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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第四章 迷宮都市中編

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第98話 狩り


 次の日。

 いつも通り、皆で集まって朝食を摂っている時の事だった。


「――はぁ? 百階層に行くぅ? アンタ正気なの?」


「はは、俺はいつも正気だよ。むしろ、一月経っても成長が見えない君の戦闘力の方が正気とは思えないけどね」


「アンタ喧嘩売ってんの!? ちょっと表に出なさいよ!」


「食べ終わったら相手してあげるけど、その代わり、何か賭けてね」


「嫌に決まってんじゃない! アンタと賭けなんて、いくら金があっても足りないわよ! こっちが破産するわ」


「へえ、上手い事言うね。 勝機・・がない、か」


「……アンタ、何言ってんの?」


 アイゼンとノーナがくだらない言い合いをする。

 一応、斥候という観点で言えば、似た者同士の筈なのにいつも喧嘩をしている。

 アイゼンは大体受け流したり、適当に挑発してやり過ごそうとする癖がある。

 特に賭け事が好きなのか、誰に対しても頻繁に勝負を誘ってくる。


 反対にノーナは直情的かつ感情的で、おつむが弱い所もある。

 けれど、根は真面目なのか一応ムードメイカーとしてパーティーの風通しになっている。

 最初の頃は、そんな二人もいつか仲良くなるだろうと仲裁していたユートとアギトだったが、一向に関係が良好にならず、今となっては見慣れた光景のため反応すら示さない。

 そんな四人は仲良くテーブルを囲んで会話にいそしんでいた。


「それよりアイゼン、百階層っていうのは冗談じゃなくて本気か?」


 俺たちはつい最近、五十階層に到達したばかりだ。

 そんな俺たちが五十階層を短期間で攻略できたのは、アイゼンの力によるところが大きい。

 迷宮内を効率よく進むための最短ルートへの道筋、そして斥候としての技能を最大限に活かした道案内。

 このパーティーに五十階層への道を知り尽くすアイゼンがいなければ、こんなにも早く辿り着くことは出来なかっただろう。


 そんな俺でも、この街に住んでいれば嫌でも色々な情報が入ってくる。

 例えば、百階層まで辿り着いた人間は過去を含めてそれほど多くない事や、五十階層を一か月で攻略したことも快挙に等しい事だと知っている。

 ついでに、白磁の塔が世界最大の五百階層越えの迷宮だけでなく、伝説にはさらに先があるという事も本で読んだ。

 そんな限られた者だけが到達することが出来るのが百階層という場所であり、行こうと思って行ける場所ではないことは十分理解していた。


「もちろんさ。それについては今から話すよ」


 ユートはアイゼンに事の真偽を問いただす。

 アイゼンはユートの視線を受け流して、話し始めた。


「簡単に言えば、複数パーティーで百階層を目指しましょうってことなんだけど、まだ日時が決まってなくてね。その内、連絡が来ると思うんだけど」


「……いや、意味分からん。一から百まで、分かりやすく喋れ」


 俺の言葉に賛同するように、横でうんうんと頷く、ノーナとアギトの二人。

 そう、ノーナだけでなくアギトも頷いていた。


 当初の予定通り、ギルドはオークションで【翻訳の腕輪】を競り落とし、アギトに貸与してくれた。

 昨日、アギトが修行の帰りに精算していた時、ギルドマスターに呼び出されて渡されたらしい。

 そのおかげで、今まで俺が通訳をしていた役目から解放され、誰に憚れることもなくアギトも会話に参加できるようになった。

 ちなみに壊したら全額弁償のため、およそ八千万ノル。大金貨八十枚もの大金が必要になる。

 とはいえ、壊さなければ良いのであって、貸している間は無償で貸してくれるという。

 冒険者ギルドのギルドマスター――フェルドゥーラ・エクエハルトからそう言われたそうだ。


(あの人、変人だけど良い人みたいだな)


「うーん、でもそのまんま言った通りだしね。詳しく説明すると――」


 アイゼンの長い話をまとめると、つまりこういう事らしい。

 まず最初に、蒼天アラジュアというクランが、百階層突破の話を他のクランに持ちかけたのが事の始まりのようだ。

 八十階層で行き詰った蒼天アラジュアは自分たちと同じく、行き詰っていたクランやまだ百階層に到達していない有名なパーティーに声をかけたという。

 そのクランの名前は、迷宮攻略隊、魔導研究会マギ・レクシア隠者の探り手(ハーミット・アライブ)の三つだという。

 有名なパーティーどころでは、岩砕団クラッシャー鉄狼牙ウルフェンズ紅鳥スカーレットバード等というのが知られているらしいが、俺はどれも聞いたことがなかった。


 話は戻るが、複数クランとパーティー連合を含めた同盟アライアンスという、契約魔法による一時的な共闘戦線を作り上げたそうだ。

 それぞれのクランリーダーと副リーダー、そしてパーティーリーダーを含めた多数決の合議制によって進行し、意志疎通を図りながら百階層突破を目指すのだという。


 この話のどこに俺たちが関係しているのかと言うと、蒼天アラジュアのリーダーにアイゼンへ参加しないかと、声をかけられたそうだ。

 曰く――


「俺の斥候と戦闘能力を買われてね。罠を解除したり、極力魔物との戦闘を減らして進みたいらしい」


 とアイゼンは肩をすくめながら言った。

 蒼天アラジュアのリーダーとは、あのオークションで出会った女性の事だ。

 蒼天アラジュアというクランがどれくらい凄いのかは知らないが、アイゼンが組織のリーダーに認められるくらい優秀だというのは伝わった。


「……そういうこと。アンタはその同盟アライアンスとやらに乗っかって、楽して百階層に行きたいのね。そしたら、迷宮内をいつでも行き来できる権利が与えられるものね」


「ま、そういうことさ」


 なにやらノーナが物知り顔をしており、アイゼンもいつも通り平然としている。

 しかし、俺とアギトだけは話についていけない。


「行き来? なんだそれ?」


「あら、知らなかったの? 白磁の塔は百階層まで到達したら、転移できるようになるのよ」


「付け加えるなら、白磁の塔以外にも百階層を超える迷宮には、例外なく転移機能が存在するんだ」


「へ~、そりゃ便利だな」


「そ、それを使えば、効率よく修行することが出来るのではないか!?」


 アギトが興奮しながら訊ねる。

 それに対して、アイゼンは我が意を得たりと微笑む。


「ああ、その通りだよ。十階層毎っていう縛りがあるけどね。毎回、一階層から行くのは面倒だろう? 百階層まで行けたら、いつでも、何処へだって行けるようになるさ」


 アギトは目を輝かせながら、咳払いをして一度落ち着く。


「……うむ。行かねばなるまいな、百階層とやらに」


 アギトが既に夢の中に入ってしまった。


「おい、アギトを買収しようとすんな」


「大丈夫だよ。金銭の授与は無いからね」


「そういう事じゃねえよ」


「まあ、そう焦らないで。まだ二週間くらい先だろうからね。それより、昨日オークションで買った奴はどうなったんだい?」


 アイゼンは上手く話をすり替えると、俺に注目を集めさせた。

 アギトとノーナも何の話か理解しておらず、疑問符を浮かべている。

 いや、アギトは昨日一緒にいただろうが。


(こいつ、呪いの説明なんて面倒くさいこと、どう説明しろってんだ!?)


 ユートは誤魔化すことを選択した。


「話を逸らしやがって……そっちは何だかんだ解決したよ」


「へえ……どうなったんだい?」


「それは……まあ、害はないから気にすんな」


「ふーん、結局【解呪ディスペル】してもらったんだ?」


「いや、違うけど……」


 アイゼンが細かく聞いてくるのを何とか受け流していると、我慢できなくなったもう一人が介入してくる。


「――ちょっと、一体何の話してるの?」


「あー、それは――」


「彼が【呪い付きのアイテム】を競り落としたんだよ」


「おまっ、馬鹿!?」


 ――折角、隠し通そうとしていたのに、こいつバラしやがった……!


 呪いのアイテムなんて字面からして、そう簡単に受け入れるとは思えない。

 だからこそ、やり過ごそうとしていたのに、アイゼンは俺の苦労を水の泡にしやがった。

 そう思い、アイゼンに恨みの籠った視線を送るが、奴はただかぶりを振るだけだった。


「え!? アンタ、呪いのアイテム持ってんの!? さっさと捨ててきなさいよ!」


 ノーナが期待を裏切らずに大きな声で叫ぶ。


(ここ、まだ店の中だから、もう少し声のトーンを下げろよ……)


「……いやー、もう捨てられないんだよね」


 大見得おおみえを切った手前、やっぱいらないなんてカッコ悪い真似できない。


(それに指輪が剣になるなんてカッコイイもの誰が捨てるか!)


 本音を隠して、曖昧な表情をしながら誤魔化したのが悪いのだろう。

 ノーナが俺の予想とは違った反応をしてきた。


「え、もしかして契約出来たの!? あ、その右手の小指に着けてる指輪でしょ! アンタ、適合者だったのね!」


「……契約? 適合者?」


 指輪をつけている事に気付くとは、ノーナの奴め、なんて目敏い!


「ん、なによその反応。結局、どっちな訳?」


 ノーナが問い詰める様にじーっと見てくる。

 先ほどから、何のことか本当に分からなかったが、ようやく理解した。


(あっ、もしかして呪具と契約を結ぶって奴か! でもそれって、オボロみたいに外せなくなるんじゃなかったっけ? アレ……?)


 あれだけ刺激的な経験だから忘れてはいないものの、何分、話の中身を思い出すのに時間が掛かる。

 オボロが宿る【宵闇のコート】は当初は脱げなくなる呪いにかかっていた。

 精神世界で話し合いの末に、特定の呪われた五つの武器を破壊する事を条件に、俺は解放される事になったが、その間、一つだけ身に着けておくという約束の元、契約がなされた。

 そのため、最初は服を脱げなくて困っていたものの、水浴びする時に近くに服を置いておけば全て外すことが出来ると知ったのは最近だ。

 今更だが、俺の方がデメリット多いから、それくらい当然だよな……。


 それに対して、昨日買った呪具だが、最初は反発されたものの何かを認めたのか、手の平を返すように協力的になった。

 長剣と短剣は消滅し、その代償に指輪に不思議な力が宿り、剣に変える魔道具を手に入れた。

 もしかしたら、世の中ではそれを契約と呼ぶのかもしれない。 


「契約すると何か変わったりするのか? こう、呪いが効かなくなるとか」


「うーん、そうね……トレジャーハンターをしてた頃は、どれも人工的な呪いが多かったから、それに耐性を持つ人間が道具の能力を引き出すことは出来たわね」


「へー」


「他にも、過去に城があった遺跡では、本物の【呪いの首飾り】を発掘してね。アレは恐ろしかったわー。なんせ、首飾りを身に着けた者の魂を取り込んで、その力を利用するなんていう本物の呪物が存在してたんだからね」


「ノーナ、話が変わってきてるよ」


「あ……ま、まあ、そんな感じかな」


 ノーナは慌てて、取り繕うが既に遅い。

 各々は呆れたり、温かい目をしながら眺めていた。


「まあいいや。結局、契約っていうのがどういうもんなのか知らんけど、おそらく俺もそれに近いんだろうな。はい、これ」


 テーブルの中央に指輪を外しておく。

 料理が置かれていないスペースはそこしかなかったのだ。


「へー、これが……」


 ノーナがひょいっと持ち上げようとしたので、慌てて腕を掴んで止めさせる。


「おいっ、気を付けろ!? 一応、これも呪具なんだぞ!」


「え!? ご、ごめん……」


 ノーナはポカンとした顔をしながら、素直に謝る。

 俺はノーナの手を離すと、指輪を握り、そして念じてからノーナに手渡した。


「ほらよ。これでもう大丈夫だと思うぞ」


「あ、ありがとう。でも何をしたの? ただ握った様にしか見えなかったけど……」


この指輪(こいつ)に今から渡す人間に呪いをかけるなって命じたんだよ」


「へえ~、昨日契約したばかりなのに、もうそんなことが出来るのね」


(いや、おまじない程度の願掛けで、効果があるかは定かじゃないんだけどな……)


 そんな事とは露知らず、ノーナは疑うことなく頷きながら納得した。


「それにしても、この指輪。普通の指輪と何も変わらないけど、本当に呪物なのよね?」


「ああ、そうだぞ。ちなみにそれ、面白い効果があってな……」


「なにそれ! ちょっとやってみてよ!」


「流石にここでやるのはな……後でダンジョンに行った時にでも見せてやるよ」


「それ、俺にも見せてくれない?」


「いいわよ。はい」


 アイゼンが珍しく興味を持った。

 それに対してノーナは目の前で堂々と又貸しをする。


「お前な……はぁ」


 ユートは呆れながら溜息を吐いた。


「うーん、確かに何も感じないね。これに呪力が宿ってるなんて言われても、君じゃなかったら信じない所だよ。ちなみにこれ、どういう効果があるんだい?」


「ふふ、聞いて驚け。なんと、剣に変化するんだ!」


「へえ……そりゃすごい。随分メジャーな能力の様だね。他にはどんな効果があるんだ?」


「そうだな……まだ確定してないけど、呪いを吸収して治す能力と、ついでに短剣にもなれる!」


「変な能力ね」


 ……こいつ、短剣馬鹿にしやがったな!


「いや、そうとは限らないよ。呪いを治せるなら、教会に高い金を払わなくていいし、ある種の呪い無効ともとれる。もしかしたら君は良い買い物をしたのかもね」


 反面、アイゼンは見る目があるな。


「そうだと良いんだがな」


 アイゼンは名残惜しそうに指輪を見つめていたが、すぐに返して来た。

 俺はそれを子指にはめ直した。


「じゃあ、早くダンジョンに行って、この指輪の能力を見に行きましょうよ!」


「そうだね。とりあえず、食べてから行こうか。今日は"亜人窟"にね」


 アイゼンの言葉に三人は頷くと、食事を再開した。




 ──☆──★──☆──




 ユート達が食事を終えて、宿を出て行く。

 その後ろ姿をとある男たちが見つめていた。


「――おい、今の聞いたか?」


「ああ、聞こえた。ったく、馬鹿なガキ共だぜ。あんな大声で喋ってるなんて、奪ってくれと言ってるようなもんじゃねえか」


 苛立ちをぶつけるように、ガンッとフォークを肉にぶっ刺した。


「へへ、だからこそ俺達の犠牲になれるんだから、あいつらも本望だろうよ。それに今日の俺たちゃついてるぜ。なんせ一緒に居た女、すっげぇ別嬪だったぞ!?」


「マジか! じゃあ、いつも通りやっちまうか」


 男は涎を垂らさんばかりに目を輝かせ、欲望を宿す。

 それに対してもう一人の男は、嫌悪ではなく、賛同で返した。


「ああ。いつも通り、罠にはめて、な……?」


 舌なめずりをしながら、黄ばんだ汚い歯を覗かせる。


「ケケ、滾って来たぜ……」


「おいおい、そのみすぼらしいのをしまえよ。お楽しみはまだ先だぞ? それと、他の奴らを呼び出せ」


「分かってる。ああ、その時が待ちきれねえぜ……」


 男は股間を膨らませながら恍惚とした表情をすると、席を立ちあがった。

 二人の男たちは先ほど出て行った四人パーティーの後を追う。

 彼らにとって、いつも通りの狩り(・・)が始まる。


 自らも狩られる側に過ぎないとは露知らずに――――


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