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28.都に厄の種は尽きまじ、なのですわ!

 リリアが招いた雷霆は、遺跡の壁と機兵の女王、その上半身を見事にぶち抜いて綺麗な円形の痕を災禍として刻んでいた。


 だが、幸運なのか不幸なのか、ルヴィアリーラが探知していた「強力な火の元素」の気配は未だに途絶えていない。


 そしてそれは、機兵の女王が座していた場所から遠く、部屋の隅にひっそりと忘れ去られて置き去りにされた、宝飾の施された箱から感じられた。


「宝箱……ですわね」

「は、はい……もしかして、その……」

「ええ、あの機械はこれを守っていたのやもしれませんわね」


 いかにも自分が宝箱です、と主張している色あせた金と赤のツートンカラーで飾り立てられたそれからリリアが感じられるものは、ルヴィアリーラと同じく強力な火の元素の気配だけだ。


 これが、開けた瞬間に盗掘者を焼き尽くすトラップである可能性は否定しきれるものではない。


 ただ、敵意らしきものや悪意らしきものが感じられないのは確かなことで、二人はそっと顔を見合わせると、一応とはいえルヴィアリーラがリリアを背後に退避させる形でその宝箱を開く。


「宝石、ですわね……」


 ルヴィアリーラが呟いた通り、宝箱の中に収められていたいたものは、彼女の瞳とよく似た輝きを宿す深紅の宝珠だった。


 魔術(スキル)を使わなくともわかる濃厚な火の気配は、宝石の形をした元素そのものとでもいうべきもので、何故こんなものがそれこそ個人の邸宅とでもいうべき場所に安置されていたのかどうかはわからない。


 ただ、これだけ大層な代物がこの遺跡における「宝」であったのなら、あの物騒な機械に護らせていた、というのも納得が行く。


 ルヴィアリーラはそんなことを頭の片隅で考えながら、「鑑定」のスキルを使ってその宝珠を覗き込んだ。


【素たる火の宝珠】

【品質:この世界に並ぶものはない】

【状態:極めて良い】

【備考:火の元素そのものともいうべき濃厚な力を感じる】


「これは……とんでもない代物ですわね」

「そ、そんなに、ですか……?」

「何故このようなものがこんな場所にあるのかはわかりませんが、それに……」


 ルヴィアリーラは吹き飛ばされていた星剣アルゴナウツを拾い上げると、空洞となっていたその鍔部分の中心に、そっと「素たる火の宝珠」を軽く乗せてみせる。


 偶然なのかそうでないのか、その空洞と宝珠の径は一致していて、まるで最初からここに収まるべきだとばかりに、押し込めばぴったりと嵌まりそうだ。


「この剣もよく考えたら謎が多いですわね」

「……え、えと、ルヴィアリーラ様……? もしかして……」

「ええ、わたくしこの剣についてほぼ何も知りませんの、ただ小さい頃に蔵で拾って、使いやすいからそのまま使ってただけですわ!」


 リリアからの問いかけに対して、何の自慢にもならないことを、得意げに豊かな胸を反らしながらルヴィアリーラは宣言してみせる。


 ただ実際、どれだけ雑に扱っても、そして鉄を切り裂くという離れ技を見せても刃こぼれ一つしないその刀身は、何か特別なマテリアルで構成されているのかもしれない。


「……え、えと……鑑定、しますか……?」

「ん……したいなら止めはしませんけれど、何もわかりませんわよ?」


 ルヴィアリーラも実際、それを不審に思わなかったわけではなかった。


 父であったプランバンが「重くて使い物にならない」と評していたそれが何故か、ルヴィアリーラには羽根のように軽く感じられたのもさながら、どれだけ雑に扱っても傷まない剣なんて、マジックアイテムの類に違いはない。


 だが、どれだけ鑑定をしたとしても、名前と切れ味がいいことぐらいしか、ルヴィアリーラにはわからなかったのだ。


 お手上げとばかりに肩を竦めて小首を傾げるルヴィアリーラの言葉に、意を決したようにリリアは樫の杖を掲げて、「鑑識測定」の魔法を起動させる。


【星剣アルゴナウツ】

【品質:この世に二つとない】

【状態:極めて良い】

【備考:鍔の中心に空いた穴には何かが収まりそうだ】


 杖の先から出現した、水の鏡に映し出されるその鑑定結果は、ルヴィアリーラが魔術で代替したものと、概ね変わらなかった。


「……た、確かに……何も、わからないみたいですね……」

「一応この宝珠が収まるようですから、試してみますわ」


 リリアが苦笑と共に肩を落としたのを慰めるようにそっとルヴィアリーラは銀の髪を撫でながら、ぱちり、と、左の指で載せていただけの宝珠をその空洞へと嵌め込んだ。


 ──瞬間、火の元素が周囲を満たしていくような感覚が、強い視界の揺らぎと共にルヴィアリーラとリリアの脳裏を過ぎる。


「わ、わわ……これって……」

「……もしかして、この剣に欠けていた部品だったりしますの……?」


 燃え盛る炎のような気配に包まれた星剣アルゴナウツからは、ルヴィアリーラの脳裏にその元素が持つ素たる所以と、そして剣が訴えかけてくる情報が雪崩れ込んできた。


 そこに星剣アルゴナウツの出自は含まれていないものの、この「素たる火の宝珠」が剣にとって必要なものであること、そして。


「……『照らせ』、星剣アルゴナウツ・スカーレット!」


 脳裏に直感として浮かんだその言葉を唱えると同時にルヴィアリーラの意識は濃厚な火の元素に支配され、そして噴き上がる清らな炎がリリアの視界を白に染め上げていく。


 この剣がどこからきたのかはわからない。


 だが、どこへ行くべきかを照らすものとして火の元素はルヴィアリーラを導かんとしていた。


「……これが、火の……わたくしの、行き、先……?」


 それでも、その開闢から連なる無数の声なき言葉たちは、いかにルヴィアリーラほどの錬金術師であっても一息に受け止められるものではない。


 あまりの情報量にふらりと気を失って倒れ込んでいくルヴィアリーラを慌てて抱きかかえながら、リリアは自身が招来した雷霆にも匹敵するその力に戦慄する。


(強い、力……)


 奇しくもそれは、リリア自身にも突き付けられる問いかけでもあった。


 国を一つひっくり返すことだって容易い力を手にして、何を為すのか。


 そして力を行使する結果として何を成すのか。


 その全てがこの両手に委ねられているという重さに、リリアは頽れてしまいそうになる。


 ──それでも。


「……わたしは……わたしの全部を、ルヴィアリーラ様にあげます……」


 リリアにとってはそれが全てだった。


 もしもルヴィアリーラが世界への復讐を企てるなら、その罪業だって共に抱えるつもりだし、翻意せずに人々のためにいつも通りアトリエの建設を目指すのならば、その手伝いをする。


 故郷の家族だった人間や、自分をいたぶってきた人間が憎くないかと聞かれて首を横に振ったのならそれは嘘になるだろう。


 リリアは、自分の中に復讐心のようなものがあることを認めていた。


 だが、ルヴィアリーラはきっとそれを望んでいないし、彼女に「復讐がしたい」と告げればすぐに平手が飛んでくるであろうこともわかっている。


 確かに家族が憎いとリリアは思う。


 自分が不幸な目に遭わされてきた傍で睦まじく愛を囁き合って、次の子供に期待するということを、自分は捨てられる定めにあることを堂々と告げてきた家族に、思うところは沢山ある。


 ──だとしても。


「……わたしは……ルヴィアリーラ様に、出会えましたから……」


 きっと、それ以上を望むのは贅沢だから。


 それ以上の幸せなんて、この世には存在しないから。


 リリアは小さくそう呟いて、ルヴィアリーラが気を失っていることを確認すると、頬を真っ赤に染めながらも、自分がしてもらったようにその額へと親愛を示す口づけを落とす。


 多分、ルヴィアリーラは違うと否定するのだろうけれど、虚無の闇から自分を救い出してくれた彼女は。


 そして、電磁砲が齎した死の恐怖からも自分を助けてくれた彼女は、リリアにとっては間違いなく、勇者であったのだ。





◇◆◇





「お疲れ様です、ルヴィアリーラさん、リリアさん……その様子だと、また何かあったんですか?」


 冒険者ギルドの併設酒場は、今日も賑わいに満ち溢れている。


 その喧騒から切り離されたかのように、カウンターに頬杖をついて腰掛けていたユカリは、どことなく仏頂面なルヴィアリーラと、そしていつも通りフードを目深にかぶってその後ろでおどおどしているリリアを見遣って、ばつが悪そうに肩を竦めた。


「またですわよ、ケーニギンアルマがいるとか、わたくし聞いておりませんことよ?」

「……それは……なんというか、災難でしたね。こちらとしても情報の裏取りが甘かったので、アレクセイさんにはその旨を伝えておきます。しかし無事のご帰還、おめでとうございます。それは何よりです」

「まあ結果オーライですわね、ところで言われた通りガラクタは大量に集めてきましてよ」

「ガラクタ……まあそうですね、ええと……ロイドさん!」


 仏頂面になりながらもいつも通りの強がりで胸を反らしてみせるルヴィアリーラがぶっきらぼうに放ったガラクタという単語に苦笑しつつも、ユカリは近くの席に腰掛けていた、茶髪を逆立ててバンダナを巻いた職人風の青年へと声をかける。


「おっ、そいつらが例の冒険者ってことか?」

「はい、今回はケーニギンアルマの素材も混ざってますので、インゴット造りには役立つと思います」

「そいつぁいいな! んで、あんたが……」

「わたくしはルヴィアリーラ、そしてこっちが親友のリリアですわ。ええと……ロイドさん、でしたわね」

「おう、オレはロイド・アイゼンブルク! 王都で鍛冶屋やってるんだ、あんたも剣士なんだろ? なんかメンテが必要だったらいつでも王都に来てくれよな!」


 やけに陽気な職人風の青年──ロイドはにかっと爽やかに白い歯を見せながらそう笑った。


 鍛冶屋であればこの城塞都市ファスティラにも存在しているのだが、しれっと自分の店を売り込んでいる辺りやはりというかなんというか、ロイドもまた商人なのだな、と、ルヴィアリーラは得心する。


 ウェスタリア神聖皇国が推し進めているのであろう魔剣の量産計画について、ルヴィアリーラは、あまりいい思いをしていなかった。


 それでもこのロイドという青年は、どこかで信頼できると、万能ポーチから取り出した魔導部品をせっせと袋に詰め込んでいく背中を見つめながら、そんなことを望洋と考える。


「その魔導部品、インゴットにしてどういたしますの?」


 だからこそ、ルヴィアリーラは無意識にその問いを口ずさんでいたのかもしれない。


「えっと……その、なんだ、すまん!」


 パーツを品定めしつつ袋詰めしていたロイドは手を止めると、しばらく考え込むような仕草を見せて、ぱん、と両手を合わせて頭を下げた。


「すまない、とは?」

「まあなんていうか……察してくれると助かるんだけどな、大人の事情ってやつだよ。ただあんたが考えてそうなことの他にも、日用品の研究とか、そういうことにも使われてる……ってぐらいは喋って構わないんだよな、ギルドマスター?」

「喋ってから訊かれましても……まあ事実ですよルヴィアリーラさん、鍋とかスプーンとか、そういうものにもインゴットは回されます」

「……正直、釈然とはしませんが、民のために役立つのであれば良しといたしましょう」


 遥か古の機械文明時代には、鍋や包丁といった調理品や、スプーンやフォークといった食器類にも、マナウェア加工が施されていたと、ルヴィアリーラは文献で読んだことがある。


 何も戦うために技術が費やされることは必ずしも間違っている、とは言い難いのだが、ルヴィアリーラの信条が「技術は民のために」というものだ。


 そして、ルヴィアリーラは信念を決して曲げないから相容れない。


 要は、それだけの話だった。


「そうしてくれると助かるよ、そんじゃオレは王都に戻るから、ルヴィアリーラと……リリアだったな、フォークとかスプーンとかにも困ったら是非とも『アイゼン・ワークス』を訪ねてくれよな!」


 袋いっぱいに魔導部品を詰め込んだロイドは親指を立てて、冒険者ギルドの併設酒場を後にしていく。


 それはそれとして、やっぱり彼という個人が憎めないのは確かだ。


 ルヴィアリーラはその背中と、陽気な笑顔にどこか絆されていることを自覚しながらも小さく苦笑する。


 そして傍に控えていたリリアが微かに頬を膨らませた、その瞬間だった。


「た、大変だ! ギルドマスター! 王都からの緊急依頼だ!」


 ちょうど、酒場を出て行ったロイドと入れ替わる形で扉を勢いよく開け放った職員の青年が、足元を滑らせて派手に転倒しながらも、文字通りに、動転した様子でそう叫ぶ。


 王都からの緊急依頼。


 その言葉にユカリは微かに顔をしかめて、新たな厄ネタが降りかかってきたことに、そっと胃を痛めるのだった。

偶然の厄災は突然に


【ロイド・アイゼンブルク】……王都の中でも随一の腕利きである鍛治職人であり、オーダーメイドの製作から大量生産品の安定供給までなんでもござれといった腕前は皇国からも重宝されており、現在は失われた技術であるマナウェア加工の施された金属による完成品──主に魔剣を何とか作らないかと苦心している。だが彼個人としては魔剣よりも、マナウェア加工が施された鍋など日用品方面への関心が強い。

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