第90話 賭けによる勝負の行方は……
ダンジョンをクリアした後、その足で冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに入ると時間帯の影響か人が少なく、ギルド員が書類を整理する音と小さな笑い声だけが聞こえた。
そんな中を堂々と入って行くと、端の方に見覚えのある先客が一人で寛いでいた。
「やあ、早かったね」
「……それは後から来た俺達に対する嫌味か何かか?」
「いや、単なる称賛さ。それとギルドには既に話はつけてあるから、いつでも始められるよ」
受付の方を向く。
そこに立っていた受付嬢が営業スマイルを携えてこちらを見ていた。
とりあえず、軽く会釈しておく。
「そうか、そりゃ早くて助かる。意外と気が利くんだな」
「面倒は少ない方が良いからね。それより、僕が知らない人間がいつの間にか増えているね」
アイゼンがチラッとノーナを一瞥する。
ノーナは一瞬体を震わせたものの、すぐに顔をそむけた。
「まあ、色々あってな。それとノーナ、さっきも言った様に先約があるんでちょっと待っててくれ」
「……わかったわ」
そう言うと、ノーナはアイゼンが座っているテーブルとは別の席へ腰を下ろした。
それを見てから、俺はついでに借り物を返すことにした。
「――あと、これ、ありがとな。おかげで時間を見ながら進められたよ」
「それはよかった」
ポケットから懐中時計を取り出すと、礼を言いながらアイゼンに差し出した。
アイゼンはあっさりとした態度で何でもないかのように受け取ると、それ以上は何も言わなかった。
アイゼンが受け取ったのを確認すると、俺とアイゼンは受付嬢の前に来た。
「――じゃあ、どっちの方が稼げたのか」
「――勝負といこうか」
ユートは不敵に笑い、アイゼンは冷笑を浮かべる。
二人は同時にカウンターへと袋を乗せると、同じ様に二人のギルド員が袋を掴み奥へ進んだ。
これから中身を取り出して、手に入れたアイテムや素材を金額へと換算していく作業に入る。
ここに来る前に金貨や銀貨は別の所に移し換えており、それ以外の手に入れたアイテムをほぼ全て収納袋に入れておいた。
ほぼ全てというのは、アギトが魔力剣、ノーナが宝石、俺が探知の指輪とそれぞれ欲しいものを優先的に貰ったからだ。
個人的にノーナに物を与えることに思うところがない訳では無かったが、俺がおおよその指輪の代金を聞いて自主的に補填したのを見ると、二人とも文句も言わずそれに倣った。
だから俺もとやかく言わない事にした。
そのため、三人合わせて補填した28万と宝箱に入っていたアイテム、そして330万相当の貨幣を含めた値段が俺達が稼いだ総額になる。
俺はアギトがいたため、アイゼンに比べて剥ぎ取りや戦闘時間は半分と言ってもいい。
反対にアイゼンは、すべて一人で行わなければならず、戦闘する度に時間を取られていたはずだ。
(だから、俺達の方が圧倒的に有利なはずなのに……)
アイゼンは自然体で立っており、その姿からは微塵も勝利を疑っていないようだ。
(どこからくる自信か分からないが、やれることはやった)
刻々と時間が過ぎていく。
そうして10分が過ぎた。
「――お二方、換金が終わりました。こちらがユートさん、そしてこっちがアイゼンさんの袋となります。中に総額とアイテムごとの金額を書いた紙を入れておきましたので、それを使ってください」
「手間を取らせたね」
「わざわざありがとうございます」
「いえ」
男性のギルド員が親切を施してくれた。
俺達は静かに受け取ると、誰に言われるでもなく最初にアイゼンが座っていた席に戻った。
俺はアイゼンの向かい側に座り、アギトは二人に挟まれる形で勝負を見守るようだ。
「……じゃあ、答え合わせをするか」
「そうしようか」
フフッとアイゼンが笑う。
「勝利の笑みか?」
「さてね。――これが僕の金額だよ」
アイゼンが手の平で隠すように紙を差し出す。
俺も同じ様にテーブルに出すと、二人同時に手を外した。
「……!」
「ほう」
紙に書かれていたのは、片方が金貨16枚、もう片方が金貨18枚だった。
「――俺の勝ちだね」
「……ああ、そうみたいだな」
ユートの目の前にある紙の方には金貨16枚と書かれており、アイゼンの方には18枚とあった。
正確には金貨16枚と銀貨8枚、対してアイゼンは金貨18枚と銀貨1枚。
およそ金貨1枚ほどで敗れたようだ。
「どうして俺たちが負けたんだ……?」
負けた事の悔しさよりも、どうして負けたのか理解できず口から自然と疑問がこぼれ出た。
「君たちは一階層から順番に素材を集めていたよね?」
「……ああ、そうだが」
それを何故知っているのか、なぜ聞くのか頭を過る。
「じゃあその間、俺はどこにいたと思う?」
「……俺達よりも先に下の階層へ潜っていたって言いたいのか?」
「それももちろんある。君たちの様に一つ一つの価値が低い素材を集めるより、時間が掛かっても質の高いモノを集めた方が効率がいい。その点、目的が決まっていた俺は最下層で好きなだけ魔物を狩ることが出来た」
「それは理解できる。だが、俺達も上層は早々に切り上げて下を目指したが?」
「そうだろうね。まさか君たちがここまで俺の金額に差を詰められるとは思わなかった。狩った量だけで見れば君たちの方が圧倒的に多かっただろう」
俺達の方が狩った数が多いのに負けた。
同じ階層で狩りをすれば、質にそこまでの差はないはずなのに負けたという事は、何らかの質で劣っていた以外の答えはありえなかった。
解体の方法? それとも雑魚に時間を割きすぎたか?
堂々巡りが頭を駆け回る。
「どうして……」
「おそらく、君たちがこれに気付くことは出来ないだろう。何故なら、圧倒的なまでに今の君と僕との絶対的な差があるからだ」
「絶対的な差だと?」
「そう。愚直なまでに魔物を狩り続けて行った君と、目的を持って狩りをした俺との差がね。その差は――――情報量さ」
「情報量……」
「そもそも僕と君たちとではレベルも違えば、この迷宮都市にいる年季が違う。なら、来たばかりの君たちと5年以上住んでいる俺とでは知識量に差があるのは至極当然の事さ」
「なら、今回アンタが勝つことが出来たその情報の差っていうのは何だよ」
「うーん、そうだね……タダで教えてあげてもいいけど、それじゃあつまらない。そうだ! 君がいま持っているモノの中で面白いものを見せてくれたら教えてあげよう」
「空間魔法持ってるでしょ?」と友達に訊ねる様に聞いてきた。
「面白いモノって何だよ。それに減るもんじゃないんだから、ケチケチすんなよ」
「まあね。でも見るもの全てが珍しいだろう君に対する俺からの教育的指導さ」
「教育的指導?」
「おそらく、君はまだ迷宮都市での洗礼を受けてないだろうからね。だからこれは一種の通過儀礼みたいなもんさ」
「よく分かんねえわ。まあでも、そうだな……」
いくつか思い当たるものはある。
例えば、ハニービーの巨大な巣とか、薬を混ぜる時に使う短棒とかな。
とはいえ、俺が面白いと思ってもアイゼンが面白いと思わなければ意味がない。
(他に何があるだろうか……)
亜空間の中に手を入れて探していると、売り忘れたオークメイジの鎧を見つけた。
(……あー、ま、これでいいか)
ユートはテーブルの上にオークメイジの鎧を置くと、ゴトンと鈍い音が響いた。
「……これは?」
その鎧はオークが着ていたせいか、ところどころ傷ついておりボロボロだ。
赤い宝石のようなモノが嵌ってはいるが、それを除けばただの中古の鎧にしか見えない。
「オークジェネラルのフリをしていたオークメイジがつけてた鎧」
「そんなの聞いたこと無いけど、まあ知能がある魔物は何するか分からないか。ちなみにこれの何が面白いのかな?」
「うーん、まあ、来歴が面白いってのが一点。それとこの鎧、ただの鎧に見えるかもしれないけど魔道具みたいなんだよねー」
「魔道具? どんな効果があるんだ?」
「装備した者の体格に合わせる効果と、戦意を向上させて魔法の耐性を上げる効果だな」
「随分と高価な鎧だね。それでどこのダンジョンで手に入れたんだい?」
「さっきのダンジョンだけど」
「……さっき? もしかして菌界の胞子森のことを言ってるのかな?」
「いや、そう言ってるだろ。賭けで狩りをしてる時に出会ったから倒したら、こいつを着てたんだよ。ついでにそのオークに襲われてたところを助けたのが、そこにいるノーナなんだけどな」
「……ふーん、あのダンジョンでね……」
アイゼンは何やら考えている。
すると横からノーナが立ち上がった。
「ねえ、ちょっといい?」
「どうした?」
突然、ノーナが俺達三人に向けて話しかけてくる。
アイゼンは黙って耳を傾け、アギトは腕を組んで意識だけは向ける。
「私もあなたたちのパーティーに入れて欲しいのだけど」
「それはどういう意味だ? まさか、俺達と一緒にダンジョンを潜りたいとでも?」
「そうよ。私のスキルはダンジョンで役に立つし、さっきまでの会話を聞いてて、あなた達と一緒なら稼げると思ったの」
「ふーん……二人はどうだ?」
黙っている二人に意見を求める。
アギトはいつも通り、どちらでも構わないという顔をしている。
対してアイゼンはというと――
「俺は君の事を知らないから、適切に判断しかねるね。君はどうやってパーティーに貢献するつもりなんだ?」
アイゼンの鋭い目がノーナを射抜く。
「わ、罠を見つけたり、敵の気配を掴むことが出来るわ」
「専門ではないが、そんなのは俺にだって出来る。俺が聞きたいのは、具体的にどういう事をしてきたのか、どれくらいの距離から気配を掴めるのかだ」
「……ガルダ遺跡で3年くらいトレジャーハンターをしていたわ。迷宮に潜ったのも今日が初めて。それと50メートルくらいの距離なら相手よりも先に気配を掴むことができる」
「へえ、なら戦闘はどうかな? 迷宮と言っても全てのダンジョンに罠がある訳では無い。そう言った時に、『戦闘は専門外です』では話にならない。君の主武器や戦闘スタイル、さらに今まで倒してきた中での最大の戦果は?」
「そ、それは……」
痛い所を突かれたという顔をノーナがする。
顔に出す時点でアウトだろうが、アイゼンはそこを追求しようとはしない。
ノーナが助けを求める様に、俺に視線を向ける。
しかし残念ながら、勝算も無く始めたのであれば、もとより俺は助け船を出すつもりは無かった。
何故なら、ダンジョンでの行動を見る限り、あまり評価は芳しくないからだ。
戦闘意欲の無さ、ゴブリンを一撃で仕留められない能力、それに甘い汁を吸おうとする打算さ。
言葉にしなかったものの、それを俺はしっかりと感じ取っていた。
「では別の質問に変えよう。君がパーティに入る事によるメリットは?」




