、性根たくましく生きているリィに、ルヴィアリーラは己の夢を重ね合わせて静かに闘志を燃やす。


「な、なんだか……嵐みたいな人、でしたね……」

「ええ、元気なのはいいことですわ!」


 エルフ族は自然の開発にあまり積極的ではないと聞くが、自然を侵さない形である程度文明を切り開いていけば、彼らとの円滑な交流だっていつかは望めるだろう。


 故に、皇国依頼はその第一歩だ。


 ふんす、と気合を入れて、井戸から水を汲み上げながら、ルヴィアリーラは夢へと向けての一歩を踏み出す。


「さあ、覚悟するのですわよ! 徹底的に綺麗にして差し上げますわ!」

「……え、えと、その、わたしも……!」

「それでこそですわ、リリア!」


 心が折れかけていなかったかといえば嘘になる。


 それでもリィとの出会いがあって、そしてリリアがそばにいてくれるからこそ、頑張れるのだ。


 だからこそルヴィアリーラは今日も精一杯に強がって、とりあえずはアトリエを綺麗にすべく、あーっはっは、と、高笑いを上げるのだった。

ハーフエルフの銭ゲバ行商人、襲来


【リンディベル・アルミルベル】……ハーフエルフの少女であり、長命なエルフ族とのハーフであることもあって外見年齢は十二、三歳ぐらいだが実年齢は不明。得物であるウォーハンマーを振り回して各地から珍しい素材などを手に入れたり、日用品を輸入して売り歩いたりしている行商人。

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[気になる点] 全話で気になってるけど、召喚聖女と結婚できる前婚約者の家ってこういう国難解決授賞式出るレベルじゃないの?それでゴリラに無反応はちょっと…
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