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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第三章 迷宮都市前編

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第76話 己の牙の長さを知らぬものは、高みには辿りつけぬ


 とりあえず、これ以上ギルドにいては目立つので、どこかで昼食をとることにした。

 しかし店に詳しく無かったため、俺が泊まっている宿へと向かった。


 宿に入ると店主に二人分の料理を頼み、適当な席に座った。


「迷惑を掛けてすまぬな」


 脱力しながら一息ついていると、何やら目を細めながら話し掛けられた。

 もしかして勝手に注文した料理が気に食わなかったのだろうか?


「いや、べつに気にしなくていいですよ」


「そうはいかぬ。これから一時ひとときの間、外に出る度におぬしの側につきまとうことになってしまうのだぞ?」


 違った。どうやらこれからの話についての様だ。


「ああ、確かに。そこまで考えてなかったですね……」


 一時的で、しかも短い期間だったから了承したけど、彼が言葉を話すたびにそれを翻訳をし続ける事を想像して、少し眩暈がしそうな気分だった。


「今なら我が勝手に行動したことにすれば、おぬしは我から解放される。しかし時間が経てば、おぬしにも迷惑を掛けるやもしれぬ」


「迷惑って?」


「おぬしが我といる事が噂に上れば、口さがない者によって我が居なくなった時に批判を受けてしまうだろう」


 「人前でおぬしが龍人族われと言葉を交わしたことは多くの者が目にしておるのでな」と低めの声で言った。

 つまり、言葉が分かる俺が龍人族ドラゴニュートを見捨てたと批判されることを案じているのか。律儀なことだ。

 龍人族というのは、みんなこういう性格なんだろうか。


「ほう、そりゃ大変だ」


 頭の片隅で考えながら適当に相槌を打つと、目の前に運ばれてきた料理を眺める。


「うむ。なればこそ、今ならばまだ間に合う。だから食事が終われば我からは離れた方がよい」


「うーん、確かにめんどいっちゃめんどいですけど、でもいまさら過ぎですよ。そんなことで離れるくらいなら、最初から話し掛けてないですって」


「し、しかし! おぬしが居なければ我にはヒトと言葉を交わすことも、食事を頼むことすらも叶わぬのだぞ! そんな面倒を掛けておいて、我には何も返すものがないのだ!」


 初めて耳にする龍人族ドラゴニュートの焦った声というのを尻目に料理に手を付ける。

 返すものが無いという事は、つまり渡すものが何も無いと言っている事に等しい。


「ああ、家宝の件なら龍人族なりの冗談だっていうのは分かってます。それに元より、見返りを求めるつもりもないですから」


「グウッ……! な、ならば、我が忠誠をおぬしに誓おう! おぬしを我が剣の主として仕えるというのはどうだ!」


 おそらく真剣な顔をしているのだろうアギトさんを数秒見つめてから一応思案する。


「――いや、なんかめんどくさそうなんで結構です」


「め、面倒とは!?」


「だってそこまでの事をしたつもりはないからなぁ」


 ズズッとお茶を飲むようにスープを飲み干すと、コトリと音を立てて皿を置いた。


「我の忠誠はそんなに価値が無かったのか……」


「まあ、冗談は置いとくとして。本題に入りましょうか」


 「冗談とはどこまでが冗談だったのだ!?」とアギトさんが喚いている。

 一つ、咳ばらいをしながら本題に入って行く。


「んん。とにかくあんたは、俺に対して申し訳ないと感じてるからそれをどうにかしたい、っていう理由で合ってるよな?」


「うむ」


「なら、簡単だ。あんたが言葉を覚えればいい。そうしたら俺が世話を焼かずに済むわけだしな」


「そうは言うが、たやすく覚えられればこんな事態に陥ってないのだが……」


「普通だったらな。でもここには龍人族ドラゴニュートの言葉が分かり、かつ人間の言葉も理解している者がたった一人だけいる」


 全部、スキルの力だけど。


「それがおぬしだというのは分かる。だがそれでは根本的な解決に至ってないではないか」


「恩返しの話か。別にそれはもういいだろ。俺が好きでやったことだ」


「そうはいかぬ。これは我としても、龍人族ドラゴニュートとしても譲れぬ話なのでな」


 頑として聞き入れない、とでも言いたそうな態度をしている。


「面倒くさい奴だな……」


「ぐぬぬ……我らの誇りを“面倒くさい”などという言葉で一蹴せなんでくれぬか」


「はぁ……ならもっといい方法があるだろうに。なんで恩とか忠誠とかって話になるんだ」


 その貴重そうな龍人の脳みそを使って、もっとよく考えろと言いたい。


「どんな方法なのだ?」


「俺達は仮にもパーティーを組んだわけだ。パーティーの意味は分かるよな?」


「無論。同じ釜の飯を食い、強敵と戦い、生き死にを共にするかけがえのない仲間ともの事だ」


 仲間と書いてとも(・・)と読んだのは気のせいだろうか?


「……なんか俺の知っているパーティーと違うが、まあいい。俺も、そして今日あんたもなった訳だが、俺達は冒険者だ。そしてこの迷宮都市で冒険者がする事といえば……一つしかない。そうだろう?」


「ダンジョンに入る? ……そうか! 山分けする分の報酬を全ておぬしに渡せばいいのだな!」


「いや、どんな極悪人だよ、俺」


 人を強欲みたいに言いやがって。誰がそんな事を言うか。


「む……違うというのか? しかし、そうでもしなければ我が恩を返せぬではないか」


「それは両者が同等の力量を持っていて、なおかつ片方に恩がある場合のみ有効だ。今回の場合、それは当てはまらない」


「なぜ当てはまらないのだ?」


「そりゃ、俺の方が弱いからだ」


 出来れば触れられない様にさらりと言った。


「……すまぬが、よく分からぬのだが?」


 しかし、龍人族ドラゴニュート相手にそんな思いは通じなかった。


「二度も言わせんなよ。俺の方が弱いからだよ」


「弱い、とは? 後衛と言う意味か? それとも戦えないのであるか?」


「そうじゃなくて。戦闘経験が少ないし、ダンジョンに潜ったのもニ十階層までだから役に立たんって意味だ」


 こちとら、まだ戦闘初めて一か月のド素人だしな。

 異世界暦=戦闘経験みたいなもんだからな。


「ならば、我は一度もダンジョンに潜ったことは無いぞ?」


「そういうことを言ってるんじゃないんだけどなぁ……」


 とはいえ、流石に本当のことを言いにくいのも事実だ。


「むぅ……難しいのだな。だが、心配する事は無い。我が数多の魔物どもを倒し、そのむくろをおぬしに献上しよう!」


 いや、言い方が酷い。

 確かに魔物の死体は素材として活用できるが、その言い方には悪意籠りすぎだろ。


「蛮族の王か、俺は」


「もちろん半ば冗談である。しかし、そう悲観する事は無い。どんな強き戦士であろうとも最初は弱き者である。『己の牙の長さを知らぬものは、高みには辿りつけぬ』と古来から言うだろう?」


 半ばか。半ば冗談なのか……。

 龍人族ドラゴニュートに末恐ろしさを感じていると、この世界独特の言い回しがあるようだ。


「いや、初めて聞いた」


 残念ながら、別世界の人間である俺が異世界の言葉に詳しい訳もない。

 しかし、流石ファンタジー。異世界らしいことわざだ。

 どっかに「ことわざ辞典」とかないだろうか?


「そ、そうであるか。この地には馴染みのない言葉であるか。むむ、何とも歯がゆいものよ……」


「まあ、一般論だが、人間には龍人族ドラゴニュートの言葉は聞き覚えが無いだろうな」


「やはり故郷とは違い、異国というのは文化も違うものか」


「なあ、あんたもしかして、この街が初めてなのか?」


 これまでの対応を見て、まるで初めて町に訪れた旅人みたいな雰囲気が漂っているが……。


「む、バレてしまったか。恥ずかしながら、故郷を出て初めて着いたのがこの街である」


「へぇ~、その故郷ってのはもしかして近い場所にあるのか?」


 遠い場所なら旅の間に他の村や町にでも訪れている事だろう。

 なら、ここから近いと予測してみた。


「いや、分からぬ。我が目指したのは故郷である山の麓にある【獣王国アーグラティニア】という国だったのだが、いつの間にかこの迷宮都市についてしまったのだ」


 ……えっ? じゃあ迷子になってこの町に来たのか?

 だから人間の言葉について一つも知らなかったのか。

 そりゃそうだよな。旅するなら言葉を覚えるか、どうにかするための対策を考えるだろうし。


 今までの漠然とした違和感がようやく晴れた気がした。


「あー、そうかそうか。うん、まあ、旅をしてればそういう事もあるよな」


「うむ。そうであるな! しかし、ここに辿り着いたのは僥倖であった。おぬしのような良きヒトに出会えたのだからな」


「はは、おだてられても何も出せないけどな」


「むしろ、出すのは我の方であろう!」


 二人で顔を合わせながら笑いあっていると、横から突然声をかけてきた人間がいた。


「――随分楽しそうにしているね」


「あっ、あんたはさっきの――」


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