「独り言が気味悪い」と婚約破棄されましたが、話し相手は国宝級の聖具でした。
【短編】「独り言が気味悪い」と婚約破棄されましたが、話し相手は国宝級の聖具でした。 〜無口な辺境伯に嫁いだら、愛剣が「ご主人様、君のこと超好きだって!」と通訳してくるので溺愛がバレバレです〜
本作は短編です。 連載版は作者ページかシリーズから。
煌びやかなシャンデリアが輝き、楽団が優雅なワルツを奏でる王立学園の卒業パーティー。
その華やかな会場で、音楽を断ち切るような怒声が響き渡った。
「コーデリア・シルヴィス! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
声の主は、この国の第二王子であり、私の婚約者であるレイモンド殿下だ。
彼は金髪を揺らし、侮蔑と優越感が入り混じった瞳で私を見下ろしている。その腕には、私の義妹であり、最近「聖女見習い」として神殿入りしたミナが、怯えた小動物のようにしがみついていた。
周囲の貴族たちがざわめき、扇子で口元を隠しながらこちらを嘲笑っているのがわかる。
「理由はわかっているな? 貴様のその『奇行』には、もう我慢ならんのだ!」
レイモンド殿下が、まるで汚いものを見るかのように私を指差す。
「壁に向かってブツブツ話しかけたり、ただの古びた剣に挨拶したり……挙句の果てには、王家の宝物庫の前で一人高笑いをしていただろう! 気味が悪いにも程がある! 次期王妃が狂人だなどと、国の恥以外の何物でもない!」
私は、扇子の影で小さく溜息をついた。
奇行。ああ、またそのお話ですか。
私は狂人ではない。ただ、少しばかり耳が良いだけなのだ。
この世界に存在する魔道具や、精霊が宿る武具、歴史ある建物には「意志」がある。私には、彼らの声が聞こえてしまう。
例えば、今この会場の天井を飾る、豪華なクリスタルのシャンデリアだってそうだ。
『あー、重い。マジで重い。鎖の三番目の金具、錆びてきてるんですけど。掃除サボったの誰だよ、埃で目が痛いんだけど。ていうか、あの王子声デカすぎない? 共振してキーンってなるわ。わざと頭の上に落ちてやろうか?』
――などと、さきほどから低音ボイスでボヤき続けている。
だから私はいつも、彼らの愚痴を聞いて宥めたり、「金具が傷みそうですから、点検なさってはいかが?」と遠回しに使用人に伝えたりして、事故を未然に防いできたのだが……。
普通の人には聞こえないため、私はただの「独り言が多い不気味な女」として扱われてきた。
「申し訳ありません、殿下。ですが、宝物庫の前で笑っていたのは、建国の聖剣が『今の王様のカツラ、右に三センチずれてたの見た? 威厳もへったくれもないね、超ウケる』と申しますものですから、つい」
「嘘をつくな!!」
私のささやかな弁明は、殿下の烈火のごとき怒りによって遮られた。
「聖剣が喋るわけがあるか! この虚言癖め! ミナの爪の垢でも煎じて飲むがいい。彼女は清らかで、常に私を敬い、あまつさえ私の剣の手入れまで甲斐甲斐しく行ってくれているのだぞ!」
殿下が腰に下げた剣の柄を撫でる。
その剣――王家の宝剣『レオハルト』は、鞘の中でげんなりとした声を上げていた。
『いや、聖女ちゃんが塗ったの、ただのサラダ油だからね? ベタベタして気持ち悪いんだよ。コーデリアちゃんが塗ってくれてた最高級の聖油返してほしいわ。あとこの王子、俺のこと「ただの飾り」だと思って素振りもしないから、もう身体が鈍っちゃって。早く主替えしてぇなぁ……』
ご愁傷様です、レオハルト様。
私は心の中で宝剣に合掌した。どうやら王家の武具たちは、すでにレイモンド殿下に愛想を尽かしているらしい。
「貴様のような魔女は、王都から追放だ! 北の果て、極寒の地に城を構える”呪われた沈黙の辺境伯”ジークハルト・オルステッド卿のもとへ嫁ぐがいい!」
その宣告に、会場から「ひっ」と短い悲鳴が上がった。
ジークハルト・オルステッド。
北の国境を守る武門の長でありながら、「目が合うだけで人を石にする」「一言も喋らずに敵を惨殺する」「生き血を啜る」と噂される、もっとも恐ろしい辺境伯だ。
追放という名の、事実上の生贄である。
「……承知いたしました」
私は静かにカーテシーをした。
弁解する気も、縋る気も起きなかった。だって、私の耳にはもう聞こえてしまっているのだから。
『あーあ、行っちゃうの? コーデリアちゃんがいなくなったら、誰が俺たちの手入れしてくれるの?』
『もう知らない。俺、結界維持するのやーめた。明日からストライキするわ』
『じゃあ俺も。王子の剣、次の演習で折れてやる』
『この城の配管、全部詰まらせてやるからな』
王宮中の魔道具や武具たちが、一斉にブーイングを上げているのが。
私が毎日彼らの声を聞き、魔力を通して「ご機嫌取り(メンテナンス)」をしていたからこそ、この国の防衛機能やインフラは保たれていたのに。
まあ、私を捨てたのですから、あとは自力で頑張ってくださいませ。
「それでは殿下、ミナ。お幸せに」
私は背筋を伸ばし、一度も振り返ることなく会場を後にした。
背後でシャンデリアが『あー、もう限界。ネジ一本外しまーす』と呟き、直後にガシャン! という金属音と、令嬢たちの悲鳴が聞こえたけれど……私にはもう関係のないことだ。
◇
北への旅路は過酷だった。
王都を出て一週間。景色は豊かな緑から、荒涼とした岩肌と、白く凍てつく雪原へと変わっていった。
御者は「こんな呪われた土地に行きたくねぇ」と露骨に不機嫌だったけれど、馬車自体はとても協力的だった。
『お嬢ちゃん、寒くないかい? ここのサスペンション、もうガタが来てるけど、気合で揺らさないように頑張るぜ!』
『車輪の俺も任せとけ! 凍った道でも滑らないようにグリップ効かせてやるからよ!』
おかげで私は、船酔いならぬ馬車酔いすることもなく、快適に読書をして過ごすことができた。
そして到着した、オルステッド辺境伯領。
雪深い針葉樹の森を抜けた先に、その城はあった。
断崖の上にそびえ立つ、黒曜石で作られた巨大な城郭。空は分厚い鉛色の雲に覆われ、吹雪が城壁を叩きつけている。
見るからに禍々しい。魔王城と言われても信じてしまう威容だ。
「つ、着きましたぜ……荷物を下ろしたら、俺はすぐに帰らせてもらいますからね!」
御者は私とトランクを雪の上に放り出すと、逃げるように馬車を走らせて去っていった。
残されたのは、私とトランク一つ。そして、頬を刺すような冷気。
「……さて」
私は城を見上げた。
噂では、この城に入った者は二度と出てこられないとか、城内には無念の死を遂げた亡霊が彷徨っているとか言われているけれど。
『うおおおおお! 来た! 来たぞおおお!』
『女の子だ! 新しいお嫁さんだ! 柔らかそう!』
『やべえ、エントランスの掃除まだ終わってない! ルンバ(自走式掃除魔道具)もっと気合入れろ!』
『おい誰か! 玄関マットの位置が三ミリずれてるぞ! 直せ直せ!』
『お客様用スリッパあっためておけ!』
……ものすごく、騒がしかった。
歓迎ムード一色である。
私はくすりと笑い、凍りついた重厚な扉に手をかけた。
「お邪魔いたします」
ギギギ、と重い音を立てて扉が開く。
エントランスホールは薄暗かったが、暖炉には火が入り、床の大理石はピカピカに磨き上げられていた。
そして、その奥。
玉座のような椅子に、一人の男性が座っていた。
漆黒の軍服に身を包んだ、長身の美丈夫。
月光を織り込んだような銀色の髪に、万年雪のように冷ややかな青い瞳。
彼こそが”沈黙の辺境伯”ジークハルト・オルステッド様だ。
彼は私の姿を認めると、ゆっくりと立ち上がった。その身長は優に一九〇センチはあるだろうか。圧倒的な威圧感。
彼は無言のまま、私を見下ろした。
「…………」
怖い。
普通なら、その眼力だけで失禁しそうなほどの冷徹な視線だ。
部屋の空気が張り詰め、ピリピリとした緊張感が肌を刺す。
彼が口を開こうとした、その時だった。
『キターーーーーーー!! 本物だ! マジだ! 釣書より実物の方が百倍可愛いじゃねーか! どうしよう、俺、今日のために鞘のワックスがけ三回もしたけど、テカりすぎてキモくないかな!? てかご主人様、ネクタイ曲がってない!? 大丈夫!?』
――え?
私は思わず、キョロキョロと周囲を見回した。
声の主は、ジークハルト様の腰に差さっている、禍々しい装飾の『魔剣』だった。
刀身からは紫色のオーラが漏れ出ていて、いかにも「呪われてます」という風貌なのだが、声のテンションが異常に高い。
『うわあ、目が合った! 今俺を見たよな!? 可愛い! 瞳が宝石みたい! やべえ、ご主人様がガチガチに固まってる! 顔怖いよご主人様! もっと笑って! 口角上げて! あーダメだ、緊張しすぎて表情筋死んでるぅぅぅ!』
魔剣がギャーギャーと脳内に直接響く声で騒いでいる。
ジークハルト様は眉間に深い皺を寄せ、凍えるような低い声で、一言だけ発した。
「……帰れ」
冷徹な拒絶。
空間ごと断ち切るような、有無を言わせぬ一言だった。
やはり、噂通り私は歓迎されていないのだろうか。
ショックを受けかけた、その時。魔剣が絶叫した。
『違うだろおおおおお!! 何言ってんだご主人様ァ! そこは! 「ここは寒くて何もない場所だから、君のような華やかな女性には相応しくない。これ以上君が不幸になる前に、どうか温かい故郷へ帰って幸せになってほしい」っていう長文の気遣いだろうが! コミュ障こじらせすぎて、脳内編集の結果「帰れ」の二文字になっちゃってるよおおお!』
「……え?」
私は思わず、ジークハルト様の顔を凝視した。
氷の彫像のような無表情。しかし、よーく見ると、銀髪の間から覗く耳が真っ赤に染まっている。
そして、わずかに指先が震えていた。
『やっちまった……って顔してるよ! 心の中で土下座してるよ! 「終わった、嫌われた、死にたい」ってメンタル崩壊してるよ! この人、見た目は魔王だけど中身はピュアな子犬なんだよ! 誰か! 誰かこの不器用な男の言葉を通訳してくれえええ!』
なるほど。
”沈黙の辺境伯”の正体は、冷酷な殺人鬼などではなく、ただの極度の口下手で、人見知りで、とてつもなく不器用な方だったらしい。
私は、可笑しさを噛み殺しながら、震えるジークハルト様に一歩近づいた。
そして、にっこりと微笑んで問いかける。
「あの、ジークハルト様。もしかして、『ここは寒くて不便な場所だから、私のような者がいたら風邪を引いてしまう。だから私の身を案じて、帰したほうがいい』とおっしゃりたいのですか?」
ジークハルト様の青い瞳が、カッと見開かれた。
そして、コクコクコクッ! と、残像が見えるほどの速度で頷いた。
『えっ!? 通じた!? なんで!? ご主人様の超圧縮言語が通じるエスパーなのこの子!? 運命じゃん! 女神じゃん!』
魔剣が盛り上がっている。
私はクスクスと笑い、彼の冷たく大きな手を取った。
「ふふ、ご配慮ありがとうございます。でも、帰りませんわ。だってこのお城、とっても賑やかで楽しそうですもの」
『は……?』
ジークハルト様が、ポカンと口を開けた。
私は彼の手をギュッと握り返す。
「それに、旦那様がこんなにお優しい方だと知ってしまいましたから。これからどうぞ、よろしくお願いいたしますね?」
私がそう言うと、ジークハルト様の顔が、耳だけでなく首筋まで真っ赤に染まった。
彼は何かを言おうと口をパクパクさせたが、結局言葉にはならず、ただ潤んだ瞳で私を見つめ返し、強く私の手を握り返してくれた。
『うわあああん! 天使だ! ご主人様、聞いた!? 天使が嫁に来たよ! 神様ありがとう!』
『よかったなジーク!』
『おめでとう! 今日はお祝いだ!』
『シャンパン抜け! 暖炉の火をもっと強くしろ!』
魔剣だけでなく、床の絨毯や壁の燭台、窓枠に至るまでが祝福の声を上げ始めた。
どうやら私の新生活は、退屈することはなさそうだ。
◇
それから一ヶ月後。
私はオルステッド辺境伯家で、それはそれは快適な日々を送っていた。
「コーデリア、その……茶を」
「はい、食後のお茶ですね。今日は寒いですから、生姜を入れた紅茶にしましょうか。少し蜂蜜も足して」
「…………(コクコク)」
ジークハルト様は相変わらず無口だが、彼の愛剣『グラム』さん(魔剣の名前だと判明した)が、彼の思考を全て実況中継してくれるので、意思疎通に全く問題はない。
『あー、今日のコーデリアちゃんも可愛いなぁ。髪結い変えた? そのリボン、俺が初任給で必死に選んでプレゼントしたやつだ。似合ってる。世界一可愛い。好きだ。尊い。拝みたい。あ、笑顔が眩しい。浄化される……』
という旦那様のダダ漏れの心の声を、グラムさんが大音量で垂れ流すので、こちらが赤面してしまうのが難点だが。
私がジークハルト様の「通訳」として寄り添うようになってから、領地の経営もスムーズになり、領民たちからも「奥方様のおかげで閣下の優しさがわかった」「あんなに笑う方だとは思わなかった」と感謝されている。
魔剣グラムさんともすっかり仲良くなり、彼(?)を通して城内の設備メンテナンスも完璧だ。
「ジークハルト様、グラムさんが『そろそろ研いでくれないと刃こぼれしそう』と言っていますわ」
「……む。すまない」
『うおおお! コーデリアちゃんナイス! ご主人様、優しくお手入れしてね!』
平和だ。
一方その頃。私が去った王都は、大変なことになっているらしい。
風の噂(というか、渡り鳥の精霊たちの井戸端会議)によると、王城では次々と怪奇現象とトラブルが起きているそうだ。
宝物庫の聖剣が「コーデリアちゃんいないなら仕事しなーい」と結界維持を放棄し、王都の防衛システムがダウン。
王子の愛剣レオハルト様が「お前みたいな見る目ない主人は嫌だ」と鞘から抜けなくなり、訓練中に王子がすっ転んで恥をかいたとか。
極め付けは、あの卒業パーティーの会場だったホールのシャンデリアだ。
レイモンド殿下と聖女ミナの婚約発表の最中に、『やってられっか!』と叫んで落下したらしい。幸い、怪我人は出なかったようだが、国王陛下のカツラが風圧で飛び、王子の衣装がシャンデリアの油でベトベトになったという惨状が報告されている。
レイモンド殿下たちは「これは呪いだ! あの魔女の仕業だ!」と騒いでいるようだが、違います。
それはただの、日頃の感謝を忘れた人間に対する「道具たちのストライキ」です。
「コーデリア……」
暖炉の前で寛いでいると、ジークハルト様が珍しく、切羽詰まった声で私の名前を呼んだ。
彼の手には、王都の紋章が入った手紙が握られている。
内容は想像がつく。『戻ってきてくれ。君がいないと何もかもうまくいかない』という、レイモンド殿下からの虫のいい要請文だろう。
ジークハルト様は手紙を一瞥すると、躊躇なく暖炉の炎の中に放り込んだ。
そして、私を背後から強く抱きしめる。
「渡さない」
短く、けれど熱のこもった力強い言葉。
彼の心音が、私の背中にトクトクと伝わってくる。
『ご主人様の本音タイム入ります! 刮目せよ! 「たとえ王命だろうと、誰にも君は渡さない。君は俺の光だ。暗闇にいた俺を救ってくれた女神だ。一生、俺のそばで笑っていてほしい。愛してる、愛してる、大好きだ!」……だそうです! ヒュー! 熱いねぇ!』
グラムさんのハイテンションな通訳に、私は顔が沸騰しそうになりながらも、胸がいっぱいになった。
私は彼の方を振り返り、その首に腕を回す。
「はい。私も、ここが世界で一番好きです」
王都の皆様、さようなら。
私はこの賑やかで、不器用で、とびきり優しい人たちに囲まれて、幸せになりますので。
せいぜい、物の扱いは丁寧になさってくださいね? もう遅いかもしれませんけれど。
読んでいただきありがとうございます。
ぜひリアクションや評価をして頂きたいです!
※12/03
好評につき、本作を連載化しました!




