第85話 ノーナ
アイゼンと賭けをする事になったユートは、アギトと共に菌界の胞子森でどちらが多く金を稼げるかで勝負する事になった。
アギトとダンジョンの中を歩くことおよそ三十分。
出てきた魔物は通常のゴブリンやスライム、寄生されたウサギや猪など、さほど強くない魔物ばかり。
とはいえ、それも数が集まればそれなりの成果になる訳で、アギトはこのエリアの魔物を根絶やしにするのではないかというくらいに狩った。
「――どうやら、魔物はもうこのエリアで見当たらないようだけど、アイゼンも見かけなかったな。あいつ、どこいったんだ?」
「さて、それは分からぬが、ここにいないということは、おそらく次の階層へと向かったのではないか?」
「えっ、それやっぱりアリなのか?」
「どのような賭けをしたのか知らぬが、この階のみとは言ってなかったのであろう? であるならば、行ってはいけぬ道理はあるまい」
「ちぇっ、同じこと考えてたけど先に出し抜かれるとはな。よし、俺達も行くぞ、アギト! 目指すは最下層だ!」
「そう来なくては! とはいえ、もう少し手応えのある魔物だとありがたいのだがな」
「どうせ下に行くほど強くなっていくんだから、その心配は無駄だと思うぞ」
二人は、人が二人ほど入れそうな木の根元の中にあった、下層に向かう階段へと躊躇せずに下っていく。
下に降りると先程と景色に変化があった。
視界に見える範囲で樹木や巨大キノコの数が少しばかり増え、枯れた木がキノコに絡まり、互いに食らい合うかのような自然の光景がそこにあった。
「いいね。すっごいやる気で出て来た! それじゃあアギト、さっきと同じ様に魔物は見えたらすぐに倒して効率優先で進もう。これからは俺も魔法とかで支援するから早い者勝ちな」
「承知。勝負事とあれば我も負けられぬ故な」
「よし、そんじゃ全力で次の階を探すぞ!」
「うむ! 前は任せるのだ!」
それからまた様々な魔物と戦っていった。
一時間が経過した頃、5階層まで到達するとオークの群れが出て来た。
周囲の景色もまた変化しており、木々の葉が暗緑に染まり、一層暗い雰囲気を醸し出している。
「――おお、アギト! あいつらピンク色と青色のキノコが生えてるぞ。今度はなんの効果だろうな」
「これまでのキノコは赤か紫、黄色のどれかであったな。赤が体力回復、紫が解毒、黄色が麻痺耐性の効果を持つというが、あれはなんであろうな。青が魔力回復、バラ色のモノは……気力増進ではないか?」
「あー、アギトはそう思うんだ。俺としては青は沈静、ピンクは増血効果じゃないかと睨んでいるんだが」
「なるほど、その考えは無かった。ならばさっさと倒し、どちらがあっているか調べてみよう」
ユートは後方でのんびりと話し掛けるが、そのアギトは十体のオークを相手に無傷で立ち回っていた。
アギト一人で倒せそうだが、そういう訳にも行かないので援護する形で魔法を放つ。
しかし火の魔法だとアギトも巻き込んでしまうので、氷魔法で一体ずつ着実に数を減らしていった。
五分とかからず戦闘が終わると、二人そろって休む間もなく剝ぎ取り作業を行う。
賭けはキノコや魔石などの個人で持てる範囲の持ち込み金額で勝負するつもりなので、一つ足りとも忘れてはいけない。
けれど、まだまだ剝ぎ取れる部分があるオークは、捨てることなく丸々亜空間の肥やしにして回収しておく。
いつか何かに使える時があるだろうと、現実から目を逸らしながら。
そして、肝心のキノコの効果はというと――
「――あっ、残念ながらどっちも違ったみたいだぞ」
「というと?」
「青は魔力の回復速度を高めるみたいだからアギトがあっているんだが、ピンクは精神力の向上を助け生命力の底上げをする、いわゆる賦活薬だな」
「ふむ、肉体の活性化を促進させるのか。つまり、どちらも違うが、あながち間違ってもいないという事か」
「ま、そういうことだ」
【鑑定】により確認したので間違いないだろう。
手に持った二つのキノコを袋に入れ、片付けた。
こういうこともあるだろうと、顔を合わせて苦笑いしながら歩き出そうとすると、
「――キャァァァァ!?」
というダンジョン内部の更に奥の方で女の叫び声が聞こえてきた。
穏やかだった空気に緊張が走る。
「アギト」
「うむ、危険なようだな」
「……とりあえず行ってみよう」
そういって二人は叫び声の聞こえた方へ走り出した。
──☆──★──☆──
話は遡ること三十分前。
とあるパーティが菌界の胞子森で狩りをしていた。
「――ハァッ!」
「――GAA!?」
ブンッという風を切る音をさせながら剣士がオークに向かって剣を振るう。
男は胴に浅くない傷を入れると、すぐさま後退し態勢を整える。
「今だ!」
「フンッ!」
オークは傷つけられたことに怒り、手に持った棍棒で殴りつけようと近づいてくる。
剣士の横を槍を持った男が助走をつけながら通り過ぎ様に脇腹へと深く突き刺した。
オークは槍を刺して来た人間を掴もうと手を伸ばすが、その前に剣士が心臓を貫き止めを刺した。
息の根が止まったのを確認しオークから離れると、ドシンという音を立てて地面に倒れた。
「――よっしゃー! とどめは俺だぜ!」
「おいおい、ふざけんなよ。俺のお蔭だろ!」
オークの腹に足を乗せた剣士が血の滴る剣を掲げながら、勝利の宣言をする。
それに異を唱えたのは同じパーティーメンバーである槍使いの男だった。
「何言ってんだ、お前なんてただ脇に突き刺しただけじゃねえか。オークの野郎、蚊に刺されたみてえにピンピンしてただろ!」
「そういうお前だって、トドメ刺した以外はロクに役に立ってねえだろうが! だいたい、剣士っつーんなら腕の一本や二本くらい、切り落としてみろや!」
「なんだと!」
「そっちこそ、なんなんだ!」
「ちょっと、遊ばないでよ! 血の匂いと声で魔物が寄って来ちゃうでしょ」
ダンジョンの中で取っ組み合いになりかけた時、先ほどまで傍観していた一人の女が喧嘩している二人を止めた。
女の言葉に剣士と槍士はピタリと言い争いを止めると、二人そろって間の抜けた表情をしながら女の方を向く。
「へへ、そんな怒るなよノーナ。美人が台無しだぜ?」
「そうそう。俺たちゃ、ただじゃれてただけさ」
男たちは肩を組みながらデレデレとした表情を女に向ける。
先程まで取っ組み合いになりかけていた二人とはまるで正反対だった。
「そ、なら解体して早く先に進みましょ。あっ、――おばあちゃんの遺言でオークに触ると妊娠するから触るなって言われたの。
だから……二人に解体、お願いしていいかしら?」
ノーナと呼ばれた女は心底申し訳なさそう表情をしながら、女の武器で男たちを篭絡する。
革鎧に包まれた抜群のスタイルでバストを強調し、ショートパンツに革のブーツという出で立ちで艶めかしい素足を大胆に見せつける。
腰にナイフと鞭、そしてウエストバッグが無ければ街中を散歩していてもなんらおかしくない格好だった。
「お、おう、俺に任せときな! 俺の解体技を見て、惚れてもいいんだぜ!!」
「いや、俺の技の方がプロ級だからな! 特別に、ノーナに俺の解体捌きを見せてやるぜ!」
「ありがと-! 二人とも頑張ってー!」
ノーナは笑顔で応援すると、二人の男たちは張り切って解体を進めた。
そうして彼らのパーティーが六階層に進んでいたある時だった。
最初に異変に気付いたのは先頭を歩いていた剣士ではなく、女盗賊のノーナだった。
「……ねえ、なんだかここ、すごい嫌な雰囲気なんだけど」
「おいおい、ノーナ。ここは初級のダンジョンだぞ。そんなにビビらなくたって大丈夫だ。でもまあ怖いんなら俺に抱き着いてもいいんだぜ?」
「おい。どさくさに紛れて何やってんだお前。そんな奴よりもノーナ、俺の後ろにいれば絶対に守ってやるから安心しとけ」
槍使いと剣士がノーナを取り合う様に戯れていた時、警戒心が疎かになってしまった。
そんな三人の意表を突くかのように、空からパタパタと羽音が耳に入るとキラキラとした光が舞い散る。
「ん……? なんだこれ?」
「これは! 吸うなッ、息を止めろ!」
槍使いの男とノーナは即座に手で口を覆うが剣士は吸い込んでしまい、金縛りにあった様に地面に倒れこむ。
「し、しびれ、ごな、だと……!?」
剣士の男は地面でもがきながら、どうにか立ち上がろうともがく。
そんな三人の元に、ズシンズシンという幾つもの足音が聞こえてくるとその姿を現した。
「なっ、そんな馬鹿な!? オ、オークジェネラルだとッ!? それにイエローモスがどうしてオークなんかと一緒に!」
森の奥から十体以上ものオークの群れを率いていたのは、鎧を身に纏った異質なオークとそれに付き従うイエローモスと呼ばれた黄色い蝶のような魔物だった。
オークたちは鱗粉を吸わない様に布で口元を巻いているが、その目には今か今かと女を蹂躙したい欲望に満ちている。
反対に、イエローモスは我関せずとパタパタと浮遊しながら主の命令を待つようにオークの頭上に漂い続けていた。
槍使いは鱗粉を吸わない様に口に布を巻くと速攻を仕掛けた。
フッ!という風音と共に突きが放たれる。
一番前にいたオークの太ももを貫くとすぐさま二体目、三体目と足のみを狙って穿った。
ノーナも投げナイフで槍使いが戦いやすいように援護する。
ヒットアンドアウェイでオークを翻弄している槍使いの脳裏に「このままいけば勝てる……!」と浮かんだその時、突如槍が半ばで切断される。
「なっ、槍が!? ――ウインドカッターか!」
槍使いは魔法を警戒して後ろに下がろうとするが、その隙をオークに狙われ殴り飛ばされる。
十メートル近く吹き飛ばされて藪に突き刺さるとようやく止まった。
槍使いは頬を腫らしながら、恐怖と痛みをオークに向けた。
「――ぐ、クソッ……これ以上、やってられっか!」
そして突然、槍使いの男はオークに向かって槍を投げると、あろうことか逃走した。
パーティーメンバーの唐突な行動にノーナは唖然とした表情で見つめていた、
(あいつ、ふざけんじゃないわよっ! 絶対に守るとか大きな口叩いといてそれ!? だからパーティーなんて、男なんて嫌なのよ!)
ノーナの心の中は怒りの感情で吹き荒れた。
すると指揮官らしきオークが何やら言葉を発すると、三体のオークが槍使いの方へ追いかけた。
(いい気味よ! そのまま死ぬまで追いかけられなさい!)
ノーナはオークが追いかけた方を暗い笑みで見送ると、すぐに眼前のオークに視線を戻した。
残ったのは目の前で未だもがき続ける無能な剣士と女である自分一人。
剣士ならまだしも、女である私がオークに捕まったら何されるかは想像に難くない。
(こんなところでオークに犯されるなんて死んでもたまるもんか! なにがなんでも絶対に生き延びてやる……!)
そして、もしも槍使いが生き残っていたら、あいつの股間を思いっきり蹴り上げて、二度と使えなくしてやると心から誓った。
ノーナが決意したと同時に、目の前に棍棒が振り下ろされる。
「えっ……?」
ビシャッという飛沫が飛ぶと、もがいていた剣士の頭に容赦なく棍棒が落とされた。
頭を潰された剣士の体はビクンビクンと震えるとやがて力尽きるかのように息絶えた。
「――キャァァァァ!?」
ノーナは反射的に叫んでしまう。
(し、死んだ……!?)
ノーナの顔まで血が飛び、頬をつたう。
今まで痺れ粉で麻痺していたために放置されていた剣士が一瞬の内に殺された。
目の前で剣士を殺したオークと後ろで眺めていた奴等が嘲笑う。
(はは……まさか、私を絶望させるために生かしていたの……?)
知性のあるものとしての行動。
それは目の前にいるのが、ただのオークなのではなく、強者であることを意味していた。
ノーナは恐怖に足が竦んでしまう。
(に、逃げないと……!)
足が震えるが、気合で後ろを振り向くと勢いよく走った。
オークが叫び声をあげると、ドンドンという足音を立てながら追いかけてきた。
捕まったら地獄を見る。
それだけはどうにか避けなければ!
その一心で荒い息を吐きながらただ走り続けるが、見ない方が良いと思いながらも気になって後ろを振り返った。
「GUAAA!!」
すると、一匹のオークが五メートルを切ってもうすぐそこまで近付いて来ていた。
オークが腕を伸ばす。
服に引っかかりそうになって、追い詰められたその時。
どこからか氷の魔法が飛んできた。
【脅威度】
槍使い:D
剣士:D
ノーナ:D-
オークの群れ:B-




