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26.佇むは宿主、機兵の女王なのですわ!

「しかし邸宅というだけあって、インゴット作りに役立ちそうなものは特にありませんわね」

「……絵画とか、美術品とか……そういうのは、ありますけど……」

「法的に所有権がわたくしたちに認められるとはいえ、あまりそういったものをいただいていくのも、なんだか気が引けるのですわ……」


 遺跡であり廃屋と化した寂然の宿を探索しながら、ルヴィアリーラとリリアはそんな他愛もない言葉を交わしていた。


 ルヴィアリーラは拾得物を押収するのに忌避感こそ抱いていたものの、法的に問題がない上にアトリエを開業するためには資金が必要なのだ。


 だから、涙を呑んで使えるものは使うの精神で拾っていく他にない。


 ──しかし、その考えは、冒険者として極めて甘い。


 と、普通なら嬉々として拾い集めているであろうそれらをため息混じりに壁から取り外したり、形の残ったものを、棚から取り出したりしている彼女を見れば、クーデリアはさぞかし怒ったことだろう。


 美術品や調度品が寂れて消えていくよりは誰かが改修して然るべき場所に持っていった方が結果的には良い。


 それはルヴィアリーラも理解はしているのだが、どうにも納得がいかないだけだ。


「しかしこれが冒険者、一々動揺していては前に進めないのですわね……」

「……そ、その……多分……」


 その点において、リリアは絵画であったり陶磁器であったりを拾い集めることに大して忌避感を持っていなかった。


 それは、いってしまえば育ちの違いだ。


 ルヴィアリーラが葛藤しているのだから自らも少しは思い悩むべきなのかとリリアもリリアで彼女なりに思うところは持っている。


 ただ、拾うことが規則や法律で認められていて、高値で売れるものが手に入るならそれはルヴィアリーラの夢にとって寄与することになるのではないかとも考えていた。


 そのため、どうして彼女が悩んでいるのか、リリアにはわからなかったのだ。


(……わたしは、知らない……)


 リリアはどこか憂鬱そうなルヴィアリーラを横目で見遣りながら、声には出さずに、そう呟く。


 そうだ。自分は彼女に拾われただけで、どうして旅をしているのかだとか、そういう踏み入ったことについては何も尋ねていない。


 だがそれは、自分の過去について尋ねられる覚悟を持っていなければできないことでもあると、リリアにもそれぐらいはわかっていた。


 それでも。


 それでも、自分は知らないということだけで息苦しさにも似たものを覚えて、苦しいはずなのに、知りたいと願う、底知れない深淵に潜っていくような自傷行為にも似たことを望んでいる。


 どうしてなのかはわからない。


 ただ、知らないというだけでも、知りたいというだけでも息が詰まって、泣いてしまいそうになるのだ。


 リリアは眦に滲んでいた涙をごしごしと拭いながら、アクセサリー類のような拾い物をポーチに詰めていく。


 そうして一望した邸宅のエントランスは、その中心から階段が伸びているのと壊れ、風化した調度品が並んでいること以外は、確かに標準的な屋敷の造りと変わりない。


 リリアが覚えている微かな記憶と照らし合わせても、外観の建築様式は違えど、内装のレイアウトは概ね変わっていなかった。


 ならば。


「……そ、その……えと……ルヴィアリーラ、様……」

「ん? どうしまして、リリア?」

「……え、えと……ここの構造って、普通のお屋敷と……その……変わらない、ので……何かがあるなら、その……」

「……よくぞ見抜きましたわね、リリア。恐らく会食場ですわ」


 一応、階段を登った先にあるはずであろう家主の寝室や自室も重要な場所であるはずだが、二階へと続くそれは破壊と腐食、風化によって半ばで途絶えている。


 そういった事情も加味するなら、探索すべきはやはり応接間ともなる会食場だろう。


 ルヴィアリーラから太鼓判を押されたことで張り切ったリリアは、樫の杖を握って、神々の法へと連なるルートパスを魔力によって開通させた。


「『探せ(Search)』……!」


 魔力探知の簡単な魔法を起動させたリリアの脳裏に、屋敷全体の簡易的な構造図と、そしてトラップの有無などが、魔力の輪郭を持ってなだれ込んでくる。


 魔力探知は本来、周囲で最も強い自分たち以外の魔力を探し出すために用いられる魔法なのだが、詠唱を破棄して、リリアの作動させたそれは、最早、構造解析の域にも至っていた。


「どうですの、リリア?」

「……え、えと……多分、当たり……? 外れ……? そ、その……わからないです、けど……とっても強い魔力反応が、二つ……」


 ルヴィアリーラの問いかけに答えて、すっ、と、リリアが指し示した先には、推定会食場である部屋に連なる扉がある。


 ここが単純な年月により風化したわけではない、というのは調度品類の壊れ方から推察できたが、それは恐らく魔物がどこかから侵入して、あのガーディアンに撃退されたりとか、そういった理由なのだろうとルヴィアリーラは推測していた。


 だが、強い魔力反応がある、となると話は違ってくる。


「……ここの家主、何かを明確に残しましたの?」


 ただの金満で、あのトループアルマ四機よりも強力なガーディアンを、家主が雇い入れた可能性は否定できない。


 だが、守護者が必要になる状況というのは、得てして何かの脅威に晒されている時だ。


 そして、ルヴィアリーラの推測が正しければ、恐らくリリアが解析した魔力反応のうち一つは当たりで、一つは外れ、ということになるのだろう。


「何かを……?」

「ええ、極めて強い強い火の元素の気配を感じますわ、それもあの会食場から」


 リリアの問いかけを首肯し、ルヴィアリーラは自身の豊かな胸を持ち上げるように腕を組んでむむむ、と小さく唸る。


 とはいえ、行かなければわからないのであれば、行くしかないのだろう。


 万が一の時のために用意していた「切り札」が万能ポーチの中に収納されていることを確かめつつ、ルヴィアリーラは小さく息を吸い込んで乱れた呼吸を整えた。


「さて……虎穴に入らずんばなんとやら! では参りますわよ、リリア。準備はよろしくて?」

「……は、はい……!」

「その意気ですわ! 頼りにしておりますわよ!」


 ぎゅっ、と細いリリアの身体を抱きしめて、親愛のベーゼを額に落としながらルヴィアリーラはそっと微笑む。


 だが、その手が微妙に震えていることにリリアは気付いていた。


 そしてきっと、あの会食場には豪胆なルヴィアリーラがそうでもしなければ勝つことのできない何かが待ち受けているのだろう。


 祈る先など考えていないし持ち合わせてもいない。


 それでも。それでも、どうかルヴィアリーラ様をお守りください、と、リリアは天に祈りを懸けながら、会食場への扉を開くルヴィアリーラの半歩後ろで、きゅっ、と静かに目を瞑るのだった。




◇◆◇




 そこに待ち受けていたのは、一目で見て「ヤバい」とわかるような代物だった。


 先ほど相対したトループアルマ四機を一纏めにしたらこうなる、といった具合の巨体に、大量の砲身と機銃を備えたその個体は、「ケーニギンアルマ」は、静かに、円卓や椅子といった本来必要なものが取り払われた会食場に佇んでいた。


 だが、侵入者を感知して目覚めないならば守護者の名折れだ。


 扉が開く微かな音を検知したケーニギンアルマは、スリープモードに設定していた全ての機能をアクティブに切り替えて、音の発生した方向およびそこにある熱源、魔力についての探知を開始する。


『相対目標……推定、人間二人。規格外魔力反応を感知……警告なしでの殲滅に移行します』

「来ますわよ、リリア!」

「……『風よ(Wind Field)』!」


 いきなり警告抜きで敵がぶっ放してきた機銃掃射は、トループアルマ四機分どころの話ではなかった。


 瞬時にリリアが展開した「風防障壁」の魔法がなければ、ルヴィアリーラたちは一秒も経たないうちにミンチよりもひどいことになっていただろう。


「あーっはっは、よくぞやってくれましたわね! こいつは……お返しですわぁっ!」


 四倍には四倍をぶつければいい。


 その未来を想像して背筋に怖気が走るのを認めながらも、ルヴィアリーラはその恐れを踏み倒すかのように高笑いを上げて、四本の火炎筒を万能ポーチの中から取り出し、即座に投擲する。


 機銃掃射に阻まれて何個か空振りしようが、爆発してくれるのであればなんでもいい。


 四本放った内の三本は確かに撃墜されたが、一本はその規格外の爆発をもって、ケーニギンアルマの正面装甲を大きく抉る。


『相対目標への危険度を修正、優先的な砲撃を──』

「させないと! 言いましたわぁっ!」


 言っていない。


 だが、それでもルヴィアリーラは、勢いに乗って押し切るような形で「躯体強化(ブーストアップ)」の魔術を自らにかける。


 そうして、クロスレンジに飛び込んで、先ほどとは異なる大上段の構えでそのままケーニギンアルマとの距離を詰めていく。


「ちぇええええすとおおおおおっ!!!」


 ちぇすと。それは知恵を捨て、己の恐れを踏み倒す魔法の言葉。


 故にこそルヴィアリーラは咆哮し、果敢に機兵の女王へと全力で斬りかかっていく。


 爆発が抉った正面装甲であれば、全力をかけた一撃でダメージを与えることは容易い。


 実際にルヴィアリーラが推測した通り、ケーニギンアルマは振り下ろされた一太刀の衝撃によって仰け反り、大きく体勢を崩していた。


 だが、厄介なことが一つだけある。


「……っ……!」

「ルヴィアリーラ様……っ!」


 機械というのは、痛みを感じなければ、そこに涙を流すこともなく、例え自らの腕がもげようが、致命の一撃を受けようが、メインモニターがやられようが、動力炉さえ生きていれば、稼働を続けるのだ。


 ノックバックを利用した機銃掃射に「風防障壁」を削られながら、ルヴィアリーラは小さく舌打ちをする。


 とはいえこいつも──この静寂と風化を待つ茫漠だけが泊まる宿の主も、攻撃が通用しない相手では断じてない。


「このルヴィアリーラ……退くことなどありませんことよ!」


 ならばこの戦いの趨勢は、こいつに大砲を、大技を撃たせないこと、ただそれだけにかかっている。


 ルヴィアリーラはそれを踏まえ、敢えて自らに注意を向けるように剣を掲げた。


 そして、その切っ先を魔導機械の女王へと向けて、叩きつける白手袋の代わりだとばかりに、高らかに宣言するのだった。

相対的悪役令嬢改め爆薬令嬢


【ケーニギンアルマ】……機械文明時代に量産されていた「アルマ」シリーズの上位個体であり、その戦力は一機でトループアルマ四機から五機以上に匹敵するという機械の女王。本来であれば絶え間なく降り注ぐ機銃掃射や一撃でも直撃を受ければ瀕死どころか最悪死ぬ大砲を四門備えるそれは、間違ってもDランク冒険者が相手するような敵ではない。

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